第261話 成人式

 そろそろ日が暮れる。

 アレンたちの拠点は、大通りから1本中に入ったところにあるのだが、ここにまで喧騒が聞こえてくる。

 外はお祭り騒ぎだ。


 ちなみにアレンたちが攻略中のS級ダンジョンは日の光が入るはずはないのだが、何故か日中は明るい。

 そして、夜になれば暗くなる。

 これは2階層以降も変わらない。

 ダンジョン内の明るさの調整もディグラグニの力によるものだという。


 アレンたちは、今日はダンジョン攻略の日ではない。

 稼ぎのいい冒険者パーティーが2つ入っているこの拠点は、食事はとても豪勢なのだが、今日は一段と豪勢だ。


 ヘルミオスの使用人が腕によりをかけてくれたのだろう。


「でもゼウ獣王子はよかったのですか? せっかくのダンジョン祭らしいのですが」


「む? 構わぬ」


(断る理由がないから招いたのだが、普通に寛いでいるな)


 ゼウ獣王子がフカフカのソファーに身を預けている。


「いいじゃないか。アレン君の成人式なんだから」


「ヘルミオスさん。私たちの成人式ですよ」


 本日10月1日はアレンの誕生日だ。

 今年はフォルマールを除いて、アレンの仲間は全員成人になる。

 人とドワーフは15歳が成人で、エルフは30歳、ハイエルフは50歳が成人だ。

 そういうわけで、ソフィーも今年成人した。


 農奴であっても、成人のお祝いくらいする。

 村を上げてというわけではないが、それぞれの家においてささやかながらといったところだ。


 貴族になると有力者を招いて、館で盛大にお祝いをする。

 王族になれば、成人した王子のために舞踏会を催したりする。

 王都をねり歩く国もあるらしい。


 アレンはダンジョンを攻略し始めた頃、仲間たちに成人式をしたいかと聞いたところ、「やった方が良いのでは」という意見が多かった。


 そして、仲間たちが誕生日を迎える度に何度もするのはあれなので、アレンの誕生日にまとめてやろうという話になった。

 今日はアレンの誕生日なのだが、アレンと仲間たちの成人式だ。


(今日で異世界に来て15年経つのか)


 もう前世の記憶は、大事なゲームで熱中した記憶以外、随分朧げになった。

 大人になるまでこの世界にいたんだなと思うと、感慨深いものがある。


 そして、何故ゼウ獣王子がソファーでふんぞり返っているかというと、昨日ウルに会った時の会話が原因だ。

 明日飯でもどうだと誘われて、これこれの用事があって行けないと理由を伝えた。

 その場ではそこで話は終わったのだが、今日の夕方、ゼウ獣王子がウルとサラを引き連れてやって来た。

 ゼウ獣王子自ら酒の入った大樽を肩に担ぎ、お祝いに持って来てくれた。

 どうやら、このダンジョン祭の日にわざわざ、アレンたちの成人式にやって来てくれたようだ。


「でも、街は昨日もそうですが、お祭りらしいですよ」


(前世の頃からお祭りイベントには参加してこなかったな)


 アレンは前世の頃、ゲーム内で行われる季節性の行事には参加してこなかった。

 このような行事は基本的に、アイテムや経験値が手に入らなかったり、見た目だけが変わる服装程度しかもらえなかったりするので興味がなかった。


 アレンの格言に『効果のないアバターを着るくらいなら裸で良い』というものがある。


 しかし、転生し仲間と共に、そして祝ってくれる人たちに囲まれてのイベントも悪くないと思う。


「む? 昼過ぎまで同胞と酒を飲み交わしたからな」


 無用な心配をするなとゼウ獣王子は言う。

 来る時すでに酔っているように思えたが、やはりそうだった。


 ダンジョン祭はこの街だけの行事のようだ。

 開拓村だと10月1日は収穫祭だったが、ここは収穫する畑などほとんどないダンジョンの中だ。


 収穫祭はないが、今日を年に一度のお祭りの日にしたのだろう。

 ダンジョン祭というディグラグニを祀り、ダンジョンでの無事を感謝し、そしてこれからのダンジョンでの無事を願う日だ。


 今年は特に盛り上がっているらしく、ここまでドワーフたちの喜ぶ声が聞こえる。


「ガララ提督もそろそろ帰って来るかな。最下層ボス倒すって行ったけど」


 ドワーフの英雄のガララ提督が、このダンジョン祭に合わせて最下層ボスに朝から挑戦している。

 ドワーフたちが神殿の前に人だかりを作り、まだかまだかと待ち侘びている。

 朝から挑戦すると聞いていたが、最下層ボスを倒すのは結構かかるなと思う。


 アレンたちはまだ装備集めとレベル上げに勤しんでいた。

 ゼウ獣王子の強力な獣人パーティーは仲間集めに苦労している。

 そんな中、一足先に石板を集め十分強化できたと判断したガララ提督のパーティーが最下層ボスに挑戦した。


 なんと、最下層ボスは5階層にいるらしい。

 4階層にいるアレンたちにとって、あと1階層の攻略で良かったようだ。


「だが、アレン。これでこのダンジョンの攻略も見えてきたな」


「そうだな。ドゴラ。これなら思ったより早く攻略が終わりそうだ」


 アレンが思っていることをドゴラが先に口にする。

 いつも一緒にいると、こういったことも増えてきた。


(残念、初回攻略特典が欲しかったが、まあ、これで5大陸同盟の強化に繋がるなら致し方ない。後でどんな最下層ボスか確認するかな)


 ガララ提督たちが攻略できるか分からないが、無事に帰ってくることを祈ることにする。


 成人式が自然な形で始まると、ヘルミオスとゼウ獣王子がわざわざ祝辞を述べてくれる。

 いつもの変わりない仲間たちと一緒に楽しく食事をする。


「ちょっと、今日くらいお酒飲みなさいよ」


 目の座ったセシルに、お酒を飲むようにと、木のジョッキを顔に近づけられる。

 どうやらセシルは結構お酒で酔っているようだ。


 特に断る理由もないので、受け取り口にする。

 久々に飲んだお酒の味は美味しくなかった。

 この世界に来て初めて飲んだお酒は相変わらずだった。

 相変わらずお酒の味の分からない舌だなとアレンは1人でクスリと笑う。


「そういえば、ゼウ獣王子」


 アレンはお酒を飲みながら、ゼウ獣王子に話しかける。

 聞いておかないといけないことがある。


「ぬ? どうした?」


「シア獣王女殿下が、邪神教の教祖討伐に成功したのに、獣王国には戻らないのですか?」


「戻らぬ。獣王陛下からはダンジョンを攻略しろと言われておるからな。まだ終わっておらぬのだよ」


(その攻略も最初の攻略じゃなかったっけ)


 まもなく、ガララ提督が初回攻略を果たすかもしれない。


「獣王子殿下……」


 その言葉にウルが感動の涙を流す。


 ゼウ獣王子は結局、ベク獣王太子の邪魔が入り現在まで仲間を集めることができなかった。

 才能が星1つくらいなら集めることがいくらでもできるようだが、星3つ以上のパーティーを結成するのはほぼ不可能の状況だ。


 そんなことはゼウ獣王子でも分かっている。


 では、何故ここにいるのかというと獣人たちのためだ。

 今尚、獣王子という立場を利用し、獣人たちの陣頭指揮を取っている。


 ゼウ獣王子は決してそんなことを口にしないようだ。


「それにしても、まだ幼いと思っていたが今年成人とはな。ローゼンヘイムを救った英雄は、昔からこうであったのか?」


 ウルが涙を流したため、祝いの席でしんみりとした空気になったと、ゼウ獣王子が別の話を振る。

 ゼウ獣王子にも、アレンたちのローゼンヘイムの活躍が耳に入っているようだ。


「そうよ。昔から凄かったんだから!」


 その言葉にアレンの隣のセシルが強く反応する。

 目の座ったセシルが木のコップを握りしめ立ち上がった。


「ほう?」


「また、始まったな」


 ゼウ獣王子が興味を示す中、キールが小さな声でつぶやいた。

 学園にいたころからセシルに何十回も聞かされた話だ。

 話は不快ではないが、目を輝かせて話をするセシルに反応すると、10歳のころ起きた事件について最初から最後まで聞くことになる。


「こうやって、10歳の時にはマーダーガルシュを短剣だけで倒したんだから!」


 マーダーガルシュに食われながらも、目玉に短剣をねじり込んだアレンのマネをする。

 そこには貴族としての気品はみじんも感じられない。


「そうなのか。マーダーガルシュは我が獣王国にもいるが、手の焼く相手を10歳で凄いな」


「そうよ。そうなのよ!!」


 目の据わったセシルからアレンに視線が行く。

 セシルにもっと自慢しなさいよと目で訴えられるので、アレンは何故だと首を傾げる。


「いえいえ、ここにはお歴々や英雄がたくさんいますからね。ドベルグさんなんて10歳で赤竜を倒したとか」


 既に酔い始めているアレンは、酔った勢いで聞きたかったことを口にする。


 竜殺しのドベルグ


 これは、ラターシュ王国全土に伝わる英雄伝だ。

 農奴であったアレンも鑑定の儀式のとき、神官に聞かされた有名な話だ。


 しかし、ドベルグは黙々とゆっくりお酒を飲み、話に参加しない。

 何か答えてくれそうにない。


「私も、ドベルグさんの話聞きたいです! 赤竜強かったですか?」


 アレン以上に興味のあるクレナが畳みかけるように言う。


「……まあ、強かったな」


 ため息を1つ吐いてドベルグが話をしてくれた。

 ドベルグもお祝いの席の雰囲気を壊さないように気を使ってくれたのかもしれない。


 それは剣聖ドベルグ英雄伝という本にもなっている話であった。


 ドベルグの生まれた村の近くに赤竜が居座っていた。

 赤竜は生贄を出すように村に言ってきていたらしい。

 そんな風習を知ったのは、昔からの友人が生贄に選ばれた時だった。

 大人たちは仕方ないことだと誰も取り合ってくれなかった。

 村の武器屋から上等な剣を盗んで助けに行った。

 奇跡的に赤竜の首を切り落とし倒したが、二度同じことをやれと言われたら難しいかもしれないとドベルグは淡々と話をする。


 話慣れているなと聞いていて思うが、きっと子供たちに何十回と聞かれて話をしたことなのだろう。


「凄い!!」


「そうか……」


 皆のあこがれの視線がドベルグに降り注ぐが、話はしたぞとまた静かにお酒を飲み始めた。


「む、何だ!?」


 クレナがもっと聞きたいと身を乗り出そうとした時だった。

 外のお祭り騒ぎが悲鳴に変わった。

 叫び声のようなものが、拠点にまで入ってくる。


 耳がいいのかウルが立ち上がり強く反応する。


「何か起きたようだ! 行ってみよう!!」


 アレンがそう言うと、皆が立ち上がり外に出て、叫び声のする方に走って行くのであった。

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