第75話 三日月村(1)


 どうやら、村を囲うへいに激突してしまったようだ。


 ――壊してしまったようだけど、仕方がない。


(後で直さないとな……)


 そんな事を考えられるのも、余裕があるからだろう。


「み、皆……生きてるかい?」


 【ステータス】画面を確認する限りは全員無事のようだ。

 無様に地面へと転がりながら、僕は質問する。


「な、なんとか生きてるでち……」


 とはルキフェ。飛べるのだから――飛んで逃げれば良かったんじゃないか?――と言うのはめておこう。


「うおーっ! 面白かったぞ……」


 こぶしを握り、元気に上半身を起こすアリス。

 り傷だらけだけれど、頼もしい。


「ふぇ~ん、ご主人が死ぬ~」


 背嚢リュックに入っていたガネットは無傷のようだ。

 取りえず、死ぬ予定はないので起き上がろう。


 メルクの返事がなかった。

 恐らく、何処どこかに飛んで行ってしまったのだろう。


 <スライム>なので――つかって怪我けがをする――という事はないはずだ。


「無事だといいけど……」


 起き上がり、頭を振る。

 気が付くと僕の目の前には<灰色オオカミ>が居た。


何故なぜ、こんな所に?)


 一瞬、身体が強張こわばり、固まってしまう。


 しかし――


「キキッ? 様子が変でち……」


 すでにルキフェは戦闘の構えを取っていた。

 けれど<灰色オオカミ>はおそってこない。


 いや、ヨロヨロとした足取り、今にも倒れそうな動きだ。

 何処どこ怪我けがをしているのだろうか?


 よく見ると腹から血を流している。

 出血がひどいのか、目も見えていない様子だった。


 そこに<一角いっかくウサギ>が現れ、体当りをする。

 キャンッ!――と<灰色オオカミ>。


 犬のような鳴き声を上げた。

 どう考えても、普通は立場が逆のはずだ。


(<ウサギ>に狩られる<オオカミ>って……)


 僕達が大勢を立て直している間、更に数匹の<一角いっかくウサギ>が出現する。

 先程、あれだけ倒したというのにまだ出現するようだ。


 よく見ると、村の塀はすでに何個所も壊されている。

 どうやら、僕達は間に合わなかったらしい。


 ――レイア達は大丈夫かな?


(早く合流しないと……)


 一方、最後の力を振りしぼり、警戒する<灰色オオカミ>。


(いや、警戒しているのは<一角いっかくウサギ>にではない……)


 ウウゥーッ!――と低いうなり声を上げる<灰色オオカミ>。

 臭いを頼りにしているのだろうか。


 威嚇いかくした先には、黒い角を持つ<一角いっかくウサギ>が居る。

 身体は他の<ウサギ>達と比べ一回り大きく、角も長くするどい。


 その<一角いっかくウサギ>は助走を付けたかと思うと――次の瞬間には、長くするどい角で<灰色オオカミ>の腹をつらぬいていた。


(まるで投擲とうてきされた槍だ……)


 僕は急いで台車リヤカーの破片を集め『盾』を作る。



  <ブラックホーンラビット>――<一角ウサギ>の上位種です。

  また<ホーンラビット>の突然変異でもあります。


  ひたいには黒くするどい角を生やしており、獲物を串刺しにします。

  動きも早いため、より戦闘に特化した個体です。



 どうやら、ジャイアント系ではないようだ。

 イルミナが見た個体というのも、きっとコイツだろう。


 正直、メルクとイルミナ抜きでは勝てる気がしない。


「ご主人、楽しそうです~」


 とガネット。どうやら、口元がゆるんでしまったようだ。

 いけない――と手で口元をおおう。


(つい、楽しくなってしまった……)


 その<ブラックホーンラビット>は角を引き抜くと――ムシャムシャ――と<灰色オオカミ>を咀嚼そしゃくし始めた。


 まだ<灰色オオカミ>は生きていたが、あらがう力は残っていないようだ。


(それにしても、食事を始めるとは……)


 どうやら、<ウサギ>の方は僕達を前に随分ずいと余裕らしい。


 手下の<一角いっかくウサギ>達はボスの獲物には手を出さないのか、標的ターゲットを僕達に定めている。ピョンピョン――と近づいてくるけど、ちっとも可愛くない。


「戦闘開始だ!」


 アリス、ガネットは危ないから僕の後ろに隠れていて!――と言おうとしたのだけれど、<ブラックホーンラビット>の姿が一瞬にして消えた。


 代わりに現れたのはガネットだ。


「ご主人、やりました~」


 地面が盛り上がったかと思うと――ポコン!――と顔を出す。

 女の子が地面から首を出している姿はなんともシュールだ。


「キキッ! あのデカい<ウサギ>、穴に落っこちたでち!」


 とはルキフェ。


なんだ? もう終わったのか……」


 とアリス。骨棍棒を振り回し、標的ターゲットを<一角いっかくウサギ>達に変える。不思議なモノで、先程まで余裕だった<ウサギ>達の顔色が一瞬で青くなった気がする。


 僕はガネットを抱えると【ウィンドカッター】を近くの<一角いっかくウサギ>に放つ。

 風の刃が、その首を斬り落とす。


(威力が上がってる……)


 手足を斬り、動けなくする程度のつもりが、予想以上の威力になっている。

 同時に、その光景を見た<ウサギ>達は一斉に逃げ出した。


 まさに脱兎だっとごとくだ。


 ――だけど、もう遅い!


我が闇の力に恐怖せよパラライズショック!」


「うらぁ! うらうらっ!」


 ルキフェの魔法とアリスの物理が炸裂する。


「アタイは自分より弱い奴には容赦ようしゃしないでち!」


 そう言うと、【ダークネスネイル】の魔法で指先から黒い爪を伸ばす。

 そして、次々に<ウサギ>達を斬り裂いて行く。


「オマエ達、オレのゴハン!」


 厨二病のルキフェと食い意地の張ったアリスの猛攻が<ウサギ>を追い詰める。


(どうやら、この場は二人に任せて良さそうだ……)


 僕はガネットと一緒に<ブラックホーンラビット>が落ちた穴をのぞく。

 すると地面の底に角が刺さった状態でもがく<ウサギ>の姿があった。


 正直、メルクが居たとしても、あの素早さスピードでは攻撃をかわされてしまうだろう。

 真面まともに戦えば苦戦していた。


 ガネットの落とし穴作戦は大成功のようだ。僕は、


すごいよ! ガネット……」


 良くやったね!――と彼女の頭をでた。


「嬉しいです~♥」


 とガネット。どうやら、彼女には彼女に合った戦い方があるらしい。


 僕は【アイテムボックス】を利用して、転がっている塀の破片を集めると穴の中に投下した。そして火を放ち、<ブラックホーンラビット>を煙でいぶす。



  メルクのレベルが1上がりました。

  ルキフェのレベルが1上がりました。

  イルミナのレベルが1上がりました。


  アリスのレベルが1上がりました。

  ガネットのレベルが1上がりました。



 どうやら、倒したようだ。ルキフェ達の方も粗方、片付いたらしい。

 以前は逃げられていたけど、今はこちらの方が素早さスピードは上だ。


 一羽も逃がしはしなかったようだ。


(頼もしいと言うか、恐ろしいと言うか……)


 再び、僕の頭上を影が覆う。煙を見て、気が付いたのだろう。


「兄さん、大丈夫だった?」


 上空からイルミナが現れる。


「見ての通りさ――」


 僕が笑顔を浮かべると、彼女は――ホッ――と安堵あんどの息をくのだった。

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