第484話 万全の準備②

 ヘビーユーザー島で用事を済ませたアレンは、仲間たちをクレナとハクのレベル上げに手伝わせるためS級ダンジョンに置く。

 そのまま、セシルとキールと共にラターシュ王国の王城へ向かった。


 レイラーナ姫の用事とやらを済ませるためだ。


 用事が何なのか分からないが、とりあえずラターシュ王国で男爵を務めるキールと、伯爵家の娘のセシルはなんとなくいた方が良い用事かもしれない。


 王城に向かい、グランヴェル伯爵の元に向かうとすぐに王家の使いがレイラーナ姫に確認する。


(レイラーナ姫は今、春休みかな。そろそろ学園に戻るころか)


 アレンは今が3月の終わりだと改めて考える。

 マッシュと同じ年のレイラーナ姫は学園で1年生だ。

 アレンたちと同じ年間スケジュールで学園生活を送っているため、現在は王城にいる。


 王家の使いがやってきて、レイラーナ姫の私室にやってくるようにとのことだ。

 待たされないことにアレンはホッとする。

 グランヴェル伯爵やゼノフ騎士団長と共にアレンたちはレイラーナ姫の私室に向かう。


 王家の使いがノックをすると、中に入るように促される。


 中にはレイラーナ姫がテーブルに座っている。

 アレンがレイラーナ姫の正面に座る形で、グランヴェル伯爵らはアレンの左右に座った。

 ゼノフは伯爵の後ろにつく。


「よく来てくれたわね。忙しいのでしょ」


「いえ、お呼びとあれば」


 アレンは丁寧な対応をする。

 大国の参謀になり、軍を持ち始めたが、だからと言って王女相手に横暴になる理由はない。

 これは別に王族だからというわけでもない。


「ちょっと、お願いがあって呼んだの」


「何でございましょう」


「アレン軍って、魔王軍と戦っているのよね」


「左様でございます」


「私のライバックとその配下をあなたの軍に入れてほしいの」


(ライバックって誰?)


 アレンの横に座るグランヴェル伯爵が「ライバック」という言葉に反応を示した。


「ライバック?」


「そう、そこに待たせているから。ちょっと、誰かライバックを呼んできて頂戴」


 扉に待機していた王家の使いがレイラーナ姫の私室から出ていった。


「ライバック殿は元近衛騎士団長で今はレイラーナ姫の護衛をされておられる方だ」


「元近衛騎士団長?」


 ライバックって誰だよと疑問符を浮かべるアレンに対して、グランヴェル伯爵がレイラーナ姫を気にしつつアレンに誰なのか教えてくれる。


「私のことは気にしなくていいのよ。そのまま説明して頂戴」


 言葉を選んでいるグランヴェル伯爵に対して、好きに説明してよいとレイラーナ姫は伝える。


「申し訳ございません。レイラーナ王女殿下」


 一言、姫に断りを入れて、伯爵は説明をし始めた。


 何でも、ライバックという男は魔王軍との戦いのため、前線で10年活躍し、その後、先王に近衛騎士に取り立てられた。

 その後、本人の王国や王家への強い忠誠心と配下の人望から近衛騎士団長に上り詰めた。

 現国王であるインブエルに代替わりした際に近衛騎士団長の職を外され、副騎士団長となった。

 レイラーナ姫の護衛役兼武術の指南役となり数年が過ぎたという話だ。


(学園派から王国派へ国王が変わったから、降格させられたのか。いや、聞きたいのはそういう話じゃなくて)


 王国の派閥問題とか、元の要職とかはどうでもよかった。

 今聞いた話で参考になるのは、前線で10年間の戦闘経験があるということだけだ。


「いえ、才能は何でしょうか。近衛騎士出身ということは剣や槍でしょうか?」


 アレン軍に入れるなら、何の才能があるのか気になる。

 セシルは「軍に入れるの?」と言おうとしたが、アレンはそういう性格だったわねと状況を静観することにする。

 特段、レイラーナ姫にもライバックにも恩も恨みもない立場だ。


「ああ、ライバック殿の才能か。彼もそうだが、彼の部下も……」


 コンコン


「ライバック殿をお連れしました」


 伯爵が言い切る前に、王家の使いがライバックを連れてきたと言う。


「ええ、入りなさい」


 姫が入室を許可すると数名の配下と共にライバックがやってきた。

 職務中ということもあり鎧を着た大柄の男だった。

 40歳前後の年齢で、角刈りのブロンドヘアにかなり大きな盾を持っている。


「盾……だけ?」


 アレンは見たままの感想を漏らす。

 ライバックと呼ばれる男を、アレンは初めて見た。

 何度かインブエル国王と会ったが、騎士団長の要職を外されていたためか、見たことがなかった。


 ライバックは武器となる剣や槍は携帯していない。

 たしかにアレンたちも姫と会うとあって武器は携帯していないが、ライバックは職務中のようだ。

 護衛の立場として武器を持っていないのはどういうことだろうと上から下までアレンはジロジロと見てしまう。


「ライバックは盾使いよ。転職が済んでいるから今は盾聖ね」


 元は星2つの盾豪であったが、盾聖になっていると姫は言う。


「お初にお目にかかる。ライバックと言う。アレン殿、我が願いを叶えてくれて感謝する」


 無表情で堅物そうな語り口調だ。


「願いですか?」


 どうやら姫のお願いではなく、ライバックの願いを姫が叶えようとしたというのが正確な状況のようだ。


「はい。我はこの盾を以て、王国を守る者。王家への憂いも取り除いておきたい」


 大盾をゆっくりと掲げてみせる。


「姫が戦場に出る前にってことですか?」


「そうだ」


(降格させられたのに、随分な忠誠だな)


 このライバックという男は王国を愛し、王家への忠誠がとても高いようだ。

 今年2年生になるレイラーナ姫はまもなく魔王軍との戦場へ赴くことになる。


「お願いできるかしら?」


 姫からアレン軍に改めて加入させてほしいと言う。


「まあ、そうですね。盾使いはいませんので……。それと、部下と共にってことはどれくらいの人数になるのでしょうか」


 参加するのはライバックだけではなく、ライバックを筆頭にと聞こえた。


「盾使いが500で、それ以外に剣や槍で500くらいだ」


 ラターシュ王国から1000人も加入するようだ。

 アレンに全員の視線が集まり、最終的なアレンの決断を待つ。


(盾使いね。そういえば、こういう職もあったな)


 アレンは前世の記憶を思い出す。

 たしかに盾使いという職業はあった。

 武器を持たず大盾を使って仲間を守る。

 前世のゲームなんかでも幼少の頃はそんな職業は存在せず、大人になってから出てきた職業だと記憶している。


「アレン軍への参加については問題ないです。魔王軍との戦いは激戦です。全滅する覚悟があるなら迎え入れます」


 多様な職業は戦術の幅を増やすことをアレンは知っている。


「覚悟は承知の上、感謝する」


「ちなみに私の軍は多種多様な種族で構成しています。あらゆる種族の偏見は持たないでください」


 アレン軍にいくつもの国と種族が参加して初めての人族で構成された部隊を持つことになる。

 偏見は持たないでねと忠告する。


「もちろんだ。部下にもそう指示しよう」


「そう、良かったわ。褒美を聞いたら、アレン軍に入りたいとか言い出すからびっくりしたわ」


(10年戦場に行った者がまた戦場に行きたいか)


「アレン殿、感謝する。それでは、レイラーナ姫、姫が戦場に行く前に我が露払いをしておきます」


「分かったわ」


 ライバックは姫に深く頭を下げた。

 その様子を見ていた、扉の前にいた騎士たちがライバックの元に歩み出る。


「では、戦場行きは決まりということですね」


 ライバックの配下だろうか。騎士の1人が興奮気味にライバックに話しかけた。


「そうだ。我が部隊はこれよりアレン総帥の指揮下に入った。直ちに戦場に行く支度をせよ!」


「は!」


「……」


 ライバックの指揮に騎士の1人は礼をし、姫の許可を取り、姫の部屋から出ていった。

 伯爵の後ろに立つゼノフはその様子を静かに見ている。


 騎士が勢いよく出ていく様子に姫が安堵する。

 どうやら、姫はライバックの褒美を叶えた形のようだ。


「では、えっと、これからの予定ですが……」


 アレン軍はこれからやらないといけない用事があった。

 ライバックに今後の話をしようとしたところ、伯爵の後ろに立つゼノフが口を開いた。


「……御当主様、我も戦場に戻りたくございます」


「ぬ? 何?」


 事前の話がなかったようだ。

 何か、ずっと押し込んでいたものが溢れ出るようにゼノフが自らの思いを口にする。

 ゼノフもライバックと同じく10年、中央大陸北の要塞で魔王軍の侵攻を抑えてきた。

 塞が陥落したことをきっかけにゼノフはラターシュ王国に戻り、近衛騎士団に入ることもできたが自らの出身であるグランヴェル領の騎士団長となった。


「我はまだ戦えます。ぜひ、お願いしたい……」


 グランヴェル領の騎士団長の位も、安住の立場も捨て、ゼノフは戦場に戻りたいと伯爵に懇願する。


(男爵の爵位を与えられたことで、逆に戦場への思いが強くなったのかな)


 多くの仲間がいた要塞が壊滅しながらも、煌びやかな王城での生活と貴族としての暮らしが許せなかったのかもしれない。

 地位も名誉も何も求めず、ずっと戦場で戦い続ける者は多くいるらしい。


「お前は十分に戦ったと思っておるぞ」


「御当主様、申し訳ございません。……まだ同胞たちの弔いが終わっておりませぬ」


 ゼノフの覚悟がさらに溢れてくる。

 その様子に伯爵はゆっくりと息を吐いた。


「アレンよ、すまないが頼まれてくれるか」


「承りました。ゼノフさんについても私の軍で引き受けたいと思います」


「感謝する」


 伯爵はゼノフの強い覚悟を断るようなことはしなかった。


「えっと、ライバックさん。軍の準備に時間はかかりますか?」


 合わせて1000人が参加すると言うライバックの部隊の状況を確認する。


「問題ない。明日にも戦場に行ける状態になっている」


 いつでも行けるとライバックは言う。

 何でも全員転職が済んでおり、星3つの才能があるとのことだ。


「ありがとうございます。では、半月後、魔王軍の拠点殲滅作戦を開始しますのでそちらへの参加をお願いします」


(今思えば、バスクたちのお陰で魔王軍拠点殲滅作戦が失敗に終わってよかったとも言える。目指せ、神界へだな)


 時間は十分にあるとアレンは言う。

 ヘビーユーザー島だけが、門番であるメガデス戦の準備ではなかった。


「え? 半月後?」


 しかし、随分急な話だと姫はアレンに聞き直す。


「これから戦いが始まります。ゼノフさん、ライバックさん、私の軍への参加、歓迎します」


 戦場への思いが断ち切れない2人に対して、アレンはこれからの戦いについて語り始めたのであった。

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