第311話 信者②

 アレンが集まる群衆に対し、ここに邪教徒はいるかと尋ねると、赤子を抱きかかえる母親が「邪神教ではありません。グシャラ聖教です」と大きな声で叫んだ。


(やはり、この街にも信者がいたのか。それにしても信仰に熱くなれるってすごいな)


 アレンには信仰心はない。

 

 アレンは創造神エルメアにこの世界につれて来てもらった。

 そのお陰で人生をかけたやり込みができている。

 そんなエルメアに感謝をすることはあっても信仰はしていない。


 それでいうと前世のころから信仰心を持ったことはなかった。


 正義と悪、天使と悪魔を舞台とするゲームはいくつもやってきた。

 アレンが前世で「ケンピー」というプレイヤーであったとき聖騎士という職業だった。

 実は、これは戦士から転職を繰り返して、最終的に聖騎士になるのだが、最終転職の選択肢に暗黒騎士もあった。

 だから、悪側の職業になることもできた。


 何故、聖騎士を選んだかというと、別に正義に溢れていたからではない。

 聖騎士はモンスターに対して有効なスキルが手に入り、暗黒騎士は対人戦に有効なスキルが手に入った。

 モンスターを沢山狩って強くなるプレイをしていたので、聖騎士しか選択肢はなかった。


 クリスマスの日はフライになったチキンと、スーパーで買ったケーキを食べながらゲームをする。

 これが社会人になり1人暮らしを始めた前世の健一だった頃のクリスマスの過ごし方だった。

 この日はプレイヤーのログインが減るなくらいにしか思っていなかった。


「申し訳ありません。火急につき、邪神教と叫んでしまって」


 赤子を抱きかかえた母親に謝罪する。


(この街にも邪神教の信者がいたのか。これはどう見たらいいのか)


 どうやら邪神教の信者が皆、邪教徒と言う魔獣になったわけではないようだ。


 なお、この母親に謝罪はしたもののアレンの中でこの宗教は邪神教と認定している。

 アレン自身は神を信仰しないが、人の信仰は自由であってもいいと思っている。

 しかし、無差別に多くの人を殺したと思われるこの宗教を許すほど寛容ではない。


 優先すべくは、邪教徒に襲われ滅びそうな街に行き救うことだ。

 そして、邪教徒と魔導書のログに表示されるが、このニールの街を取り囲んでいた邪教徒は何だったのか。

 服装からも、つい今まで普通に生きていた人々が邪教徒という魔獣になったことは明白だ。

 神官の格好をした者も街人の格好をした者もいた。


 なぜ邪教徒という魔獣になったのか原因を調べないと、解決に至らない。

 魔王軍が何か企てているとみて良いだろう。

 邪教徒という魔獣になる方法を調べたら、魔王軍の目的が分かるかもしれない。


 アレンはそう考えて、邪神教の信者がこの街にいないか確認をした。


「い、いえ、大丈夫です……」


 赤子を抱きしめた母親は答える。

 アレンに叫んだものの、何かよく分からないアレンに対して赤子を抱きしめ、気持ちを落ち着かせ警戒する。


「それで、グシャラ聖教の信者であるあなたは何故、3日前、教都テオメニアに行かなかったのですか?」


「それは……。この子がまだ小さく…」


 アレンが何かを始めたので、注目をする者はいるが止める者はいない。

 ニコライ神官もアレンの目的がなんとなく分かったようだ。

 黙って経緯を見つめている。


(なるほど。こうやって事情があり、3日前の教祖の処刑に立ち会えなかった信者もたくさんいるということだな)


 邪神教の信者が大勢テオメニアに集まった。

 しかし、それは全員ではないのだろうと考えて、信者がこの街にいないか声を掛けてみた。


 小さな子供、年老いた両親や祖父母、そして距離などの都合で行けない信者もいたのだろう。


(農奴のいない国だからな。制限がない分、教祖の処刑の日は人が集まっただろうな)


 エルマール教国に農奴はおらず、奴隷もいない。

 この連合国には、共和制の国などで構成されているため、農奴がいない国は多い。

 ギアムート帝国から独立したり、排斥された有力者が中心になって作った国が多いと聞いている。

 農奴制や奴隷制に反対した指導者がいたことも農奴や奴隷がいない理由の1つだ。


 今回の騒動において、エルマール教国には移動の自由のない農奴がいないが故に狙われていた可能性が高い。

 恐らく、この騒動は随分昔から、事を起こすならエルマール教国が最適であると睨んでいたように思われる。


「分かりました。ちなみにグシャラ聖教に入信する条件ってあるのですか?」


(たぶん、条件は厳しくないと思うけど)


「それは……」


「そちらについては私がお答えします。高位の立場になるならいくつか条件があるようです。しかし、邪神教に入信するだけなら、聖杯から注がれた『聖水』を飲めば誰でも良いと聞いております」


 答えづらそうにする母親に代わりニコライが答えてくれた。

 グシャラ聖教だと言い張る信者の前であっても、エルメア教会の神官は「グシャラ聖教」ではなく、「邪神教」とはっきり言うようだ。

 エルメア教会との間で対立があることが伺える。


「聖水?」


「はい。聖水と邪神教の教祖が呼んでいる何かです。透明な液体なのですが、それを飲むことを信者であることの証明にしているようです。無毒のようですが、何なのかは分かりません」


「詳しいですね」


「はい。不穏な事件の多い信仰でしたので、エルメア教会としても、看過できませんでしたので」


「もしかして、神官も飲んだのですか」


「そうですね。調査のために飲んだ者もいると聞いています」


 神官が変なものを布教のために飲ませていないか毒見をすることもあったようだ。

 その結果、不審な点は発見できなかったようだ。


(なるほど。聖水は無害のようではあったが、その実、毒か何かが入っていて信者を邪教徒なる魔獣に変えてしまったと。では何でこの母親は邪教徒にならなかったんだ。あの場にいる必要があったとか?)


 今聞いた話を整理する。

 今回の一件は恐らく魔王軍が起こしたことで間違いないが、その目的までは分からない。

 エルマール教国は宗教や政治的な理由から農奴や奴隷がおらず、移動制限がなかった。

 教祖の処刑に反対しようと多くの信者が教都テオメニアに集まった。

 聖水を飲んだら誰でも邪神教の信者になれた。

 神官も毒見のために飲んだらしい。


「毒か。それも遅効性? いや、これは聖水を飲むだけでは邪教徒にならないという方が都合いいのか」


「なるほどな。アレン。じゃあ、テオメニアで上がった火の柱の炎に触れる。目で見るとかで初めて効果が発揮するとかそういうことか」


「恐らくその通りだ、キール。今この時に、一気に広げたいからこそ、きっとこんな手の込んだことをしたんだろう」


 毒が一気に回り翌日には邪教徒という魔獣になるなら、誰にも信用されず邪神教を布教できない。


(きっと、今回まとめて邪教徒にすることに魔王軍なりの理由があった。だが、毒か)


 アレンは収納から草Cの召喚獣の覚醒スキルで作った「香味野菜」を手に取る。

 あらゆる状態異常を治す万能の薬だ。

 これまで毒や麻痺など治せなかった状態異常はない。


「さっき、使ったけどまた試してみるの?」


「ああ、セシル。もしかして、邪教徒になる前なら」


 魔獣と化した邪教徒には効果がなかったがもしかしたら、まだ正常を保っている母親ならと思って使ってみた。


「キャア!?」


「な!? 何だ!!」

「何か出てきたぞ!!」

「おんぎゃああ!?」


 母親の背中から、真っ黒な何かが出てきた。

 輪郭のないおぞましい黒い影は苦しそうにのたうち回りながら、空気中に四散していく。

 母親の驚きで赤子が驚いて泣き出してしまった。


「効果があったとみて良いのかな。他にも何人かいたな」


 香味野菜の効果は半径50メートルなので、赤子を抱く母親以外にも何人か、黒い影が背中から出て行ったように思える。


「こ、これは。何でしょうか?」


「これは破魔の実と言いまして、ローゼンヘイムの世界樹からとれる貴重な実です。効果がありましたね。こんなこともあろうかと持ってきておいて良かったです」


 ニコライ神官の問いに対し、アレンは流れるように嘘をつく。

 なるほどと、ニコライは王族の証であるハイエルフのソフィーに目をやる。

 今回の一件はローゼンヘイムの王族も協力してくれたのかと理解したようだ。

 世界樹と聞いて精霊神は難しい顔をするが、止めはしないようだ。


「そんな、貴重な物を……」


「いえ、対策を発見しないといけませんでしたので。しかし、まだ効果がはっきりしているわけではありません」


 街の人は助かったことが分かり、落ち着いてきたのか、背中から黒い影の出て行った者たちに対して明らかに怪訝な態度を取っている。


「はい」


「できれば、黒い影の出て行った人には安全で頑丈なところに移動してもらい、様子を見てください。無体なことはしないようにお願いしますね」


 恐らく1つの解決を見たと思うが、邪教徒にもうならないとは限らない。

 多少の隔離は必要だとニコライ神官に伝える。


(さて、香味野菜は半径50メートル以内なんで、人を集めてこの街の人全員に効果を与える必要があるな。あとは金の豆を完備してと)


 アレンは収納に入れた金銀の豆、天の恵み、香味野菜の在庫をチェックしながら今後のことを考える。

 1年かけて、中央大陸、ローゼンヘイム、バウキス帝国の支援物資として提供しても1万を超える数の在庫がある。

 無駄にばらまくつもりはないが無くなることはないだろう。


「これからどうするんだ? 街の救済だよな」


「そうだな。ん? ああ、なるほど、ふむ」


「どうしたんだ?」


 アレンが難しい顔をするので、キールが不審に思って問う。

 仲間たちもアレンの異変に気付いた。


「いや、テオメニアでメルスがやられてしまった」


「「「な!?」」」


「どうやら魔神がいるようだ」


 状況を確認するために派遣していたメルスがやられてしまった。

 まだまだ、解決には程遠いなと思うアレンであった。

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