第314話 リカオロン戦①
アレンの渾身の力を込めた剣は魔神リカオロンに躱され、カウンターで蹴り上げられる。
咄嗟に防ごうとした腕が粉砕され、後方まで吹き飛ばされる。
(ふむ。さすが魔神といったところだな。まあ、俺も全ての召喚獣を攻撃と素早さ特化の加護にできる状況ではないがな。お陰で耐久力上がっているけど。でも、くそ痛い許さん!)
アレンは、今回の問題解決のため、虫A、獣A、霊Aの召喚獣を多数召喚している。
お陰で、S級ダンジョンでアイアンゴーレムや最下層ボスのゴルディノと戦った時より攻撃力は低くなる。
そして、ゴルディノと戦った時に貰った補助スキルや補助魔法は使っていない。
加護で耐久力の上がる虫Aや霊Aの召喚獣のお陰で腕が粉砕されるだけで済んだとも言えるかもしれない。
「よし、皆いけそうだぞ! クレナ、ドゴラ、攻撃を開始するぞ!!」
「おう!!」
ドゴラが待っていましたとばかりに大盾と大斧を握りしめ、突っ込んでいく。
昨日からこの日に向けてずいぶん集中していたように思える。
『ほう、リーダー自ら、我の力を試すとはな。貴様らごとき、何人でこようと同じことだ!!』
皆が一気に行動を開始するが、それでもリカオロンの態度は余裕そのものだ。
後方からやって来たメルスがリカオロンに防がれた腕を振り払い、攻撃の対象を祭壇からリカオロンに変えて攻め立てる。
「フレア!!」
『ふん、魔法か』
ドゴラとクレナが参戦し、皆で挟み込む形で攻め立てる中、セシルはリカオロンが意識を前衛に向けた瞬間を見計らって火球を放つが、それをリカオロンは片手で振り払う。
簡単にセシルの魔法をいなしたものの、後衛からの攻撃をそのままにしておくのは面白くないと判断したようだ。
リカオロンは攻撃対象をセシルに変更した。
「させるか! ぐ、がは!!」
ドゴラがセシルの前にいたため、防ごうとしたドゴラが大盾ごと後方に吹き飛ばされてしまう。
囲まれて戦っているとは思えない身のこなしと、圧倒的な攻撃力をリカオロンは披露し続ける。
魔神リカオロンは素早さに特化しているが、耐久力、攻撃力もそれなりにある軽ファイター系の戦闘スタイルだとアレンは分析する。
「やあ! あふ!!」
クレナは大剣をリカオロンに叩きこもうとしたが、リカオロンは拳で受け止め、大剣ごとクレナを弾き飛ばす。
しかし、クレナは吹き飛ばされながらもリカオロンに必死に食らいつき、なおも攻撃を続ける。
戦いの巧さや柔軟さはドゴラよりクレナの方が上手だった。
これはクレナ村にいた頃から変わらないのだが、S級ダンジョンを攻略してもその差が埋まることはなかった。
(やはり、S級ダンジョンを攻略しても魔神を超える強さを得ることはできなかったか)
今回の戦いは、S級ダンジョンを攻略した自分たちが、魔神とどこまで戦えるようになったかの答え合わせでもある。
アレンはS級ダンジョン攻略前に仲間たちに伝えた言葉を思い出す。
仲間たちには、これからS級ダンジョンを攻略する中で、転職を進め、そしてダンジョン内で手に入る武器や防具で装備を一新したとしても、それでもなお、魔神攻略は難しいかもしれないということを伝えた。
魔神のステータスが2万から3万に達するため、その距離を詰めるのは難しいという話だ。
魔神に有効な攻撃を与える勇者ヘルミオスのエクストラスキル「神切剣」や、魔神がどれだけ耐久力があろうが防御無視の攻撃をする剣聖ドベルグのエクストラスキル「ガードブレイク」などの必要性を感じる。
クレナはリカオロンの凶悪な拳の一撃を大剣で必死に受け流しながら、アレン、メルス、ドゴラへと攻撃対象を変える時の微妙な体の動きや視線の変化を捉える。
そして、リカオロンの背後を攻める。
『敵の正面を突くな。背後が無理なら側面を突け』
これはアレンが前世の理念を元に仲間たちに言って聞かせた言葉だ。
正攻法や一騎打ちのようなことは絶対に考えるな、我々が目指しているのは騎士道や剣の道ではないと。
そして、勝利以上に大事なことはないとも言ってきた。
「背後」や「側面」を攻める理由だが、この世界のダメージにはいくつかの概念がある。
ダメージの種類は、通常のダメージ、ミス、そしてクリティカルだ。
クリティカルになるとダメージは大体2倍になる。
クリティカルの条件は複雑で、全てを解明できているわけではない。
相手との素早さの差、急所の部位への攻撃かどうかで、クリティカル率が変化する。
そして、背面や側面など正面以外からの攻撃は圧倒的にクリティカルの攻撃になりやすい。
アレンがダンジョン攻略中もずっと言い聞かせてきたことをクレナは体現出来ている。
ローゼンヘイムの戦争、S級ダンジョン、そして、エルマール教国の凄惨な状況は、クレナの心をより一層強くした。
しかし、果敢に背後や側面から攻めているが、今のところほとんどダメージを与えられていない。
『雑魚の分際で小癪な』
「むぐ!!」
全ステータスに倍以上の差があるが、多対一という有利な状況でもある。
今もクレナは大剣ごと殴り飛ばされてしまったが、その様子からは、魔神レーゼルと戦った時ほどの絶望的な差を感じさせない。
まだまだ魔神と戦うには相手にならないが、戦いにはなっているというのが総評といったところだろう。
(クレナはまだエクストラスキルを使っていないしな。これくらい戦えれば上等か。転職できてよかったな)
「ゲイル様! 何卒お力を!!」
『うん、ママ』
短パンでツンツン頭の少年の姿をした風の精霊ゲイルが、リカオロンを可視の風でできた縄のようなもので拘束する。
『精霊を顕現するだと!!』
ソフィーが全魔力を籠めたため、メキメキと音を鳴らしながらリカオロンを絞め殺そうとする。
クレナがいくら背面からスキルを使って斬りかかっても出血すらしなかったリカオロンだが、ソフィーの全魔力が籠められた精霊の攻撃はリカオロンにダメージを与えられるようだ。
しかし、リカオロンは出血しながらも力任せに風の縄を引きちぎり四散させる。
リカオロンはダメージを受けたこと以上に、精霊を完全に操っていることに驚いているようだ。
(ソフィーが頭1つ出た感じか。それにしても、こんなに祭壇を大事にするって、それほどのものなのか)
上空に青白い光の柱を照射しているこれが何を祀る祭壇なのか分からない。
しかしここ数日、メルスが何度か攻めている間で、この物体を「祭壇」と言っていたような気がする。
とりあえず何を祀っているのか知らないが、「祭壇」として認識する。
(さて、仲間たちと魔神との力の差も分かったことだし、次の作戦に移行するとしようか。リカオロンの態度もいい感じになってきたしな)
4日前にメルスがリカオロンにやられた後、何度かメルスに対策も含めて再戦させた。
全力で倒すというよりも、この魔神の戦闘スタイルから対抗策を検討する必要があった。
手の内を明かす必要もなかったので、メルスの召喚獣の召喚は最小限に抑えて貰った。
その間に街や村を救済しつつ、仲間たちが戦って死人を出さない戦法と攻略法を検討していた。
そして魔神との戦いに備え、この神殿を含めて、周辺に生存者がいないかを知る必要がある。
そのため、捕虜か何かで捕まった者や負傷者等が、神殿の内部やその周辺にいないかをメルスにしっかりと調べさせてきた。
その結果、今回の作戦の決行に問題ないことも確認済みだ。
「よし、セシル。ソフィーそろそろやるぞ!!」
「ええ、分かったわ」
「お任せください。アレン様」
そう言って最後尾につけていたセシルに声を掛け、アレンが一気に後方に下がる。
メルス、クレナ、ドゴラも同じだ。
「ドゴラ、前を絶対に抜かれるなよ!!」
「わ、分かっているよ!」
(おい、もっと自然に返事しろ)
若干、ドゴラの口がもごもごするし、顔が真っ赤になる。
ドゴラは赤くなった顔を大盾で隠せるのが救いだとアレンは思う。
『ぐははは! 何をしようと同じことだ。我との力の差がまだわからぬか』
終始、戦いを有利に運んできたリカオロンが、何かを始めようとするアレンたちに無駄なあがきだと嘲笑う。
「ふん、馬鹿にしないでよね。ソフィー、お願いね」
「はい。ニンフ様。お力を貸し下さい」
『はい。分かったわ。ソフィー』
落ち着いた口調で合羽を着た姿で現れた少女は水の精霊だ。
今まで雨の中にいたかのように体は水で濡れており、ポタポタと大理石の床を濡らしていく。
ソフィーの全魔力が水の精霊に吸収されていく。
アレンの目の前に水の塊を形成していく。
「ブリザード!!」
水の精霊が形成した水の塊をセシルはどんどん凍らせていく。
何度も魔力を籠め、大きく、そして禍々しい形へとそれは変わっていく。
『ほう、合わせ技か。それで我ごと祭壇を狙うつもりか。面白い』
リカオロンが前面に出て戦うなら祭壇を狙う。
前面に出てこなくても、リカオロンごと祭壇を吹き飛ばす。
そういう作戦だとリカオロンは認識した。
これを防いだら反撃の再開だと、犬歯を出しニヤリと笑う。
足場を固めようと、あまりに力を込め過ぎたために、床の大理石がメキメキと粉砕された。
(やはり迎撃するか。これだけの力の差だから当然か。出てこいポッポ。出番だ)
リカオロンが迎撃の姿勢を取ったため、アレンは鳥Fの召喚獣を召喚する。
(メルル、準備は整った。バルカン砲を放て!!)
そして、覚醒スキル「伝令」を使用する。
「伝令」を聞くことができるのは、アレンが対象とした相手だけだ。
鳥Fの召喚獣がアレンの声で叫んだ声はリカオロンには届かない。
しかし、遠く離れたところで「伝令」を聞く者がいる。
「とうとう出番だね! 分かった!!」
元気よく返事をしたメルルは最初からこの神殿にはいなかった。
テオメニアから数キロメートル離れた丘の上でタムタムに乗って寝そべり、バルカン砲を神殿の側面に向け、狙いを定めて待機していた。
超大型のミスリルゴーレムのタムタムに、攻撃用石板(バルカン砲大)1枚と強化用石板(攻撃力)5枚を魔導盤にはめ、これからの攻撃が最大の威力になる調整をしている。
伝令は声だけではなく、鳥Fの召喚獣が見た「光景」も映像となってメルルに届けられる。
効果が100キロメートルに及ぶ伝令によって、神殿内のリカオロンの位置情報は捕捉済みだ。
祭壇から上がる光の柱で狙いは定めやすい。
「目標は魔神リカオロン! バルカン砲発射!!」
タムタムの中にいるメルルの攻撃の操作と共に、攻撃に特化したバルカン砲に光が収束していく。
そして、閃光のような砲撃は超高熱を宿し、神殿に向けて直進する。
リカオロンがいる場所の神殿の側面にあたる大理石を融解し、巨大で強力な閃光のような砲撃が一瞬にして襲い掛かった。
『!?』
リカオロンは動けず、声すら上げることもできなかった。
正面からの攻撃に備えた姿勢では、急な横からの猛烈な勢いのバルカン砲の光線に反応できない。
そして、祭壇はどうするのか、目の前のセシルとソフィーの氷は何だったのかという思考が自らの動きを一瞬阻害してしまった。
その結果、リカオロンは超高熱の巨大な光線に飲まれる。
そして、神殿の反対の壁の大理石も、神殿を作るために盛った土も全て融解し沸騰し蒸発させていく。
「ちょっと!? これ保つの?」
セシルが慌てる原因は、バルカン砲の超高熱から自分たちを守るために作った氷の塊が、すごい勢いで融解を飛び越えて一気に蒸発していっているからだ。
氷の塊が見る間に小さくなっていく。
「いけるはずだ。……多分」
(ちょっと近かったかな。熱いんだが)
「おい! 今、お前『多分』って言ったか!?」
ずいぶん離れたつもりであったが、アレンはバルカン砲との距離が近すぎたことを反省する。
キールが後ろの方で非難しているような気がするが、気のせいにする。
バルカン砲の砲撃が止んだ後も、まだ地面も壁も柱も熱を持ったまま真っ赤になっている。
至る所がドロドロと溶け、ぐつぐつと沸騰をしている。
そして、リカオロンも祭壇も吹き飛ばされていたのであった。
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