第256話 名工ハバラク

 アレンたちはクリムゾンたちが追ってくることができないように、回収した場所からずいぶん離れた位置にある葉っぱの上に大きなシャコガイを置く。


「中が見えないぞ。開けて見てみようぜ」


 置いたシャコガイの口をキールが顔を近づけ覗き込むが、ピッタリ閉じたシャコガイの口の中を見ることはできない。


「ああ、まかせろ。んぐぐ!!」


 ドゴラが両手に力を込め、シャコガイの口をこじ開けようとする。

 魚Bの召喚獣が噛み砕けないシャコガイを、ドゴラが両腕に力を込め強引にゆっくりとその口を開いていく。


「「「おおお!!」」」


 アレンも仲間たちも声が1つになる。

 皆が皆、望んでいた輝きが、シャコガイの中からゆっくり見えてくる。


 若干ごつごつした、金色に淡く輝くオリハルコンの塊が入っていた。


 アレンはオリハルコンの塊の大きさから何を作れるか思案する。


(えっと、作るなら前衛職の武器と防具だな。クレナとドゴラの武器に、2人の防具、後はドゴラの大盾か。この大きさの塊なら作れてどれか1つか。なら答えは1つだな)


 クレナとドゴラの武器はとても大きい。

 この大きさのオリハルコンの塊なら1つしか作れそうにない。

 そして、防具も大盾も同じくらいオリハルコンを必要としそうだ。


 頑張って見つけたオリハルコンの塊だが最優先で必要なものは何か考える。


「じゃあ、これはクレナの大剣を作ろう」


「え、いいの? やったぁ! オリハルコンだ!!」


 クレナがオリハルコンの塊を両手で天に掲げて、全身で喜びを爆発させる。


 前衛と後衛で構成されたアレンの仲間は必要な装備が被ることがある。

 そういう時はアレンが、効率を考え誰に手に入ったアイテムを装備させるか判断する。


 この方針は学園都市にいたころから皆も納得してのことだ。

 だから今回、ドゴラがオリハルコンを手にすることはなかったが、ドゴラは何も言わない。

 そして、全身で喜びを表現するクレナを見て誰も不満に思う者もいない。



 それから3日が経過する。

 アレンたちは全力で2つめのオリハルコンの塊を見つけようとシャコガイを破壊しまくったが見つけることができなかった。


 時間切れといつもより少し早いが一旦ダンジョンを脱出することにする。


「え? それはオリハルコンの塊かい? もう見つけたの」


「はい」


 クレナが両手でオリハルコンの塊を抱えているので、淡い金色の輝きに視線が行く。


 アレンたちは3日半をダンジョンで過し、1日半を休みとしているが、ヘルミオスのパーティーは3日ダンジョンに籠って、2日休みを取っている。

 今回はヘルミオスのパーティーの日程に合わせた形だ。


「ヘルミオスさん。剣にして欲しいです!!」


「う、うん。そうだね。じゃあ、明日の朝、案内するよ」


 両手でオリハルコンを抱えるクレナの圧に若干引いたヘルミオスだが、明日の朝からオリハルコンの武器に加工できる鍛冶職人のいるところに案内してくれると言う。



 鳥Bの召喚獣に乗って久々にS級ダンジョンの高い試練の塔から離れていく。


「ハバラク先生のいるところまで、ここから結構あるからね。たぶん、この速度で2日くらいかかるかな」


 空を飛びながらヘルミオスが教えてくれる。

 ヘルミオスはローゼンヘイムの戦争で鳥Bの召喚獣に乗せて、フォルテニアまで移動した経緯があるので、どれくらいの速度で移動するか理解している。


 このS級ダンジョンからバウキス帝国の帝都までは半日程度であったが、ここから鍛冶職人のいるところまで2日ほど掛かるらしい。


 アレンたちは全員、名工ハバラクのいる場所までオリハルコンの大剣に加工をお願いしに行くが、ヘルミオスパーティーはヘルミオス1人で行く。


 堅物な方であんまりゾロゾロ行くと機嫌が悪くなるかもしれないという話だ。

 


 それから2日ほど経過する。

 アレンたちはまだ鳥Bの召喚獣に乗って上空を移動している。


「この辺りから、景色が変わってきましたね」


 アレンが地上の様子が変わったことに気付く。

 山々が多く、ゴツゴツとした地形になってきた。

 そして、火山が多く、至る所で噴煙が火口から上がっている。


「ああ、この辺りは既に旧メルキア王国だね。昔は火の国って呼ばれていたらしいよ」


(なるほど、バウキス王国に吸収される前は別の国だったのか)


 学園でもバウキス帝国は魔王軍の侵攻に合わせて、この大陸を1つの国に統一したと聞いている。

 随分移動したが、既に旧バウキス王国の領土から、旧メルキア王国の領土に移動したようだ。


 ヘルミオスが「この調子なら今日中に到着できる」と教えてくれる。



 それからさらに移動して、1つの街がアレンの目に入る。


「あそこが、ハバラク先生のいる街だよ」


「はい。少し前で降りましょうか」


(世界に3人といない伝説の名工がいる街はそんなに大きな街じゃないんだな)


 オリハルコンを加工できる鍛冶職人は世界に3人もいないとヘルミオスから聞いた。

 そんな伝説の名工が住む町は、煙突がいくつも見えるがそれ以外に変わったところのない普通の大きさの街だった。


 ヘルミオスのざっくりとした案内であったが、鳥Eの召喚獣の鷹の目による広範囲索敵を駆使したお陰もあって、どうやら無事到着できたようだ。

 本来であれば魔導船を駆使して乗り換えながら向かうらしい。

 鳥Bの召喚獣で驚かさないように少し離れたところに降りて、街に向かうことにする。


 まもなく夕方になろう時間帯にアレンたちは街の中に入って行く。

 冒険者証を提示すれば、問題なく全員入れてくれる。


 ここには人も獣人もおらずドワーフのみしかいないようだ。

 冒険者にとってあまりうま味のない街なのかとアレンは思う。


 武器や防具だけでなく、土器や陶芸など、職人が多い街のようで色々なものが店先に飾られてある。


「ああ、ハバラク先生の工房はここだよ」


「おお!!」


 ヘルミオスが1つの建物を指差したのでクレナの胸の高鳴りが最高潮になる。

 クレナはずっとオリハルコンの塊を胸に抱えている。


 その建物は他の建物と代わり映えしない質素な建物だった。

 奥の方に煙突が見えるので、鉱石を錬成するための炉か何かあるのだろうと予想する。


 コンコン


 ヘルミオスが扉をノックする。

 名工ハバラクを紹介してくれるというので、後方に下がって任せることにする。


「はい、どちら様でしょう」


 ノックに答えて、扉が少し開く。

 そして、外の様子を窺うように、ドワーフの青年が覗き込むように尋ねてくる。


「ヘルミオスと申します。ハバラク先生に用事があって来ました。今日はもうこのような時間です。明日改めて伺いたいと思いますがよろしいでしょうか?」


「ヘルミオス? 勇者ヘルミオス様ですか?」


「そうです。オリハルコンの加工をお願いしに来ました」


(なんか、新聞の勧誘に来た時の対応に似ているな)


 顔の半分も分からないほどの幅しか扉を開けようとしないドワーフの青年に対して率直な感想を抱く。


「……申し訳ございませんが、お引き取り下さい」


「「「え?」」」


 用件も伝えたが、ドワーフの青年に断られてしまった。

 まさか速攻で断られるとは思ってもおらず、後ろで聞いているアレンたちも驚きの声を上げる。


「え? ハバラク先生にお取次ぎできませんか? 以前来た時、『いつ来ても良い』とおっしゃっていただいたのですが?」


「いえ、実は、今大変機嫌が優れなくて……。申し訳ございません」


 どうやら名工ハバラクは機嫌が悪いらしい。

 だが、ヘルミオスもそれだけで帰るわけには行かない。


「とても大事な用事です。一言お願いだけでもしていただけませんか?」


「わ、分かりました。お返事は変わらないと思いますが」


 そういって扉が閉まった。

 名工ハバラクのところに向かうようだ。


「この建物の中にはいるようだな」


「う、うん」


 アレンの言葉に小さな声でクレナは答える。

 断られたことがショックでクレナの表情がシュンと落ち込んでしまっている。



 そして、ほどなくして扉が少し開き、ドワーフの青年が顔を覗かせる。


「どうでしたか?」


「やはり、駄目だと」


「そ、そんな。お、オリハルコンを持ってきました。剣にしていただけませんか?」


 ずっと後ろで見ていたクレナが前に出る。

 どうしてもオリハルコンの大剣にしてほしいと前に詰め寄る。


「えっと。だから、駄目だと」


「お願いします!!」


 断るドワーフの青年にクレナがさらに迫る。


「クレナ、ちょっとやり過ぎだ。この人も困っているよ」


「うん。ごめんなさい……」


 アレンがクレナを諫めると、クレナはドワーフの青年に謝罪する。


「おいおい、さっきからうるせえぞ!!」


「申し訳ございません。ハバラク先生。今お断りしている……」


 奥の方からおっさんの声でノシノシと誰かがやってくる。ドワーフの青年が全てを言い切る前に、扉が一気に開く。


 そして、頭に布のようなものを巻いたドワーフのおっさんが姿を現した。


「あん? 何だお前ら?」


「おお、ハバラク先生、お久しぶりです」


「ん? ヘルミオスじゃねえか」


(このおっさんが伝説の名工か)


「はい。今日はオリハルコンを武器にしていただきたくてここに来ました」


 ヘルミオスが用事を伝える。

 すると、ドワーフの青年が顔を塞いでしまった。


「オリハルコンだと」


「はい!!」


 クレナも抱えるオリハルコンを見せる。

 すると、名工ハバラクの顔から血管が浮き出てくる。

 激怒していることが、傍から見ても分かる。


「……貴様ら、それはどこで見つけた?」


「ダンジョンです」


 アレンが怒気の籠った名工ハバラクの異変に気付き、一歩前に出て、クレナに代わって答える。


「ダンジョンだと? だったらてめえらは冒険者か?」


「そうです」


 アレンがそう答えるや否や名工ハバラクは両腕でアレンの胸倉を掴む。

 アレンより身長の小さい名工ハバラクだが、血管の浮き出た鍛冶で鍛えた手でアレンの体は少し浮いてしまう。


「ハバラク先生。いかがしたのですか? その子たちが何かしたのですか?」


 ヘルミオスも困惑しながらも、名工ハバラクの行動を諫めようとする。


「てめえらが、ディグラグニ、ディグラグニってあんなよく分かんねえ奴を祀り上げるせいでな! フレイヤ様がお怒りになってオリハルコンはもう叩けなくなったんだよ!!」


「それはどういうことでしょう?」


 アレンを心配する仲間たちを手で制して、胸倉を掴まれたまま事の理由を尋ねる。


「お、お前らのせいでな!! ち、ちくしょおおおお!!」


 そう言うと、アレンは名工ハバラクから解放される。

 そして、泣き崩れるように膝を崩し、地面に両手と頭をつける。


「あ、あの?」


「ふ、フレイヤ様、申し訳ありません。申し訳ありません、申し……」


 アレンは話しかけようとするが、名工ハバラクには届かないようだ。

 顔面をくしゃくしゃにしながら、震えるように何度も小さな声で謝罪する名工ハバラクが足元にいる。


 地面を拳で殴り嗚咽するように火の神フレイヤに対して謝罪する名工ハバラクを見て、何が何だか分からないアレンたちであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る