112恥目 若い時から名誉を守れ
「そ、そうだよなァ!こ、こんな事で死なねえよなァ!」
「いやぁ、死んだかと思ったけどな。あは、あはは」
しゅーさんが生きていた事に安堵した文人は、一度大きく喜ぶと、すぐにぐったりした様子で椅子にもたれた。しゅーさんは笑うしかねえ、という感じで顔の片側を歪ませる。
実際、怪我というのはちょっと大きいかすり傷だった。それでも銃弾が当たったのだから、痛いことは痛いに違いない。ただ大の大人が気絶するほどかと言ったら、それはその。まあ、しゅーさんですから。しょうがない!
「いいや、死ぬ時は死ぬよ。腕や足とはいっても出血量多かったり、傷口から雑菌が入り込めば死に至る事もある。銃で撃たれたとなれば、ショックで死ぬ事もね。人は死んだ思い込むとほんまに死ねる事もあるらしいおすえ。脳って不思議やわ」
「津島の事だからショックで気絶ってとこか」
「ふふ、ま、よかったやないの」
生きていたから笑える。
中也さんもだいぶ疲れているようで、文人同様にベッドに横になりながらしゅーさんを軽くおちょくった。
富名腰さんは少年少女ーー、山本兄妹と言われる2人に手当てを施している。
少年は13歳、少女は11歳。2人に血の繋がりはなく、唯一の子供である彼らを纏めて呼ぶためにつけられたという。
少女の方は「撫子」というらしく、親の金遣いの荒さに腹を立て、飢えに苦しんだ末に両親を殺害してしまったらしい。親の身勝手で明日すら生きれるかわからなかった少女の悲しい選択だ。
少年の方は「勝」。彼もまた、親に恵まれなかった子だ。犯罪を犯し続けた親の子だと蔑まれ、行き場の無くなった彼は生きる為に赤の他人を殺してしまった。やり方が残忍だった事を買われて此処に連れてこられた、と。
なんだか可哀想だ。人を殺した子供にこんなことをいうのは変かも知れない。それでも、かわいそうだと思う。周りの大人がなんとかしてあげられなかったのかな、って。
大人の事情に振り回されて、生きる為に人の命を奪うしかなかなったなんて。
昭和に来てから少年犯罪があったと良く耳にはしていたけど、実際彼らを目の当たりにすると、こんなに苦しいとは。
優しい大人はいない訳じゃない。それを彼らが知る日が来るのかが問題で。こんな場所で生活したら、ますますそのチャンスからは遠ざかってしまう。
せめて、今だけは僕が優しくしよう。できた人間じゃないけど、少しでも何か感じてくれたらと思い、足の手当てを終えた撫子の横に座って頭を撫でた。
「大丈夫か?」
「.......どうして、助けたんですの」
「え?」
虚な暗い表情。彼女は生きている事を喜んではいない様に見える。どうして助けたかと聞かれては、そうするのが普通だと思ったからで。ただ、生きていてほしかった、それだけなんだけど。この説明で納得してくれるとも思えない。
撫子はスカートを強く鷲掴んで答えを待たずに話し始めた。
「私、貴方のお兄さんを殺そうとしたのよ。富名腰さんだって、貴方達の味方をした。敵だとわかりながら、何故、助けたの。私達は行くところがないの。勝兄さんも、私も、食べたり、眠る所は此処しかなくて、富名腰さんに嫌われた今じゃ、金田さんの下につくしかないのよ......あの人がどんな人か知らないから、平気でそうできるんだわ」
事情はよくわからないけれど、僕が助けた事で居場所を奪ってしまったらしい。撫子の顔を見ると、強い恨みを持って僕を睨んでいる。子供とは思えない形相で、眉間に皺を作っている。僕は酷なことをしてしまったんだ。よかれと思ってしたことが他人を苦しめる。
生かしたいと思う1人よがりと、お節介をしたという後悔。
何が正解なのか、急にわからなくなった。生きていることが正しいのか。でも、僕だって死のうとしたから、この時にいる。
撫子には何も返すことできない。正解が分からないから、その顔から目を逸らすしかできなかった。
「そうやなぁ」
話始めたのは、富名腰さんだ。彼は棚の前に立って、余った包帯を片付けている。
「死んだ方が、都合がよかったかもしれんねえ。ボクかて他人の為に頑張れるほどお人好しやないしね。ボクが裏切ろうがそうで無かろうが、君らに金田はボクが邪魔やから殺せいうてたと思うよ」
「お前子供相手になんつうこと言うんだよォ!」
事実であったとしても、酷い言い方だ。文人も随分なことを言っていたと思うが、人の言い分なんて、その都度都合の良いように変わる。だからこそ、富名腰さんの言い分もわかる気がする。自分を殺せと命じられている相手を助けるなんて、馬鹿と言われてもおかしくない。
「......ま、それが好いとる子なら話は別やけど......」
最後の方はボソボソと話すのでよく聞こえなかった。聞き返そうとすると、僕より早く中也さんがムッとした顔で彼に詰め寄った。なんで?
「は?なんだって?もっぺん言ってみろよ」
「あ、なんでもあらへん。いややわぁ、中也サン。本気にせんでよ」
あんなに怒って、彼はなんて言ったんだろう。すごい気になるけど、撫子にはそんな事関係なく、悲しげに俯いたまま。この子をどうしたら救ってあげられるんだ。
「金田さんの下に付くのはイヤですの。でもそれしかない......お願い、私を殺してください!自殺は怖いわ、貴方が刺して!お願い!」
撫子は自暴自棄になっている。生きているのは怖い。だから僕にさしてくれと頼み込んでくる。さっきのナイフを探しているのか、スカートのポケットを懸命に漁りだした。
中からは銃弾がゴロンと3発だけ。幼い子がこんなものを持っているだけでもおかしい。
助けなきゃ。この子をこの館から助け出さなきゃ行けない。この子に握って欲しいのは、箸や鉛筆だ。
「ない、ないわ!」
「ナイフならさっき落としたろ?......金田とかいう奴のとこに居なくたって、他の方法を探せばいいんだよ」
撫子が落ち付く様に、手を握ろうとするとパシンと、高い音がして振り払われる。
ジンジンと痛む右手は赤くなった。
「簡単に言わないで!私達は善人じゃないの!人を殺してる!同類の殺人鬼以外に誰が受け入れてくれるって言うの!貴方みたいな今まで幸せで、愛されて来て、苦労を知らなさそうな人になんてわかりっこないわ!」
「.......」
この子には、僕がそう見えているのか。
まあ、確かにそうか。11歳くらいだったら父さんが死んでそれなり辛かったけど、今の僕しか見えて居ないこの子にはーー。......いや、11歳より前からこの子は辛い思いをしているんだ。なんでも自分の定規で測っちゃいけない。
何を言っても言い訳や自慢になりそうで怖くなった。確かに僕は幸せだ。辛い時期もあったけど、父さんから愛情をもらっていたし、今はみんなもいる。街に出れば。「おはよう」と言ってくれる人がたくさんいる。
だから彼女の苦しみはわからない。可哀想だと憐れめば、優しくできたと勘違いしているんだ。とんだ“恥ずかしい“奴だな。
すると、頭の上にポンと掌が乗った。頭のてっぺんが重たい。
「目に映るものは全てじゃないよ、お嬢さん。案外コイツも、苦しい道を歩いて来たかもしれないぞ」
手の主はしゅーさんだった。気分が良くなったのだろう。顔色が見慣れた色に戻っていた。彼は撫子を挟む様にして隣に腰を掛け、急にお兄ちゃんぽい表情をする。
「違う.......違うわ、本当に苦しい人には、助けに来てくれる人なんかいないもの。大人はすぐ嘘をつくから.......」
「へえ、助けてほしいのかい」
「........」
撫子は黙る。簡単に「助けて」とは言えないのか。
彼女は僕と違うかもしれないけれど、助けてと言う時、必ず、誰も来てくれなかったらどうしようという不安が胸を騒つかせる。
何度も、何度も、求めたかもしれない。その助けを利用され、大人に嘘を吐かれ過ぎた彼女の苦しみは誰もわからない。
「そのどん底から救いあげてほしいかい」
「.......ほしいわ。普通が、欲しい。人として扱われたいの。さっき、抱き抱えられた時みたいな、人の温もりが欲しい。怖いよぉ、寂しいよぉ.......」
11歳の少女が心に潜む闇に抗おうとした。今度こそ支えてやらなければいけない。
味方がいない寂しさは知ってる。僕は撫子を抱きしめて、堪らず無責任にもこう言ってしまう。
「僕が助けるよ」
死にたいって、きっと寂しいだから。
この子の今後をどうするとか、まだなんも考えてないけど。でも今まで犯して来た過ちを償い、未来を変えるだけの力をこの子はきっと秘めている。
この子、いやこの兄妹が平成の僕のように頼る人が居なくて、何度も何度も死にたくなるくらいなら、頼りなくてもこの手を差し伸べてみよう。やらないより、きっと何倍もマシだから。自分の1人よがりを信じてみよう。
「やっと言ったな、お人好し貧乏」
「誰がお人好し貧乏だよ。貧乏はしゅーさんの借金のせいだろ!少しは欲を我慢しろ!」
「あいたたたたた、急に腕が!痛いなあ!痛い痛い!」
しゅーさんは大袈裟にいたがって見せた。僕にお決まりのセリフを言わせる為に、撫子にそう仕向けたのだ。そしてわざと茶化して腕を摩り、厄介そうにベッドを立つ。
この子達を放って置けない。だから撫子と、もちろん勝も一緒に連れて山から降りる事を約束した。撫子が泣いているのを抱きしめながら、僕は助ける事と、助けられる事の温かさを噛み締める。
人は人に傷つけられて、人に救われていく。目の前の世界だけが全てじゃない。
僕は多くの人を許せる人になりたい。独りの辛さを知っているからこそ思う事。父さんが、そういう人になって欲しいと願った名前なんだ。ちゃんと生きなきゃ。
「子供は笑ってた方が可愛いんだぞ」
撫子の頬を両手で挟み、そのままぐるぐると回して口角が上がる様に上に上げたりもした。
「あったかいですわ」
僕の手を真っ白で小さな手が力強く掴む。
ぎこちない笑顔は、表情筋が硬いから。この表情筋を柔らかくするには、沢山の嬉しいや楽しいが必要そうだな。
「......ん?んん?」
「どした?」
文人が突然、クンクンと鼻を鳴らし、立ち上がってそこらを歩き回り始めた。
どうしたのか、と聞いても答えずに鼻を鳴らし続けた。
「焦げ臭ェ......」
「えぇ?」
返事をした富名腰さんを含め、全員が鼻を鳴らした。鼻に神経を集中させて匂いを嗅ぐと、この部屋の薬品類の匂いに混じって、確かに何かが焼けはじめた匂いが、微かに嗅ぎ取れた。
「火事......?」
中也さんの一言に皆一気に立ち上がる。
普段なら「どっかでなんか燃やしてるだけじゃね?」で終わりそうだが、今は犯罪者だらけの館に居るのだからそうはならない。
誰か、頭のネジがイカれた馬鹿がこの騒ぎのどさくさに紛れて火をつけて、この館を業火に包もうとしているとしたら一大事だ。
「嘘だろ!だって、宇賀神や檀は......」
「先生達もいるの!?」
「ああ、途中で別れたからどこにいるかわからんが......」
この火事、いや、ボヤかもしれないが。
とにかくこの焦げ臭さに気付いてなければ、この館が火に包まれた時に逃げ遅れる可能性だってある。僕1人の為に誰かが死んだなんて絶対にあっちゃいけないんだ。
「しゅーさん!兄妹の事頼んだわ!」
「どこ行くんだよ!」
「先生達探してくる!」
撫子をしゅーさんの膝に置いて、部屋を飛び出した。もしかすると僕が考えるより先に体が動いていたかもしれない。後ろから呼び止める声が聞こえる。だけどもう止まれない。
久々に全力で走っている。1ヶ月以上監禁されていたんだから、当然体力もスピードも前より劣っている。それは重々承知。それでも助けに行く、絶対に。
広い館を走るうちに焦げ臭さがより一層強くなってきた。火の手はどこか。
先生や吉次、檀さんは何処にいるんだろう。
僕が生きていると信じてくれたから、助けにきてくれた。自分を信じてくれる人の存在を亡くしたくない。
だから裸足で何かを踏みつけて、痛んでも、立ち止まらない。焦げ臭さが増しても僕は走る。
そう、僕は信じられているから走るのだーー。
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