第48話 弟子、足りない部分を知る

棋譜を作るために、自分に合う投資法を探すことになった遥香。

でも、結衣は経験上、そう簡単には探せないことが分かっている。

だから、遥香のために、よろすのにもうちょっと丁寧に説明してやって欲しいと思った。


「ねぇ、萬野くん。」

「はい??」


結衣がよろずのを呼んだ。


「例えば、何でも良いから、具体的な銘柄で棋譜を説明してやってよ。ハルも聞いてみたいよね。」

「う、うん。」


結衣が言っていることが、遥香にはまだ余りピンと来ていなかった。

だから、ついつい曖昧な返事になってしまった。

よろずのは、この返事で遥香の理解が足りていないことに気付いた。

自分の説明不足もあるのだろうと思い、結衣に言われたとおりに例を示して説明することにした。



「分かった。それなら、この銘柄はどう!?」


そう言いながらよろずのがスマホに表示したのは、9984ソフトバンクのチャートだった。


「どうって、何が!?」


意味が分からず、そのまま遥香は返した。


「買うか、売るか、どうするかってこと。」

「どうするかって聞かれても、あたしにはどうしたら良いのか全く分かんない。」


更によろずのに問われると、遥香は率直に答えた。



遥香はどうすれば良いのか本当に分からなかった。

何も知らない遥香にとっては、当然の回答だ。

しかし、自分が何も分からない状態にあるというのを知ることが重要だ。

だから、必要になるのは売買する契機、つまり原因を探し出す力だ。

この銘柄を、今、買って良いと判断する力があれば、今は買わないという裏側の判断もできる。

今、売って良いと判断する力があれば、今は売らないという裏側の判断もできるということになる。



しかし今の遥香は、何度も言うが、何をどうすれば良いか分からない。

どうすれば良いか分からないというのは、買う、買わない、売る、売らないという判断がつかないということだ。

これは迷うことすらできていない、何も判断できない無知な状態ということだ。



今の遥香は、迷うことすらできずに、その場でたたずんで待つことしかできない状況だ。

誰か、分かっている人から差し出される救助の手を待つしかない。

他力本願、自分では何もできない情けない状況だと言えた。


「だから、まずは買うか、買わないかの判断ができるようにならないといけない。」


よろずのが言う。


「師匠は買います??」

「明確に、買わない。」

「明確に、買わないですか・・・・。」


よろずのに言われて、遥香は考え込んだ。


「それは、9984ソフトバンクは、オレが使っている投資法の買い基準のどれにも当てはまっていない。だから、買わないんだ。」

「じゃ、売ります??」

「売らない。」

「それは、今の状況では、売り基準に当てはまらないから??」

「そう。」


よろずのに言い切られて、遥香は何か分かったような気がした。



よろずのは、動けないのではなく、動かないということ。

同じ留まっている状態でも、能動的に留まっているのか、受動的に留まっているのかには、大きな差があった。

具体的に言われて、遥香の理解は深まった。

確かに、基準が無ければ買えない。

この買えないは、自分の意思で買わないのではなく、買うことができないという意味だ。

何の判断もできないの意味だ。

だから、買わないと、買うことができないの間には、天と地の差ほどの隔たりがある。


- あたしは買わないと、自分で判断できるようにならなければならないんだ・・・・ -


遥香はそう悟った。



「何か一つでも投資法を手に入れれば、良いんですね。」

「そうだよ。」

「一つ手に入れられれば、芋ずる式に他の投資法も手に入る。」

「そうなんですか!?」

「だって、投資法は2種類しかないからね。その2種類が細分化しただけだから、一つが理解出来たら、他の投資法も理解できるようになるよ。」


そう言われて、遥香の心は軽くなった。

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