第317話 理と世界

 メルスがようやく話せない理由を教えてくれるようだ。

 アレンはメルスのその表情から一言二言では済まない話になると判断した。


「じゃあ、テオメニアにいる邪教徒や魔獣の殲滅を先にするぞ。ドゴラもそれでいいな?」


「ああ」


 ドゴラがエクストラスキルを発動できない理由はとても気になることだ。

 クレナ村にいた少年時代を共にした友の話だ。

 大事なことなのは間違いないが、優先しないといけないことがある。

 このテオメニアに跋扈(ばっこ)する魔獣たちの討伐だ。


 魔獣を殲滅し、この街を正常な状態に戻し、ニールに避難した人々を元の生活に復興させる。

 アレンたちが本来やってきた「エルマール教国」の救済はそこまですると決めている。

 他の誰でもない自分たちが決めたことは最後まで完遂する。


 いないと思うが、建物の地下に必死に身をひそめる街の人がいるかもしれない。

 救える命があるなら救おうという話だ。

 

 アレンたちは何人かに分かれ、魔獣たちを狩り始める。

 建物の中も壁を通過できる霊Aの召喚獣を出して確認する。


 エルマール教国の最大の街であったが、夕方には教都テオメニアから魔獣はいなくなった。


 アレンたちは、メルルのタムタムに乗り、ニールの街を目指す。

 召喚獣達はその場に残り、金銀の豆によるテオメニアの魔獣からの結界化と、街周辺の魔獣も殲滅をする。

 そこまですれば、教都テオメニアの復興は早いだろう。


「……」


 ニールの街への移動中、タムタムの操縦室の中で、ドゴラはメルスが口を開くのを無言で待っている。

 メルルも自動操縦に変更し、アレンたちの輪の中に入り腰掛ける。


『何故私が話したがらないかについてだったな。これはローゼンも知らないことだ』


「精霊神様も」


 齢5000歳にして神に至った精霊神ローゼンを呼び捨てにする元第一天使のメルスは10万年ほど生きているらしい。


『そうだ。祈りの巫女の末裔よ。創造神エルメア様は、新しく至った神に理を説くが、その理由までは伝えていない。精霊神自体も何故言えないことが多いか知らないはずだ』


「そうだったんですか」


『それでも聞くということでいいんだな? あまり楽しい話でもないと言っておこう』


「構わない」


 アレンは、ソフィーに背中を撫でられる精霊神ローゼンを見ながら答える。


『そうか……。これは以前も言ったが、神々は調和を重んじる。この調和とはとても難しいと言うのは分かるか? アレン殿なら前世で調和の取れていない世界を知っているのではないのか』


「ん~、調和か。王がいなくなり無政府状態になったり、金貨の価値がなくなったりとかそういう感じか?」


 アレンは前世で、調和の取れていない世界を思い出し、この世界でも理解できる言葉に言い換える。

 無政府状態になって海賊が幅を利かせる国や、ハイパーインフレを起こして牛乳瓶一本に札束が必要な国など、バランスが無くなった国を前世の記憶から思い出し口にする。


 アレンの仲間たちはずっと聞いている。

 学園でも、内乱で王家が打倒され軍が幅を利かせる国であったり、世界で統一された通貨の大切さについて授業で習ったがそんなものかと考えている。


『確かに。だが、それは国であって世界ではないのではないか? そして、調和を失った世界はもっとひどい状態だ』


 アレンはこの世界でも分かる話で例えたがもっとひどいらしい。

 さらにアレンは前世の記憶を元に1つの答えを拾い上げる。


(ああ、増殖バグみたいなチート行為だったり、リアルマネートレードが横行してたりとかそういう感じか)


 長らくゲームをしていたアレンにとって、もっと理解できる状況はあった。


 アレンの記憶に焼き付いているのは、ずっと楽しくプレイしていたゲームで発見された「増殖バグ」というバグだった。

 前世で初めてプレイしたネットゲームで、アイテムを無限に増やすことができるバグがとあるプレイヤーによって発見された。

 一定の条件下で行われ、どんなものでも増やせるため、貴重な物の価値が一気に暴落し、配信会社が対応に追われていたことを思い出す。

 増殖に加担した者はもちろんのこと、増殖した貴重な物を取引した者も、アカウントの凍結をするなど厳しい対応をしていたことを思い出す。

 システムの修正を行い「増殖バグ」は出来なくなったものの、配信会社は増殖されたアイテムを直ぐに消すことはできず、市場は混乱し続けた。


 アレンだけが納得してしまったので、皆が言葉にするように目線で訴える。


「例えば、バグが発見され皆が乱用した世界とか。チートが横行した世界とか」


『バグやチートか。確かアレン殿の記憶にもそういうものがあったな。まあ、そういう状態に近いな』


 メルスはアレンの記憶を元に召喚獣の特性について設定している。

 だからアレンもメルスがアレンの記憶を読んでいることは認識済みだ。


「それで、そういった情報が漏れないために、新しく至った神にすら情報を統制していると」


(まあ、完全な世界ではないだろうし。世界を維持させるために無理やり組んだ設定もあるだろうしな)


 アレンの中でバグも不正もできない完璧なゲームなんて前世でなかったので、不具合や理を悪用できる世界に納得感がある。

 規制であったり、バグを利用する者のアカウントを凍結するなどの対応をしてきた。


『そうだ。だが、完全な統制など無理なこと。故に理を何度も変えながらここまでやって来たというのが現状だ』


 生まれてくる子供が全員勇者だったりとか、対象の才能を変更してしまったりとか、とてもひどい状況が何度も起きたとメルスは口にする。


(ああ、そうか。なるほど。何度もね。だから、いつもお前は他人行儀に俺たちと接しているのか)


 召喚するようになって4カ月かそこらしか経っていないが、何となくメルスがアレンに対してというか仲間たちに硬い口調に徹しているように思った。

 どこか余所余所しいのだが、あれこれ手伝わせたりすると不満顔になったりと、素の表情をたまに見せる時がある。

 これが本来のメルスで、今は作った表情のメルスなのだろうと言うのが、アレンもそうだが仲間たちの認識だ。


「理を変えるか。その調和が取れず、どうしようもなくなった世界はどうしたんだ?」


 アレンの仲間たちも遅れて気付く。


『当然滅ぼしてきた。調和が壊れ、繁栄と呼べるかも疑問だが、それなりに人たちがいた世界をだ』


「「「な!?」」」


「そんな、神々がそのようなことを……」


 精霊神を信仰するソフィーが一番ショックを受ける。


『……』


 ソフィーの言葉にメルスは無言で答える。


「たぶん、神が手を汚さない。そういうことだろ? メルス」


(だから表情が硬いんだよな? だからエルメア教会の神官たちの前に出たくないんだよな?)


 他人行儀な上に、神官たちの前で召喚してほしくないことには理由があった。


「え? じゃあ、誰がって……」


 最後まで言おうとしたところでセシルも理解した。


『手を汚すか。これも救済だと言っていた。私が、いや神の代行者である天使たちが調和の壊れた世界を滅ぼしてきた。魔王がこの数十年で殺した人間の数など可愛く思える程だ。私が創造されて10万年ほど経つが、その間に何度かあったな』


(魔王はこの50年かそこらで4つの国を滅ぼし、毎年のように戦争しているからな。それが可愛く見えるほどの数か)


 アレンの中で魔王とその魔王軍は既に数千万の人々を殺している。

 もしかしたら億に達するかもしれないその人数が可愛く見えるほどの数とは、どれほどのものであったのか。


 ギアムート帝国が生まれる遥か昔からエルメア教会は存在する。

 誰が教会を作ったのかは知らないが、信仰だけではなく畏怖の念をもっているのは、神々がその力を示してきたことも理由にあるのかとアレンは思う。


「だから言えないと」


「でも、私たちは魔王を倒そうとしています。何故、そこまで隠すのでしょうか?」


 魔王の脅威に世界は苦しめられている。多少のことは力になってほしいとソフィーは訴える。


『発端となった事象自体は些細なことであっても、ゆくゆくは回り回って理にたどり着く。その理を必ず悪用する者が出てくる。その繰り返しだ』


 何か無力であった自分を責めているようにすら思える。

 メルスはさらに続けて口にする。


 最初に理に気付き、統制が取れなくなるものは数人だ。

 しかし、力や名誉を欲するのが人間で、こんなものは一気に爆発的に増える。

 たとえ、一人の賢者と呼ばれる者が情報を独占し口外しなくても、自らが生きた証を本という形にし、後世に残すなんてこともある。


「たとえ黙っていようと、他人の心を読んだり占ったりする職業もあるからな」


 アレンはメルスが占星術師テミを警戒していたように感じていた。


 10万年に数回なら数万年に1回のペースで世界は滅んだことになる。

 それくらいの確率なら、理に気付く、それが拡散する事象自体はとても小さいものなのだろう。


『そうだ。そして、前置きが長くなったがドゴラがエクストラスキルを使えないという話だが、それは理に近い話だ。それでも聞きたいならということだが?』


 それでも聞くかという話だ。


「……」


 ドゴラは何も言わない。

 仲間たちもアレンを見る


「そうだな。それを知らないと魔王から世界を救えそうにないからな。話を続けてくれ」


『そうか。では、話そう。これは八英雄計画についての話になるのだが……』


 八英雄計画という言葉と共に、メルスは語りだすのであった。

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