第457話 神話の世界

 アレンたちはS級ダンジョンからラターシュ王国の王都にやってきた。

 東の空に日が昇り始めるころ、アレンは王城の一室で目覚める。


「朝か」


 一度目覚めたアレンは余韻を楽しむように枕に顔を埋めた。

 この枕にはハーブの香が焚きつけてあった。

 安眠の効果があるのか、布団も含めて優しい香りのお陰で随分熟睡できた。


 余韻に浸るのも数秒で、枕から顔をどけると魔導書を出して、生成と成長、そして削除を繰り返す。


 基本的に起きている間は移動中も食事中もスキルを使い魔力消費を続ける。

 魔力消費に掛ける時間は学園で魔力回復リングを手に入れたころから長期化の一途を辿る。

 魔力消費がスキル経験値獲得の世界でアレンは1日15時間を超える魔力消費をし続けてきた。

 何も用事のない日なら1日19時間は魔力消費を繰り返す。


 今では魔力回復リング2つ、魔力回復の効果のある聖珠も2つ、そして魚Sの召喚獣の加護のおかげで毎秒5パーセントという驚異の速度で魔力が回復する。


 最大魔力が5万を超えたので、圧倒的な速度でスキル経験値が溜まっていく。

 どうしてもこの速度を維持して成長レベルを9に上げてしまいたい。

 召喚獣の強化がこれからの戦いに不可欠だ。


 コンコン


「アレン様、お目覚めですか? お茶を用意しています。中に入ってもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


 いつから扉の前にいたのか、アレンが目覚めたことに気付いたようだ。


 エプロンのような物を前に掛け、お世話係の恰好をした女性が台車を押して入ってくる。


 カチャカチャ


「もうそんなに本を読まれたのですか?」


 台車に乗せて運んできたお茶をアレンの座るテーブルに置きながら、お世話係の恰好をした女性が自然と話しかけてくる。


「ああ、申し訳ありません。散らかしてしまって。すぐに片づけますね」


「いえいえ、これも私たちの仕事でございます。どうぞお構いなく」


 アレンと世話係の女性が一緒になって無造作に散らかった本を綺麗に片づけていく。


「それにしても助かりました。急なお願いを聞いてくれて」


 2人で整理すると30冊ほどの本が積まれている。


「いえいえ。王都から集めたのですが、もう全て読まれたのですか?」


「探しものがあったので全ては読んでいませんが、大変興味深い内容でした。え、王都? 王城からではなく?」


「はい。アレン様がこの世界の神々の話、神話の話が知りたいとのことですので、王城の書庫はもちろんのこと、方々に依頼して対応させていただきました」


 昨晩S級ダンジョンからやってきて急なお願いをしたのに、随分よくして貰ったようだ。


 アレンはこれから竜神の里を目指す。

 その先には神界に繋がる審判の門があるからだ。

 今後のことも考えて神々についても情報を集めようとアレンは動いた。

 アレンは前世で攻略本を読まずネットゲームを始めてタンクキャラを使い続けた思い出がある。

 前もって知ることができるなら調べて最短で攻略すべきという考えを持っている。


 現在、神界に行くことを目標にしているので、夜分に読む勉強にと神々についての本がないかとアレンの世話役を名乗る女性にお願いをした。


 王城だけではなく、この短い期間でどれだけの人手を使ったのだろうか。

 王都にあるエルメア教会や神学研究をしている研究施設からも本を持ってきてくれたようだ。


(そういえば、時間差で何度も運ばれてきたのはそういうことか)


 目的の内容を探すために読み飛ばした本のブックカバーの裏にある、どこの書庫に保管されている本なのか書かれた文字を確認する。


「では、後程食事を持ってまいります」


 目覚めのお茶の後は、朝食がでるようだ。


 窓を見ると日の光は完全に姿を現している。


 ラターシュ王国の随分豪華な客室で昨晩目を通したが、今一度気になったページを確認する。

 こうしている間もアレンの魔導書は生成、成長、削除の繰り返しをよどみなく行っている。


(太陽神はいないんだよな。そして、日の光をもたらしている神は姿を消したと)

 

 この世界にも神話があり、神話に出てくる神々の話が入り乱れている。

 中にはアレンが前世で似たような話を聞いたが、それに近いものがあった。

 神が人と近いこの世界において、伝承ではなく直接神が人々に語り掛けたものもある。


 神の語る神話だ。


 アレンたちは世界の端を見に行った。

 この世界は四角形の平面をしており、大地の神ガイアが支えているとされている。

 日の光は東から昇り西に沈む。

 夜になれば空に宝石のように輝く点が見える。

 セシルが攫われ夜中に逃げ回ったが、夜空の輝きに助けられたことを覚えている。


 人々は朝になって現れる光を「太陽光」なんて言わずに「日の光」と言う。

 なお、月もこの世界のあるのだが、月についても日の光と同じ神が作ったという。

 だから1日中、日と月によってこの世界は照らされており、月は満ち賭けはなく常に満月だ。


 この世界には前世で有名であった太陽神という神はいないらしい。

 だが、それに近い神はいることを持ってきてくれた本で知ることができた。

 この世界を時間帯に合わせて太陽のような物が弧を描く様に上空から世界を照らしている。



 この日の光、星の光を造ったのは強大な力を持つ、「光の神アマンテ」という女神だそうだ。

 メルスが誕生する遥か太古の昔に光の神アマンテは昼夜を照らす光を造ったと言われている。

 今も同じように決まった時間に世界を照らし続けている。


 光の神アマンテは同じく遥か昔に姿を消してしまったと本には書かれていた。

 今では神界のどこかに潜んでいると言われている。

 S級ダンジョンに今もいるメルスにも確認したが、一度も会ったことがないそうだ。


(随分神界は広いんだな。それとも別に探しているわけではないと)


 メルスが誕生する10万年以上昔の話だが、見つかっていないのはそもそも探す気がないのではとも考えられる。


 アレンは夜中に読んだ本の内容に間違いがなかったのか確認し本を閉じる。

 お茶を飲んでいると朝食が運ばれてくる。


「アレン様、食事の準備が整いました。入ってもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


 お茶を持ってきたときよりもアレンのお世話係が増えている。


(なんだろう。必死だな。もう敵対しているわけではないのだが)


 随分豪勢な朝食が運ばれてきたので、ワシャワシャと食べ始める。


 今回、このような丁寧な対応をラターシュ王国の王家がしてくるのにも理由がある。

 5大陸同盟ができて50年近くになる。


 その間、小国であるラターシュ王国で会議が行われたことは一度もない。


 何故、ラターシュ王国で会議をしようと考えたのか。

 それはアレンの存在と現国王の派閥が関係してくる。


 インブエル国王は元々王国派で今でもそうだ。

 王国派とは、5大陸同盟に協力するのではなく、王国に予算や国力を掛けようという考えだ。

 なお、反対の派閥に5大陸同盟に協力しようという学園派というものがある。

 学園派であった前国王が臥せた後、国王になれたのも王国派の大貴族たちが一致団結して王太子であるインブエルを担いできたからだ。


 弱小国家のラターシュ王国はあまり5大陸同盟に協力的な考えではない。

 それくらいなら良い。

 実際に5大陸同盟に加入していない国も多い。

 これから向かう予定の竜神の里もそうだ。


 それだけならよかったが、アレンがアレン軍なる軍を持ち始めると話は変わってくる。

 20年ぶりのSランク冒険者にして初めてのS級ダンジョンを攻略した最大の功労者だ。

 さらに、教皇見習いのキール、次期女王になるのではというソフィーなど連なる名前も無視できるものではない。


 パーティーに連なる者の兄がインブエル国王の娘との関係が噂されている。

 数年前に男爵家であったのに、今では伯爵家になっている。


『あれ? 軍備をそんなに強化してラターシュ王国って何をするつもりなの? 魔王軍と一緒に戦うつもりはあるよね?』


 今回、ラターシュ王国で5大陸同盟が開かれるのはそのことを確認するためだ。

 元々5大陸同盟に対して非協力的な言葉を謡った国王が軍備を強化するのは見逃せない。

 一緒に戦う気があるのか5大陸同盟の盟主と各国の代表100名ほどが集まり、現国王をけん制する理由があった。


「……」


「いかがされましたか」


 世話係の1人と目が合うと緊張感がこちらにも伝わってくる。

 アレンの気を悪くしないようどれだけ強く言われたのか分からない。


「いえいえ。朝食が終わったら、待合室に向かいたいと思います」


「畏まりました。ご案内しますので、ごゆっくり食事をおとりください」


 その後、もう一度今日のスケジュールを世話係に確認すると、会議は朝9時から始まると言う。

 今回、アレンたちパーティー全員は最初から会議に参加するとのこと。


 5大陸同盟全体の話や予算についてなど、特に意見がないので勘弁してほしいが話を振られるまでは魔力消費に勤しむことにする。


 朝食後、待合室に向かうとパラパラと仲間たちが待っていた。


(ロザリナとイグノマスは別行動か)


 その後もゆっくり仲間たちがやってくるが魚人の2人はいない。

 しかし、見覚えのあるパーティー一行がやってきた。


「ヘルミオスさん、おはようございます。調べていただいてありがとうございます」


「いいよ。いいよ」


 通信の魔導具で既にお礼は伝えてあるのだが改めてお礼言う。

 ロゼッタは感謝しなさいよねとアレンに視線を送った。


「今日の会議は荒れないといいですね」


 アレンはロゼッタに軽く会釈をして、ヘルミオスに向き直る。


「皇帝陛下は魔王の件は確証もないし伏せることにしたんだって。5大陸同盟がバラバラになるかもしれない話だしね」


「そうですか」


「だから、アレン君にも黙っていてほしいね」


「まあ、そうですね」


(これで皇帝を脅迫するネタができたのか。使い道は今のところないけど)


 アレンにも黙っていてほしいと言われたので黙っていることにする。

 魔王がギアムート帝国の元皇帝であったなど、不穏な話でしかない。

 得のない話はしないし、黙っていた見返りを求めることができると言うものだ。


「アレン君、本当に頼むよ」


 アレンのにやけの意味が理解できたヘルミオスが苦笑いをしている。

 アレンはもちろんですと言って、その後、いくつか話をする。

 勇者軍の活動の共有もアレンの仕事の1つだ。


 そうこうしているうちに準備が整ったようだ。


 役人に呼ばれ、舞踏会などもする最も大きい広間を改装して急遽作った会議室に向かう。


 会議室はいくつもの長テーブルと椅子が用意され、それぞれの関係者によって固められていた。

 5大陸同盟の盟主たち、各国の代表者、冒険者ギルドのマッカラン本部長と副本部長たちもいる。

 エルメア教会のクリンプトン枢機卿や大司教たちもそれぞれ分かれて座ってる。


 勇者たちパーティー一行も、アレンたちとは別のテーブル席を用意される。


 ラターシュ王国の王族は議長国として1つのテーブルを陣取っている。

 トマスと仲が良いレイラーナ姫も今日は大人しく座っている。


 アレンたちが座ると、ギアムート帝国で鮮血帝と呼ばれているレガルファラース=フォン=ギアムート5世が口を開いた。


「これで全員揃ったのか? インブエルよ」


「すぐに確認します」


 ギアムート帝国の皇帝に顎で扱われ、インブエル国王が出席の確認を役人に指示する。


「あまりもたつくなよ。これからもこの国で会議をする機会が増えるのだからな」


「ほほ、ギアムートの皇帝よ。あまり議長国を責めるでないぞ」


 背が低くぽっちゃりとした風体のバウキス帝国の皇帝であるププン=ヴァン=バウキス3世がレガルファラース5世の態度を諫める。


「分かっている」


 レガルファラース5世は一切反省を示さない態度で了解だけした。


 役人の1人がラターシュ王国の宰相に耳打ちをし、その後宰相はインブエル国王に耳打ちをした。


「どうやら準備は整ったようです。では、その旨伝えてきますので、皆さまはご着席を」


 会議に参加する全員が席に着いた。


「今日は歴史に残る大事な会議になりますわね」


 ローゼンへイムの女王レノアティールは目を細めて今日という日に感謝を込めているようだ。


 今日の会議ではアレンたちは客人ではない。

 主賓となる客人がこの会議室にやってくる予定だ。


 役人が呼びに向かった。

 アレンは魔導書で魔力消費しながら待つことにする。


 ズウウウウン

 ズウウウウン


 地響きがなり、何事だと各国の代表者たちの顔が引きつる。

 中には「何がやってくるのだ」と悲鳴を上げる者もいる。

 こうして5大陸同盟会議が始まろうとするのであった。

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