第61話 神殿都市ファーヴニル(7)


(ううっ……ゆっくり休めた気がしない――)


 師匠は力が強いし、子供は体温が高い。

 好意的なのは嬉しいが、寝苦しいのは勘弁して欲しかった。


 その点、メルクは柔らかくて、ヒンヤリしている。

 抱き心地がいい。


 けれど、僕の顔におおかぶさった件を気にしているのだろう。

 必要以上に近づこうとはしなかった。


 朝起きると――


なんじゃ? モテモテじゃのう……」


 と師匠。嫉妬しっとして怒っている――という訳ではない。

 むしろ――あきれている――という感情ニュアンスの方がしっくりくる。


「見た目はね……」


 と僕。眉間みけんしわせ、かなり不機嫌だ。

 その理由は簡単で、


「ちゅーっ! ちゅぱちゅぱ、ちゅーっ!」


 とルキフェが僕の首筋に歯を立てる。

 吸血行為こういだろう。


 ただ、レベルの上がった僕には、甘噛み程度の感触でくすぐったい。


「チュッチュッチュッ」


 と何度も接吻バードキスをしてくるのはイルミナだ。

 本人いわく、くちばしつついているらしい。


 やたらと目を狙うのはめて欲しい所だ。


「かぷっ! はみはみ……」


 とはアリスだ。僕を食べる気なのだろうか?

 寝惚ねぼけて噛みついてくるのは勘弁して欲しい。


「だーっ!」


 僕は声を上げ、三人をける。

 そして、上半身を起こした。


 朝から顔がよだれまみれで――デロンデロン――だ。


(臭い……)


 お陰で念入りに顔を洗う羽目になった。

 更に<ロリモン>を着替えさせ、顔も洗わなくてはならい。


 五人も居るので、朝からかなりの労力を使用した。

 食卓へ着くも、今度は彼女達に食事をさせなければならない。


 ようやく落ち着いたので、一人遅れて朝食を取っていると、


「で? 今日はどうするつもりなのじゃ……」


 師匠に質問される。


「まずは街に向かうよ」


 セシリアさんに改めて、お礼と報告をしなければならない。


「神殿にった後は<冒険者ギルド>で報酬をもらう予定かな……」


 アリスとガネットを『従魔』として登録しなくてはいけない。


「買い物も済ませて――」


 レイアに挨拶あいさつだ。


(居るといいのだけれど……)


 彼女にアリスとガネットを紹介した方がいいだろう。

 ついでに、メルクが成長した事も報告しなければならない。


 ――おどろくだろうか?


(いや、神殿に戻って……)


「ルキフェとイルミナを『進化』させるつもりだよ」


 『進化』の単語に反応したのだろう。


「『進化ちんか』でち!」


「『進化』、『進化』する」


 とルキフェとイルミナ。イルミナはかく、ルキフェは忘れていた可能性がある。

 分かっているから――僕はそう言って、二人に静かにするように合図を送る。


 師匠が居る事を思い出し、二人は両手で口を自分達の口を押さえる。

 そうやってぐに黙ったのだけれど、『進化』出来るのが嬉しいのだろう。


 二人はニヤニヤしていた。


「石を買うお金があるといいのだけれど……」


 僕は内心、溜息をく。

 どちらか片方だけを『進化』――という訳には行かない様子だ。


 ――『<闇>の石』と『<光>の石』でいいだろうか?


(メルクみたく、『相性がいい』と良いのだけれど……)


「そうか……」


 師匠はそう言って、お茶をすする。

 なんだか、その姿がさまになっていた。


(やはり、師匠の『お父様』とやらは日本人なのだろう……)


「『勇者召喚』の日も近い……計画的にきたえるのじゃぞ!」


 彼女のそんな言葉に、


「分かっているよ、師匠――色々とありがとう」


 僕はそう言って立ち上がると、使った食器を片付けた。


(お茶をもらって、のんびりとしたい所だけど……)


 <ロリモン>達の歯もみがかなければならない。


「うむ……」


 と師匠。

 この時の僕はまだ――彼女があんな事になるだなんて――思ってもいなかった。



 †   †   †



 神殿都市ファーヴニルの正門まで来ると衛兵に<ロリス教>の『聖印』を見せた。


(相変わらず、いい顔はされないだろうな……)


 憂鬱ゆううつな気分で居たのだけれど、露骨ろこつに嫌な顔をされる事は無かった。

 どうやら、<ジャイアントボア>を倒した事が評判になっているらしい。


 命を張った冒険者には、少なからず、敬意を払うのが暗黙のルールのようだ。

 街へ来た目的を告げると、中へ入る事を許される。


 僕達はぐ、神殿に向かったのだけれど――


「走ると危ないよ……」


 街中では飛行しないようにルキフェとイルミナにはお願いしている。

 当然、走り出したのはルキフェの方だ。


 僕が注意すると、


「大丈夫でち!」


 彼女はそう返すも――ドンッ!――と前から来た三人組につかる。


(あ~あ……言わんこっちゃない――)


 どうして、子供は突然走り出すのだろうか?

 僕は額を押さえる。


 ポテンッ――とルキフェはその場で尻餅しりもちいた。

 一方、つかった相手は、


ってぇーよぉ~! 兄貴あにきぃっ!」


 と盛大に声を上げる。


何処どこかで『見た記憶がある』ような気がするのだけれど……)


 ――多分、気の所為せいだろう。


 顔を包帯でグルグル巻きにして、幼女につかられた程度で足を怪我けがするアフロに心当たりはない。


「ルキフェ、怪我けがは無いかい?」


 僕はそう言ってかがむとルキフェを立たせる。

 そして、服の汚れを払う。


「大丈夫でち……」


 とルキフェ。良かった。


てぇ、てぇ~よ!」


 骨が折れたかも知れねぇ!――とアフロ。

 兄貴あにきと呼ばれた人物は――そいつぁ大変だ!――とわざとらしく声を上げる。


 そして――


「おいおい、どうしてくれるんだぁ? 嗚呼ああっ⁉」


 いかつい男性で、声まで暴力的だ。

 しかし、その男は僕と目が合うと――げっ!――そんな言葉を漏らす。


 どういう訳か、見る見る顔が青くなって行く。そして、


「お、おめぇは……」


 震えながら僕を指差した。


(はて? こんな頭の悪そうな人物――知り合いに居ただろうか……)


 僕が首をかしげると、


「ダメですぜ、兄貴っ! コイツ、オレ達の事、完全に忘れてるみたいでさぁ……」


 三人組の一人であるハゲが兄貴に耳打ちをした。

 どうやら、僕は知らない内にうらみを買っていたようだ。


「兄さん、知り合い?」


 イルミナに聞かれたので、


「うんん……全然、知らない人――初めて会ったよ」


 僕は首を横に振った。

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