第270話 第一天使

 召喚レベル8になって、新たに召喚できるようになった召喚獣の系統は天使だった。


(何か、この召喚獣だけステータスが他と違うんだが。Aランクになると、また別の法則が生まれるのか?)


 色々違和感の多い召喚獣だなとアレンは思う。

 違和感の正体が何なのか分析を進めていく。

 そんな天使Aの召喚獣もアレンを見つめ返して何かを考えている。


「え、このお方は?」


「ん? グレタ。どうしたんだい?」


「ヘルミオス様。この方はもしかして」


 そんなアレンの分析とは別に、ヘルミオスのパーティーの1人でグレタという聖女が何かに気付いたようだ。

 大きく息を飲み、顔の血の気が引いていく。


 カランッ


 あまりの驚きにグレタが杖を腕から落とし震えだしたため、何事かとアレンとヘルミオスのパーティーの視線が天使Aの召喚獣に集まる。


 ソフィーの肩の上に乗っていた精霊神が地面に降りて、天使Aの召喚獣に向かって深く頭を下げる。


『ソフィアローネも頭を下げなさい。創造神エルメア様はなんてことを。これはどういうことだろうね。はは』


「は、はい」


 精霊神に合わせて、ソフィーも腰を落とし、天使Aの召喚獣に深く頭を下げた。

 精霊神の笑いはいつもと違いぎこちなく、とても乾いていた。


 精霊神と大国の王女が地面に手を付けて頭を下げたことにより、もうただ事ではないことは、アレン以外の誰もが気付いている。

 そんなアレンは魔導書を見ながら、分析を進めていく。


 【種 類】 天使

 【ランク】 A

 【名 前】 メルス

 【体 力】 20000

 【魔 力】 20000

 【攻撃力】 20000

 【耐久力】 20000

 【素早さ】 20000

 【知 力】 20000

 【幸 運】 20000

 【加 護】 全ステータス2000

 【特 技】 属性付与、天使の輪

 【覚 醒】 裁きの雷


(ステータスは他のAランクの召喚獣の最大値の2倍あるな。これなら、今まで足りなかった召喚獣の火力不足が解決しそうだな)


 これまでの召喚獣はランクが同じならステータスの最大値は同じだった。

 しかし、この天使Aの召喚獣のみ、他のAランクの召喚獣の最大値の2倍ある。


 魔神レーゼル戦において、クレナ達に比べて火力に劣る召喚獣は、守りやタゲ分散、回復に徹するしかなかったが、その問題が解決しそうだ。


(加護もすごいな。全ステータス2000とか? これって80枚全て天使にしたら、俺のステータスはすごいことになるんじゃないのか? 少し増やしてみるか。む? できないぞ。1体のみってことか? 他の召喚獣もか? ってできるぞ)


 Aランクの魔石はまだ大量にあるが、これ以上生成ができない。

 天使Aの召喚獣だけ枚数に制限があるようだ。


「あ、あの。アレンさん。このお方はもしかして」


 アレンが魔導書とにらめっこする中、聖女グレタが決死の覚悟で恐る恐るアレンの方に近づいて話しかける。


「ああ! 分かった!! メルスだ! メルスになっているぞ!!」


「や、やはり。メルス様でいらっしゃいましたか」


 アレンは違和感の存在に気付いた。

 そして、グレタは全てを納得したようだ。


(あれ、名前が勝手に入力されているぞ)


 カード生成した際に、他のAランクの召喚獣は自分で名前を決めて入力した。

 天使Aの召喚獣だけ名前の登録をした覚えがない。


 名前の登録をしていなければ、自動的に名前が表示されるなんてことはなかった。


(メルスか。何か聞いたことある名前だな。それにしても、メルスね。メルスはどんなんだろう?)


「メルス、メルス……」


「あの……」


 グレタは必死にアレンに声を掛けるが、アレンはメルスという名前に何か引っかかる。


「やはり、メルスだと、メルルと名前が被るし。別の名前にするか。天使、てんし、テンテンにするか」


 メルスだと仲間のメルルと名前が近い。

 違和感の正体が分かって、喉の小骨が取れたような気分だ。

 我ながらセンスの良い名前を思いついたとアレンは思う。


(テンテンと、あれ? 何だと。名前が変更できないぞ。自己主張の強いメルスだな)


 名前は一度決めても何度でも変えれるはずだが、変更できない。


「あの、アレンさん。このお方は、第一天使メルス様ではないのですか?」


 グレタの声がアレンの耳に届く。


「第一天使?」


(あれ? そういえば、メルスってエルメアの。ってなんで、ソフィー土下座してんの?)


『そうだ』


 アレンが完全に思い出す前に、天使メルスが返事をした。

 最初に現れた時より口調が落ち着いている。

 アレンの後ろでソフィーと精霊神を含めた何人かが頭を下げていることにも気付き、異様な状況になっていた。


(メルスって。ああ、思い出した。たしか、第一天使とか言われているメルスだっけ? 第一天使が、なんで召喚獣やってんの?)


 アレンは学園の頃の神学の授業を思い出す。

 

 この世界は創造神エルメアを頂点に、幾柱もの神がいる。

 四大神と呼ばれる四柱の神、豊穣の神、戦神、獣神など数多の神がいる。


 そして、神界には神だけではなく、天使と呼ばれる神の使いがいる。

 天使はそれぞれの神に仕えており、一柱の神が複数の天使を自らの力の行使のために従えている。


 そんな数多の天使の中で、地上の人間世界にも浸透している最も有名な天使がいる。

 その天使の名前はメルスと言い、敬意と畏怖をもって「第一天使」と呼ばれている。


 何故、第一天使と呼ばれているかというと、このメルスという天使は神々の頂点たる創造神エルメアに天使筆頭として仕えているからだ。

 創造神エルメアの意志を他の神に伝えたり、教会への神託を届けたり、エルメアの側仕えとしてお世話などをしたりしている。

 人々の有史以来ずっと深くかかわってきた天使の名前だ。


 各国の大聖堂には創造神エルメア様の神々しい絵が描かれているが、その横には必ず第一天使メルスが描かれていた。


 創造神エルメアに仕える数多の天使の中に於いて、第一の権限を持ち、最も創造神に近い存在であるというのが、この人間世界の認識だ。


 その辺りの神よりも立場が上だとエルメア教の神官たちは認識している。

 メルスを信仰する宗派があるほどの存在だ。


「え? 何で召喚獣やっているんですか?」


(え? 本物の天使が召喚獣に転職したの? 名前変えたいんだけど)


『ふむ。何から話をしたものか。ローゼンよ、久しいな。ああ、神がこんなに近くにいるのに気づかないとは。私は完全に召喚獣になったか』


 メルスはアレンの問いにどこから話そうかと辺りを見回す。

 そして、アレンの後ろの方で跪くローゼンに気付く。


『はい。第一天使メルス様、ご無沙汰しております』


『見てのとおり。もう私は第一天使ではなくなった』


 そんなに深く頭を下げなくてよいと言い、皆を立たせる。


『やはり、火の神フレイヤ様への侵攻の際、討たれてしまったと言う話は本当であったのですね』


 ソフィーの肩に乗って、憐れみの目を持ってローゼンはメルスに話しかける。


『フレイヤ様への侵攻を知っているのか』


 そう言って、メルスはあることに気付く。

 ローゼンが火の神フレイヤへの侵攻と言っても、誰も驚かない。

 周知の事実だと理解する。


『神界に行き、神々や天使たちから聞いております。メルス様の代わりは第二天使ルプトが代行すると言うお話です』


『なるほど。ローゼンよ。私亡き後どうなったのか、もう少し詳しく聞かせてくれないか?』


『はい。それでしたら』


 精霊神がメルスの問いに答える。

 火の神フレイヤは神器を奪われ、力が弱まりつつあること。

 魔王軍が神器をどのように使うか不明であること。

 既に、転職制度を始めることを神界は決めており、火の神フレイヤの力が弱まりつつあることと併せて神託済みであること。

 4月からのその転職制度が始まること。


『そういうことになっていたのか』


 メルスは宙に浮いたまま考え事をし始める。


『それで、第一天使様がなぜアレン君の召喚獣になっているのですか?』


『実は私が、召喚士の職業の設定を考えていた。それもあってのことなのだが』


(うは、製作者だったのか。あの手足の生えたリンゴの召喚獣もお主が決めていたのか。なかなかいい趣味しているな)


 とんでもない事実が発覚したなとアレンは思う。

 目の前にいる天使は、召喚士の生みの親のような存在だ。


 それから、召喚獣になる経緯をメルスは話してくれる。


 火の神フレイヤへの侵攻を受け、創造神の神殿にいたメルスは応戦に駆けつけた。

 指揮をしていた上位魔神キュベルを討伐すべく戦ったが、あえなく敗れてしまった。

 自らの最期を悟る中、1つの事実を思い出す。


 実は去年の3月、4月の時点でAランクの召喚獣の設定が完全に決まっていなかった。


 消えいりそうな意識の中、創造神エルメアにAランクの召喚獣の新たな枠に自らを入れてほしいと願ったそうだ。

 エルメア様は願いを聞きいれてくれて、その魂を魔導書に封印してくれたようだ。


(お? 結構ギリギリまで設定を粘る形だったのか。それにしてもキュベルはもしかしてあの時消耗していたのか。あの時戦えば倒せたのか? いやあの雰囲気は無理か)


 魔神レーゼルとの戦いの最後、突如現れた上位魔神キュベルは神界での戦争に参加して満身創痍だったのかもしれない。

 軽く会話をしたと思ったらいなくなってしまった。

 その場には精霊神もいたので、状況だけ確認しに来たのかもしれない。


『そのようなことが』


 召喚獣になってまで、使命を果たそうと自らの命を使うさまに精霊神は感動をしているようだ。


『お陰で口うるさいエルメア様の束縛から抜け出すことができた! 私は自由を得たのか!!』


 天使メルスは両手を掲げ、自らの解放の喜びを爆発させる。

 最後の一言で台無しだなとアレンたちは思うのであった。

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