第262話 解散

 少し遠くの方から聞こえていたダンジョン祭の喧騒は、大きな騒ぎとなる。

 悲鳴のような叫び声が聞こえてくることから、何かが起きたことは明白だ。


 アレンたちは、草Cの召喚獣の覚醒スキル「香味野菜」の状態異常を治す効果で、全員の酔いを覚ます。


 騒ぎは神殿の近くから聞こえてくるようだ。

 その中心に向かって入って行く。

 神殿の前は店も道路もない広場になっており、そこはドワーフたちでごった返している。


(ガララ提督だ)


「ペペクがまだダンジョンにいる! ボボグアもまだいるんだぞ! この手を放せ!!」


「俺たちを逃がすために壁になってくれたんですよ! もう助かりませんよ。回復薬はもうありません。この傷を早く治さないと!!」


 仲間か配下か分からないが、ドワーフたちに両肩を担がれているガララ提督には片腕が無い。

 そして、ガララ提督は両足を押し潰されたのか、変な方向に曲がり血痕を残しながら運ばれて行っている。


 ドワーフたちの背がアレンより頭1つ分低いため、アレンにはその状況が良く見えた。


 回復薬や回復魔法を求める声がドワーフたちの中から聞こえる中で、アレンは収納から天の恵みを出し、ためらうことなく使用する。


「「「なんだこれは!?」」」


 ガララ提督以外にも重傷のドワーフがかなりいたが、全員完治させる。

 失った腕も潰された両足も元通りになり、ガララ提督が辺りを見回す。


「私たちがエルフの霊薬で回復しました」


 誰が回復させたのか探しているようなので、アレンが名乗りを上げた。


「……あ、アレンだったな」


 名前くらいは憶えてくれているようだ。


「はい」


 そして、ガララ提督は何かに気付いたようだ。


「もしかして、今使った霊薬はまだあるのか?」


「「「提督!?」」」


(ふむ、まだ気が動転しているな。それだけの仲間だということか)


「ありますが、何に使われるのですか?」


「当然、仲間を助けるために決まっているだろ!!」


(仲間だったか)


 上下関係がありそうだが配下ではなく仲間のようだ。


「ガララ提督。……もうメダルがないっすよ」


 ガララ提督の仲間が助けに行けないと諭すように言う。


「ガララ提督殿。ここではなんだ。こちらで気持ちを落ち着かせてはどうだ?」


「ぬ? ゼウ獣王子?」


 お祭りということもあり、そしてダンジョンの神殿入り口ということもあり、もの凄い視線がガララ提督のパーティーに集まっている。



 場所を変えて落ち着こうと、アレンたちの拠点にガララ提督がやって来る。

 拠点の住人ではないゼウ獣王子が決めてしまう辺りが、王族だなと思う。


「……随分な御馳走だな」


 食堂にやって来るなり、豪勢な料理が並んでいることに気付く。


「ああ、アレン君たちの成人式をしていたんだよ」


「なに?」


 ヘルミオスが事情を簡単に説明する。


「メルル。お前もそういえば学園に通っているのに戦争に参加したって言っていたな」


「……うん」


 メルルも状況が状況だけに寂しそうだ。


「料理がまだまだありますので、食べていかれますか?」


「いいのか? 朝から逃げ回っていてな。飯を食っていないんだ。助かるぜ」


(逃げ回っていたか)


 そう言ってドワーフたちがゾロゾロと食堂の中に入って行く。

 アレンは、ゼウ獣王子がガララ提督とそのパーティーを勝手に招いたことに一切の不快な思いはない。

 アレンたちのために用意された成人式の料理に手を付けられることについてもだ。


 当然、ガララ提督の状況を思ってのことだが、アレンの仲間のためでもある。


 ガララ提督は20人のパーティーで誰よりも早くS級ダンジョン最下層ボスと戦った。

 そして、ここまでの様子から、最下層ボスに負けて6人殺され、14人になってしまった。

 最下層ボスにやられて、ダンジョンから無事に出て来れなかったのだろう。


 初見のボス戦がどれだけ難しいかアレンは知っている。

 初見で瞬時に攻略方法が見つかるとは限らない。

 相手はS級ダンジョンの最下層ボスだ。

 攻略方法の代価がアレンの仲間たちの命になるかもしれない。


 最下層ボスがどうであったのか知っているのはガララ提督とそのパーティーだけだ。

 憔悴しきっているガララ提督に根ほり葉ほり聞くつもりはないが、有益な情報はどうしても手に入れないといけない。


(現状で分かったことはいくつもあるけどな。まず最下層ボスは戦闘開始後に逃げることができると。逃走は不可能じゃないが難しいってことはデスゾーンと同じ感じか?)


 聞かなくても分かったことは多い。

 一度最下層ボスのいる階層に行って脱出が可能であることが分かったことはかなり有益な情報だ。


「これでは、酒が足りないな。ウルたち、すまないが買い出しに行ってきてくれ」


「ゼウ獣王子、畏まりました」


 成人祝いで、大樽で持ってきた酒でも15人いるドワーフたちには足りそうにない。

 一緒にやって来たウルとサラにお使いを頼むようだ。


「成人か。あいつも成人したての頃から一緒にいたのに……。俺なんかのために命を張りやがって……」


 そう言って、木のコップを握りしめ、波紋を揺らす。


 ドワーフたちが料理とお酒を平らげていく。


「朝から戦っていたのですね」


「ああ、そうだ。ダンジョン祭に間に合わせたかったからな」


 ダンジョン祭のお祭りに合わせて最下層ボスを倒したかったとガララ提督は言う。


「しかし、もう夕方ですけど。半日以上戦っていたのですか?」


「あ? そうだな。戦ってすぐにこれは無理な戦いだって分かったぜ。後退作戦で逃げ続けて半日過ぎてしまったんだよ」


 既にこの1階層の街はダンジョンの外に合わせて暗くなり始めている。

 朝からダンジョン攻略に乗り込んだが、初見で無理だと判断したとガララ提督は言う。


「ビービーやクリムゾンを倒したパーティーがですか?」


「そうだ。お前らも見れば直ぐにそう思うだろうぜ」


 2階層から4階層までのSランクの魔獣を倒してきたガララ提督のパーティーですら、無理だと判断するほどの敵なのかとアレンは思う。


 その後も仲間を思って泣き出すドワーフたちがいる中、ぽつりぽつりと最下層ボスの話が出てくる。


 かなりの激戦であったのだろう。


 懺悔するようにガララ提督の口から、時系列を無視した話が零れていく。

 ガララ提督は元冒険者だったらしい。

 類稀な才能から前皇帝に話を持ってこられて、バウキス帝国軍の提督になったようだ。

 昔の皇帝の方が良かったとガララ提督は口にする。


 冒険者時代から一緒にいる者、提督になった頃に配下に着いた者など、色々な経緯でガララ提督のパーティーに入ったようだ。

 そうやって集まった20人だった。


「ガララ提督。これからどうするんで?」


「ああ。そうだな」


 もう辺りは真っ暗になった。

 ある程度、時間が過ぎて落ち着いてきたころにドワーフの1人が今後のことについて話をする。


「「「……」」」


 パーティーリーダーのガララ提督の言葉をアレンたちも含めて待つ。


「解散だな」


「か、解散ですか!? 皇帝から攻略しろって言われてたのはどうするんですかい?」


 ガララ提督がパーティーの解散を宣言した。


「あ? 無視に決まってんだろ。あんなの無理だし、お前らはまた戦いたいのか?」


「「「……」」」


 最下層ボスと戦いたいという者はいないようだ。

 20人フルメンバーで無理だった相手を、何人も失った状態では厳しいのは誰でも分かるというものだ。


 しかし、ガララ提督は軍属だ。

 バウキス帝国の皇帝の言葉は絶対で、その皇帝からS級ダンジョンを攻略するように言われた。


「安心しろや。俺が勝手に決めたことだ。お前らは里に帰るなり好きにするんだな」


 責任は自らが全て持つとガララ提督は言う。


「ガララ提督は帰らねえんで?」


「のらりくらりするだけよ。ま、昔に戻るだけだな」


 仲間のドワーフに対して、このままパーティーの解散を宣言する。


(さて、ガララ提督はリタイアで、ゼウ獣王子はそもそもパーティーが集まらないと)


 S級ダンジョンの攻略は、結局自分たちだけになってしまったなとアレンは思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る