第96話 試練の洞窟(2)


 昼食を終えた僕達は、一先ひとまず洞窟を出る事にした。

 ゲームと違って無尽蔵むじんぞう<魔物>モンスターく訳ではない。


 また、気付かない内に疲労がまっている事もある。

 メルク達を疲れさせる訳にもいかない。


(色々と思い通りにはいかないな……)


 ――まぁ、最大の理由は<勇者>だ。


 肝心の彼らがりになってしまった。

 そのため<ザマスール教>の思惑おもわくは『破綻はたんした』と言っていいだろう。


 無理に探索を続ける理由が無くなってしまったのだ。


(状況を報告するためにも一度、神殿都市ファーヴニルへ戻った方がいいだろう……)


 ツルギ達<勇者>も『勇者召喚』の日までは大人しくしている必要がある。

 危険な行動をさせる訳にはいかない。


(ユーリアについては……)


 ――『ヨージョ神殿』でかくまってもらうといいだろうか?


「その恰好かっこうなんとかしないとね」


 僕は後方を歩くユーリアに視線を向けると苦笑する。

 ツルギの外套マントを羽織っているとはいえ、水着姿で歩いているようなモノだ。


「確かに、卑猥ひわいな事を考える男性は多いでしょう」


 とラニスが同意してくれた。

 <魔族>である彼女もまた<魔素>を吸収する事が出来るらしい。


 そのための薄着のようだ。


「えーっ! 今の恰好かっこうのままでいいじゃん♪」


 とはツルギ。

 しかし次の瞬間、ラニスの裏拳を顔面に食らう事になる。


「うぎゃっ!」


 ダメージを受けつつも、レベルが上がっているお陰か――回復が早い。

 ただ『痛みを感じない』という訳ではないだろう。


 赤くなった鼻の頭をさすっている。


(学習しないな……)


 一方、当事者であるユーリア。

 彼女は意味が分かっていないのか――キョトン?――としていた。


 メルクと手をつなぎ――ニコニコ♪――と歩いている。

 現在、先頭はルキフェとアリスに任せていた。


 すで<魔物>モンスタートラップはない。

 来る途中ですべて片付けてしまったので、比較的安全な道程みちのりだ。


「気になっていたんだけど……」


 聞いてもいいかな?――僕はユーリアに質問する。


なんでしょうか?」


 可愛らしく首をかたむけるユーリア。


「『おっぱい』だな!」


 とはツルギ。

 ラニスに拳を振り上げられ、慌てて防御ガードの姿勢を取る。


 一方、ユーリアは自分の胸を見ていた。

 変な誤解をされてしまったようだ。


「ユーリアが現れた時の魔法についてだよ」


 と僕は訂正する。突如として空中に現れた光の魔法陣。

 あの手の『転移魔法』は、いくらレベルを上げても習得は出来ないだろう。


 師匠ルナが作った設置型の『転移魔法陣』とも違う気がする。


「『召喚魔法』の一種なのかな?」


 もし<魔族>が使えるのなら厄介やっかいだ――そんな僕の台詞セリフに、


「それは大丈夫です」


 ユーリアはニコリと笑う。


「あの魔法は、神殿同士を結ぶ『時空魔法』です」


 と答えた。

 どうやら<魔族>の世界にも似たような神殿があるらしい。


「特殊な条件下でしか発動しません」


 と語る。

 聞き耳を立てていたラニスは――ホッ!――と胸をで下ろした。


 当然の反応だろう。

 あんな魔法があるのなら<魔族>がいつ総攻撃を仕掛けてきても可笑おかしくはない。


「『時空魔法』?」


 僕は首をかしげる。彼女が使った魔法は『転移魔法』ではないようだ。


 ――もしかして、元の世界に帰れるのかも知れない⁉


 別に今ぐ帰るつもりはないけれど、向こうの状況が気になる。

 時間の流れはどうなっているのだろうか?


(せめてメールや手紙ぐらいは、送る事が出来れば……)


 ――いや、そんなに都合よくはいかないだろう。


「つまり、僕達も<魔族>の世界に行けるのかな?」


 僕は軽い気持ちで聞いてみた。

 その問いに、ユーリアは静かに首を横に振る。


「あれは神々が作った装置です」


 と答えた。

 やはり、そう上手くは行かないらしい。


「ですので『巫女みこの資格』のある者だけが利用出来ます」


 と教えてくれる。僕は、


「つまり<勇者>が現れた時にのみ『使える』という事なのかな?」


 タイミング的にも、ツルギが『勇者の証』を手に入れた時だった。


 ――<勇者>の元に<巫女>が現れるためのモノ。


 そう考えれば、色々と合点がてんが行く。

 本来この世界は『もっと自由に行き来が出来た』のか知れない。


 どうやら現状では、都合よく利用するのは難しそうだ。


「出口でちよ!」


 とルキフェ。

 その言葉に、暗い場所が苦手なイルミナは少し安心した様子だ。


「<魔物えさ>……出て来なかったな!」


 とはアリス。

 お腹が空いているのか、なんだか残念そうにしている。


「やっと出られるぜ!」


 そう言って、ツルギは走って行ってしまう。

 やれやれ、彼には僕達の話は退屈だったようだ。



 †   †   †



まぶしい……」


 無事に洞窟の外へ出た僕達だけど、油断は出来ない。

 森の奥には<魔族>がひそんでいる可能性が高いからだ。


 目をらす必要もある。


(少し休憩した方がいいだろう……)


 僕は【魔物感知】を使用する。

 安全である事が確認出来たので、メルク達に出てくるように指示した。


 先に出たルキフェとアリスは落ち着きなく駆け回っている。


(元気だな……)


 ツルギは身体を伸ばすと体操を始めた。

 面白そうだと思ったのか、ルキフェとアリスも真似まねをする。


「少し休んだら、場所を移動しよう」


 この辺りはまだ、木々が鬱蒼うっそうしげっている。

 目をらしたら、もう少し開けた場所に移動した方がいいだろう。


「これが<幼女界ロリスガルド>の空なのですね!」


 とはユーリア。感動しているようだ。

 僕とラニスは困った顔をする。


 <幼女界ロリスガルド>――確かに作品よってはそう呼ばれていた。


(<人間界>ではないのか……)


 ――いや、今はそこはどうでもいい。


 確かゲームでは<魔界>は夜みたいな場所だった。

 僕は気を取りなおすと、


「青い空は珍しいのかい?」


 ユーリアに質問すると、


「はい!」


 と返事をして、彼女はメルクを抱きかかえた。


「メルクちゃんと一緒ですね!」


 とっても綺麗です♥――とユーリアは喜ぶ。


(メルクの属性は<水>なんだけど……)


 今は黙っていた方が良さそうだ。


「そうか――色々な世界があるんだったな……」


 僕は『この世界』の事を考える。

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