第446話 内乱の終わり

 取り押さえるぞというアレンに対してイグノマスは槍を振るうことで答える。


「な!? アレクよ、素手で受け止めただと!! ぬぐぐ!!」


 アレンに片手で受け止められて、イグノマスが驚愕している。

 両手で槍に力を込めているのだが、びくとも動かない。


(おいこら、くっそ痛いんだが。スキルまで発動しやがって)


 アレンは余裕があるふりをしているが、さすがはなかなか良い装備をしたプロスティア帝国最強と名高い男の一撃だ。

 イグノマスはプロスティア帝国の宮殿にある宝物庫にあった高価な装備を手にしている。

 耐久力をかなり上げて臨んだつもりだが、素手で受け止めると結構な痛みを伴った。

 スキルまで発動したイグノマスに対して、心を折る意味も含まれているため、痛い顔はしない。


「大人しくしてください。それと、私はアレンです」


(偽名を名乗っておいてなんだが)


 ドコッ


「がは!?」


 交渉は決裂とばかりに、イグノマスの腹に拳を当て黙らせる。


 人々が見上げる花柱の上からアレンたちはイグノマスをミノムシ状態にしたまま降りてきた。

 中には、アレンたちに剣や槍を見せる兵もいたが、ヘルミオスたちと一緒にメンチを切り、睨みを利かせる。

 兵たちは誰もイグノマスをあんな姿にしたアレンたちに歯向かう者はいなかった。


 未だに宮殿に入れず離宮に待機していたラプソニル皇女の元に向かう。


 離宮の門を守る兵たちも、黙って扉を開けてくれる。

 開けるや否や、上の階にいたラプソニル皇女が魚人の姿をしてやってくる。


「こ、これは、イグノマスを。ありがとうございます。これで私たちは……」


 魔王軍も出てきて、警戒のためか護衛たちに囲まれたラプソニル皇女が礼を言うが、あまりのことで声がうまく出ない。


「宮殿の掌握をお願いします」


「もちろんです。では、宮殿でお話をしましょう」


(ん? 離宮でもいいんだが、まあいいか。その方が立場的にって話か)


 アレンは投げ捨てるようにイグノマスを離宮の玄関先に置いた。

 セシルたちやシアも1ヶ月ほど暮らしたこの離宮ではなく、宮殿で話があるとラプソニル皇女は言う。


***


 それから、なんとなんとの3日が過ぎた。


 倒すべき敵も倒し、粗方このプロスティア帝国でのイベントが終わったと言える。

 ラプソニル皇女には頼みたいことがいくつかあったが、立ち話程度では済まなかった。


 気合の入った格好の騎士が来賓用の部屋まで迎えに来てくれた。


「英雄アレン様と御一行様、お食事の準備が整いました。こちらへお越しください」


 ラプソニル皇女の護衛役の騎士だと記憶している。

 こちらへと言われ、部屋から出ると、通路の両側を騎士たちがはるか先まで並び立っている。

 

「なんかすごいことになってんな!」


 ルークが、整列し微動だにしない騎士たちに悪戯をしようとする。


『ルーク、そんなことするんじゃないわよ』


「は~い」


 ファーブルの言葉にルークの悪戯が止まる。


(ふむふむ、ルークも元気になってきたな。杞憂だったか)


 初の魔王軍との戦いで、やや元気のなくなっていたルークも英雄扱いされ気分がいいようだ。

 直立不動で並び立つ騎士たちの顔の前に手をかざしたりしてふざけるので、精霊王ファーブルから注意を受ける。


 宮殿の権力をラプソニル皇女が掌握するのにかけた時間が3日なら早い方なのかもしれない。

 イグノマスは暴君ではなかったが、皇帝の器なのかと聞かれたら疑問符が浮かぶ程度ではあったので抵抗する者はあまりいなかったらしい。


「ささ、こちらにどうぞ」


 宮殿一番の応接間を用意しました感のある豪勢な部屋に案内された。

 部屋に入るなり、大臣っぽい貴族からアレンたち仲間が席に着くよう促される。


 ヘルミオスとそのパーティーは、今回の席にお呼ばれしたが辞退した。

 また、今回勇者が戦いに参加したことについて、ギアムート帝国に対して正式に声をかけてほしいという思いも見え隠れする。

 ギアムート帝国に戻って、今回起きたことの顛末を報告中だ。


 アレンのパーティーメンバー全員が1列に並ぶように席に着く。


 謁見の間でもよかったのだが、救国の英雄に立たせるとは失礼であると、食事会という形となった。

 この世界はどうも英雄になると王族、皇族から食事に呼ばれるらしい。


 席に案内されるとアレンの真正面のテーブル席にはラプソニル皇女が座っている。

 下半身が魚人なので、座りが悪いのか背中に尾ひれがチラ見している。


(皇女の尾っぽか。今回は疑問の残る結果となったな。なぜ、ラプソニル皇女じゃ駄目だったんだ)


 この3日の間、ペロムスやクレナの話を聞いても疑問が解消されないことも多かった。

 その1つが、邪神復活のためにベクを贄にしたことだ。

 シアからはベクが獣神の血を濃く継いでおり、ペロムスからも獣のような見た目であったと聞いた。

 エクストラスキルを3つも発動し、ペロムスを逃がしてくれたという話にシアは大いに泣いた。


 キュベルが何度も贄だと言っていたベクは、祭壇の前で血を抜かれて殺されてしまった。

 きっと、特別な血統が贄として必要だったのだろう。

 ラプソニル皇女は水の神アクアの眷属マクリスの血を濃く継いでいる。

 

 今回、力なく捕えやすいラプソニルは無視して、態々アルバハル獣王国で内乱を起こしてまでベクを連れてこないといけない理由があった。

 ラプソニル皇女では駄目で、ベクでないといけない理由があるようだが、それはメルスも分からないと言う。


 事の顛末は分かったが、疑問が残る結果となった。

 これから知らないといけないことは多くありそうだ。

 調停神の神殿でクレナが体験したことに、疑問を解消するヒントがあるかもしれない。


「アレン様、この度は何とお礼を言ったらよいか」


 しっぽを見つめていたアレンに対して、ラプソニル皇女は頭を下げてお礼を言う。

 恐らく大臣候補になるだろう貴族たちも何も言わない。


 アレンたちが席に着いてすぐに食事が運ばれてくる。


「う、うまい!!」


 息を吹き返したかのように、クレナが食事を口にする。

 かなり食べると伝えているので、クレナの席にだけ専任する給仕がいる。

 この3日間、クレナが調停神に連れられてエクストラモードになる経緯と話をした会話の内容を絞りに絞り取る作業に入った。

 生気を搾り取られたクレナが、豪華な料理を口に運ぶたびに生きる気力が戻ってくる。


(カルミン王女はめっちゃうれしそうだな)


 アレンたちとは反対側にいるカルミン王女がクレナの食事風景を微笑ましく見ている。


 プロスティア帝国にやってきて早々に助け出したドレスカレイ公爵も皇后もこの席にいる。

 ドレスカレイ公爵とカルミン王女にはこれから婚姻を進めていく話もあったようだ。

 また、クレビュール王国がプロスティア帝国の属国から友好国へと国家の格上げをされることが既に決定事項であると聞いている。


 カルミン王女が、アレンたちがプロスティア帝国に入るための助力をした。

 クレビュール王家に対する対応は、英雄を国に連れてきた礼が含まれているようだ。


「どのようにお礼をしたらよいか」


 食事も進み、いくつか世間話をしたあと、ラプソニル皇女からお礼の話に触れる。


「無理はなさらないでください。イグノマスのせいで国庫は空のはずです。浄水の魔導具も新たな女帝の誕生祝に差し上げますので、是非お使いください」


 金貨数千万はするであろう魔導コアを3つ連結させた浄水の魔導具はこのままプロスティア帝国の新たな女帝の誕生祝に進呈するとアレンは言う。


「な、なんと! それは法外であるぞ!!」


(なんだろう、きっとこの貴族が宰相かな)


 大臣っぽい貴族の1人が目をクワッと見開き、ラプソニル皇女に耳打ちをしている。

 国を救った挙句に、それは貰い過ぎだとかそういう話がアレンにまで聞こえる。


 プロスティア帝国は今回の内乱でかなり困窮してしまった。

 これで立て直してほしいということだ。


 ラプソニル皇女としては嬉しい話で間違いないのだが、困ったという顔をしている。

 国家には国家の品位が求められ、大国には相応の威信が求められる。

 これだけのことをしてもらって、国庫が空になったプロスティア帝国に何が返せるのかという。


 少しの沈黙が生じた後、アレンは口にする。


「プロスティア帝国の新しい女帝には、これからいくつも頼みたいことがありますので。私たちの戦いは終わっておりませんので、協力できるものについては協力してほしいです」


 内乱はアレンたちの協力をもって終わった。

 プロスティア帝国の後継者と血筋を元に戻したとも言える。

 これがプロスティア帝国の史実に残る事実だ。


「もちろんです。何でもおっしゃってください。それで、頼みというのは何でしょうか?」


 この状況が状況だけにラプソニル皇女から即答される。


「このプロスティア帝国には、魔王軍と戦うために必要な武器や防具、素材がございます」


 ヘビーユーザー島を中心にこれから取引をしたいと言う。


「もちろんですわ。どのような形で取引をするのか、これから話をしていきましょう」


 今までクレビュール王国経由でしか取引していなかったが、今後取引が可能になりそうだ。

 アレンはペロムスを見て、取引は任せたぞと視線を送ると、「任せて」と相槌が返ってくる。


「あと、戦力の面でイグノマスは我らに頂きたい」


「……当人を連れてきましょう」


 しばらくするとミノムシ状態になったイグノマスが部屋に騎士たちに連れられ運ばれてきた。

 たった3日で皇帝だったころの偉そうな態度は消え失せたようだ。

 何事だとアレンとラプソニル皇女を猿轡された状態で見る。


「今、イグノマス並びにイグノマスに協力した配下を私の軍門に下るよう、交渉中です。是非、魔王軍と戦うため、お力を借りたいとそういう話です」


「な!? 魔王軍と戦うだと!!」


 縛られてミノムシとなったイグノマスが何事だと言わんばかりの声を上げる。


「分かりました。差し出しましょう」


 ラプソニル皇女は煮るなり焼くなり好きにするように言う。


「それは、どういうことだ!!」


 アレンはイグノマスを戦力として貰うつもりでいた。

 未だに底が見えない魔王軍と戦うには力がもっと必要だ。

 イグノマスを筆頭に今回の内乱で手を貸した兵たちがいる。

 全てアレン軍で引き取るので寄こすように言う。


 どうせ、このプロスティア帝国にいても処刑にするか牢獄にいれるかのどちらかだ。

 最前線で働いてもらうという話だ。


「今回やってきた魔王軍と我らと共に戦ってもらう。プロスティア最強の男の槍を存分に振るってくれ。それともこの帝都で牢に入れられたいか?」


「俺は……。そうだな」


 どうすべきか考えているようだ。


「英雄になるか、帝国を転覆した罪人として裁かれるのか決めてくれという話だ」


(まあ、さすがに兵役としてやってきても仕方ないからな)


 世界を救う英雄として、魔王軍と戦うのか、プロスティア帝国の皇帝を討った罪人としてその人生を終えるのか選べとアレンは言う。

 士気も大事なので、兵たちもそうだが、どうしても嫌なら受け入れるつもりはない。


「どうする?」


 ミノムシ状態のイグノマスに決断を迫る。


「俺は英雄になって、プロスティア帝国の女帝を妻に持つぞ!!」


「な!? ば、馬鹿な!! き、貴様は私の父上を殺した。それを分かっての発言ですか!!」


「へぶ!? ら、ラプソニル! ちょっと待ってくれ!!」


「だ、誰を呼びに捨てにしている!!」


(完全に脳筋だな。本当にありがとうございました)


 ラプソニル皇女が席から立ち、しっぽでミノムシ状態のイグノマスを尾で何度も打ちつける。

 前世も含めて初めて見る光景だが、何を見せられているのだろうとアレンの仲間たちは無言になってしまった。

 クレナだけが一心不乱で食事をしている。


「話は纏まったようですね」


「イグノマスとは何ら約束はしておりません!!」


 ラプソニル皇女との話にイグノマスとの婚姻が入っていないと断言した。


「もちろんです。ただし、魔王軍を打ち破った英雄としてイグノマスはプロスティア帝国に凱旋することになるでしょう」


「おお! それはいいな!!」


 ラプソニル皇女に足蹴ならぬ尾蹴された状態でイグノマスは英雄として凱旋した自らの姿を想像しているようだ。


「しかし、さすがは愛の国です。このような状況で愛を語るなど、なかなかできることではありません」


 アレン軍の戦力向上の話から少し話の内容をアレンは変えた。

 その雰囲気の違いにラプソニル皇女は気付いたようだ。


「え?」


「私たちはそもそもいくつかの目的があってプロスティア帝国にやってきました」


「はい。たしか、ベクを追ってと聞いています」


 シアからはベクを追ってここにやってきたと確かに聞いている。


「たしかに、ラプソニル皇女。しかし、私たちは『プロスティア帝国物語』を読んでこの国に来ることになったのです」


「ああ、ペロムスのお話でしたね。その件で私たちに協力が必要と?」


 世界的に有名なプロスティア帝国のマクリス皇子の愛の物語だ。

 誰もが知っているから、ペロムスの愛するフィオナも知っていた。


 離宮での女子会ネタにも、ペロムスが「聖魚マクリスの涙」を求めて、このプロスティア帝国に来た話が何度も話題になっていた。


「是非、私の仲間の愛の成就のため、ご協力いただけたらと思います」


「まあ! もちろんですわ!!」


 ラプソニル皇女が両手を胸元で組んで感動している。

 愛の国という表現にも胸を打ったようだ。


「アレン、まさか、そんな悪いよ」


「ペロムス。せっかく、プロスティア帝国を救ったんだから」


「救ったって。僕は逃げていただけだし」


 そんな功績はないというペロムスに対して、アレンの評価は全く違う。

 ベクと一緒に逃げる決断も、聖獣石を持って帰る判断も全てペロムスがしたことだ。

 その結果、魔王軍の野望を打ち砕く結果になった功績は大きい。


 アレンは国家を救った対価にペロムスの愛が成就するよう協力を求めた。

 なお、できることできないことがあり、ここには皇族や貴族、騎士たちも大勢いる。

 もう少し内々でお話ししましょうといったところで話を切る。


 その後、召喚獣になったマクリスには年に1回、プロスティア帝国の歌姫コンテストにやってきてほしいなどについてラプソニル皇女から要望がある。


 そして、最後に大事な話がありますと前置きをした上で、ラプソニル皇女が口にした。


「私たちにもお願いがございます」


「なんでしょうか?」


「私たちを5大陸同盟の会議の席にお呼び頂けることはできますか。私たちはもう魔王軍と人々の戦いを傍観するつもりはありません」


 その言葉には力強い意思を感じる。


「もちろんです。そうですね。たしか近々、会議を予定していたような。日程を確認させてください」


「はい。たしか年が明けたころに、ラターシュ王国で会議の予定ですわ」


 アレンが予定を確認するというと、ソフィーが5大陸同盟の会議スケジュールを把握していた。

 アルバハル獣王国で内乱が起こるなど物騒なことが多かったため、年明け早々に結束を固めるため会議が行われる予定だ。


 今まで一度も席に座ったことがない5大陸同盟の席に着くと言う。


「では、その場でプロスティア帝国の立場の表明と考えております」


「では、席のご準備を進めますわ」


 政治に強いソフィーがアレンの代わりに動いてくれるようだ。


 こうして、内乱が終わった後のプロスティア帝国との話し合いが終わったのであった。

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