第94話 勇者(10)


「どうしようか? この女の子……」


 僕の腕の中には、気を失った少女が横たわっている。

 『試練の洞窟』を探索していた所、突如として、空中から現れたのだ。


 ――『転移魔法』だろうか?


 ゲームで習得出来る魔法には該当しない。

 特殊な魔法のようだ。


 褐色の肌に少し尖った耳。

 闇妖精ダークエルフというよりは、ラニスに近い。


(<魔族>である可能性が高いな……)


 突如とつじょとして、光の魔法陣から出現した。

 空中に現れたかと思うと、ゆっくりと落ちてくる。


 僕は急いで下に入り、受け止めたのだ。

 重くはなかった。むしろ、軽い位だった。


 それよりも、露出ろしゅつの多い服装の方が困る。


(ゲームでも<魔族>は男女問わず、露出ろしゅつが多かったけど……)


 色は白を基調としていて、清純派のよそおいだ。

 けれど、上は胸のみを隠している。ビキニと言っても差し支えない。


 一応、外套マントを羽織ってはいたけれど、生地がけている。

 目をらすと身体のラインがくっきりと分かった。


 形が良く、大きな胸が上下に揺れている。


(どうやら、呼吸はしているようだ……)


 神秘的な雰囲気があるので、神殿に仕える巫女装束なのかも知れない。

 スカートは短く、綺麗な太ももが丸見えだ。


 おーっ!――と声を上げ、当然のようにツルギが見入る。


(鼻の下を伸ばして、だらしがない……)


 そんなツルギに対し、ラニスはかさず目潰めつぶしをした。


「うぎゃーっ!」


 日頃の行いだろう。彼女に躊躇ためらいはない。

 ツルギは両目を押さえ、地面をのたうち回る。


(今は無視しよう……)


 それよりも、色々と無用心ぶようじん恰好かっこうだ。

 流石さすがに、このままにしておく訳には行かない。


 ラニスは転がっているツルギから外套マントうばった。

 やや強引だったためか――ゴンッ!――とにぶい音がする。


 どうやら、ツルギが地面に頭をちつけたようだ。

 後頭部を押さえ、悶絶もんぜつしている。


 ――HPは大丈夫だろうか?


 一方、ラニスはそれを無視する。

 何事もなかったかのように、褐色かっしょくの肌の少女に対し、ツルギの外套マントを掛けた。


(自分の外套ローブは使わないのか……)


 ――さて、地面に寝かせる訳にもいかない。


 この露出ろしゅつの多い少女が目覚めるまで、どうすればいいだろうか?


(取りえず、背嚢リュックを枕替わりにでもするか……)


 ちなみに、露出ろしゅつと言えばヨロイだ。

 けれど、彼は何処どこかへ行ってしまった後だった。



 †   †   †



 それは『宵闇よいやみの森』に入り、少しってからの事だ。

 忽然こつぜんとヨロイは姿を消した。


 <魔物>モンスターの姿はないので、おそわわれる心配はないだろう。

 逆に言えば<魔物>モンスターが居ないため――経験値稼ぎレベルアップが出来ない――とも言える。


 そこで僕は『試練の洞窟』へ入る事にした。

 以前、来た時に別の入口を見付けている。


 そこなら<魔物>モンスターも弱く、適度に経験値をかせげるはずだ。

 ついでに――ツルギ達に『勇者の証』を取ってもらおう――と考えた。


 しかし、彼らは常に僕の想像のななめ上を行く存在だ。

 思い通りに事は運ばない。すでにハナツは離脱してしまった。


 ――まさかヨロイまで居なくなるとは⁉


(いや、森の中で全裸になっているに違いない……)


 恐らく、後ろを付いて来ているはずだ。

 女性陣が居る内は出て来ないのだろう。


 取りえず、僕は――用事がある――と言って独りになる。

 当然、メルク達は心配してくれたけれど、なんとか説得した。


 しばらく待つと、予想通りヨロイが出て来る。

 やはり、こっそりとあとを付いてきていたらしい。


 先程までは女性陣が居たため、出て来なかったのだろう。

 『見付かるか』『見付からないか』のスリルを味わっていたに違いない。


(『変質者』め……)


「全裸でなにをやっているんだよ……」


 僕の言葉に、


「これがオレの自然体だ!」


 と言い放つ。

 取りえず、前にブラブラしているモノがあると気になる。


 僕は大きな葉っぱを渡した。


「これをオレに付けろ――だと⁉」


 受け取りつつ、驚愕きょうがくの表情を浮かべるヨロイ。


 ――重症だな。


「違う……」


 と僕は一言、げると、


「自然と一体になるんだ!」


 そう強く言った。

 正直、自分でもなにを言っているのか、よく分からない。


 しかし普通に「付けろ!」と言っても、付けてはくれないだろう。


「そうか! そうだったのか⁉」


 とヨロイ。なにかに気が付いたようだ。


「オレは今まで、裸になる事が自然体だと考えていた」


 しかし、それは違った!――ヨロイは葉っぱを股間に装着する。


「はう~♥」


 同時に気持ちの悪い声を上げた。


「これが自然と一体になるという事か……」


 とヨロイ。勝手な解釈が始まってしまったようだけれど、


「そうだ……」


 僕は肯定しておく。


「今までのオレは異物でしかなかったのか……」


 ふるえるヨロイ。


「どうやら、オレはまだ上に行けるようだ」


 と納得する。彼の中で、新しい自分を見付けたようだ。

 僕としては正直、この会話を早く終わらせたかった。


「気が付いたようだな」


 取りえず、話を合わせておこう。


「この森にいては自然と一体になる事こそ、大切な事だったのか!」


 今までのオレは、ただの全裸でしかなかった――とつぶやく。

 同時にヨロイの気配が変わった。早速、なにかをつかんだらしい。


「ありがとう! アスカ……」


 やっぱり、お前は<勇者>ナンバーワンだ!――そう言って背を向けた。


「あっ! <勇者>様……やっと見付け――」


 としげみから現れたヤンカさん。

 ヨロイを探し回っていたのだろう。


 髪や衣服に葉っぱや小枝が付いている。


「ヤンカか……オレは自然と一体になる!」


 まるで重大な使命を帯びているかのようにヨロイは森へと帰って行く。


「ま、待ってください!」


 そんな恰好かっこう何処どこに行くんですか⁉――とヤンカさん。

 葉っぱ一枚で森を歩くヨロイの後を追い掛け、一緒に行ってしまう。


 ――それ以降、ヨロイは僕達の前から姿を消した。


 結局、洞窟へは僕と<ロリモン>達、ツルギとラニスだけが辿たどり着く。 


「こんな場所から入る事が出来たのですね」


 おどろくラニス。

 一方、ツルギと<ロリモン>達は<魔物>モンスターを狩り始める。


(余程、ストレスが溜まっていたのだろう……)


 ――楽しそうだ。


 途中、宝箱を見付けたり、トラップにも引っ掛かったりしてしまった。

 それでも協力し、なんとか最深部へと辿たどり着く。


「古い神殿のようですね」


 とラニス。王族なら知識ぐらいはあるのかと思っていた。

 けれど、彼女にとっては知識もなく、初めての場所だったらしい。


 確かに古い神殿のような入口があり、その中には祭壇が存在していた。

 そして、『赤』『緑』『青』の三つの光の柱を見付ける。


「怪しいでち!」


 とルキフェが飛び込もうとした。

 僕はメルクに目配せアイコンタクトを送る。


 メルクが腕を伸ばし、ルキフェを捕まえた。


(やれやれだ……)


 僕がルキフェに代わって、光の柱に触れると――バチンッ!――指が弾かれる。


 ――結構、痛い。


 ルキフェはその様子を見て『危ないモノだ』という事を理解したようだ。

 メルクが静かに、彼女を下に降ろす。


「大丈夫ですか?」


 心配してくれるラニス。


「多分<勇者>じゃなければ、れられないんだろう」


 僕はそう言ってツルギを見た。


「分かったよ……」


 彼は『青』の光の柱へと手を伸ばす。

 すると問題なく光の中へ手を入れる事が出来た。


 同時にその光がツルギの手へと集約する。

 やがて光が失われると、彼の手の甲に『紋章』が浮かび上がった。


「どうやら、それが『勇者の証』らしい」


 僕の言葉に「見せてください!」とラニス。

 ツルギ自身も不思議そうに自分の手の甲を見ていた時だった。


 僕らの頭上に光の魔法陣が描かれ、その中から少女とおぼしき存在が現れる。



 †   †   †



「アスカ様、ツルギ――彼女が目を覚ましました!」


 とラニス。


「オレだけ呼び捨てかよ……」


 とツルギ。古い神殿を調査していた僕達は、再び彼女の元へと駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


 ラニスが心配して声を掛けると、


「はい」


 と褐色の肌の少女は答える。頭痛がするのか、手で押さえた。

 それでも、気力をしぼり、


「<勇者>様……ですか?」


 と言葉を発する。


「<勇者>はこっちだよ」


 僕はツルギに視線を向ける。彼はラニスを警戒してか、少し距離を取っていた。

 少女は目を見開くと、


「<勇者>様、どうかお助けください!」


 と懇願こんがんする。余程、切羽せっぱまっているらしい。


「落ち着いて、ずは君の名前は?」


 僕が質問する。すると、


「はい、わたくしは『ユーリア』――先代<魔王>の娘です」


 と答えた。

 どうやら、彼女は<魔族>の『お姫様』らしい。

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