第8話 幼馴染を可愛いと思うのは間違っているだろうか

 授業がすべて終わり、いよいよ幼馴染とのご対面。


 無言で突っ走っていこうと思っていたら、園崎が俺のことを引き留め、


「あんた、何そんな急いでんの?不自然な動きすぎて見てらんないわ。動きうるさすぎ。もう少しどうにか何ないわけ?」


と、本日N回目の罵倒をしてきた。


 罵倒には慣れていてあまり傷つかない。いまはただ鬱陶しいだけだ。いまじゃない。いつでもどこでも罵っていいわけじゃない。TPOというものをご存知ない?

 

 そう思うくらい、これは大事な時間なのだ。


 指定された階まで向かう。屋上は生徒が立ち入りることはほぼできない。そこへと向かう階段も、ゆく手を乱雑に張られたロープで塞がれている。その隙間からくぐり抜け、先へと進む。踊り場まで差し掛かると、屋上へとつながるドアが見える。


 踊り場までさしかかり、ドアの方へと視線を移すと。人がいた。


「おそいよ、かずっち」


 そこにいるのは、後ろに手を組んだまま、顔を大きく傾けて微笑む美少女。ドアの隙間から差し込む光で、顔がぼんやりとしか見えないが、間違いなく笑里だ。


 自分が階段をのぼろうとするより先に、笑里がこちらまで下ってきた。


「ごめん、待たせて」


「大丈夫、私が早すぎただけだから」


 それから、「じゃあ、いこうか」とかいうセリフを待って見たものの、何もくることはなかった。


「あれ、屋上で話すんじゃないんだ。なぜか彼女は鍵を持っていて、みたいな展開だとばかり」


「ごめん、自分の立場だと屋上の鍵なんか手に入らないんだ。いまは踊り場で我慢。屋上じゃなくても、わざわざここまで誰も来ないだろうから」



 よくここまで入って来れたことや。厳重に張り巡らされた縄を笑里がくぐり抜けたことを考えると、なかなかシュールだった。自分でも難しかったというのに。


「今日はちょっと私からお願いがあって呼び出したんだ」


「お願い?」


「うん、私と一樹の、これからのこと」


「いいぞ、話しても」


 彼女がこくりと頷いてから、しばらく何をいおうか悩んでいるようだった。それから、口をひらく。


「中学生の頃から、私たちって、いつの間にか距離が遠くなったよね。それぞれやりたいことができて、価値観も変わって、友人も変わって。昔みたいに、同じようなレールの上にはいない」


 笑里とは、小学校からの幼馴染だ。


 小学生の頃は、ただ楽しく過ごせばよかった。深く考えず、笑里と遊ぶ。話す。出かける。何もかも、縛られるものはなかった。


 中学生になると、次第にそうもいかなくなった。あいつは持ち前のコミュニケーション能力で男女問わず多くの友人を作る、いわばクラスの人気者ポジションだった。それに対し、自分は不器用だった。愛想よく笑えないし、ズバズバものをいうし、媚びないし。


 みんな仲良く、なんてもとより無理だとわかっていた。そんな器用なことはできない。


 どこか輝かしい笑里が、いつの間にか遠くなっていた。対等じゃなくなった気がした。


 笑里からの連絡は、次第に減った。当然の帰結だろう。それでも、昔の彼女のことが頭からずっと離れなかった。


 中二になって、少しずつ距離をつめていこうとしたが、昔のようにはいかなかった。同じクラスだったこともあり、関わる機会は少なくなかったのだが。


 それに、中三にもなると、クラスが別だったうえに、受験で互いに忙しくなり、ただでさえ会う機会も減っていった。


 そうして、今に至る。笑里と同じ高校だとすぐにわかったが、確かめあうことはしなかった。クラスが違く、会う機会もなかった。


「でも、それだけで関わることが減っちゃうのって、なんだかもったいないことをしたな、ってね。私、一樹と同じ距離感でいたかったけど、なぜか距離を置いちゃった。でも、ほんとは距離なんておくべきじゃなかったな、って思ってる」


「笑里が後悔することはないって。僕の、勇気がなかったから。笑里に対して引け目を感じていたから。どう接すればいいか、わからなかった。それだけだ、それだけなんだ」


「そういってくれてありがとう、一樹。でも、一樹だけが悪いわけじゃない。それだけは覚えていて」


「わかった」


「これから、少しずつでいいから。また、仲良くしてくれるかな」


「もちろん。これからも、よろしく」


 僕は、握った右手を差し出した。その意味を理解した笑里は、同じように拳を握る。


「こちらこそ」


 グータッチ。昔よくやっていた、ふたりだけの約束のしるし。単純だけど、思い入れのあるものだ。思い出が、ぼんやりと脳裏に浮かんでくる。


 思い出の中の笑里は、やはり笑っていた。その顔は、一瞬、小学校の頃の彼女を彷彿とさせた。


「変わらないな」


「きっと一樹も変わってないよ」


「そうかもな」


「うん。じゃあ、出ようか」


 同時に出ると色々疑われそうなので、時間差で出ていった。


 喋り方、表情、仕草、香り。

 どれをとっても、昔のままだ。


 変わったのは、図体ずうたいだけ。歳の数だけ、背丈が伸びた。


「変わらないもの、か」


 関係性は変わってしまった。立ち位置が違う、友人も違う。


 それでも、変わらない関係のありがたさを痛感した。会えば昔と同じように、そんな関係。立場が変わっただけじゃ、変わらないものもあるんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る