第30話 気まずい昼食

 屋上に入る。吹きつける風が、ふたりの髪を揺らす。


「笑里とかずっちの、ふたり占めだね」


 弁当箱が俺と笑里の膝に置かれる。


「さあ、手作り弁当だよ 」


 前回と同じ容器につめられた、同じ中身の弁当。


「おいしそうだな 」


「前より、もっともっとおいしくなってるから、味わって食べてほしいな」


「いただきます」


 卵焼きから、口に入れる。甘みが強くなっているようで、飲み込んでからも後味がかなり残った。


「ちょっと味、変わったな。甘みが増したというか、なんというか」


「おかしいな、分量はほぼ同じはずなのに…… きっと私の甘い愛がたくさん伝わったんだね」


「お、そうだな」


 俺の発言は、笑里に届くまでにそうとう屈折される。


「ねえ、もっと食べてよ。食べてってば」


 笑里は箸を進めることなく、俺の肩を揺さぶる。


「わかった、食べるから 」


 とにかくおいしそうに食べているよう振る舞う。もちろんおいしいことにはおいしいが、より大げさに振る舞う。


「本当においしいんだよね、私の弁当を食べれて、うれしいんだよね」


「うれしいさ、うれしいにきまってるだろ?」


 食べ終わったときには、疲れてぐったりしてしまった。笑里が弁当箱を片付ていく。それを床に置くと、フェンスの方まで歩きはじめた。


「いい景色ね。かずっちもみてみなよ」


 俺に背を向け、校庭をながめながらいってきた。笑里の右横にまわり、同じように遠くをながめる。


「こうやってみると、何もかもちっぽけなの。もっともっと上から見たら、私たちなんて米粒よりも小さく見える。上空、宇宙とスケールを広げていくほど、本当に小さな存在だという認識をするの」


「地球にいる数十億のひとり、地球上のたったひとつの命と考えればより小さい存在だって」


「いま校庭で体育の準備で走っている生徒でさえ、上からながめればこの程度の大きさなんだよ。でもさ」


 目線がこちらにむく。


「私にとって、かずっちという地球単位では小さな存在の君が、他の何よりも大切にしたくて一緒にいたいかけがえのない存在なんだよ。それってすごいことじゃない」


 体を横に傾け、首をかしげていってきた。


「そうかもしんないな。見方によって、存在の大きさが異なるってのはすごいしおもしろい。俺にとっては他人でも、誰かにとっては大事な人だったりするからな」


「あのさ……」


「どうした?」


「いいや、やっぱりいい。まだ私じゃ、早そうだし」


 キスではなさそうだった。でも、彼女にとって俺は、どこかまだ足りない存在なのだろう。


「じゃあ、帰る。きょうはありがとうな」


 くいっと体の方向を曲げ、ドアの方へいこうとすると。


「やっぱり、待って」


 目隠しされたときと同じように、彼女は俺の腕をぎゅっと握る。


「こっちむいて、きいて」


「はなしたいことがあるのか」


「そう。あのね……」


「かずっち、変わったよね。昔の関係のままだったら、私がいえば躊躇わずキスだってしてくれたと思うのに。まだ早いだなんて。やっぱり、何かリミッターになっているところ、あるんじゃないの」


「おかしいな、俺はいつも通り笑里に接してると思うんだが」


「わかるもん、私」


 かっと目を開き、じっと俺の瞳をみてくる。


「瞳が、嘘ついてる。男友達じゃない、女の子のことで躊躇ってる。私たち、何年の関係だと思ってるの? 口先だけで誤魔化せると思ったらどうなるかわかってる。しばらく疎遠になったときはいろいろ忙しかったから、で女のことの関係もありそうになかったし」


 なぜ、考えなかったろうか。すでに騙せるような関係ではないということを。


「もし、他の子と何かあったら、笑里はどうするつもりだ」


「別れさせる。だって、かずっちは私と仲良くなりたいっていってくれたはじめての男子だよ。一番以外、意味ないでしょ。私はかずっちさえいればいいんだもん。私が求めていることを否定された感覚にはなりたくない」


「安心しろ、そんな事実はない。気のせいさ」


 背を向け、縦に手を振って否定の意を示す。


「信じてるよ、かずっち」


 扉の先までいくと、そのまま教室までダッシュした。これ以上、騙し続けられないと確信した。


 笑里をとるためには、どこかのタイミングで、園崎との家政婦の関係を切るように伝えなくちゃならない。


 だが、ここで園崎にその話を切り出すのは悪い手だろう。今後の関係が悪くなる。俺はいいかもしれないが、真白が許さないだろう。


 俺はどんどん追い詰められていく。笑里と、園崎────というより真白のどちらも取るなんてことはできなさそうだ。


 どちらかに深い傷を残さなくちゃならない。でも、できることならどちらも傷つけたくない。


 俺は、わがままだ。

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