第71話 第33.5局 師匠編⑯

 私は、他人の事情に深入りするのが好きではない。理由は簡単。私自身が、自分の事情に深入りされるのが好きではないからだ。人にやられて嫌なことはするな。学校なんかでよく言われる言葉だ。私はそれを忠実に守っている。


 私が彼と一緒に居て心地よいのは、私も彼も、お互いの事情に深入りしないからだ。私は、彼が将棋を指す理由を知らない。彼があの日、泣いていた理由を知らない。彼は、私が奨励会を止めてしまった理由を知らない。私が大学生になった理由を知らない。他にも、お互いに知らないことは山ほどある。でも、それらを知る必要はない。知ってしまえば、二人の心地よい関係が崩れてしまうかもしれないのだから。


 だが、今日、初めて彼は、私自身の事情に深入りした。元妹弟子のあの子が来た時でさえ、深入りしようとしなかった彼が。


 結果として、それは良かったことなのだろう。それでも、私たちの関係には、何らかの変化があるはずなのだ。その変化が良いものなのか、悪いものなのか、今はまだ分からない。


 まあ、それはそれとして・・・、


 ああ・・・。


 まずい・・・。


 まずいなあ・・・。





 彼のことが頭から離れない。

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