第316話 咆哮

「ふう、やったわ! どう、倒せたかしら」


「そんなに覗きこまなくても見せるよ」


 セシルが後ろからぐいぐいとアレンの魔導書にリカオロンを倒したログが流れないか確認しようとする。


(メルル、もうすぐ倒せたか分かるから。倒せてなかったらバルカン砲を撃ってくれ)


「了解!!」


 1人だけ、テオメニアの外で待機するメルルが返事をする。

 メルルはまだ先程の開けた所にある丘の上でタムタムに乗り、バルカン砲を構え待機させている。

 この一撃で倒せなかったら追撃をいくらでも食らわすつもりでいる。

 メルルからも追撃できる位置にアレンはリカオロンを転移させた。

 そして、今ではリカオロンを潰した小隕石の岩の塊がまるで墓標のように上に鎮座し、どこを狙えばいいか、メルルにもよく見える。


 しかし、そんなことは不要のようだ。

 魔神リカオロンがセシルが放った巨大な岩の下から出てくることはなかった。


『魔神を1体倒しました。レベルが83になりました。体力が100上がりました。魔力が160上がりました。攻撃力が56上がりました。耐久力が56上がりました。素早さが104上がりました。知力が160上がりました。幸運が104上がりました。』


 ステータスが上がったことが体感でも分かるアレンであった。


「よっし、みんな魔神を倒したぞ!!」


(うひょーレベル上がった上がった。てってれー)


 この魔導書は効果音機能はないので、思わず心の中でレベルアップの効果音を流してしまう。



「やったあ!!」


 クレナが飛び上がるように返事をする。


「随分うまくいったな、アレン」


「まあ、メルスが戦い方の調査をしてくれたおかげだ。キールも、回復ばっちりだったぞ」


『お陰で何度も死んだが?』


 メルスにはリカオロンの戦い方の特徴を知るためにこの3日の間に何度も再戦してもらった。

 アレンは皆にねぎらいの言葉をかけていく。


 今回もキールの回復にはかなり助けられた。

 立ち位置も基本的に前衛を盾にしつつ、タイミング良く回復してくれたおかげで、前線が崩壊することなく戦えた。


(よしよし、帰巣本能が効いたな。敵認定している状態だと、転移の制約があるが、それも使い方次第だな)


 ほぼ完璧な形で作戦がうまくいったとアレンは今回の戦いを総括する。


 鳥Aの召喚獣の帰巣本能を使ったが、仲間や物資の移動はかなり自由にできるが、敵認定している魔獣や魔神は転移に制約がかかる。

 仲間や物資なら触れることもなく半径1キロメートル以内にあればどこへでも移動させることができる。

 とりあえず、地面にめり込んでいなければいいくらいの制約しかかかっていない。

 しかし、敵認定されている状態の相手を帰巣本能で転移しようと思うと2点の制約が掛かる。



・相手に直接触れたままでいないといけない

・1キロメートルの範囲しか転移できない


 巨大な最下層ボスやゴーレム戦で、大勢の仲間たちが挟み込むように密集して戦うときはそこまで使い勝手が良くなかった。

 そしてこの条件だとアレンが触らないといけないので飛ばせる相手は1体、2体が限界だ。


 召喚獣の特技や覚醒スキルはこういった制約を設けることで全体とのバランスを取っているように思える。


 制約はあるものの、不意を突き、魔法や攻撃を当てやすくできる。

 そして、セシルの凶悪になってしまった小隕石の場所をずらしたりもできる。

 上手く戦法がはまったので、今後も活用できるなと後で魔導書に考察結果を記録しようと思う。


「テミさんもレペさんも今回はありがとうございます。戦争は既に遊撃部隊を編成し、戦闘は開始しているというのに助かりました」


「ああ、そうだ。そういうわけで、すまないが作戦の途中だ。大丈夫そうなら、戻してくれると助かるぞ」


「ああ? 疲れたし、少し休憩させろよな。アレン、もう1個モルモの実をくれ」


「はい、レぺさん。干し肉もどうぞ」


「ありがとうよ」


 戦闘終了後、アレンの元にやって来たレペが何かないかというのでモルモの実を2個ほどあげたが足りなかったようだ。

 テミに割り込んできたので追加で魔導書からモルモの実と干し肉を渡す。

 そんなレペの横でテミが作戦行動中なので、ローゼンヘイムに戻せと言うのに、レペがまだ早いと駄々をこねる。


 ゼウ獣王子は、アレンたちがエルマール教国に向けて飛び立った後に行われた会議でエルフたちに「要塞の上で戦いたくない」と言い放った。

 さらに続けて「攻撃を受けるのを守るのは、獣人の戦い方ではないぞ。部隊を編成し、魔王軍に攻撃を仕掛ける」と言う。


 集まったエルフの将軍たちは最初何を言っているのか分からなかった。

 しかし、シグール元帥はずいぶん理に適った作戦であると理解した。


 エルフは精霊魔法と弓という2つの遠距離攻撃を得意とし、どちらかというと要塞での守りに特化している。

 アレンの召喚獣もいるので、遊撃隊を結成し、要塞に到達する魔王軍の軍勢が減ればそれだけエルフ兵の犠牲も減ることになる。


 獣人たちとエルフたちでは戦いの様式が異なる。

 機動力のある獣人たちには、要塞から動いてもらって進軍する魔王軍の横から不意打ちをする方が軍の被害も少なくなるだろうと予想できる。


 アレンたちがエルマール教国で邪教徒から人々を救い、魔神との戦いに備える中、中央大陸、バウキス帝国、ローゼンヘイムを襲う魔王軍の動きもだいぶ見えてきた。


 数としては去年以前の例年通り200万程度だと見積もっている。

 予備兵もおらず、中央大陸に100万、バウキス帝国に50万、ローゼンヘイムに50万と3つに分散して攻めてきている。


 既に中央大陸では魔王軍と要塞を接して激戦になっている。

 バウキス帝国では、海洋上のかなりの距離に迫っている。

 ローゼンヘイムでは、北部に魔王軍は上陸し行軍を続けている。


 今回は魔王軍の指揮系統が去年とは違い復活しており、作戦も嫌らしいよとヘルミオスから先日聞いた。

 ヘルミオスがいない場所を攻めてきているとかそんな話であった。


 ローゼンヘイムも獣人遊撃部隊がいることを察知し、行軍の方向を変えながら進軍してきたりしているらしい。

 そこで有効なスキルを持っているのが、占星術師テミだ。


 どちらに魔王軍が行軍するかの確率が、占いで分かるというチートスキルを持っている。

 アレンの召喚獣を効果的に活用し、魔王軍の魔獣を倒しまくっている。


 お陰で疲れたとレペがぶつくさ言っている。



 そういうわけで、現在、ローゼンヘイムでは魔王軍との戦いが始まっており、とても全員を呼べる状況にはなかった。

 同じ理由で、前回の魔神レーゼル戦で呼んだヘルミオスも呼べなかった。

 怪盗ロゼッタには魔神のスキルを奪えるのでとも思ったが、リカオロンは物理一辺倒のスキルを使うようだったので、来てもらう必要はないと判断した。


「しかし、助かりました。あとで補給物資を送ります」


 そう言ってアレンが、テミとレペを転移させ、戻って来る。


 そして、言いそびれたねぎらいの言葉をドゴラにもかける。


「ドゴラ、もう少し自然に言ってくれよ。まあ、リカオロンにはバレなかったけど。助かったぜ」


 セシルが魔法を放つふりをして、メルルの超長距離からバルカン砲を放つ。

 そういう作戦だった。


「ああ、そうかよ」


「ん? どうしたの。ドゴラ」


 既に皆と合流したメルルも心配そうだ。

 どうかしたのかとクレナもドゴラの顔を覗き込む。

 皆の視線も気にせず、ドゴラは自らの大斧を強く握りしめ目をつぶり、今日の戦いを回想しているようだ。


「くそが! なんで、俺だけエクストラスキルを発動できないんだ!!」


 ドゴラは崩れ落ちた神殿の上で叫んだ。

 咆哮と共に全力で斧を振り下ろし、膝から崩れ落ちてしまった。


(やはり、今日に賭けていたのか。昨日からもずいぶん思い詰めていたしな)


 昨日の作戦指示もドゴラは頷きながらも必死に聞いていたように思える。

 鬼気迫る形相でリカオロンと戦ったことも、死を恐れず何倍ものステータス差のある相手に対して果敢に攻めてくれたと思う。


 攻撃を加えるだけが戦いではないし、ドゴラの動きは決して悪くなかった。

 後衛が今回ほとんど攻撃を受けなかったのは、ドゴラが必死に大盾でリカオロンの進行を防いだおかげでもある。


 しかし、クレナと違い、エクストラスキルが発動しない。

 エクストラスキルを発動させたクレナは、変貌したリカオロンに対して有効な攻撃を与えられた。


 レペの攻撃力上昇のスキル、S級ダンジョン最下層ボス討伐報酬で手に入った攻撃力上昇のネックレスもあっての一撃だ。


 しかし、ドゴラの攻撃は変貌したリカオロンに有効な攻撃を与えることは叶わなかった。

 それもこれもエクストラスキルがローゼンヘイムで魔神レーゼルと戦って以来ずっと使えていないからだ。


「そろそろ、メルス。教えてくれてもいいんじゃないのか。何故隠しているのか知らんけど」


 アレンはこの状況は異常だと考えていた。

 他の全員が使えるエクストラスキルをドゴラが発動できない。

 これには理由が必ずあり、メルスはどうも知っているようだ。


 無言を貫くメルスにそろそろ話せとアレンは言う。


『言えない。言えるはずがない』


 駄目だとメルスは答える。


「言えない理由もか?」


 ならなぜ言えないのか、アレンは問う。


『……理に触れていいことはないという話だ。それでもというなら仕方がない』


 一瞬何かを考えた後、メルスの重い口が開くのであった。

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