第574話 託された運命

 アレンたちは天空王の住むシャンダール天空国の王都ラブールに到着した。

 謁見の間にやってきたアレンの目の前には天空王が座っている。

 先頭に跪くアレンの後ろには、セシル、ドゴラ、キール、ソフィー、イグノマス、レペも並び跪く。

 以前、この場にいたお腹が大きくなっていた王妃はいない。


 なお、前回は半月近く待たされたのだが、今回は3日後には謁見が出来た。

 前回は、やはり羅神くじを準備するのに時間が掛かっていたようだ。


「久々であるな。また、これほどの霊晶石を納めたいとは、下界から着た割には殊勝な心掛けだ。神々に代わって余が礼を言おう」


 天空王は神々の代行者という立場にあるようだ。


「はは! ありがたき幸せにてございます!!」


(いや、くじを引くだけなんだが、こういうのいらないから。それにしても族長たちの石材売りは流石にまだ耳に入っていないようだな。もう少し、石材売りのペース上げるようお願いしちゃうんだからね)


 アレンたちは天空王に跪き、感謝の言葉を受けたことにする。

 心のコントローラーでボタンを連射して、会話を早く進めようと念力を込める。


「では、霊晶石を預かろう」


 天空王が宰相に目を移すと、それが合図だったようで、宰相がさらに神界人の騎士たちに指示をする。


 アレンの目の前にある6個の霊晶石は受け皿に乗せられ、前回もいた鑑定士のような老人の下に持っていかれる。


【手に入れた6個の霊晶石の内訳】

・霊獣ガニラの霊晶石2個

・メルルが大地の迷宮で手に入れた霊晶石3個

・アレンが同行した際に手に入れた霊晶石1個


 片眼鏡を近づけたり、スキルを発動させた老人が口を開いた。


「たしかに。どれも素晴らしい霊晶石でございます。偉大なる天使をお産みになることができるでしょう」


「そうか、これで余も務めを果たせるというもの。アレンよ。大儀であったな」


 アレンは言葉を発することなく、跪いた頭をさらに低くする。


 神界人にとって霊晶石は特別な存在だ。

 神界人の王族が妊婦に霊晶石を与えると天使を生むことができる。


 妊婦に与えた霊晶石の格であったり、個数によって、天使、大天使、第一天使が生まれる。


(メルスとルプトは双子だから霊晶石が2個必要だったのだろうか。とりあえず、くじを引かせてくれ)


 これから霊晶石を天空王に納めたお陰で引くことができる羅神くじは、どうやら神界人の王族が行う神事のようだ。

 少しでも厳かな感じを出したいようなのだが、くじが引きたいだけのアレンには到底、理解できない状況だ。


「では、羅神くじを持ってまいれ」


「は!」


 宰相が近衛の騎士たちに指示を出し、タイヤのついた台車に乗せた小さな樽のようなものが運ばれてくる。

 これが羅神くじだ。

 樽の中にある30センチメートルほどの棒状のくじを1本引くことができる。

 該当の神の羅神くじを、樽の上部の穴から引き当てることによって、神々の神域へ入ることが許される。


 アレンは、ここに来る前に、商神、剣神、大地の神などいくつかの神域へ入った。

 これはアレンたちが以前羅神くじを引いているから、許された行為だ。

 神々のいる神界を天空船や魔導船で移動することはできるが、神殿など神々のいる神域に許可のない状況で入ると、怒りを買うらしい。


 神域に255柱いると言われる神々の羅神くじがこの樽の中に入っている。

 なお、既に9本のくじは前回、引かれているため、残り246柱となる。



【これまでアレンたちが引いた羅神くじの内容】

①商神マーネ

②歌神ソプラ

③占神タルロット

④笑神マンザイ

⑤大地の神ガイア

⑥剣神セスタヴィヌス

⑦獣神ギラン

⑧弓神コロネ

⑨大精霊神イースレイ


「さあ、引くのだ。ここからは無礼講ぞ」


「では失礼します」


 天空王の許可が下りたことなので、アレンたちが立ち上がった。


(ふう、6個あるぞ。魔法神イシリスは当然として、獣神ガルム、斧、槍辺りは引いておきたいな。後何が……)


「ちょっと、アレン。なに立ち上がって、羅神くじの前にいるのよ。キールがくじを引けないじゃない」


「へ? 俺も引くぞ」


 アレンは何を言われたのか、圧倒的な知力をもってしても理解ができなかった。


 自ら引きたくて霊晶石を集めてきた。

 アレン自身が直接会いたい神はいないのだが、ガチャは浪漫だと考えている。

 アレンの行動に怒りを抑えた表情のセシルが口を開く


「あなたじゃ魔法神様は引けないわ。下がりなさい。さあ、キール、くじを引くのよ」


「お、おい。おれかよ。いや、引くとは思っていたけど……」


「当然じゃない。絶対に引き当てるの。引くのは魔法神様だけよ。いいわね」


「お、おう」


 圧を込めて、キールに魔法神の羅神くじを引き当てるように言う。

 キールがアレンに代わり、台車の上に乗った羅神くじの入った樽の下に向かう。


「おい! 何を言っているんだ。俺がパーティーリーダーだぞ!!」


(ふむ、ここはビシッと言わないと、今後に響くぞ。ワイがリーダーや!!)


 アレンは前回、クレナやドゴラに抑えられ、羅神くじを途中で引けなかった苦い思い出が蘇る。

 あの時から何度枕を涙で濡らしたか分からない。


 なお、前回アレンが引いた羅神くじは①から④で、キールが引いたのは⑤から⑨だ。

 キールのお陰で、上位神である剣神の神域にも入れたし、大精霊神にソフィーたちが会えた上に、試練を乗り越える結果となった。


「ぐるるる!!」


「へば!? ビーストモード!!」


 怒りに満ちた表情を浮かべ、どこからそんな声が出たのか分からない低い唸り声をセシルが上げ、姿勢を低くし今にも襲い掛かりそうだ。

 アレンは生命の危機を感じ、大きく横に退き、キールに場所を空ける。


「……下界の者たちの行動はよく分からぬな。のう?」


「さ、左様でございますね」


 天空王は宰相を見たが、宰相も首を振るう。

 何を見せられているのか、理解ができないようだ。


「じゃあ、引くぞ」


「ええ、お願いね」


 カラカラ


 樽の上部に空いた小さな穴から1本の羅神くじを樽が乗っていた台車の盆の上に置いた。

 アレンたちはキールの置いた羅神くじに書かれた文字を一様にのぞき込む。


「どれ……銀棒だな」


「よし! って、槍神ガイダルク……はずれね」


「槍かよ」


(武具8神の1柱をいきなり引いた件について)


 武具8神のうちの1柱を引いたが、セシルもドゴラも不満そうだ。

 魔法神イシルス一択のセシルもそうだが、ドゴラは斧神を引いてほしいようだ。


「だが、槍神様が出たからイグノマスは神界闘技場で修行をしてくれ」


 天空王のいる前なので、不敬で謁見の間から追い出されては困るので、アレンは神に「様」をつける。


「そうだな。これで俺もエクストラモードになれるのか。みなぎってくるぞ!」


 プロスティア帝国で、力が正義と言わんばかりに内乱を起こしたイグノマスは嬉しそうだ。


「キール、次お願いね」


「おう、次だな。おら!」


 キールは気合を入れて、羅針くじの入った樽を振るう。

 台車の上の盆の上に落ちた羅神をすごい勢いでセシルが拾う。


「銀……。薬神ポーション様。残念ね」


「豊穣神モルモル様に仕える薬神か」


(大地の神も豊穣神に仕えているんだっけ。土よりもその上に育つ作物の方が上位とか、信仰が多いのが正義ですか。これはキールをなんとかできないか……)


 キールが引いた薬神ポーションについて分析する。


 この世界では薬を調合するのに才能が必要だ。

 薬草はそのままでも効果があるのだが、薬師が薬草に才能で手を加えて薬に変える。


 アレンのパーティーには薬師の才能のある者はいないが、アレン軍のエルフ部隊には結構いたりする。

 エルフの霊薬は世界樹の実を調合して作られるのだが、エルフには薬師の才能のあるものが割と多い。


 また、大地の神と薬神は上位神である豊穣神に仕えている。

 大地の神の方が、その上に育つ作物よりも偉そうに思えるが、人々が信仰するのは今日の命を繋ぐ作物だ。


 回復薬を司る薬神で、アレンは1つの可能性に気付いた。

 大地の神ガイアの願いでハバラクをエクストラモードにしたが、キールはまだノーマルモードのままだ。

 回復繋がりで、キールをエクストラモードにできないか、魔導書に念入りに頼んでおこうと思う。


「次お願いね。あと4回よ」


 アレンの思考がセシルによって呼び戻される。


「ああ、分かったよ。おりゃ!」


(あふん、ガンガン引かれちゃうわ)


 アレンの分析とは他所に3回目の羅神くじをキールは振るう。

 どうやらアレンは1回も引く機会を与えてくれないようだ。


 カラカラ


 転がる棒は金色だ。


「お! 金だ。金の聖者キールだ」


「おい、ドゴラ。それは今関係ないだろ。って、獣神ガルム様じゃねえか」


「おお!! マジかよ!! ガルム様とお会いできるのかよ。キールお前すげえな!!」


 キールがドゴラに突っ込んでいると、ずっと黙って静観していた獣人のレペも身を乗り出す。


(これで獣神ガルムに会えるのが確定したのか。獣神や聖獣たちを支配する上位神ガルムか)


 上位神になるには以下の3つの条件があるように思える。


【上位神の条件(アレンの仮説)】

・億単位の人々から多くの信仰を集めていること

・複数の分野の神であること

・複数の神、亜神を従えていること


 これまであった、大精霊神、剣神、豊穣神に続いて、獣神ガルムも10柱しかいない上位神の1柱だ。


「キール、あと3回よ」


 獣神ガルムを引いても、セシルは一切興味を示さない。


「任せろ。絶対に引くから!」


「ええ。期待しているわ!!」


 しかし、セシルの期待は「魔法神イシリス」の羅神を引くことしかなかった。

 必ず引くようキールに改めて念を押す。


「おりゃ! よし、銀だなって、風の神ニンリル様か」


(お、面識はないが風の神が来たぞ。まあ、別に大地の神や水の神とも面識はないが。つうか、今のところ、ハズレを一切引いていない件について)


 四大属性神の1柱である風の神をキールが引き当てる。


 火の神フレイヤはドゴラと契約を交わしているが、プロスティア帝国で水の神や聖魚マクリスについて触れ、大地の神の与えた試練である大地の迷宮にメルルたちが挑戦中だ。


 これまで接点がほとんどなかった風の神を引き当てた。


「……あと2回よ」


 セシルの体が陽炎のように揺れていく。

 キールに与える気迫で空間が歪んでしまっているようだ。


「お、おう、任せろ! おりゃああ!!」


 セシルのプレッシャーに押され、キールは念力にも近い思いを込め、羅神くじを引く。


 コロコロ


「銀……踊神イズノ様」


「お、これで、ロザリナのバフがもっといい感じにな……」


 歌神の神域で修行を受けているロザリナが、踊神イズノの神域にも足を踏み入れることができることになる。

 バフ役のロザリナがもっとパワーアップするなと思ったが、セシルのあまりの張りつめた表情にアレンは息を飲んだ。


 セシルがゆっくりとキールの下に向かう。


「キールあなたならできるわ。できるわよね?」


「ああ、もちろんだ」


 霊晶石の数は6個、引いた羅神くじは5回だ。

 ラスト1回にセシルは更なる檄をキールに与える。


「そうよ。私たちの道を切り開いてきたのはいつもキールよ」


(パーティーの主役はキールだった件について)


 学園で通っていたころ、パーティーにキールが加入してダンジョンの宝箱が急に良くなった。

 S級ダンジョンでメルルの石板を隠れキューブから引き当て、ゴーレムを降臨することができるようになった。

 キールは、神界では大精霊神だけでなく、剣神、獣神ガルムと会わねばならない主要な神々の羅神くじを引いた。


 隠れ補正ともいうべき、圧倒的幸運をキールは持っている。


 両手で祈るように震えながらセシルはキールを拝む。

 どうしても魔法神イシリスを引いてほしい様だ。


(ああ、お兄ちゃんの仇だもんな。魔王軍は)


 アレンはセシルが魔王軍との戦いでどこか思い詰めているのは知っている。

 兄のミハイが魔王軍への出兵の任期中に亡くなったからだ。


 どうしても強くなり魔王を倒し、仇を取らなくてはならない。

 だれよりも戦う理由がセシルにはあった。


 魔法神イシリスの羅神を引かねば、未来がないと言い切れるほどの思いつめようだ。

 ノーマルモードの限界を、特に神界にきて感じているようだ。

 セシルはキールに自らの全ての運命を託す。


「……必ず引くから待ってろ」


 キールはセシルの思いを背負い、樽を反対に向けて羅神くじを引く前に念を込めるようによく振るう。


「キールならできるぞ。絶対に引いてくれ」


 ドゴラも場の雰囲気に飲まれるようにキールにセシルの願いを叶えるように言う。


「こい!!」


 カンカンカン!!


 キールは今まで以上に強い思いで羅神を振るった。

 一本のくじが勢い余って、良く磨かれた大理石の上に落ちて跳ねてしまう。


「よし! 銀色だ!!」


 ジャガイモ顔のドゴラも熱くなって、羅神くじの色を見ただけで叫ぶ。


「銀よ! きて!! ッ!?」


 凄い勢いで跳ねる羅神くじをセシルは掬い上げるように拾った。


「どうだ? セシル」


 羅神を引いてハッと固まるセシルにアレンはどうだったのか問う。

 仲間たちも天空王たちもセシルを見つめる。


 セシルは一瞬、羅神くじに書かれている文字が、あまりの驚きに理解できなかったようだ。

 一瞬の沈黙の後、セシルは羅神を両手で力強く握りしめ、天に掲げ叫ぶ。


「引いたわ。魔法神イシリス様を引いたのよ! よっしゃああああああ!!」


 念願の魔法神イシリスの羅神くじにセシルは喜びを爆発させた。

 巨大な謁見の間に、セシルの咆哮が駆け抜けたのであった。

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