#23 院内乱闘

 白夜たちを乗せた車は広い国道を通らず、あえて最短ルートの狭い路地を猛スピードでかけていった。


 人を轢いてしまわないか微妙に不安だったが、病院近くの国道に後輪を滑らせながら侵入した時にその不安は消えた。


 あとはこの国道を直進すれば病院が見えてくる。運転手の理恵は二人へ言った。


「あと少しで病院に到着します! 交戦する精神的な準備をしておいてください!」


 白夜は拳をぎゅっと握りしめた。


 金剛寺と仲間である杵淵きなふちがすぐそこにいるのだ。ここで彼女を捕らえられれば、金剛寺の情報を得られるかもしれない。


『――報告! 襲撃者の内、一人を捕らえた! 現在襲撃者たちはフロア一階、中央口そばの受付でなお交戦中! また院内の一般住民のほとんどは退避済みである! 繰り返す――』


 雪音が持つスマホからは三日月病院にいる"スイレン"の兵士から随時報告が流れていた。


 六人の襲撃者のうち、一人は捕らえることができたようだ。しかもまだ一階で襲撃者たちを抑えられている。


 彼らの目的であろう雪華がいるのは四階。まだ最悪の状況にはなってはいない。


 白夜が気を引き締めている中、助手敵の雪音はスマホを握りしめた。そして一度瞳を閉じると、何かを決意したように瞳を開ける。そしてスマホの画面を指でなぞり、そのまま口元へスマホを寄せた。


「――こちら東宮雪音です」


 白夜の視線は雪音へと吸い寄せられた。理恵も一瞬だけ彼女に目をやるも、すぐさま前へと視線を戻す。


 どうやら彼女は現場の"スイレン"に何かを告げるらしい。確かに金剛寺打倒の管轄は雪音と白夜であり、病院に常駐しているであろう"スイレン"兵士だけの仕事ではない。


 雪音は次の言葉を放つ前に、白夜に目くばせをした。それがどういう意味なのか、把握するよりも先に雪音の言葉が白夜の耳に届く。


「こちら三名、数分後、中央口に車で突撃し、そのまま戦闘に移行します。中央口から直線上にいる方々は避難しておいてください」


『――! ……了解した』


「……!」


 彼女と兵士のやり取りに、ピクリと雪音以外の二人の方が動いた。その後、雪音はスマホのマイクをオフにして告げる。


「……ということです。お願いします」


 普通に言ってのける雪音に白夜は思わずため息が出てしまった。しかしそれは軽蔑や失望などを感じたからではない。――逆だ。


「思い切るじゃねーか」


 白夜はそう言って笑った。どこか懐かしい感覚だった。この無鉄砲で奇想天外な危険行動を周囲を巻き込んで実行してしまうところに、あざなの片鱗を感じる。


 そして、それはただ無鉄砲で危険なだけではない。雪音はスマホを車のポケットに入れながら言った。


「勝手に決めてしまいすみません。ですが、これ以上にない強力な不意打ちにもなりえます。一人ぐらい巻き添えで轢くことができれば……」


 雪音の視線が隣で運転している理恵へ向く。期待の視線を向けられた彼女は白夜と似たようなため息をついた。


「そればかりは天に任せないとですがね。……全力で突っ込ませていただきますよ」


 薄っすらと笑みを浮かべて、理恵は答える。この車内にはこの無謀を止めようとする者は誰もいなかった。


 前のフロントガラスに三日月病院の看板が見えてきた。白夜は唾をのみ、雪音は木刀袋から刀を出し、理恵はハンドルを握りなおす。


 フロント越しの三日月病院の看板が大きくなっていく中、理恵はそのまま二人へ告げた。


「……お二方、雪音様は知っているとお思いですが、私の異能は戦闘向きではありません。なので、車を突っ込ませたら私は後方に回ります。ご承知を」


 雪音は同時にうなずき、白夜も一泊遅れてうなずいた。


 喫茶店ウェイトレスをやっていて、今は運転をしてくれている女性、理恵。彼女が異能力者ミュートであることは初耳だが、この際追及している暇はない。



 ――何故なら、目的地の三日月病院のすぐそこまで、車は迫っていたのだから。



「いきます……っ!」


 覚悟を決めた理恵の合図と共に、車体がスピードを維持したまま左へ曲がった。遠心力で右側に押し付けられるのを耐えながら、白夜は前を見る。


 綺麗に塗装された白い壁と蒼いガラスで囲まれた大きな病院――三日月病院。しかしその屋外には人の影はなく、真ん中にあるガラス張りの中央入り口は破壊されていた。



 理恵がアクセルを踏み込んだのが白夜にも分かった。車はスピードを上げ、病院の中央入り口へ向けて一直線に進行する。



「……ッ!」



 もう軌道修正は不可能だ。車は時速100Kmを超え、縁石に乗り上げた。跳ねる車体が地面すれすれで宙に舞い、その先には襲撃者に破壊された中央入り口が――。



「――!」



 そしてついに車はそのまま中央入り口へ突っ込んだ。



 ガラスが割れた軽快な音がしたのも束の間――次の刹那には脳を揺らす重い低音が耳をつんざいた。


 目の前が乱雑に廻る。

 後部座席から見える二人の後ろ姿に構っている暇はなかった。

 割れるガラスと下から突き上げてきた衝撃により、体のどこかを強打しつつも、白夜は顔を腕で防御しながら耐えた。



 そして二度目の大きな衝撃。

 白夜の体が強い勢いで前へ押し出され、前の座席に頭を強打する。うめき声をあげつつも、何とか意識は保ったまま、その場にうずくまった。


 それを最後に、耳をつんざく轟音も体を弾く振動も消えた。


 朦朧とする頭がぼーっと暗い車内を視界に映す。瞳が重くて、白夜は瞳を細めた。体も若干だるい。どうしてこの場所にいるのか分からないが、眠ってしまおうか――。



「……っ!」



 と、日和ひよる中で白夜の意識が完全に覚醒した。


 たった一秒の出来事だった。

 どうやってここにきて、どうしてここにいて、何をするべきなのか。想起して、目を見開いて、そして白夜は隣のドアに手をかざした。



 突如、大きな破裂音が響き渡った。


「思ってた以上だクソ……! 意識が飛びかけた……!」


 重力波でドアをぶっ飛ばした白夜は、院内の壁に激突して止まった車から這い出る。そのままよろよろと車を伝い立ち上がった。


 院内は喧噪と煤煙が入り混じっていた。異能同士の戦闘で不等間隔に爆音が響く中、白夜のぼやける視界に黒い服を着た襲撃者の一人が入ってくる。


「いきなり突っ込んできやがって! なんだてめぇは!」


 その襲撃者の男はそう叫びながら、手に持った鉄パイプかざすと、その先に大きな火の玉が現れた。


 そして襲撃者の男はそれを鉄パイプを振るい、火の玉を白夜へ放つ。白夜は身をかがめた。


「異能か……」


 炎に関係する異能であろう。白夜はそう察して地面を蹴った。


 男が放った火球へ飛び込むがごとく走り出し、すぐそばまで迫った火球を"重力"を纏った腕で振り払った。火炎が宙で分散して、小さな火花となって消えていく。予想通りの結果に、白夜は微笑んだ。


 白夜は"火"に対するエキスパートの二人に鍛えられ、今この場所にいるのだ。故に、目の前の襲撃者の"火"の練度が低く、適当な"重力"散らせることを白夜は一目で見抜いていた。


「てめぇ……!」


 火球をいとも簡単に消された男は焦りつつ、鉄パイプを振るってそこに炎を纏わせた。燃え盛る鉄パイプを握りしめ、走り出してきた白夜を迎え撃とうと構える。


「――」


 しかし白夜相手に"待ち"戦法は通用しない。白夜は左腕をかざした。


「なっ……!」


 白夜の異能"重力操作"が発動する。


 重力により、男の体が白夜に引き寄せられた。突然引っ張られたことにより、男は体勢を立て直そうと、体の軸を後ろへ"反射的に"ずらした。その隙が白夜の攻撃チャンスであることも知らずに。


 男は大勢を立て直したが、その頃にはすでに白夜は目の前に迫っていた。白夜の異能"重力操作"によって、男が引き寄せられている間にも、白夜は前進していた。その結果、男が認識するよりも早く、白夜は男のもとへ到達していた。


 男がどうにかして立て直した体勢から鉄パイプを振り落とそうとするも、全てが遅い。振るうよりも速く、白夜は下から異能で加重した右拳を振り上げ、男の顎を砕いた。


「ガッ――!」


 白夜の右のアッパーにより男の体が上にずれると同時に、左の拳が男の頬へ繰り出される。右拳と同じ破壊力を孕んだ拳は、男を病院の外まで吹っ飛ばすには十分だった。


 その衝撃は病院を揺らした。白夜により、物凄い勢いで壁へ吹き飛ばされた男はそのまま外まで貫通して飛んで行っただろう。白夜は深く息を吐く。


 その衝撃で喧噪が一瞬だけピタリとやんだ気がした。しかしながら、一秒も経たずにすぐ喧噪が再開される。


 白夜はちらりと周囲を見渡した。襲撃者と"スイレン"の兵士だと思われる数人が戦闘をしているが、その地面には"スイレン"側の兵士が多く倒れていた。そのほとんどが短機関銃と防弾装備をしていることから、非異能力者ミュートの兵士といったところか。


 とりあえず、状況は芳しくない。白夜は加勢しようと足を踏み出すが、同時に体に震えが走った。


「上です白夜ッ!」


 突然、理恵と共に車から脱出していた最中だと思われる雪音が、白夜の方を見て叫んだ。


 その声と自分が感じた悪寒を根拠に、白夜は咄嗟に前方に重力波を放ち、自分の体を後方に飛ばした。


「くっ……!」


 背後に吹っ飛ぶ白夜。その直後、すぐ目の前に上から太刀筋が放たれ、前髪が揺れる。


 ギリギリで一閃を回避した白夜は地面を滑りながら、体勢を立て直しつつ前を見た。


 雪音の得物よりも長い大太刀を振り下ろした女の姿がそこにあった。


 髪色は頭の上は赤、毛先に向かっているほどに橙色へ移り変わるグラデショーンカラー。そんな髪を後ろに束ね、白夜よりも少し年上な女性。


杵淵きなふち星那せいなか……!」


 白夜はそうぼやいて地面を蹴る。その女性――杵淵は大太刀を構えなおした。


「アンタらか。うちのボスを狙ってんのは」


 杵淵はそう告げると、大太刀を振りかざす。それは飛ぶ斬撃となり放たれた。白夜は走りながらそれを異能を込めた右拳で相殺する。


 ――が。


「っっ!」


 その斬撃には思った以上に威力があった。斬撃そのものは加重した拳で打ち消せたが、その反動で白夜の体は後ろへ飛ばされる。


 左腕を地面につき滑って、何とか倒れずにすんだ白夜。しかしすでに杵淵は白夜との距離を詰めるべく駆け出していた。


「――」


 白夜も駆け出し、左腕をかざす。異能『重力操作』で杵淵を捕らえ、引き寄せる重力を放つ。


「!」


 杵淵はその重力を感じ取ると、足を止めた。白夜はそこに隙が生まれると見込み、より強く地面を蹴り込んで走る速度を上げた。


 足を地面にしっかりと踏みしめるも、じりじりと白夜に引き寄せられる杵淵の体。それを悟った杵淵の判断は早かった。


「……!」


 杵淵は耐えるのをやめ、白夜への進撃を再開する。地面を蹴り、白夜へと接近した。


 白夜は拳を握りしめ、迫りくる杵淵を見据える。二秒ほどで完全に距離は縮まるだろう。あの大太刀にはリーチで負けるが、それは暗に超接近に持ち込めば良いということ。拳が飛び交う距離ではあの大太刀は活かせない。


 と、そう踏んでいた白夜だが、"向かってきたそれ"を前に目を丸くした。


「くっ……!」


 杵淵は自分の大太刀を白夜に向かって投げたのだ。クルクルと横に回りながら投げられた大太刀は、白夜のすぐ前まで到達する。


 白夜は慌てて身をかがめ、放たれた大太刀をかわす。――が、すれ違い様に大太刀の先が右肩にかすった。


「ちっ!」


 右肩が浅く切られ、血飛沫が舞った。ヒリヒリとした痛みを感じつつも、白夜は立ち上がる。


 そして立ち上がった白夜の目の前にいたのは、拳を振りかぶる杵淵だった。


「っ!」


 白夜は慌てて加重した左腕で彼女が振るった右ストレートを弾いた。


 同時に彼女の拳を弾いた左腕が痺れ、その痺れが痛みとなって瞬時に全身へ回る。一瞬だけ動きが止まるも、白夜はすぐに地面を蹴って一歩後退した。


 杵淵はそれを見計らい、右足を一歩踏み込んで左拳を振りかぶる。


「おらァ!!」


 勇ましい掛け声と共に、杵渕の左拳が白夜へ放たれた。だが白夜はそれを一瞬にして測る。


 その速さなら右腕での防御が間に合ると判断し、右腕を上げて――白夜は杵淵の左拳をモロに食らった。


「な……!」


 想定外の鈍い痛みと共に、白夜の視界はブラックアウトする。白夜はそのまま吹っ飛んで地面に転がった。


 その隙に杵淵は駆け出し、さっき投げた大太刀を拾い上げる。


 白夜が困惑しつつも立ち上がった時には、すでに杵淵は大太刀を持って白夜に向かって駆け出していた。


 白夜はすぐに拳を構えるも、そこでようやく以上に気づく。


「右腕が……!」


 右腕の反応が極めて薄い。痺れたように震え、まともに動かせなかった。杵淵の異能"電撃"の効果だろう。


 迫りくる杵淵を前に、白夜は舌打ちをした。


「あの時か……!」


 あの大太刀だ――白夜は理解する――杵渕が投擲し、白夜の右肩にかすった杵淵の大太刀。あれに"電撃"の異能を込めていたのだろう。白夜を殴った時の右拳に込められていた、体中に痺れと痛みを与えた"電撃"とはまた違う"電撃"を。


「っ!」


 右腕が使えない中、杵淵の剣術を防ぐのはかなり厳しい。白夜は半歩下がりつつ、杵淵を迎えた。


 とにかく、彼女に触れると異能"電撃"に感電する。故に、彼女に触れないようにしつつ攻撃を防ぐしかない。しかしそれは白夜の"重力操作"なら可能だ。


 杵淵が目の前まで迫り、彼女の大太刀が怪しく光る。


 振りかぶってきた一閃。白夜はそれを寸で後ろにかわす。しかし杵淵は空ぶった勢いをそのままに、体を回転させながら白夜との距離を詰め、そのまま斬り上げた。



 白夜は迫りくる刃に向かい、左手に纏った反重力でその刀を弾く。大太刀を弾かれた杵淵は一瞬もひるまず、持ち手を持ち替えて再び斬りかかってきた。


「――!」


 白夜はそれをスウェーでかわし、隙を見て一歩後退する。


 間髪入れず杵淵も一歩踏み出し、大太刀で白夜を何度も突いた。白夜は乾いた口内の歯を噛み締め、閃光のように早いその突きをギリギリのところで体をねじり回避する。


 何度目かの突き――杵淵が左腕で突いたそれをかわしたと同時に、白夜は杵淵へ左足を踏み込んだ。一瞬だけ白夜と杵淵が斜めに向き合うかたちになり、その頃には白夜の加重した左拳が杵淵めがけて繰り出されていた。


「っ!」


 今度は杵淵が肝を冷やす番だった。白夜の外側から弧を描いて放たれた左拳を、彼女は頭を下げて回避する。


 そして頭を下げた杵淵の視界の隅に映ったのは、白夜の蹴り。杵淵は瞬時にそれを認識すると、頭を下げた勢いのまま体をねじり、弾かれるように隣へ跳んだ。白夜の蹴りは宙をかく。



 白夜と杵淵に再び距離が開く。白夜の右腕も感覚が戻り始めてきた。白夜は薄い笑みを浮かべつつ、杵淵へ言った。


「やるな、お前」

「……アンタこそ、ガキのくせに」


 杵淵もそれに応えた。互いに称えつつ、その実は互いに隙を狙っていた。白夜は拳を深く構え、杵淵も横に一歩踏みながら大太刀を構えなおす。


 白夜も杵淵を睨みつけたのだった。

 

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