第500話 魔力の乏しい世界

 アレンが鳥Sの召喚獣の分析のさなか、魔導書を見ると魔力が回復していないことに気付く。


(なんだと。加護や装備の効果もないということか)


 アレンは、自らの指に魔力回復リングや、腕にマクリスの聖珠を装備していることを確認する。

 片方魔力を1秒に1パーセントずつ回復させる効果を持たせている。

 自然に回復するはずの5パーセントが回復していない。


 アレンの驚きに、メルスは何かに気付いたようだ。


『……それは、なるほど。神界には「魔素(まそ)」がほとんどないからだろうな』


「魔素? ああ、魔力の元になっているやつか」


 確かに魔法やスキルというのは魔力を消費する。

 アレンは学園にいたころ、魔力というのは世界にある魔素を体内に取り込んでみたいなことを授業で聞いたことがある。


 魔力を回復させるにも、魔素という存在が不可欠で、魔素の人工製造などの研究も各国の研究施設で行われているとかそういう話であった。

 魔獣も魔素の影響を強く受けた獣という説もあるが、異論もあり議論が絶えない議題となっている。


 アレンは、ゲームの設定にこだわったりする性格ではないので、そういうものかとその時は聞き流していた。


 しかし、今はそういうことを言っている場合ではない。

 この神界は魔素がとても少ない環境のため、魔力回復リングなどで魔力は回復しない。

 どうやら、たった今、学説の1つが立証されたようだ。


(神は地上の人々に知識や知恵は与えないと。いや、これは困ったな)


 神界に行けばすぐに立証されるようなことを地上の人間世界が議論しているということは、神々は人に知識や知恵を与えるようなことはしていないということだ。


 この状況に気付いた者がアレンとメルス以外にもいた。


「おろ? あれ? どうしたの? タムタム」


 メルルがタムタムの様子がおかしい事に気付いた。

 メルルの困惑に、傍にいたガララ提督たちもどうしたのかと視線を送っている。


『メルル様、魔力が足りません。魔力の補充をお願いします』


「え? あれ? どうして、腕輪つけているのに」


 メルルも魔力が尽きて困惑気味だ。


 メルルのゴーレムのタムタムは、メルルの魔力を吸収して稼働をしている。

 魔力を消費した分、タムタムは規格値という、人でいうところの経験値が蓄積していって規格が上がり性能が向上する。


 機能も追加されるため、基本的にメルルもゴーレムを外に出しているのだが、メルルの魔力は既に0になっている。

 なお、メルルの魔力が尽きた場合は、タムタム自らの魔力を消費して活動を続ける。


 メルルに比べてもタムタムは魔力量が多いため、ある程度の活動が可能だ。


(さすがに魔力は回復するよな)


 アレンは天の恵みを使う。


 魔導書を見ると、アレンたち全員の魔力量が回復したことが分かる。


 メルルは魔力が回復してホッとしているようだ。

 転職して精霊を扱えるようになったルークや、大精霊使いのソフィーも同じだ。


 ルークやソフィーも精霊を顕現し、力を行使してもらうために大量の魔力を消費する。


 パーティーや自らの強化のために神界に乗り込んできたのだが、魔力回復はアレンたちの生命線だ。


「さて、これはまずいな。メルス、すまないがS級ダンジョンで魔力回復薬を作ってくれ」


 魔力回復が自然にできないなら、今まで以上に大量の魔力回復薬が必要だ。

 アレンを除いて、特技「天使の輪」による権限付与を貰ったメルスだけが、召喚獣による回復薬を生成できる。


『な!? そんな馬鹿な! 案内はどうするのだ!!』


 メルスが驚愕して力強く立ち上がった。


「いや、仕方ないだろう。正直、こんな状況なら俺も一緒に生成に専念した方がましだぞ。地上なら魔力回復するし」


(神界攻略は召喚獣を共有させたリモートで大丈夫よ)


 指輪2つ、腕輪2つ、聖魚マクリスの加護によりアレンは、地上だと魔力が秒間5パーセントも回復する。


「何言ってんのよ! アレンがいないと冒険が始まんないじゃない!!」


 パーティーリーダーが抜けるというので、会話を横で聞いていたセシルが口を挟む。


「いや、これまでも何度も抜けていただろ。勇者との学園武術大会とか、帝都パトランタの宮殿内とか」


 アレンがいない冒険はこれまで何度かあった。


「いや、アレン様がいないのはちょっと……」


 納得いかないのはセシルだけではなく、ソフィーも同じだ。

 他の仲間たちもそうだそうだと強く頷く。


「そうだな。すまないが、メルスだけでS級ダンジョンに行ってくれ。兵たちもいることだしな」


 アレンは、自らがいない冒険もこれからあるだろうという言葉を飲み込むことにする。

 実際に聖獣を捕まえたり、神界の目的もあるのでS級ダンジョンにはメルスのみで行ってもらう。


『わ、分かった……』


 それだけ言うとメルスは雲海の遥か遠くを一瞬見た後、その場から消えてしまった。

 せっかくの神界なのに、そんなに早く行ってしまわなくてもいいのにとアレンは思う。


「さて、分析も終わったことだし、そろそろ先に進もう」


 アレンが立ち上がり、門の先に真っすぐ伸びた道を進もうと言う。

 宴会は終わりかと、3パーティーは広げた食べ物やお酒を魔導袋に納めていく。


(魔導具は普通に機能するんだよな。魔導具に仕込まれた魔石を使っているからか)


 気になりだしたら気になるものだと思うものの数分で片づけが終わる。


「このまま歩いていくの?」


 ヘルミオスのパーティーの怪盗王の才能を持つロゼッタが手をでこに水平に当て、遥か遠くを見ながら言う。


「いえ、メルルのタムタムで行きましょう。この先、数十キロ先まで道は続いていますので」


 何もない道が続いているのは、先ほどのクワトロの特技「万里眼」で確認済みだ。


(それにしても万里眼は便利だな。クールタイムなしで何度でも使えるし)


 鳥Eの召喚獣の覚醒スキル「千里眼」の完全な上位互換だ。


 1体しか召喚できないが、鳥Eを圧倒する偵察能力がある。


「むん、モードタートル!」

 

 メルルは堅牢なる亀のポーズを取る。

 タムタムは変形し、陸上を移動する亀の姿に形を変える。


「タムタムの背に乗って移動しましょう」


 40人がワラワラとタムタムの背に乗ると移動を開始した。

 中には酒を飲み過ぎて千鳥足の者もいる。

 草Dの召喚獣から生成した、香味野菜で強制的に酔いを醒ますことにする。

 

「なんか、モコモコしているけどちゃんと走れるわね」


 最初、ビビッていたセシルもだんだん慣れてくる。

 この雲の道の脇からは遥か下が見えるのだが、底は見えずどこまで落ちるのか分からない。


「さて、せっかくなんで、幼雛化して、神界の様子を確認してくれ」


『承りました。アレン様』


 アレンはクワトロに特技「幼雛化」するように言う。


 デロンッ


 クワトロは白い煙に覆われ、煙が晴れると体長30メートルの大きさから、鳩ほどの大きさのずんぐりむっくりした黄色の鳥に姿を変える。


 そのままパタパタとアレンたちが進む先に先行して飛ばしてしまう。


 アレンは基本的に鳥系統の召喚獣を理由もなくそばに置くことはしない。

 鳥系統の召喚獣は偵察が目的のため、自らの召喚獣であることを誰かに知られるのはデメリットがとても大きい。


(さて、今のところのクワトロの性能はこんなものか)


【鳥Sの召喚獣クワトロの特技】

・万里眼は周囲千キロメートルを見渡すことができる

・万里眼にクールタイムはない

・鑑定眼は対象のステータスと属性が分かる

・鑑定眼にクールタイムはない

・幼雛化は体長30センチメートルの大きさになり、キラキラはしない

・幼雛化になるとメタボになるが空は普通に飛べる

・幼雛化するとステータスが半分になる

・幼雛化にクールタイムはない


(特技は全て有能と、全長30メートルだと、目立ちすぎるからな。ステータス半分になる以上のメリットがあると。よく考えているな)


 進むこと小一時間が経過すると、雲の道の先に大きな門が見える。


 全長100メートル、甲羅の高さも数十メートルあるモードタートルのタムタムよりも巨大な門だ。

 この門を越えないと先に行けないようだ。


 門の前には2人の竜人がいた。


「な!? 貴様らどこから来た!!」

「そのゴーレムから降りるのだ!!」


「なんだ、門番もいるのか」


 アレンは、大きな声で叫ぶ門番の言うことを聞いて、地面に降りることにする。

 門番が降りろと言うので、何事だとワラワラと降りてくる。

 気が緩んで、もう一度酒盛りに戻ったドワーフたちの酔いを香味野菜で再度醒ますことも忘れない。


 門番たちはかなり緊張しているようだ。


 この状況にフォルマールは警戒してソフィーの前に立ちはだかる。

 フォルマールは家柄的にハイエルフの女王の一族に従う家系の者で、アレンのパーティーに入った今なおその信念のまま行動をしている。


「お、お前たちは審判の門を越えてきたのか」


(門の後ろに何もなかったぞ)


 おかしな確認をしてきたなと思う。

 アレンは万里眼で周囲360度見渡したが、審判の門の後ろには何もなかった。

 神界側の審判の門は世界の果てのようだった。


「はい、そうですが」


「おお、竜様はおるようだが、竜人はいないようだな……」


 何か随分がっかりした様子で、ゴーレムから降りてきた3パーティーを2人の竜人が皆を見回しながら言う。

 ハクはいるが、竜人が1人もいないことに疑問を持っているようだ。

 竜神の里でも門番に難癖をつけられた記憶が蘇ったのか、魚人のイグノマスがずいずいと前に歩み寄る。


「む? ……魚人か」


 鱗が付いているが竜人ではなく魚人だ。

 竜人、魚人には鱗が顔についている者が多い。


「魚人だからと何だというのだ!!」


 門番の明らかにがっかりとした口調にイグノマスが声を荒らげる。


(また平民コンプが出たな)


 イグノマスは不当な扱いをとても嫌う性格だ。

 どうも、平民としてプロスティア帝国の帝都パトランタでの宮殿での暮らしは厳しいものだったようだ。

 アレンはもめ事は良くないと止めに入ろうとした。


「いや、何も反対をしているわけではない。どうぞ中に入ってくれ。シャンダール天空国の街ボアソへようこそだ」


 門番は竜人がいないことに驚き、ガッカリもしていたが、敵意はないようだ。

腰にぶら下げていた光る鍵のような物を手に持つと、巨大な門に当てた。


 ゴゴゴゴゴッ


 扉は開き、その先には雲上の世界が広がっていた。


「なんか、大きな街ね」


「ああ、こんな街がこの大きな雲の大陸にはたくさんあるようだぞ」


(万里眼でもこの雲上の大陸全体は見通せなかったしな)


 アレンたちは、神界にある大きな街にたどり着いたのであった。

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