第89話 勇者(5)


「失礼します――アスカ様をお連れしました」


 とウラッカが会議室のドアをノックする。

 中から――どうぞ――と女性の声がした。


 マルガレーテさんだろう。

 ただ、その声音から、いつもより幾分いくぶん、緊張しているようにも取れる。


 彼女でも、緊張する事があるようだ。


(でも……<勇者>の相手だけで、そんなに緊張するモノだろうか?)


 ウラッカが会議室のドアを開き、僕達をまねき入れる。

 僕はかがむと――少しの間、大人しくしていてね――とメルク達にお願いした。


 再び立ち上がり、姿勢を正すと、


「失礼します」


 そう言って、会議室へと入った。

 いつもの部屋かと思いきや――広い。


 人数が多いためだろう。

 長椅子ソファーではなくつなげられた長机テーブルが用意されている。


(確かに人が多いな……)


 意外だったのはトレビウスの父親である『バルクス』さんが居た事だ。

 その隣には見た事のない職員が立っていた。


 威厳いげんはないけれど、底知れない雰囲気ふんいきを感じる。


 ――ギルド長だろうか?


 細目で、その表情からはなにを考えているのか分からない。

 ギルド長という事はそれなりの年齢なのだろうけど、若くも見える。


 元冒険者というよりは『ホテルの支配人』といった方が納得出来るだろう。

 清潔感があり、キッチリとした恰好をしている。


(マルガレーテさんの上司というのもうなずけるな……)


 また『三勇者』もそろっていた。

 彼らの後ろにひかえているのが、仲間のようだ。


 形式だけとはいえ、まだ『召喚の儀式』も終わっていない。


(それなのに……すでに仲間を配置するなんて――)


 ――横暴が過ぎる。


 他の神殿も、黙ってはいないだろう。


 ――余程<ロリス教>を排除したいのだろうか?


(下手をすると宗教戦争になり兼ねないぞ……)


 僕はつい、そんな事を考えてしまう。


「ようっ! アスカ……」


 と笑顔で声を掛けてきたのはツルギだ。

 国の思惑や宗教戦争など、彼には関係ないのだろう。


(元気そうでなによりだ……)


 僕に気付いたヨロイも不敵に笑う。

 久しぶりの再会に、


「どうやら、刑期は終わったようだね」


 僕が冗談めかしてを言うと、


「いやいや、執行猶予しっこうゆうよ中さ」


 とツルギは笑った。次に僕はヨロイへと身体を向けると、


「ヨロイも元気そうだね……」


 服を着ていたから一瞬、分からなかったよ!――その冗談に、


「脱いでいいのなら、脱ぎたいくらいさ」


 ヨロイはそう言って、シャツのえりに手を掛ける。

 ボタンを外す仕草をした。


 すると、そばに居た神官が慌てて止めに入る。

 若い――どうやら少女のようだ。


(確か、あの神官服は<ザマスール教>だったはず……)


 ――若い女性をあてがって、篭絡ろうらくするつもりだろうか?


 冗談だ――とヨロイがシャツから手を離す。

 少女神官は――ホッ――と胸をで下ろした。


 ――どうやら、苦労しているようだ。


(完全に遊ばれているな……)


 それにしても二人共、変っていないようだ。

 僕としては安心する。


(神殿側による『洗脳』という手段もないとは言い切れない……)


 お互いに無事を確認した所で、僕達はこぶしを前に出す。

 そして、挨拶あいさつ代わりに軽くつけた。


「こ、これが……男の子同士の友情――」


 と下から声がする。

 視線を向けると『ハナツ』がしゃがんでいた。


 両手で頬杖ほおづえき、ウットリとした表情で僕達を見上げている。

 ツルギもヨロイもれているのか、特に反応はしない。


 ――僕が相手をしないとダメなのかな?


 内心、溜息をくと、


「しゃがんでないで立ちなよ」


 そう言って、僕は手を差し伸べた。

 ハナツは嬉しそうにその手を取る。


「ある意味<勇者>だな……」


 クックックッ――とツルギが笑う。


「うむ、流石さすがアスカだ」


 ヨロイはそう言って、感心した様子でうなずく。

 どうやら、すでに彼女はなにかをやらかしていたようだ。


「王子が黒焦くろこげに……」


 ウラッカが耳打ちで教えてくれる。

 それが聞こえたのだろうか?


 ツルギの後ろにひかえていた女性の一人が突如とつじょ――ううっ!――と声を上げ、両手で顔をおおった。余程、悲しい出来事だったのだろう。


「ちっ、違うんです! わざとじゃないんです……」


 と言い訳を始めるハナツ。

 推測するに、魔法を失敗して『この国の王子』を黒焦くろこげにしたらしい。


(ハナツは【魔法】の<勇者>だと思ったけど……)


 わざとじゃない――という事は、どうやら制御コントロールが出来ていないようだ。

 このまま、彼女と『冒険の旅に出る』のは危険な気がする。


「分かってるよ――後でなんとかしよう」


 僕の台詞せりふに――はい!――とハナツは花が咲くように頬をゆるませた。


「スゲェーッ! 流石さすが<魔物使い>!」


 ニッシッシッ!――と笑うツルギ。


(ハナツは<魔物>モンスターではないので失礼だぞ……)


「お前には、おどろかされてばかりだな……」


 とはヨロイ。


おどろかされているのは、こちらもなのだけれど……)


「お取込み中の所、申し訳ありません」


 とマルガレーテさん。


ずは席に着きませんか?」


 そう言って、長机テーブルに視線を送った。



  †   †   †



 今、僕達は『勇者御一行』と<冒険者ギルド>の面々で向かい合って座っている。

 どちらに座るべきか逡巡しゅんじゅんしたけれど、僕はギルド側の席に座った。


 単純に――『勇者御一行』の人数が多い――というのもある。

 椅子いすはあるのだけれど、彼らの仲間の半分は座らなかった。


 各々おのおのつかえる<勇者>の後ろに立ったままひかえている。


(ツルギ達は気楽なようだけれど、他は真面目みたいだ……)


 ――これは話が長くなるかな?


 僕はウラッカに頼んで、メルク達を預かってもらう事にする。

 その際、気になる事があったので一つ確認をした。


「ねぇ、ウラッカ」


 僕は彼女に耳打ちをする。

 なんです? 先輩――声には出さず、ウラッカは首をかしげた。


「この国の王族って、『紅い髪』だったよね……」


 その言葉に――ピキンッ!――とウラッカは硬直こうちょくする。


(分かりやすいなぁ……)


 僕が気になっていたのは、ツルギの仲間の一人だ。

 外套ローブで姿をおおってはいたけれど、紅く長い髪がのぞいている。


「そ、そ、そ、そうでしたっけ?」


 まるで電池の切れかけた玩具おもちゃのようにぎこちない動きだ。


(まさかとは思ったけれど、本当に『お姫様』が来ているとは……)


 恐らく、ツルギは気が付いていないのだろう。

 彼の性格からいって、真っ先に自慢するはずだ。


 先程、『王子が……』と言って、悲しんでいた女性は侍女だろうか?

 姫の身の回りの世話をするために付いてきた可能性が高い。


 この国のお姫様が来ているのなら、マルガレーテさんの緊張もうなずける。

 他にも何人なんにんかは、その存在に気付いているはずだ。


(トラブルの予感しかしない……)


 僕はウラッカに――ありがとう――とお礼を言うと席に着いた。

 お互いに簡単な自己紹介を行う。


 とは言っても、『三勇者』の挨拶あいさつと僕の紹介だけだ。

 <勇者>の仲間達は挨拶あいさつをしなかった。


 ただ気になったのは、ハナツの仲間のイケメン神官だ。

 彼も<ザマスール教>のようだ。


 時折、僕に対して、ゴミを見るような視線を向けて来る。


(別に敵対する気はないのだけれど……)


 ――やれやれ、先が思いられる。

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