第9話 踏み込む科学者たち

「――最近、少し外に出過ぎだと思うのよ!」


 いつも通り、アキバが変なことを言っている。


「ん? どういうことだよ?」


「元々、この研究所でドタバタする予定でしょ!?

 なのに最近ときたら……、外に……その、出かけたりっ!

 ゲームの世界に入ったり! もうこの場所のこと、忘れてるみたいじゃない!」


「いや別によくないか!?

 そもそも、この場所だけでやる事なんて、限られてくるし!」


「そこはどうにかするの!」

「こいつ、大事なところを丸投げしやがったよ!!」


 また始まった。

 なんでこうも、物語の根本に踏み込むんだ!? ねぇ!?


「ふうむ。だが、それでも一理はあるな」


 と、ハッピーが議論に入ってきた。

 おいおい、一理あるのかよ……、


「モナンも、それは心の片隅のもっと遠くにありましたよ!」


 もうそれ、ほぼ気にしてないよねえ!?


「これは……、また俺が突っ込みまくるパターンじゃねぇか!」


「おい、お前もなんだかんだと踏み込んでるぞ……?」


 ハッピーの静かな突っ込みはともかく。

 だってさあ、ヨクワカンネーモン。


「というわけで、今日は一人ずつ、発明品を作ってもらいます!」


『いきなりだぁ!?』


「でも、研究者っぽいじゃない?」


「いやまぁ、そうなんだけど、今すぐにってのは――」

「はいはいっ、できましたー!」


「え、早っ!?」


 モナンが走って戻ってきていた。

 というか、お前はいつの間に始めたんだ?


「前に作っていたんですけど、見せる機会がなくて……。

 それでちょうどいいので、いま見てもらおうと」


 言って、モナンが小さな犬型のロボットを出した。


「犬型ロボット・ペット1号!」


 名前は気になるが、重要なのはそこじゃないか。

 確かに、これは完成度が高そうだ。


「へえ、凄いわね、モナン」

「えへへ。博士、もっと褒めてください!」


 調子に乗りそうだなあ。


「調子に乗りそうね」


「……俺とシンクロするなよ……」


「え?」

 アキバが俺を見て首を傾げる。

 だろうなあ、これ、俺にしか分からねえもん。


「それで、一体それはなんなんだ?」


「聞いて驚きなさいっ、です!

 これは……、犬型のペットロボなんですよ!」


「うん、知ってる。いま、見たまんまのことを言われて正直、驚いてる」


「もっとも野生に近い、ペットロボです!」


「それはもうペットじゃないよ!! 野生だよ!」


「違うんです! これはペットなんです!

 勝手にフラフラとどっかに行って、獲物を狩ってくるけど、ペットなんです!!」


「じゃあ確実に野生だよ!!」


 危ないだろ、なに作ってんだよ、こいつ!!


「危ないだろ? 野生なんだから、もしかしたらこれの本能が目覚めて、モナンの体に、グシャッ、て、くるかもしれないだろ?」


「大丈夫ですよ。基本、人間のことは襲いませ」


「ガブッ」


「…………」


「ふう。襲いません」


「この状況でよく言えたな!?

 お前に、ガッツリ噛みついてんじゃねぇか!!」


 だ、大丈夫か!? 血が出てる!

 めちゃくちゃ出てるけど――ええ!? なにあれ、超怖いんだけど!!


「あとは……頼みました、よ……ガクッ」


「い、いくなぁぁぁ! こいつを残して、お前が先にいくなぁぁぁぁぁっっ!!」


「おい、モナンをひとまず、安静にさせろよ」


 確かにそうだ。

 ハッピーの指示に従い、モナンをソファーへ寝かせる。


「手際がいいな。ハッピー」


「ああ、昔、よく看病とかしてたからな」

「ふうん、保健委員だったとか?」


「いや、アタシに喧嘩を売ってきた奴を端から端まで血だらけにしてやった」


「…………」


「いやあ、大変だったぞ?

 あの頃の保健室、壁が血の赤で染まってたからなあ……」


「怖いよ! あの頃は懐かしかったなあ、みたいなノリで話していいレベルじゃねぇよ!!」


「ああ、大丈夫、あの頃まだ全然だったからな」

「なんの話!? というかそれ、いつの話だよ!?」


「小学校」

「お前の友達が気の毒だ!」


「中学校が酷かったかなあ……、あはは」

「笑うな! お前だけは笑っちゃだめだ!!」


 こいつ……、昔からそんな感じなのか? ……変わってねー。


「でも、それに比べたら、今は平和だなって」

「…………」


「――おい、しんみりするなよ、調子が狂う」


「どこが平和だっつの! 俺、めちゃくちゃお前に殴られてますけど!?」


「お前は……その……、いいんだ」

「せめてボケてくれよ!?」


 すると、ワンワンっ、と鳴き声が聞こえた。


「ん、どうしたんだ?」

「もしかして、寂しいのかな?」


 あーそっか。

 一応、作り主がいないしなー。


「よーしよしよし」

「お、おい、アキバ!? 大丈夫なのか……!?」


「なにが? この子はペットよ。人懐っこくて、当たり前じゃない」


 そうだろうか。

 さっき、ガッツリとモナンの指を食っていたけど。


 ワンっ、と吠えて、今度はハッピーの胸に飛び込んだ。


「おう、はは、こいつめ、可愛いじゃないか」

「気をつけろよー」


「なににだよ。ったく、トンマはビビり過ぎなんだよなー」


 すると、ガリッ、と、なにかがかじられた音がした。


「――おい! ハッピー!?」


 だから言ったのに! 指、齧られてるぞ!?


 気づいたハッピーが片手を俺に向け、待て、とストップをかける。

 待てと言うべきは犬の方だろうに……。


「よーし、よーし」

「あの……ハッピー、さん?」


 こ、怖い……、

 下を向いて、聞き取れないくらいの声で、ブツブツ言ってるし!


「よーしよーし、離せよー離せよー……」


 ペットロボがハッピーの指を齧るのを止めた、その瞬間。



「――死ねぇぇぇッッ! クソ犬ぅぅぅぅぅぅッッ!!」


「「えええええええええええええええええええっっ!?!?」」


 ハッピーがペットロボを壁に叩きつける。その速度は――、まさに音速!


 ドンガラガッシャーンッ、と、漫画でよく聞く効果音が部屋に響き渡る。


「いやいやいやいや!! なにしてんのっ!?」


「あいつ、噛んだ」


「だから言ったじゃん! 人の話を聞けよ!!」

「お前は人じゃない」


「うぉーい! ここで毒舌がくるのは予想外だ!?」


 壁に叩きつけられ、床に落下したペットロボは、もう動かない。

 俺、知らねーぞ! あとでモナンにちゃんと謝れよな!?


「ふう、これで一件落着だな」

「あ、はい、そうですね……つーか、お前のその指、無事なのか?」


「あー、まあ、大丈夫だろ」

「ほれ、見せてみろって」


「っ、なんだよ! 触んなし!」

「いや、触んないと見れないし……あとなんだその語尾」


 聞き慣れないな。


「うー。……じゃ、じゃあ、見てください……」

「なんで敬語だよ……、気持ち悪いな」


 ハッピーの手を握り、噛まれたらしき部位を見る。

 が、どこにも怪我はなかった。


「……お前、噛まれた、よな?」

「あ、ああ――確かに感覚はあったが……」


 じゃあ、なんでだ?

 モナンは血が出ていたし、普通なら結構、痛いだろ?


「ん?」

「どうした?」


 ハッピーの手を、もう一度触る。

 おかしい! ……プ二プ二感が、まったくない!


「そう! これはまるで……、機械と握手をしている気分!」


「そこまで硬いか? アタシの手はよぉ――おらぁ!!」


「いや、普通に硬いどぐふあっ!?」


 だから、血なんて出ないのか。

 さすがは、人殺し、だ……ぜ!


「人は殺してねえよ!」

「『は』、なのね……」


 なぜか心の中を読まれた!

 そして冷静に言うなよアキバ。

 彼女は気づいたくせに気にした素振りなく、


「じゃあ、次はトンマね。なにか作ってきて」

「うええ!? いきなり!?」


「うん! はやくはやく、超特急で、よろしく!」


「……まあ、いいけどさ。

 じゃあ、三十分だけ、待っててくれ」


「はぁーい」


 ―――

 ――

 ―


「一応、できたぞ」


「なにこれ?」

「人の心の声を喋ってくれるロボ」


「「リアルに凄いの作ってきたわね(やがった)!」」


 ん、そうか?

 余った部品で、ちゃちゃっと作っただけなんだけど。

 アキバからすれば、初歩も初歩なんじゃ……?


「あんまり期待するなよ?

 じゃあ、スイッチ入れるぞ!」


「「ちょっと待った!」」


 と、アキバとハッピーの二人に、すごい剣幕で止められた。


「どうした?」


「あ、いや……最初はまず、他の誰かで実験してから――それからやろうよ」

「おっ、そうだな、アキバの案に賛成だ、賛成!」


「それはまあ、いいけど。それなら誰でやるんだよ」


「「あれ」」


 二人して指差した人物……モナン。


「寝てるやつの心の中を見るなんて、お前ら、趣味が悪いなあ」


「今だけはいいんだよ!」

「さっさとやってよ、トンマ!」


「あ、ああ。じゃあ、やるぞ?」


 あとで怒られても俺は知らないからな?



 俺はスイッチを押す。

 機械が動き出し、起動する。


「あ、そうだった。

 言っておくけど、範囲内の誰の本音が聞こえるかは、ランダムだから」


「「!?」」


 あれ?

 想像していたお披露目の空間じゃないな?

 なんだか、緊張感が凄い……、


 全体的に空気が重いけど……。


 すると、起動した本音マシーンから、声が聞こえた。


【トンマ死ね!!】


「――誰の本音!?」


 おぃいいい!?

 誰だ誰なんだよ絶対に見つけ出してやるからな!?


 周りを見る。

 誰も、俺と目を合わせない……、だと?

 え? これもしかして……全員の本音か!?


「いやいや、さすがに酷過ぎるだろう、これは!」


「ああ、確かに」

「これはないよね」


 こいつら……、寝ているモナンに責任を押しつけやがったよ!

 というか、俺のことをトンマって呼ぶの、お前ら二人なんだからな!?


「まあ、いい……ん? また出たな。今度は誰の――」


【誰でもいいから殴らせろ!】


「なんでだよ! これはハッピーだろ!」


「おお、あったりー!」

「ノリ軽っ」


【ふぁあ……、ちょっと眠くなっちゃったよー】


「興味ない!? 退屈だったの!? おい、アキバっ、寝るなよ?」


「な、なんでバレたのよ!?」

「分かるだろ……こういうのはお前しか考えない」


「私そんなぐーたらなキャラじゃないんだけどお!!」


【人類が……、滅亡すればいいのに】


「あ、これ俺だな」


「「なに考えてんの!?」」



【後輩で可愛いキャラをするのも疲れるですよ、ちっ】


「これいいの、モナン!?

 知らない間にあなたの好感度、下がってるよ!?」


【熊とサシでやり合いたいな】


「勝手にしろよ!!」


【う〇こ】


「小学生か!」

「これはお前だろうが」


「……はい、俺です」

「なに考えてるのこの状況で!」


【ふっふっふ。先輩たち、バカですねぇ】


「「「永遠にその状態にさせてやろうか!?」」」


【ガソリンって、どんな味がするんだ?】


「知るかあッ!!」


【意外とゾウとかの方が本気で戦えるかもな】


「お前は二度と出すな! 本気を!」


【ふにゃあ。……寝ていい?】


「寝るな!」


【先輩、うるせえよ】


「「「どうもすいませんねえっ!」」」


【本気を出せば、ゾウなんて一発で倒せるぜ!】


「出すな! 出・す・な!!」


【地球が……、ぶっ壊れたらいいのに】


「あ、これ俺」


「「だからなに考えてんの!?」」


 スイッチを切る。

 もう疲れた。突っ込み疲れたぞ……。


「結論っ、本音は、聞くものじゃないってことで」


「ああ、賛成だ……」


「…………」


「ん? どうした、アキバ」

「ほんとに、聞くものじゃないのかな、本音って……」


「そりゃそうだろ。聞かれたくないことって、誰にでもあるだろ?」

「でも、聞いてほしいことも、あるかもしれない」


 アキバがそう言って、俺を上目遣いで見つめてくる。

 ……あー、もう。なんでこういう時だけ、こんな風に甘えられただけで、俺は……。

 ちょろいんだよなあ……、この程度で、落ちてるってのが、最高にダサい。


 だけど、そんな自分が、嫌いじゃねえってのは、誇れるか。


「トンマ? どうしたの?」

「い、いや、なんでも」


 とりあえず、顔は直視できねえな、うん。


「おいこら、なにいちゃついてんだバカ」


 ハッピーのその言葉で、なんとか冷静に戻れた。


「い、いちゃついてないわ!」

「どーだかな」


「は、ハッピーには、関係ないでしょ!?」

「ほう。いつもいつも、相談に乗ってやってるのは、誰なんだろうな?」


「うぐぬ……っ」


 二人がなんの話をしているのか、まったく分からん。


「とりあえず! この本音マシーンは、私が預かります!」


「え。いやなんでだよ! それ、俺のだぞ!?」


「リーダーは私なの! だからこれも私のものなの!!」

「お前はガキ大将か」


 でも、持ち帰るのも難しいし……、いいか、別に。


「じゃあ、あげるよ、それ。もう使わないだろうしな」

「う、うん、そうね……ありがとう」



 アキバの横で、

「あーあ、武器を渡しちゃったなあ」

 と、ハッピーが言っていたが、どういう……?


 まあ、あいつの言うことは感情優先だ、大したことないはず。


「…………」



【隕石が落ちてくればいいのに】



「「だから、なに考えてんの!?」」


「もうそれやめろよお前らよぉぉぉっっ!」


 やっぱり、聞いてほしい本音なんて、ないんじゃないかな……、うん。

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