63恥目 上野発、青森行き
「青森まで大人3人分ください」
「大人、3人ですか?」
2階建ての上野駅の切符売り場。初めて来た事もあって、その大きさや立派さに目を見開いた。昭和初期って古臭いイメージがあったけど、全然そんなことはない。僕も昭和の人間になってきたのか。
僕らはしゅーさんと中也さんの3人で青森の津島家に向かうべく、夜行列車に間に合うように白金台を出て来た。
僕が財布を持っているので、夜行列車の切符を買うため並んでいるのだけど……。
「あの、大人3人です」
「ふふ。大人、3人ねぇ」
窓口の女性に青森行きの切符、大人3枚分と言いつけるが、なかなか売ってくれない。
切符代金をキッカリ渡しても、幾らか返って来て、またそれを渡すという無駄なやり取りが何度かあった。
その度に人の顔を見て、堪えるようにフフフと微笑み、なんかとっても嫌な感じだ!
「大人2人と学生1人」
「はい、改札はすぐ右です」
しゅーさんが耐えかねて切符の内訳を言い換えると、窓口の女性はクスクス笑ってすぐに切符を手渡した。
「おかしくない? なんでしゅーさんにはすぐ渡すんだよ! 誰が学生だ! 大人3人だろ、料金ごまかすな!」
「すんなり買えただろうが」
「ちぃがぁうぅ! 僕にもプライドとか、そういう……なんかそういうのがあるんだよ!」
「要、今の格好を見てみて」
中也さんに言われて気づいたが、僕はしっかり学生服を着ていた。
「なるほどね」
僕が間違っていたと、窓口の女性に軽い会釈をして謝った気になった。
2人は格好が様に見える背広に帽子、マント。旅に出る大人の男性って感じの装いだ。
僕ももっとイイ格好したかったのに。結婚式の時に笑われてムカついたけど、背広を買うんだった。
「しゅーさんが帽子被ると様になるね」
そう言えばオシャレさんだった僕の兄上は、その見慣れない帽子のツバをこれ見よがしに触っていた。
「スマートだろ?」
背の高いしゅーさんを見上げる。確かに細身だとは思うけど、スマートと言われるとニュアンスが違う気がする。
「ううん、全然。どこで、誰のお金で買ったか解ればスマートに見えるかも」
「うっ」
都合が悪いことなのか、頬をひきつらせて目を逸らした。
そしてすかさず話題を変えて、もう帽子には触れさせないように頭を曝け出す。
「お、中原。お前身長伸びたんじゃないか? お前も帽子を取ってみろよ」
「なんだ、嫌味か?」
しゅーさんが中也さんに喧嘩を売るような発言をするから、また睨み合いになる。
確かに出会った時は僕よりちょっと小さいと思ったけど。帽子を取った彼との目線が、最初の頃とは全く違う気がした。
しゅーさんや文人と比べてしまったら小さいけど、小さくないのでは?
「えっ、本当に伸びたんじゃないですか? こんなに目線違いましたっけ?」
「要が下駄じゃないからだろ?」
「いやいやいや、こっち来てください」
近くに鏡が見えたので、2人のマントをつまんで引っ張り、3人横に並びになって背比べをする。
中也さんの言う通り、今日の僕は下駄ではなく、平成で履いていたスニーカーだ。それでも明らかに僕が1番小さい。5センチは絶対に違うと思う。
「本当だ、伸びてる」
僕と背比べする中也さんは嬉しそうだ。僕の身長が150センチ代後半くらいだったから、160センチは絶対に超えているだろう。同じ目線で景色が見れなくなったのは寂しいけど、好きな人が自分より背が高いって、好き度数上がるんですね。
鼻の下が伸びたのがバレないように、痒かったのを我慢できない体を装い人差し指で掻いた。
「史実をねじ曲げると身長まで変わるんですかね?」
「それならもっとねじ曲げないとね」
司が言ってた。中也さん、顔はいいけどモテなかったって。
それは多分身長のせい。喧嘩をしても腕が短くて届かなかったり、コートは引きずって歩いたりしていたと聞いた。本当かよ、って話。どこかのデタラメなインターネットのサイトの情報を鵜呑みにしちゃいないだろうか。
でも、それが本当だとしても史実での彼で。
僕らの目の前にいるのは、それをねじ曲げて新しい先を作る中也さんなのだ。だから身長が伸びても、すっかり別人の彼ならば変な話では無い。
「ま、身長が伸びてもモテるわけじゃないだろ」
しゅーさんがまた余計な事を言う。いいんだよ、モテなくて! そう言いたいのを我慢して、時計を見ると午後6時に近づいている。最早出発してしまう青森行きのホームへ小走りに駆け出した。
*
「青森まで何時間かかるの?8時間くらい?」
「ハァ?」
平成の感覚。新幹線で東京青森間ならそれくらいだろうと、時代背景を考えて、単純に2倍にしてみた。背負ってきたリュックを寝台の上にぶん投げながら聞く。しゅーさんは僕の頭を人差し指で3度小突かれると「入ってるか?」なんて超失礼なことを笑っていってくる。
恐らく、脳みそ入ってるか? という意なんだろうけど、あえて反応はしてやらない。しっかりぎっしり詰まってるもん。
「半日以上かかるだろうね」
「遠いなぁ」
青森にいくのはそう簡単ではない。
しかも冬で、列車が遅れる恐れがあるだろうと言われれば、この車内で過ごす時間がえらく長いというのは覚悟しなければならない。
今回は寝台列車で行くからまだいいけど、普段極貧の僕らが選ぶべきは、ローカル線乗り継ぎ地獄だったかもしれない。最低3日かかると言われたから吐き気がする。
「尻が痛くなるぞ。まあ、この寝台ならそんなこともないだろうが」
「本当、よく切符を買えたよ」
「薫から貰った治療費と慰謝料でね。でも高かったなぁ」
この頃の寝台列車と言えば庶民には一等寝台車なんて高級品。とても高くて払えやしない。
普段は金がないと叫ぶ我々は、僕が怪我をしたおかげで得た金でこの列車に乗ることが出来ているというわけだ。
普段とは違う夜に、自ずとテンションが上がり、旅行気分になるのは無理もない。
しゅーさんの大学の件で土下座しに行くのに、学生服をきた僕は完全に修学旅行気分だ。
ベッド付の4人部屋に3人だけ押し込まれた。
部屋から見る風景は格別だ。大金叩いて乗っただけある。今は無敵の気分だ。
初代さんや文人も連れてきたかったけど、2人とも遠慮したのか、東京に残ると言ってお留守番。
しばらくは列車から見える景色を眺めていたが、それも退屈になる時間は来る訳で。思いのほか揺れるし、本を読んだら三半規管がやられて、マーライオン待ったなしだ。
「あまくせ、なんか面白い話してみろよ」
しゅーさんも例外になくそうだった。普段より金があることをいい事に、お酒を飲んで気が大きくなった彼は僕に無茶振りをしてくる。
しかも僕の好物のイカ、今回はスルメを食べようと手にもっていたのに、平気で横取りする。
歯が悪くて食べられないくせに、数少ないそれを暇つぶしにわざとしゃぶって見せてくるんだ。
「無茶振りすんなよ。しゅーさん程濃い人生送ってないんだから」
「お、またなんか思い出したか?」
「なーんも」
面白い話をしてくれ、なんて面白くない話をしろと言ってるのと同じだ。ハードルを上げるんだから、何を話してもスベるに違いない。
僕の人生だって、津波に飲まれたことと父さんのこと以外はさっぱり。昭和を生きている方がよっぽど濃くて充実している。
僕の日常を知ってるくせによく言うよ。内緒にしてる話はあるが、嫌味のように話せるのは、誰かさんの借金を返済しに行くたびに罵声を浴びせられているくらいしかないんだから。
でも、これはチャンスかもしれない。密室という空間と、有り余る時間を使って、普段はまんまと逃げられてしまうから出来ない「お説教」ができるかもしれない。
さっきの帽子のこともそうだ。きっとまたどこからかお金を借りて――!
「あったよ、面白い話。きっと中也さんも参加したくなるような、とっても面白い話です」
「俺も?」
中也さんは呼んでいたフランス語の本を閉じて、首をかしげた。
「おお、退屈しのぎに聞いてやろう。つまらなかったら許さないからな」
「ああいいとも。あのねぇ、どっかの誰かさん、飲み屋でまた借金したらしくてさ。ツケってヤツかな? どうやって返すのかなぁって」
「つまんない、つまんない! 誰の話か知らないけどつまらないね!」
いつだったか、飲み屋の亭主から店前で引き止められて借金の催促をされたことを話してやった。
とっくに僕が返したが、踏み倒そうとしてるのがバレバレ。いい機会だから突き止めてやろうと思ったんだ。
二段ベッドの上部分に逃げるしゅーさんに、「臓器売る?」と、詰め寄ったりしてからかった。
こういう時じゃないと、しゅーさんはまともに話を聞いてくれないんだから。彼は耳を塞いで「あーあー」と聞こえないように声をあげる。
青森に着く前にゲッソリさせて、いかにも病んでますアピール。そうして文治さんに許してもらおう。中也さんも加勢したら、しゅーさんはダジダジ。
本州最北端、青森はまだまだ遠い。
僕らはしゅーさんを揶揄うだけ揶揄って、それからは何でもない話をしながら、深い闇を走る列車が故郷に着くその時を待つのだった。
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