四章 集結

第41話 試験の罠

 予選通過者、総勢二十四名。本選開始まで、残り十五分。


 母島の中央部に作られたコロシアム。形は楕円状。ぐるりと三百六十度を囲うように観客席が設けられており、段差違いになっているため、前の人の頭が邪魔になることはない。


 注目すべきステージは一番下だ。ステージとは言っても、有名漫画のように正方形のリングがあるわけではなく、逆になにもない。

 ウエスタンの舞台によくある荒野のような、砂埃が舞う、地面一辺倒。


 味気ない黄土色が敷き詰められ、観客席の壁に囲われた全てが参加者の戦闘領域である。



「隣、いいかな」


「いいですよー。というかー、そこは志牙さんの席じゃないっすかーっ。

 変な人ですね、主催者のくせに遠慮深い!」


 派手なシャツを着て、ヘッドフォンを三つも頭につけている少女は、この本選の実況担当だ。


 今は自分の子供のように……、彼女自身、子供同然と思っている機材をメンテナンスしている最中だった。

 志牙には、なにがどういう効果を出せる機材なのか、判断がつかない。興味もなかった。


 志牙がここにいるのは、彼も実況担当だからだ。


「確かに、ボクは一番見やすい席がいいとは言ったけど……、

 なにもこんな目立つところじゃなくても……」


「目立ちませんって。誰が実況すると思っているんですか。アタシですよ、ア・タ・シ! 

 注目させるべき対象はこの放送席じゃなくて、目の前のステージでしょう!」


 活発な少女だ。加えて、礼儀の知らない少女だ。


 確かに年齢は志牙の方が下である。確か、彼女は更紗と同い年だ。プライベートでよく話しているのを見たことがあった。よほど気が合うのか、それとも同い年だからこそ、話しやすいのか……、後者が先で、結果として前者に繋がるのだろう。


 年功序列は廃止されており、実力主義の飛竜では、今の場合は最高責任者である志牙には敬意を払うべきで、必然、言葉遣いも変わってくるはずだが、彼女の口調は変わらない。

 実況中も、あまり素と変わらないのだ。今をもうちょっと元気にしたくらいか。


 ふんふふふーん、と鼻歌を歌いながら、作業を進める実況。

 やることをきちんとやりながら、


「志牙さんには、実況担当ですけど、もっと分ければ、解説役にいてほしいのです。さすがにアタシだけじゃあ無理ですからねえ。更紗……、訓練生兼教官補佐に頼みたかったんですけど、あの子、予選通過しちゃったので」


「いいけど、ボク、解説が上手いわけじゃないからね?」


「いいんですいいんです。当たり前のことを当たり前に説明してくれればいいんですよ。なんなら、アタシが実況している時に辞書を引いていてもいいですし、もっと手早く、ウィ〇ペ〇ィアでもいいですよ。解説も難しかったら、テンプレを多用しても構いませんし。

 志牙さんの役目は教科書の注釈なんですって。

 いてくれるとありがたいです。アタシ、実況者としては!」


 実況担当と言われたから、マイクパフォーマンスを期待されているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。役割が誰にでもできそうで、代用が簡単に用意できてしまうのが、少しだけ不満ではあったが、確かに気負わなくて済む。志牙は快く、その依頼を受けた。


「機材が整いましたねっ、と。

 さて、残り時間あと十分ですけど、もう場を盛り上げておきます?」


「盛り上げる、って? できるなら、してくれてもいいけど」


「じゃあお言葉に甘えて。さあさあみんなー? 今から死闘を繰り広げる戦士のプロフィールや恥ずかしい情報を公開だぜ、ついてこいや野郎共ぉ――――!」


「いや、野郎ってさ――」


 実況の声に乗るように、七百人に届く観客席の少女たちが、一斉に立ち上がり、声を上げる。


 こそこそと動いている者を無意識に紛れさせながら。


 ――

 ――


 明花命火は着替えていた。飛竜の訓練生が着ている制服は防御性能が高く、銃弾もある程度なら弾いてしまう。それに比べて、命火の服装はただの高校の制服だ。銃弾は弾かないし、捻じれば裂けるし、丸めればくしゃくしゃになる。戦闘をするには不向きだ。


 その服装のまま予選通過をしたのだから、今更とも言えるが、ここまで付き合わせた制服は既にボロボロだ。どうせ用意してあるなら、使わない手はないだろう。

 命火は制服を脱ぎ、用意されていた訓練生用の制服を着る――しかし、これ、制服か?


 ボディラインが出る、ぴちぴちの黒いボディスーツだった。ウェットスーツ、とも言えるか?


 側面には赤いラインが入っている。胸元から太ももまで、白いラインが交差しているデザインだ。……どこのスパイだ、と言いたくなる。

 動きやすそうではあるが、防御面を見ると、なんとも頼りない。


「……攻撃を、受けなければいいだけか」


 あっさりと、難易度が高いことを宣言する。だが、命火が言うと、それが難しいことだとは思えなかった。彼女ならば、難なくそれを実行するだろう。


 脱いだ制服を、備え付けられていたゴミ箱に捨てる。一人部屋の更衣室なので、恥ずかしがる必要もない。裸になってボディスーツを着た。体を締め付けるようなフィット感。

 その締め付けも、やがて消えてなくなる。


 腰にホルダーを巻き、銃、弾をセット。

 メガネを探す仕草……、しかし見当たらない。


「あ、そっか。さっき、はずしたんだった」


 そして捨てたはずだ。もう必要のないものだし、たかが道具。

 ただの物だ。特に感慨もなく、メガネの存在を綺麗に忘れる。


 本選まで残り時間あと五分。

 命火が部屋を出た。ゆっくり歩けば、ちょうど時間にステージに立つことができるだろう。


 ――

 ――


「質問、いいっすかねー、志牙さん」

「どうぞ」


 厚意で用意してくれた炭酸飲料(ゼリーとナタデココ入り)を飲みながら、志牙が頷く。


 一口飲んだら目を見開き、瞳を輝かせた。

 飲み物でありながら食べ物のような食感があるこの飲み物に、心を奪われたらしい。

 やはり十五歳か、と実況の少女はしてやったり、とガッツポーズ。


 次はタピオカを用意しておこうと決めたところで、

「質問って?」と志牙。


「質問質問ー、そうですね。制限時間がまだまだ余裕のある段階で、大勢の訓練生が母島に到達していたわけですけど、じゃあ、どうして結局、予選通過者は二十四名なんでしょうか? 

 一応、アタシの名誉のために言っておきますと、アタシはこの実況のための施設作りでまったく予選の内容を知らなかったのです」


「先入観が牙を剥いたんだね」


 実況少女の言い訳のような釈明理由に頷きも返さず、直接、質問に対する答えを返す志牙。

 いきなり過ぎて、少女も困惑してしまい――は? と失礼な返事をしてしまう。


「予選通過の条件は、母島の、あるゴールへ辿り着くこと。これ、一つ。母島は海に囲われ、上陸すれば森に囲われ、中央部に、このコロシアムが建設されているわけ。

 とすると、母島にあるゴールはここ、コロシアム会場だと、誰もが思うよね」


 実際、疑う余地なく大勢の訓練生がここに集結してきた。しかし、ゴールではないため、試験中に敵と遭遇したことになる。巻き起こるのは、戦闘、複数人が入り乱れるバトルロワイアル。


 奇しくも、

 本選前に、本選以上に苛烈なコロシアムでのバトルロワイアルがおこなわれたわけだ。


「で、大勢の訓練生がここで脱落。戦闘の勝者は母島のゴールを目指すんだけど、ヒントなんてなにもないからねえ、探すのに骨が折れると思うよ。体力の消耗、精神的摩耗。まあ、他にも原因はあるだろうけど、ほとんどの訓練生がゴールを見つけることができなかった――、

 中でも優秀な二十四名が、ゴールを見つけられた。だから予選通過者はこれだけなんだよ」


「ちなみに、母島のゴールってなんだったんですか?」

「ん? 百葉箱」


「な、懐かしい響きですね……。学校にある、ブラックボックスでしたっけ?」


「温度計じゃなかった? 中に入っているの。なんでもいいけど、百葉箱みたいな小さな木箱ってだけで、実際に百葉箱ってわけじゃないよ。

 呼び名はなんでもいいけど、それが移動して母島に存在しているんだ。

 ちなみに、コロシアムに到達することなく、一発で百葉箱を見つけたのは二名だけ」


「に、二名も……」


「明花命火と木藤更紗」


 ひゅうっ、と口笛を吹く実況少女。親しい友人の偉業に、素直に驚嘆する。


「へえ、更紗、凄いじゃん」


「木藤更紗と共にいたもう二人も、同じく一発なんだけど、あれはおんぶに抱っこだからノーカウント。あくまでも、木藤更紗の力――」


「どうですか志牙さん、アタシの友人、凄くないですか!?」


 テンションを上げて最高責任者の背中をばんばんと叩く少女。怖いもの知らず過ぎる彼女は、結構早死にしそうだな、と遠目から見ている訓練生がぼんやりと思った。


「そうだね。だからこの本選、面白い対戦カードは、明花命火対木藤更紗」


 志牙の言葉ににやりと笑みを浮かべた少女が、実況に戻る。

 場を盛り上げるため、今の対戦カードを大々的に発表した。周りの期待が高まる。

 観客席が、その対戦カードを希望していた。その歓声は間違いなく、選手控室に届いている。

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