第54話 宵闇の森(8)


「【ウォータープリズン】!」


 メルクの愛らしい声がひびく。その一方で、


 ――ブモッ⁉


 地面を転がる事で、ようやく火を消しめた<ジャイアントボア>。

 起き上がると同時に、今度はその巨体を水球が包み込んだ。


 ――ブモォッ! ブモォッ!


 と鳴き声を上げる。水から逃れ、呼吸をするために、しぶとく顔だけを出す。

 だが、それは織り込み済みだ。


 僕の手には、すでに調味料の『醤油』がある。


「【ウィンドカッター】!」


 <ジャイアントボア>の口目掛け、魔法と同時に放つ。

 切り裂かれた口の中に『醤油』が広がった。


 ――ブモォッ! ブモォッ!


 それが<ジャイアントボア>の断末魔だんまつまさけびとなる。

 メルクの作り出した巨大な水球――その水の牢獄の中へと完全にしずむ。


 放って置いても、やがて窒息するだろう。けれど、無理に苦しませる必要もない。

 僕がメルクに視線を送ると、彼女はうなずいた。


「【フリーズランス】!」


 心地よく澄んだ声――


 そのひびきとは裏腹に、次の瞬間には鋭利えいりな氷の槍が、その巨体をつらぬく。

 水の牢獄が真っ赤に染まる。



  アスカのレベルが1上がりました。

  メルクのレベルが5上がりました。



 メルクは進化して、別の個体になった。そのため、レベルが1に戻っている。

 <ジャイアントボア>を倒した経験値で、一気にレベルが上がったようだ。


「お兄ちゃん、やったよ! めて……」


 そう言って、彼女が僕に抱き着いてくる。

 ゴフッ!――相変わらず、謎の跳躍ジャンプ力だ。


(いや、進化した分――更に強力になっている……)



  ルキフェのレベルが1上がりました。

  レベルが上限に達しました。


  進化が可能です。



「やったでち! これでアタチも進化ちんかでち……」


 ルキフェがそう言って、飛び上がる。



  イルミナのレベルが1上がりました。

  レベルが上限に達しました。


  進化が可能です。



「笑止、ボク、先」


 とはイルミナだ。こちらもレベルが10になったようだ。

 二人が期待を込めた眼差まなざしで、僕を見詰めるのだけれど、


「だから、進化するための<アイテム>が無いから……」


 二人を<ジャイアントバット>や<プランダークロウ>に進化させる事は可能だ。

 しかし、今後の事を考えると――通常の進化よりも、属性を持たせるべきだろう。


 僕の言葉に二人はガッカリとする。どうやら、忘れていたようだ。


「二人共、元気出して……」


 とメルク。僕から離れると――プルプル――と身体をらしつつ、着地する。

 そして、二人の頭をでた。


(僕の真似まねだろうか?)


 微笑ほほえましく思う場面シーンなのだろう。けれど今、彼女は困った恰好をしている。

 身体が成長したため、服の大きさサイズが合っていないのだ。


 白のワンピースはピチピチで、あまり着ている意味をなさない。

 ミニスカートと言えば聞こえはいいが、下着パンツが丸見えになっている。


 <スライム>なので、身体が流動する。

 そのため、服が破けていない事が救いだろう。


 ルキフェやイルミナだったら、大変な事になっていそうだ。


(メルクが最初で良かった……)


 取りえず、進化させる際は服などを脱がしてからの方がいいようだ。

 金属製の鎧などを着せていた場合、非常に危険だ。


 メルクが動く度にスカートがれ、下着パンツが見える。

 姿が子供だからまだいい。


 けれど、この姿のメルクを連れて、街中を歩いた場合、僕は完全に犯罪者アウトだ。


(また、補導されねない……)


 彼女には悪いけれど、背嚢リュックに入ってもらうようにお願いする。


なんで? お兄ちゃん……私、歩けるよ」


 メルクはそう言うと、僕の周囲を駆け回る。

 まだ、何処どこ覚束おぼつかない足取りだけれど、一緒に歩く分には問題なさそうだ。


(さて、なんと言って説得すべきだろうか?)


「おーい! 無事か……」


 と遠くから声が聞こえる。


(この声は『ルイス』だろうか?)


 どうやら、さわぎを聞きつけ、救援に来てくれたようだ。


「ほら、メルクは急に成長しただろ? 皆、おどろくから隠れていて……」


 僕の思い付きの台詞せりふに、


「そうだね! うん、分かったよ……」


 メルクは素早く背嚢リュックに隠れた。


(素直で助かるけど……)


 ――物凄ものすごく重い!


 思わず、よろけそうになる。


「大丈夫? お兄ちゃん……」


 メルクが心配そうに声を上げたので、


「そういえば、ツインテールにしたんだね……似合ってるよ」


 と返しておいた。

 うにゃあ♥――と背嚢リュックからメルクの喜ぶ声が聞こえる。


 僕が大勢を立て直していると、


「おーい! アスカ……」


 ルイスがこちらに気が付いたようで、手を振っていた。

 僕も――おーい!――と返事をして、手を振る。


(思ったよりも、ぐの再会になってしまったな……)


 ――お互い、恰好がつかない。


 一方、彼の後ろには兵士と冒険者数名がひかえていた。どうやら、<ジャイアントボア>との戦闘を考慮こうりょして、連れて来てくれたようだ。


 人の多さにおどろいたのか、ルキフェとイルミナは僕の後ろに隠れる。


<魔物>モンスターとしての習性だろうか?)


 やはり、冒険者が大勢いる状況は苦手らしい。


(今度から、ギルドを訪れる際は気を付けうよう……)


 ルイス達はまず<ジャイアントボア>の死骸しがいおどろいていた。

 倒せない<魔物>モンスターではないけれど、僕達が倒せるとは思っていなかったようだ。


「アタチのお陰で勝てたのでち!」


 調子に乗るルキフェは一先ひとまず置いておこう。

 僕は<暴れイノシシ>を【アイテムボックス】に収納する。


 流石さすがに大きいので、一頭ずつ【収納】と【解体】を繰り返す。

 肉や骨は<アイテム>として持って帰るとして、問題は残骸ざんがいの処分だ。


「今晩のオカズでち!」「楽しみ」


 ルキフェとイルミナは喜ぶ。呑気のんきなモノである。


(夕食になるのは、こっちの方だったかも知れないのに……)


 <ジャイアントボア>についてだけれど、流石さすがにでか過ぎる。

 どう考えても【アイテムボックス】へは入り切らないだろう。


 ――この場でさばくか?


(包丁はあるけど、どうやって……)


 僕は首をひねった。

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