第37話 四人体制
「どうして戻ってきたのよ。あなたの方からいきなりいなくなったくせに……」
「僕のせいじゃなくて、後ろにいる先輩のせいなんですよ……。
罪悪感もありましたし、だからこうして戻ってきました」
「……ふうん。まあ、そういうことにしておいてあげるわ」
そういうことにしてあげるもなにも、言葉の通りで、誤魔化してもいないのだが。
幸助は言い訳をせずに、苦笑いをする。
「それにしてもよく居場所が分かったわね。自分がどこにいるかも把握できそうにない森の中から、特定の人物を見つけるなんて、マーキングか、俯瞰して見ていなければ辿り着きそうにもないけど」
「……なんというか、なんとなく、分かったんですよ。上手く説明できないんですけど……、逆走してみたら、体が自然に動いて、進んでみたら木藤さんがいた、って感じです」
怪し過ぎる説明だ。
本当に体にマーキングでもされているのではないか、と不安になる更紗だった。
それに気づいた幸助が慌てて、
「木藤さんにはなにもしていないですよ。なにかしてたら、たぶん木藤さんなら気づきますし、そういうのを敏感に察知するあの子がいるじゃないですか」
「あー、確かに、みゃー子は追跡装置を見つけるのは得意なのよね。GPS、盗聴器、アナログな方法で、繋がれた糸だったり。
尾行されていても気づくしね。みゃー子ほど、野生の勘をしている子は中々いないわよ」
「尚更、木藤さんにはなにもできませんよ」
「なにかしようとしていたの? 今だって、私のお尻をさり気なく触っているんじゃないの?
お尻じゃなくても、太ももだったり、ふくらはぎだったり――、
あら、存分に楽しんでいるんじゃなくて?」
「楽しんでませんよ! これは、触っているのは、不可抗力じゃないですか!」
冗談よ、と更紗は意地の悪い笑みを見せる。
幸助にはその笑みは角度的に見えないが。
見えないように、更紗が調整しているとも言える。
更紗がみゃー子にしていたのと同じように、今は幸助が更紗をおんぶしている。さっきまで死にそうなほどに顔を青くし、目の焦点も合っていなかった更紗だが、幸助におんぶをされたおかげで負担が全て減り、体力消費をかなり抑えることができている。
そのため、回復も早い。つい数分前まではだんまりだったのが、今では軽くからかうことができるようになっていた。喋れるのは元気な証拠。幸助も更紗の言葉を止めることはしない。
後ろから声がするというのは、安心できるのだ。
「危ねえって、おい、暴れんなよお前!」
「ぶーん、って飛ばないの? 飛んで飛んでっ! 飛べ!」
「髪の毛を引っ張るな! ハゲるっつーの、バカ!
つーかお前、元気じゃねえか、歩かせるぞこの野郎!」
羅々宮の背中でみゃー子がはしゃいでいた。体調が悪いのなんてあっという間になくなったように、好き勝手に暴れている。振り向き、それを見ていた更紗が呆れる。
症状が更紗よりも重かったくせに、治るのはあちらの方が早い。
おんぶをしているのは変わらないのに、あの少年が背負っている間に元気になったのが気になった。これはまるで、更紗のせいで治りが悪かったみたいではないか。
「精神的なもの、なのかしらね」
「え? なんです、木藤さん」
「なんでもないわよ。病は気からって言葉、本当なんだなって」
歩いて数十分。森の終わりが見えてくる。
日陰から、一気に日向へ景色が変わる。色が違い過ぎて別の世界へ渡ってきたような感覚だった。じめじめとした暑さから、からっからの暑さへ変わった。
気分的にはだいぶ楽だが、直射日光は、やはりきつい。
背中の更紗が、うんざりと顎を幸助の肩につける。
「大丈夫ですか? 少し、休みます?」
「……ええ、でも、そうしたいのは山々だけど、海を渡るための船を作らなくちゃ……」
「泳いでいこうよ」
「みゃー子、私を殺す気なの?」
治ったとは言え、それでも病み上がりだ。
同じ状況だったみゃー子のその元気が信じられない。
「あたしが背負っていくよ?」と体ごと首を傾げるみゃー子だが、
いや、そういう問題ではなく、水に浸かるのがアウトなのだ。
「まだつらいですか、木藤さん」
「ええ……まあ」
更紗が言うには、体は熱くとも、内側はまだ嫌な冷たさがあるらしい。
そんな状態で海へ入るのは、自殺行為だ。自ら進んで悪化させてどうする。
すぐに出発できるというメリットが、泳いでいく方法にあると言っても、症状を悪化させたらどの道、母島に着いてからがしんどくなる。本選へ進んでも、ばたんきゅーでは意味がない。
更紗は日陰に座り込む。木に背中を預けた。
「幸助、イカダを作りなさい。ちょっと大きめで」
「イカダ、ですか……」
材料を確認。木、ロープ……は、ツタで代用できるか、と考え、幸助が頷く。
「できるだけ急いで作りますよ」
「お願いね。……元気が有り余っているみゃー子、こき使っていいから」
更紗が指を差す。
さっき背中から降りたはずのみゃー子が、また羅々宮の背中にしがみついていた。
嫌がる羅々宮はみゃー子を振り落とそうとするが、彼女は楽しそうに振り回されている。
アトラクションのように利用していた。
「うわー…………」
「疲れて眠くなるくらいがちょうどいいわ。みゃー子、いつもはしゃいでうるさいから」
うんざりしているのではなく、小さな子供の元気な姿を見るのが楽しいと言ったような更紗の目に、まるで母親のような印象を受ける。母親ではなくとも、母親代わりではあるのだろう。
二人の関係が、幸助の気持ちをほんわかとさせる。
「……なによ。ニヤニヤしちゃって」
「あ、いや。なんでもないです。
じゃあ、作ってきますね。それまでゆっくりと休んでてください」
「あ、幸助」
更紗の呼びかけに幸助が振り向く。羅々宮とみゃー子のストリートファイトを背景にしながら、更紗が呟くように言う。
「あんまり、遠くへいかないでね」
一瞬、驚いた顔をした幸助だったが、すぐに微笑み、
「はい」と返す。
「先輩」
幸助が声をかけると、
羅々宮がみゃー子をマフラーのように首に巻き付けながら近づいてきた。
もう、いないものとして見ているらしい。
「――イカダ、ね。まあ、そうなるわな。手軽に作れて、森の資源を使うとしたら、それしかねえし。んじゃ、作るか。おい、もう無視しねえから、お前も手伝え」
「めんどー」
「押し倒すぞてめえ」
きゃーっ、とふざけた悲鳴をあげて逃げていくみゃー子。
面倒なので追いかけないことにした羅々宮が、イカダの材料を探しにいく。
「その辺のやつでもいいけど、少し歩いてみ――」
ようぜ、と言葉は続かなかった。
先行していた羅々宮の後を追っていた幸助も、彼と共に声が出なくなる。
視線の先。
そこにいたのは、意外な人物だったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます