第378話 獣王戦②

 ドゴラとの戦いに負けそうになった獣王がエクストラスキル「獣王化」を使用した。

 アレンは、ボロボロになったドゴラとの選手交代をするために、獣王を蹴り上げドゴラと獣王の間に割り込む。


 正義など一切ない完全な不意打ちだ。


(てめえ、ドゴラが正々堂々と戦っているのにドロを塗りやがって)


 だが、それはわざとであった。

 武器も防具も持たず、正面から獣王と戦ったドゴラの戦いを汚すのであれば、それはもう敵認定だ。


「ドゴラ、お姫様抱っこはしてやらんぞ」


「ん? って、おい!!」


 既に意識を失いつつあるドゴラの足首を掴むと、全力で闘技台の外に向かって投げる。

 投げ出されたジャガイモ顔のドゴラを、ヘルミオスが受け止め回復魔法をかけてあげるようだ。


「まだやるんだよな?」


『グルルルル。トウゼンダ。ダレニモワタサヌ。ニンゲンニハマケヌゾ!!』


 圧倒的な殺意をこちらに向けてくる。


「むん!」


『ガフア!?』


 獣王化した獣王が迫る。

 一気に距離を詰める獣王に対して、アレンは既にホルダーの中を魔力主体から攻撃力と素早さ主体に変更している。

 1万どころか2万を超えたアレンのアダマンタイトの剣が炸裂する。


 アレンは正々堂々と戦うつもりはない。

 クレナから聖珠も奪い、攻撃力3000上昇のネックレスに、攻撃力5000と素早さ5000上昇の指輪を装備している。

 防具はS級ダンジョンの銀箱から出た、耐久力と身の動かしのバランスの良い中衛向きの装備をしている。


 アレンは、攻撃力と素早さが25000前後あり、体力と耐久力も10000を超えている。

 そしてなにより、Aランクの召喚獣による加護をふんだんに受けている。

 獣Aのクリティカル率アップ、鳥Aの飛翔、石Aのダメージ軽減、霊Aの物理耐性強など戦闘を優位に運ぶ加護の召喚獣カードを1枚ホルダーに持っておくだけで受けることができる。

 なお、何枚も持っていても重複で加護の効果が上がるというわけではない。


 さらにキールの耐久力上昇の魔法もかけて貰っているので、恐るるに足りずと殆ど一方的に獣王化した獣王をボコボコにしていく。


「アレン君、ちょっとやり過ぎかな」


 ヘルミオスのつぶやきがアレンの元には届かない。

 完全に向かってこないように、アダマンタイトの剣も使い叩きのめしていく。


 ズウウウウウン!


 アレンが獣王の頭を掴み、地面に叩きつけた。

 闘技台の1枚1枚の石板はかなりの厚みと大きさがあるのだが、衝撃で粉砕され、そして波打ってしまう。

 どれだけの力を籠めたら、これだけの力が出るのかと見た目以上の衝撃に観戦する各国の代表は驚愕する。


「どうしますか? 私たちの勝ちということでいいですか?」


 私たちの中にはドゴラも含まれ、ついでにシアも含んでいる。

 言質もとることにする。


 確かに圧倒的に獣王は強くなったが、本気を出したアレンの相手ではなかったようだ。


(それにしても、獣王になるとこんなに強くなるのか。さすがSランク冒険者の家系だな)


 ボコボコにして何だが、明らかにノーマルモードでは出せない強さを持っている。

 レベル84まで上げたドゴラを見てみたら分かるが、エクストラモードになれば、ステータスは1万に優に達するようだ。


 以前にアレンは冒険者ギルドのマッカラン本部長から聞いたことがある。

 他のSランク冒険者の存在だ。

 どうもアルバハル獣王家はSランク冒険者を多く輩出してきたという。

 当代の獣王はAランク止まりであるが、先代の獣王はSランク冒険者でもあったという。


 獣神ガルムの加護によるものなのかと、思いながら地面に顔が埋まった獣王を見ながら、今後のシアの可能性について考える。


『……グウ、フルビーストモード』


「ん?」


 ピクリとも動かなくなったなと思っていた獣王が、何かを呟きガバッと頭を上げる。


『グルオオオオオオオオオオ!!』


 そして、獣王は天に向かって大きく吠えた。

 まだ、続けるのかと思っていたら、獣王がさらに姿を変えていく。


 2足歩行でぎりぎり人であることを留めていたが、完全な獣に覆われる。

 金色の毛を纏った1体の獣となった。

 金色の毛に包まれた獣王は元々大きかった体が、さらに大きくなったように感じる。


(む、これがもう一段階上の獣王の力か。シアの言っていた獣王にならないとなれない本当の獣王化か?)


「って、がは!?」


 アレンが分析していると、完全な獣と化した獣王が一気に距離を詰めてきた。

 そして、長く伸びた爪で本能的に腕を使いガードしたアレンの腕を切り裂く。


 アレンは鮮血を闘技台にまき散らしながら、吹き飛ばされていく。


「ぐぬ」


(既にスキルも使用してこの威力か)


 アレンは既に召喚獣のスキルを使っている。

 魚Bの召喚獣の特技「タートルシールド」や覚醒スキル「タートルバリア」などダメージを軽減させるスキルなどをかけても、獣王から大きなダメージを受けてしまった。


 何発も受けるのはまずいと慌てて飛翔によって空中で距離を置く。


『グルアアアア!!』


 しかし、一声吠えたと思うと、音を置き去りにするほどの威力で飛び上がり、アレンを二本の前足で叩き落とす。

 飛翔でも勢いを殺すこともできず闘技台の板を粉砕し、アレンが闘技台の下に深くめり込んでしまう。


「おら!!」


 直ぐに闘技台の中から抜け出し、まだ空中で自由落下している獣王の腹に渾身の剣を叩きこむ。

 しかし刃が毛皮を切り裂くことができないでいる。

 低かった耐久力が上昇し、その様子を獣の顔でニヤリと笑った獣王が追撃を開始する。


 アレンと獣王との戦いが続いていく。

 それはもう試合と呼ぶにはぬるすぎる殺し合いであった。

 アレンも獣王も最速で殺そうと急所を狙う。


 アレンの剣と獣王の前足がぶつかった瞬間、闘技台の床石はその衝撃に耐えられず粉砕される。


 アレンは戦いながら、体力、攻撃力、耐久力、素早さの最適解を模索する。


 剣を使っても剣のスキルを持っていないアレンでは攻め切れないほどの力を獣王は出していた。


(これはたまらんぞ。シアを必ず獣王にしなくては!)


 攻め切れないながらも、アレンに笑みがこぼれる。

 バウキス帝国から、ゴーレム使いや魔導具使いを呼び寄せることに成功したが、それ以上の成果がこの戦いにあると思う。

 本気を出した獣王との戦いこそが5大陸同盟会議最大の成果だと確信する。


 武器も防具もステータス上昇の装備も持たず、圧倒的な力が獣王にはある。

 獣王家の血を引くシアにはきっとこれだけの力を得る資格があると思える。

 獣王にすれば、アレンのパーティーをどれだけ強化できるのかとこれからのことを考えてしまう。


 笑みを我慢しつつ、どうやって獣と化した獣王を落ち着かせるかと考えていたら、戦いは唐突に終わった。


「もう駄目だよ!!」


「おわ!?」


 アレンがびっくりする。

 アレンと獣王の間にヒヒイロカネゴーレムに乗ったメルルが入ってきた。


「アレン君、そこまでだ。周りが大変なことになっているよ!」


「ん?」


 そして一緒に割って入っていたヘルミオスが周りを見るように言う。

 アレンのパーティーも皆で獣王を必死に抑え込む。


 アレンが見たのは闘技台が完全に破壊され、観客席にもひびが入り歪んでしまっている。

 獣王との戦いにこの闘技場は持たなかったようだ。


 アレンがみんな無事かなと思いながら、各国の代表を見ると「ひい!? こ、こっちを見たぞ!!」と悲鳴を上げてしまう。

 随分距離があるのに襲われると思われたようだ。

 アレンは完全に怯えられている。


 地面に獣王を抑えつけると、息を荒くしていた獣王が戦いは終わりかとゆっくりと元に戻っていく。


「……」


(ずいぶんちっちゃくなったな)


 獣王化が解けて小さくなった獣王が肩を落としている。

 シアが心配そうに近づくが、もう何も言ってこないようだ。

 何か自らの敗北を感じているのかもしれない。


「それでは獣王陛下、シア及び部隊共々、アレン軍での活躍をご期待ください」


 アレンの言葉に、獣王はゆっくりとシアとアレンを見たがそれでも何も言ってこない。

 どうやらけじめは済んだようだ。

 アレンもこれ以上敗者に鞭を打つようなことはするつもりはないので、この場を離れることにする。


 こうして、獣王とシアとのけじめは、ドゴラやアレンも応戦するなどで闘技場が崩壊するという結果で終わった。




 少し間が空いて、会議室に戻ってきた。


 まだ話が終わっていなかったよねと、もう一度各国代表を集めることにする。

 観戦を途中で逃げだした各国の代表もおり、会議室の集まりが少し悪い気がする。


「これほどの力があるのであれば、魔王軍との戦いで遊軍として機能できますね」


 独立した「遊軍」という言葉を使い、ローゼンヘイムの女王はアレンの自由にやらせるべきだという話をする。


「ぐっ」


 ギアムート帝国の皇帝は、こんなに危ないものを自由にさせるのかと口に出したいがとても言えない。

 5大陸同盟会議の会議室からすぐに行ける場所に作った闘技場の施設が破壊されたばかりだ。


「ほほ。そうだの。各国はアレン軍に協力しつつ、アレン殿も、その力を使い魔王軍との戦いの際、連携してほしいぞ」


 バウキス帝国の皇帝は話をまとめようとする。

 バウキス帝国としては、アレン軍を管理する義務も無くなり、石板は手に入るので儲かるからだ。

 その上、5大陸同盟軍と連携してくれるならそれでいいという。


「……と、特に。我ら連合国は何もない。アレン殿には、クレビュールの国を守ってくれた恩があるので」


 クレビュールの国王は娘のカルミン王女のしたことをこれほど感謝したことはない。

 これで、アレン軍との貸し借りなしとは言えないが、救国して貰ったという重い借金を背負わずに済んだ。


「……」


 服を着替えればいいのに、そのままのズタボロの格好でいる獣王はもう何もしゃべらないようだ。

 腕組をし、目を閉じ難しい顔をしている。

 全ての結果を無言で受け入れるという態度なのかもしれない。


 シアは何となく、自分を離したくないという獣王の気持ちは分かっていたようだ。

 「もう何も言わない」を前面に出している獣王に寂しい顔をしている。


「ご協力いただいてありがとうございます。残念ながら先ほどの私より魔王どころか魔神は強いです」


(まあ、召喚獣は出していないけど)


 強くなって分かるが、先ほどのアレンより変貌する前の魔神レーゼルやリカオロンの方が強い。


「「「……」」」


 魔神の力を見たことのある各国の代表はそういないだろう。

 5大陸同盟の盟主たちにおいても同様だ。

 これほどの力があっても敵わない相手と戦ってきたのかと改めて身が引き締まる。


 このまま話が終わろうとしたところであった。

 アレンは見ていなかったが、ソフィーがエルフの女王に視線を送り頷いた。


「そうですね。今こそ世界は今一度1つになるときですね。それで、アレン軍の代表のアレン様の肩書はないのですか?」


 すると女王はアレン軍代表のアレンには肩書が必要であると言う。


「え? 肩書ですか?」


「そうです。各国の軍を集めたアレンさまにふさわしい肩書がないのはどうでしょう。これから5大陸同盟と連携する上で必要かと思いますが」


(アレン軍の何たらって呼ばれた方が良いってことか?)


 正直、そこまで考えていなかった。

 アレン軍の、そしてヘビーユーザー島の代表でそれでよかったと思っている。

 しかし、これからはアレン軍の代表として、5大陸同盟の盟主たちとも渡り合わなくてはならない。


「そうですね。ちょっと考えてみます」


 そう言ってアレンの仲間たちを見るが、仲間たちもすぐには思いつかないようだ。

 するとローゼンヘイムの女王は目を輝かせる。

 実は何か付けたい肩書でもあったのかと思う。


「でしたら『総帥』はいかかがでしょう。アレン軍総帥ですわ」


(ん? たしか総帥って元帥や提督より偉かったような気がする。5000の兵の長が総帥か)


 軍の役職には格があり将軍、大将軍、提督、元帥の次が総帥だったような気がする。

 5000の兵の長なら「大将軍」くらいがピッタリだったりする。

 バウキス帝国のガララ提督はゴーレム兵を中心としたバウキス帝国海軍の最高指揮官なので「提督」という肩書だ。

 ローゼンヘイムのシグール元帥はエルフ軍全軍指揮官なので「元帥」という肩書だ。

 総帥は元帥よりもさらに上の肩書になる。

 なお、総帥の上には大帝という肩書が続いていく。


 ギアムート帝国の皇帝が何だか反対のようだが口にしない。

 反論する理由が見つからないようだ。


 まるで5大陸同盟全軍の指揮官のような肩書だ。

 正直、何でもよかったので、アレンは皆を見る。


「いいじゃない。せっかくつけてくれるって言うんだから」


 セシルは総帥でいいようだ。


「アレン様にぴったりの肩書ですわ!」


「まあ、そうですね。特に反対がないようなのでアレン軍の総帥を名乗ることにします」


 アレンにも断る理由がない。

 こうして、アレンが初めて参加した5大陸同盟会議は、獣王と戦い闘技場を大破し、アレンが総帥という肩書を得る形で終わったのであった。



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