第265話 先駆者②
「まもなく夕方だな。そろそろ帰るぞ」
「ああ。今日も疲れたぜ」
アレンは魔導具の時計を見ながら、ダンジョンから出ようと言う。
3日間におけるアレンたちの攻略が終わった。
今までは3日半の日程にしていたが、魔王軍に神器を奪われたことを聞いてダンジョンの日程を半日減らした。
ダンジョン以外にもやることが増えたことによる日程の変更だ。
「また随分稼いだようだね」
「そうですね。宝箱も結構出たのですが、デスゾーンをクレナが一発で引いてくれたおかげで、3人のレベルもカンスト出来ました」
「ほへへ」
戻ったアレンたちはヘルミオスのパーティーも交えての食事を摂る。
口いっぱいに食べ物を詰めたクレナが褒められて、嬉しそうに声を上げる。
宝箱から武器や防具がかなり出た。
今回の成果はそれ以上に、クレナがダンジョンに入って早々に隠しキューブからデスゾーンへの転送を引いたこともあり、3日間の日程でドゴラ、キール、フォルマールのレベルが60になりカンストした。
(まあ、ノーマルモードなら2億5000万の経験値があれば、レベルカンストするしな。S級ダンジョンなら楽勝だろう)
「デスゾーンでレベル上げしているのって、あなたたちだけよ」
怪盗ロゼッタが呆れ顔で話に参加する。
4階層のデスゾーンは大量のAランクの魔獣が湧く。
これはヘルミオスのパーティーでも、絶対に問題ないとは言えない状況だ。
そして、デスゾーンは4階層とは別の空間に転移し、どこかにあるキューブ状の物体を見つけないと帰れない。
「その件もあって、明日もヘルミオスさんのお名前借りますね」
「うん、まあ、いいけど。あまり無理なことはしないでね?」
どう言って良いか分からず、ヘルミオスが疑問形の返事をする。
「大丈夫です」
アレンがニコリと返事をするが、何が大丈夫なのだろうとヘルミオスは一つ小さなため息を吐いた。
次の日、早朝から冒険者ギルドに向かう。
「アレン様。こちらでございます」
冒険者ギルドでいつものカウンターに向かうと冒険者ギルドの担当者が、アレンが来たことに気付きカウンターから出て来る。
アレンたちの取引はカウンターでは収まらないので、個室を案内してくれる。
「では、武器と防具はこちらに置きますので、いつものようにお願いします」
「承りました」
冒険者ギルドの職員が複数人でアレンたちが持ってきた武器と防具を回収する。
「ドゴラもクレナも荷物持ちすまない」
「何言ってんだ。でもいいのか? 最後までいなくて」
「本当にいいの?」
「ああ、これから少し長くなるからな。終わったら拠点に戻るよ」
アレンたちは一度に手に入れる武器や防具が多く、魔導書にも大きくて入らないため荷物運びはドゴラとクレナに手伝ってもらっている。
2人は、これからドベルグとの稽古があるので、個室から出て行く。
「じゃあ、いつものごとく魔導書を置いたから皆で流し込んでくれ」
「ええ。分かったわ」
クレナとドゴラは稽古でいなくなったが、残りの5人で作業する。
セシルは返事と共に、部屋の一角にある魔石の入った袋を持ち上げ、床に置いた魔導書に魔石を流し込んでいく。
他の仲間たちも手分けして魔石を魔導書に入れていく。
ここには冒険者ギルドの担当者はいない。
ギルド担当者が武器や防具の査定やオークションに出すか判断するため、個室から出ている。
アレンは一番高く売れる方法で売ってくれたらいいと任せている。
この魔石だが、今までC、D、Eランクの魔石をそれぞれ金貨1000枚ずつ取引していた。
これをそれぞれ金貨2000枚ずつに増やしてもらった。
これは神器を奪われたので、急いでアレンの召喚レベルを8にする必要があったための取引量倍のお願いだ。
S級ダンジョンの中の街では無理だから金貨1000枚ずつ制限されているのだが、バウキス帝国にはS級ダンジョンに並ぶ取引量がある街がある。
それはバウキス帝国の帝都だ。
帝都からも、冒険者ギルドを通じて、この街の同じ量を取引して魔導船で空輸して欲しいとお願いした。
手数料が通常の1割では済まないと言ってきたので、3割出すと言って3倍の額を提示したら2つ返事で了承してくれた。
お陰でこのS級ダンジョン支部の冒険者ギルドは、アレンとの取引だけで月に金貨数千枚規模の手数料収益を稼いでいる。
この個室は貴族をもてなすための個室なのか、とても広く、テーブルにはお茶に、お菓子、果物などが置かれている。
お菓子と果物は当たり前のように全て回収する。
「すみません。魔石の回収は終わりました」
個室の外で待っていたギルドの担当者を部屋に入れる。
「……」
部屋に膨大にあった魔石がなくなった部屋に対して若干の疑問の顔をするが、何も言わない。
この世界には収納の魔導具もあるし、空間魔法も存在するので、この状況は全く不可能というわけではない。
「それで、本日もヘルミオスさんから資料を預かっていますので、受け渡しよろしいでしょうか?」
「ほ、本当ですか? 以前もすごいものを頂いたのですが」
驚きながらも、申し訳なさそうな顔をする。
「はい。こちらの羊皮紙を」
アレンがテーブルに用意した羊皮紙を手に取ろうとする。
「い、いえ、今回は本ギルドの支部長が受取ると言っておりますので、こちらでお待ちください。すぐに呼んできます!」
アレンの返事も待たずにギルドの担当者は個室から出て行った。
仕方ないと待つことにする。
「おお、すまねえな。待たせたか」
しばらくすると、ムキムキで髭の生やしたドワーフの男が、ギルドの担当者を従え個室に入ってくる。
支部長と担当者2人で対応してくれる。
「ちょっと、アレン来たわよ。起きなさい」
「ん? ああ、すみません。わざわざお越し頂き」
数分の待ち時間であったが、アレンはソファーに腰かけたまま寝てしまったようだ。
セシルに肘をつかれ、寝ぼけまなこで支部長に謝罪する。
「いや、なに。俺はこの冒険者ギルドの支部長のポポッカっつうんだ。今日は何を持ってきてくれたんだ?」
(見た目の割に可愛い名前だな)
アレンが持ってくるのはこれが初めてではないので、すぐに本題に入ってくれる。
「まず、こちらは前回からの情報の更新です」
「ほう、すごいな」
羊皮紙にまとめられているのは隠しキューブと宝箱の位置の情報だ。
そして、隠しキューブと宝箱から何が出るのか、事細かく整理されている。
広い階層のどこに隠しキューブや宝箱が出たのか地図に記載している。
そして、隠しキューブから、何割の確率で、石板などが貰えるのか、デスゾーンを引く確率は何割なのか。
宝箱からもこれまでに出たもの、魔獣が擬態している確率などが事細かく整理されている。
これは月に2回程度更新し、整理したものを冒険者ギルドに無償で提供している。
「次にクリムゾンが何体のカイザーシーサーペントを呼ぶのかという調査の追加情報です。どうやら100体で終わりのようです」
「は!?」
ポポッカ支部長は思わず奪い取るように手元で広げる。
わなわなと肩を震わせながら、アレンたちが作った報告書を確認する。
「いかがでしょう?」
「これは本当なのか?」
2つの意味でポポッカ支部長は確認する。
4階層の階層ボスのクリムゾン=カイザー=シーサーペントは無限に配下であるカイザーシーサーペントを呼ぶと言われたSランクの魔獣だ。
何体呼ぶか調査した資料に目を通す。
呼び続けるカイザーシーサーペントを100体倒すと、丸1日配下を呼ばないという実験の記録がある。
実験の回数は5回とあるので、最低でも500体のカイザーシーサーペントを倒したことになる。
本当に可能なのかとアレンを見る。
「ヘルミオスさんの調査の結果です」
「勇者とはそれほどの力があったのか?」
「はい。近くで見ると優しい青年なのですが」
アレンは流れるように出まかせを言う。
この調査は全てアレンたちが行った。
「まじかよ。前回貰った物も震えがきたが、これもすごいな。これも周知させてもらうぞ」
(しっかり分析や検証もしてね)
冒険者ギルドが周知すると言うので、その前に分析や検証はしっかりしてほしいと思う。
支部長は貰った羊皮紙を隣に座るギルドの担当者に渡す。
「今日の報告はこちらで最後になります。作成に時間がかかったという話なのですが……」
「なんだ? これも地図か? 随分広そうだが階層の地図……ではないな」
アレンは地図のようなものが書かれた羊皮紙を渡す。
ポポッカ支部長はどこの地図か分からないので、隣に座る担当者にも見せるが首を振る。
担当者も見たことのない地図だった。
「それはデスゾーン全体図、そしてデスゾーンの転移先と、管理システムの位置を記録した地図です」
「……え?」
ポポッカ支部長はしっかり聞こうとしていたが、アレンの声が聞こえなかった。
聞こえなかったというより、理解できなかったという表現が正しい。
「な!? そんな……。支部長!! これはすごいですよ!!!」
固まったポポッカ支部長の横で、この地図の価値に気付いた担当者が両手を握りしめて立ち上がった。
「ありえない。こ、こんなもの作れるはずがない……」
ポポッカ支部長はまるで存在しないものが存在しているような口ぶりで、アレンの言葉を否定する。
「そんなことはありません。ヘルミオスさんの調査では、どうやらデスゾーンは時間が経っても階層が変わっても変化することなく同じようです。階層で違うのは出てくる魔獣が違うようです。ただし、転移先は地図のとおり8箇所の中からランダムのようです。脱出のための管理システムは……」
ポポッカ支部長と横の担当者が固まる中、アレンは淡々と説明するのであった。
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