第9話 やけに園崎が冷たい。うれしいはずが、うれしくねえ……

「遅い。なんであたしの方があんたより早くついているわけ?」


 我が家のドアを開けば、なんとびっくり園崎真琴。これほどうれしくないものはない。不快だね。


「どうしてあんたが我が聖域内に勝手に侵入しているんだ。ここは我が浦尾家その二なんだぞ。俺が許可した覚えはない」


「聖域って、あんた厨二病か何か? うわーかわいそう。恥ずかしくないわけ。あたしがここにいるのはあんたに雇われたからいいに決まってるでしょ。いいから入りなさいよ」


 納得がいかねえ。言葉がいちいちキツいから、どうしても応酬をしたくなってしまうのだ。


「お邪魔しまーす……って、あれ?」


 何をしているんだ。ここは我が家なんだ。園崎のペースに乗せられて、ここが園崎の領域だと勘違いしてしまったじゃないか。何我が家に「お邪魔します」とかいってんだ、俺。


 荷物を勉強部屋に置き、手を洗って制服をかける。洗面所に置いたジャージに着替え、リビングへと向かう。


「真白、帰ってきたぞ〜」


「おかえりお兄。ますます仲良くなったみたいだね」


「また同じやりとりを繰り返させるつもりか、我が妹よ。同じことしかいわなかったら途中で飽きてくるだろう。同じメロディもサビの中では三、四回が限度だろうが。それ以上繰り返されると新鮮味がないし先が読めて飽きてくるんだよ」


「浦尾、それはいったい誰目線のセリフなのかしら。あたしにはいっさい伝わらなかったけど。さて。じゃあ早速、掃除するから」


「掃除、お前、制服のままやるっていうのか」


 さすがにこの汚い家を制服で掃除してもらうのは、たとえ園崎だろうと、申し訳ない。きのう掃除を頼んだら、アイツはかなり汚れてしまったそれはさすがに同じ轍は踏ませられない。


「何、あたしに脱げっていうの。へえー、この変態が。ちょっと考えればわかるでしょ?」


「別に俺は見るつもりなんてさらさらない。洗面所の扉にロックでもして着替えればいいだろ」


 不満そうな表情を浮かべていたアイツは、何かを思い出したらしく手を叩いた。


「そうよ、まずあたし、着替えなんて持ってなかったわ。ってことはあんたの洋服を着ることになるわけじゃない。そんなの死んだも同然よ。使用済みだろうが選択済みだろうが、あんたの服を着た日には、あたしはお嫁にも行けないわ」


「真白のものを着れば?」と提案しようと思ったが、真白は小柄なほうで、真琴も大きな方だ。確実にサイズがあわない。というか、大袈裟にも程があるだろ。


「わかった、制服のままやればいい」


「もしスカートの中身やら何やら見たら、キッチンにある包丁で八つ裂きにするから」


「誰が見るか、園崎で欲情なんてぜってーありえないからな」


 アイツがいいといっているんだ。制服だろうがジャージだろうが、掃除してくれるという事実に変わりはない。その好意はありがたくいただこう。


「今日はゴミの分別の続きをするから。浦尾、あんたも手伝いなさいよ」


「手伝うことには手伝うが。この家には浦尾がふたりいるんだ。呼び方を変えてもらえると助かる」


「わ、わかったわよ。一樹って呼べばいいの?」


「それでいい。そのほうがありがたい。じゃあ、真琴って呼ぼ……」


「あんたはダメ。あたしの許可なく馴れ馴れしくしないでよね。さっさと掃除するから」


 床に散乱しているゴミを一箇所にまとめていく。これまでは床の面がギリ見えるから、通路にはゴミが置いていないからオッケーという基準だった。



 だいぶゴミも積み重なってきてしまった。そろそろ捨てるタイミングだったな。きのう園崎がゴミを寄せてくれたので、あとは分別するだけだ。


「ペットボトルだとか、食材のゴミとかばっかりね。あんた、趣味とかないの」


「あるっちゃある。だが、最近は勉強が忙しくてできてない。真白はテレビをよく見るから、俺も一緒になって見たりする」


「へー、真白ちゃんってテレビを見るのが好きなのねぇ」


「まあ、そんなところだ」


 真白は今もテレビを見続けている。それを邪魔しないように、掃除を続ける。リビングの半分くらいを綺麗にできた。袋にまとめておく。その頃には、もう太陽も沈みはじめていた。


「ほんと大変だわ。あたし、来週までしばらくここにこれないからよろしく。じゃあね」


 掃除をすると、アイツはさっさと帰る支度をし、玄関までいってしまった。一応、見送りに出向く。


「今日はありがとな」


「うるさい。私は私の仕事をやっただけ。うら、一樹に感謝されると腹立たしい。さようなら」


 勢いよくドアを開閉し、駆け足で去っていった。


「わかんねえやつだな、あいかわらず」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る