第531話 3日目 エリーゼ

 小さな泉をアレンたちは覗き込んだ。


「ん? これは俺の里だ……」


 ルークが見たのはダークエルフの里ファブラーゼだった。


 ローゼンヘイムの南方にあるギャリアットと呼ばれる大陸の東部方面に、広大な砂漠が広がっている。

 砂漠の部分にどうやって作ったのか縦横100キロメートルにもなる巨大な塀があり、塀の中には100万人を超えるダークエルフが住んでいる。


 里の中央にはローゼンヘイムにある世界樹の半分にも満たないが、そのあたりの木々に比べたら圧倒的な高さの巨木が生えていた。


「……今回の精霊の里が抱える問題にはエルフとダークエルフの争いが関わってきていると言うことですか?」


 一緒になって悲しい目でのぞき込むトーニスに対して、アレンは問題の核心を問う。


『まさに、その通りじゃな。ローゼンも、そしてエリーゼも、その争いの渦中にいたというわけじゃ』


 トーニスが語り出そうとしたとき、意識が飛んでいたモササウルス風の精霊獣が目を覚ます。


『グル?』


『お! 精霊王様、気付かれたぞ!!』


 精霊たちの回復魔法が効いたようで、精霊獣は意識を取り戻し、アレンや精霊たちを見回した。

 敵意はすでになく、陸に上がったトドのように体をくねらせ、精霊の泉の横穴と繋がっている方の精霊の泉に背中からゴロリと転がり入った。


 そのまま、深い泉の中に体を沈めていく。

 大きく水しぶきを上げたあと水面は静けさを取り戻し、精霊獣は完全に気配が無くなった。


 精霊たちもトーニスも、精霊獣の行動や姿にどこか悲しみがあるようだ。


『エルフとダークエルフがいるじゃねえか。トーニス様が連れてこられたの?』


 この空間にいた別の精霊がアレンたちの構成に疑問を持った。


『そうじゃよ。精霊の園で抱える問題を一緒に考えてくれるということなのじゃ。だから攻撃してはいかん』


『は~い』


 精霊たちはトーニスを随分信頼しているようで、元気よく返事をする。

 

 陸地にある小さな泉の傍でアレンや精霊たちはトーニスを囲む。


『どこから話そうかの……。ローゼンは今や神に至ったが、まだ幼精霊であった頃、精霊王エリーゼにお仕えしておったのじゃ』


 精霊王エリーゼとはとても美しい女性の姿をした木の精霊だったらしい。


「まあ!?」


 ソフィーは初めて聞いた話のようだが、水の大精霊トーニスはそのまま話を続ける。


 エリーゼもローゼンも同じ木の属性で、精霊の園で暮らしていた。

 2体とも地上のエルフとダークエルフの争いを精霊の泉から見つめていたと言う。


 ローゼンが見つめる中、争いは激化の一途を辿り、とうとうエルフはローゼンヘイムの世界樹の木の根元にある街を残して、全てダークエルフに占領されてしまった。


 エルフに思いを強くしたローゼンは、エリーゼに1つの願いを求めた。

 まさに、自らの生存をかけたエルフと、ダークエルフの戦いが始まろうとする中、このままだとエルフが滅んでしまうとローゼンは訴えた。

 ローゼン自らは精霊の園を離れ、地上のエルフたちと共に生きるので、その際にエルフに力を与えるための力を求めたのだという。


(ローゼンは、先見の宝玉を覗いてその事実を知っていたってことだな)


 エリーゼは、これまではローゼンの願いを断ってきた。

 あまりに強い力は、ダークエルフの立場を悪くするかもしれないと懸念していた。

 だが、今日か明日にもエルフが滅びそうな状況において、そうも言っていられなくなった。


 エリーゼはローゼンの願いを聞き入れ、地上に向かうローゼンに自らの力を託した。

 ローゼンはその後、エリーゼから貰った力をエルフの少女に与え、ローゼン自らも少女と契約を交わした。

 その結果、エルフの少女は、エクストラモードのハイエルフとなり強力な力を得たという。


「それが、まだ幼精霊であったローゼン様が、エルフを救うだけの力を持っていた理由か」


 幼精霊だったローゼンが、エルフと契約を交わし、ダークエルフをどうやって圧倒したのだろうとアレンはずっと疑問に思っていた。

 当時の具体的な話をローゼンは一切しないので、精霊とは不思議な力があるもんだなくらいにアレンは考えていた。


「話はそれだけでは終わらなかったのですね……」


 ソフィーはその後の話を母であるエルフの女王から聞いている。


『そうじゃよ。それこそ、どうなったか、お主らエルフとダークエルフがよう知っておる結果となったのじゃ』


 エルフは、自らを滅ぼしかけたダークエルフを許さなかった。

 ダークエルフの拠点という拠点を破壊し、住む街を追いやり、そして、とうとう数千になったダークエルフをローゼンヘイムから追い出した。


 どこか怒りを抑えているような態度のトーニスは言葉を選ばず、その時の状況を語って聞かせる。

 感情を込めたあまりに生々しい話から、トーニスは生命の泉からその時の状況を見ていたのだろう。


 その状況に精霊王エリーゼは大きくショックを受け、打ちひしがれたのだと言う。


 エリーゼは決してエルフだけの味方ではなかった。


 エルフもダークエルフも平等に思い、そんなエリーゼにダークエルフ側に立つ精霊たちも仕えていたと言う。

 ファーブルは精霊の園から人間世界に降りるまで、エリーゼに仕えていたと言う。

 エルフを救うために与えた力が、ダークエルフを追いつめる結果となった。


「じゃあ、泉の底に横穴を開けたのはエリーゼってことか?」


『そうじゃ。エリーゼのやったことじゃよ。大陸を追放されたダークエルフがどこにいったのかずっと探しておったからの』


 老人から赤子に至るまで、船に乗せられローゼンヘイムから追放されたダークエルフたちの居場所を、精霊の園から必死に探したと言う。

 生命の泉の側面に穴を開け続け、果てしない年月を探し続けた。


 生命の泉の雫を多く飲んでしまったエリーゼは、ゆっくりとその体を獣に変えていったと言う。

 エリーゼはそんなことも構わず、必死に探し続け、砂漠に囲まれた悲惨な環境で身を寄せ合うダークエルフたちをようやく発見した。


 その時、もうほとんど自我を失っていたエリーゼは力という力、意識という意識を振り絞り、1つの種を口から地上に落としたと言う。

 それは地上世界でもう一本目の世界樹となる種であった。


 地上に落とした世界樹の種は、エリーゼの自我を保つ最後の力だった。

 自らの名前も自我も失い、ただの獣となっていた。

 獣であり、もう何も考えられなくなったが、ダークエルフへの思いだけは忘れていなかった。

 岩山で出来たこの場所の中を空洞に変え、小さな生命の泉を作り、ダークエルフの里を育んできた。


「それが、俺らの里に世界樹がある理由か。移動してきたばかりは大変だったって話を父様も言っていたぞ」


 ルークは1000年くらい前から世界樹が里の中央に生えだし、精霊たちが少しずつ世界樹を中心に集まってきたという話をする。


(ダークエルフの間で語り継がれた話か)


 ひどい砂漠の環境を、塀の中とは言え、緑豊かな大地に一変させるほどの奇跡がダークエルフに起きたようだ。


『そうじゃ。地上に行きたいという精霊もおるし、この場でダークエルフを見守りたいという精霊も大勢いるのじゃ』


 ダークエルフを思う精霊はたくさんいた。


「トーニスはそのための協力をしていたということか?」


(エルフとダークエルフ一緒にいたことで、ソフィーと契約したみたいだし)


 アレンはトーニスについても話に触れる。

 トーニスがエリーゼと関係があることも、本件の全容を知っていることからも、トーニスが何をしてきたか気付いていた。


 水底に映るローゼンヘイムの世界樹も、横穴への誘導も随分自然に行われた。


『……儂も罪で言うなら同罪じゃ。エリーゼがしてきたことも止めることもしなかったからの。せめてこやつらをな』


 今回の件に関わってきたと言う。

 ダークエルフを思う精霊たちをこの岩山の中の空間に運んだりしてきた。


『トーニス様は、それで大精霊神様に怒られて大精霊にさせられちゃったんだ』


 精霊の1体がトーニスの状況を悲しむ。


『儂は精霊王に相応しくないと言われての……』


 大精霊神イースレイは、トーニスの行動を許さなかったと言う。


「これが現在、精霊の園で抱えている問題か。このまま、2つの世界樹を育てると、生命の泉が枯れ果てるってことでいいのか?」


 エルフとダークエルフの問題は、ダークエルフが住処を変えて落ち着いている。

 大精霊神は精霊の園で抱える問題と言っていたので、現在水位を下げている生命の泉が一番の問題なのだろう。


『そうじゃの。先ほども言ったのじゃが、生命の泉はたった1000年で半分の大きさになってもうたのじゃ』


 世界樹を2本も育むには命の雫の量が足りない。


「精霊様たちはこの泉の雫がないと生きていけないのですわね?」


『そのとおりじゃ。遠くない未来、現在の状況をほっておくと泉は枯れ、精霊たちは存在が厳しくなっていくの』


(エルフとダークエルフの問題は、2つの種族の問題ではなかったと言うことだな)


 現在、精霊の園にある生命の泉は2つの国と里を支えるために雫を大量に消費している。


「アレン、どうするの?」


 ソフィーやルーク、フォルマールが黙ってしまったので、セシルがこれからどうするのかアレンに聞く。


「そうだな。これは、まず、エルフとダークエルフの長(おさ)に現状を理解してもらわないとな」


 勝手にどうのこうのしていい状況にはないと判断する。

 女王と王に今後どうするのか確認する必要がでてきた。


(メルスちょっといいか?)


 アレンはS級ダンジョンにいるメルスにスキル「共有」を通じて語り掛ける。


『なんだ? 今、生成で忙しいのだが……』


 何かやさぐれているが、そのまま話を続けることにする。


(ちょっと、神界で手伝ってほしいことがある。直ぐに動いてくれないか)


『大精霊神様の事でだな。……何をしてほしいのだ?』


 共有を通じて状況を理解しているメルスにアレンは依頼する。


 精霊の園にいる精霊たちを育む生命の泉は無くなろうとしているのであった。

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