第23話 第16局
金曜日、深夜、大学の休憩スペース。いつものように師匠と将棋を指す。
パチッ・・・パチッ・・・パチッ・・・
今日の休憩スペースには、いつもとは違った音が響き渡っていた。
「・・・やっぱり、マグネット将棋は指しづらいですね。」
いつもとは違う感覚に、思わずぼやいてしまう。ちらりと前を見ると、いつもと同じような穏やかな表情で将棋を指す師匠がいた。
「別にそうでもないけどね。」
どうやら、師匠には、大して影響はないようだ。いや、むしろ、いつもよりも楽しんでいるのではないだろうか。心なしか、声が弾んでいるように聞こえる。
「しかし、急に『マグネット将棋を買ってきました』なんて君が言うものだから、驚いてしまったよ。」
小さな駒をもてあそびながら、師匠はそう言った。
確かに、いつも将棋盤と駒を持参している師匠からすれば、今回の僕の提案は思いもよらないものだったのだろう。
「・・・旅行をする時なんかに、あると便利かなーと思って、昨日買ったんです。まあ、使いにくい事この上ないのが分かったわけですが・・・」
がっくりと肩を落としてみせる。今後は、なるべくこのマグネット将棋で将棋を指すことは控えたいものだ。
心なしか、目の前のマグネット将棋は鈍い色をしているように見える。買った時は、あんなに明るい色をしていたのに。
「・・・君の言う旅行って、将棋を指すこと前提なんだね。」
師匠がにこりと微笑む。その笑みは、まるで何かを期待しているかのようだ。
「あっ。」と声が漏れる。気が付かないうちに、僕は将棋を指すこと前提での旅行を考えてしまっていたのだ。そして、それが前提になっているということは、つまり、僕と、もう一人の将棋指しが旅行するということで、つまり、そのもう一人の将棋指しとは、つまり、つまり、つまり・・・
「うあ・・・。」
妙な声。数秒後、それが僕の口から出たものであることに気が付く。同時に、僕の顔の温度が急激に上昇しているということにも気が付いた。
「・・・君、何想像してるの?」
目の前には、先ほど同様、にこりと微笑む師匠。だが、先ほどとは異なり、師匠の顔は少し赤みを帯びている。
「あ・・・い、いえ、・・・何も。」
上昇する顔の温度をごまかすように、僕は下を向いて言葉を紡いだ。
僕の目線の先。僕の買ったマグネット将棋が、休憩スペースの光に照らされてキラキラと輝いていた。
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