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 部室の中央には長方形の会議用テーブルが置かれている。

 テーブルの傍にはイスも並んでおり、普段はここでミーティングやらの作業をしているのかもしれない。


「このテーブル、10人用にしては少し小さくないですか?」

「全員が揃うことってあんまりないからね。1年に1回か2回とか? そういう時はあぶれた人は適当に端っこに座ってるわ」


 きっとその役目は新入生が請け負っているのだろう。

 部活動とは、学校とはそういうものだ。


「テーブルの上にジャージが置いてあるようですけど、これは?」

「ああ、それは私の。着替える予定だったからね」

「放課後に着替えですか?」

「そうよ。私は部活動中はジャージに着替えることにしてるの。写真撮るときに制服の汚れとか気にしたくないからね。今日もいつものように部活の前に着替えようと思ったんだけど、プリンが無くなってたから。荷物だけ置いて思音くんのところに向かったってわけ」

「なるほど……」


『なんだぁ、シオン? 女子の着替えがそんなに気になるのかぁ?』

『ぅぐっ……』


 思春期の男子なのだから、そういったワードに反応してしまうのは仕方ないじゃないか。

 例えば、部室の扉を開けたら憧れの先輩が着替え途中だったなんてシチュエーションはいくらでもあるわけで……。


「部員のみんなからは部室で着替えるの止めてくれって言われてるんだけどねー」

「え?」

「ほら、着替えてる最中は鍵をかけてるから他の人が入れないじゃない? だから、他の9人が締め出されるより、部長1人が更衣室で着替えた方がいいだろって。でも更衣室って部室から遠いから面倒なのよね」

「そ、そうなんですね……」


 どうやら、現実にはロマンスが介入する余地はないらしい。




 側面の壁にはテーブルを囲うように棚が設置されている。

 透明なガラス戸からは大量のファイルが見えており、その背表紙には日付が記されている。


「このファイルって、もしかしてアルバムですか?」

「そうよ。写真はデータとプリントの両方で保管してるの」

「見てもいいですか?」

「どうぞ」


 適当なファイルを手に取って中身を開く。

 そこには風景や人物、動物や植物など、雑多なジャンルの写真がぎっしりと詰まっていた。


 保管はしてあるが、あまり整理はされていないらしい。


「これ、どの写真がどのファイルにあるかってわからなくないですか?」

「んー、全部はわからないわね。でも日付がわかればある程度の見当はつけられるから、今のところは困ってないわね。そもそも大事な写真は大体個人で管理してるから、そのファイルってあんまり見返したりしないしね」


 アルバムでの保管はあくまで形だけのようだ。

 データ管理が普及していない時代の名残だろうか。


 棚の引き戸の1つを開けると、たくさんのカメラが入っていた。

 整列しているカメラは種類も多様で、いかにも写真部といった様相だ。


「このカメラは部の備品ですか?」

「そうよ。そのあたりのはOBの人たちが寄贈してくれたやつね。毎年寄贈されるものだからどんどん溜まっちゃって、しかもちょっと古かったりするし、使いにくいし……」


 有難迷惑というやつだろうか。

 年上からの善意がために断ることもしにくいのかもしれない。


「善意で贈ってくれてる物だから捨てるのも忍びなくて……。カメラが入ってるのはそこだけじゃないわよ?」


 寄贈の品を万が一にも部外者が壊すわけにもいかない。

 棚のこれ以上の調査は必要が出てきた時に行うことにしよう。




 部室の奥。

 入口から最も遠い位置にはデスクトップPCとプリンタが設置されていた。


「ここにはPCもあるんですね」

「最新モデルとかじゃないけどね。写真をプリントしたり、データをDVDに焼くのに使ってるわ。後は、校内ネットワークで新聞部に写真を提供したりもしてるわね」


 PCの設置されている机は会議用テーブルとは別に用意されており、配線やらでごちゃついていて隔離されているような印象だ。


「……あっ、忘れてた。ごめん思音くん。私ちょっと席を外すわね」

「えっ、ちょっと!?」

「すぐ戻って来るから! 少しだけ部室任せた!」


 返答をする間もなく、三葉は部室から去っていってしまった。


 仕方ない。

 一人で調査を続けよう。


 本当はPCの中身も見たかったが、勝手に起動するわけにもいかない。

 せめてその周辺だけでも……。


「……ん?」


 PCが設置されている机。

 その机の陰にはキャップが外れたペットボトルが落ちており、周囲には緑色の液体が散乱していた。


「これって、さっきのジュース?」


 冷蔵庫に保管されていたジュース。

 それと同じ物がPCの近くで零れていた。


 間違いなく、これが無くなっていた1本だろう。


「うわー、コピー用紙にまでかかっちゃってる。これはもう使えなさそうかも」


 足元で保管されていたコピー用紙の束は、一度濡れてから乾いたせいでしわしわになっている。


 この乾き具合だと濡れてから数時間は経過していそうだ。

 零されたのは少なくとも放課後よりも前だろう。


 犯人が零した?

 だとしても、どうして放置されている?

 確かにPCの近くに来ないと気づかない場所だけれど、だからって片付けない理由もないのに……。


『どうしたぁ? 床舐めSMプレイをしたことでも思い返してるのか?』

『そんなこと、思い出したくもないよ』

『ククッ、あの時床には何が零れてたっけかなぁ? なぁ、憶えてるか?』

『忘れたすぎて忘れたよ』

『そいつぁ残念だ。写真でも撮っとくんだったなぁ?』


 とりあえず、ここは片付けないでおこう。

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