第239話 ビービー①
「ちょっと、何か様子が変よ!!」
後ろからセシルの声が聞こえる。
「ああ、やばそうだ。急ぐぞ!!」
アレンの後ろで叫ぶセシルに振り向くことなく返事をする。
(獣人たちの動きがずいぶん早いな。獣人は素早さが高いのか)
真っ赤なカブトムシのような魔獣は冒険者たちを追い回している。
冒険者のパーティーは獣人で構成されているようだ。
前衛とか後衛とか隊列とかそんなことは関係なく、ただ必死に自らの命を守るかのように逃げ続けている。
その速さが人間の速さを凌駕しているように見える。
(あのよく分からない魔獣はそれほどの強敵と言うことか。アダマンタイトの大剣を持っている冒険者もいるようだが)
安価な装備をしている弱い冒険者のパーティーには見えない。
中には黒光りしているアダマンタイトの大剣を持っている者もいる。
「へぎゃ!?」
逃げ惑う猫の獣人の1人が、躓き大きく転んでしまう。
『キシャー! キシャー!!』
そんな猫の獣人に、不気味な鳴き声をあげながら赤いカブトムシのような魔獣が標的を変更する。
カブトムシのような大きな角が額に生えているが、クワガタのような大きな顎もあり、ギザギザな歯を見せ長い舌をくねらせている。
「サラ!!」
「ウル! 駄目! 逃げて!!」
猫の獣人が転んでしまったことに、狼の獣人はすぐに気付いたようだ。
一瞬ためらいを見せたが、助けに戻るようだ。
しかし、赤いカブトムシのような魔獣の方が猫の獣人に近いので、とても間に合いそうにない。
「クレナ、ドゴラ、前は任せたぞ!!」
「うん!」
「おう!!」
「な!? 誰だ?」
そこにアレンたちがやって来る。
鳥Bの召喚獣は覚醒スキル「天駆」を使用中だ。
驚くウルと呼ばれた狼の獣人の反応を無視して、ものすごい勢いでクレナとドゴラの大剣と大斧が赤いカブトムシのような魔獣の顔面に叩き込まれる。
『ゲシャ!!』
鳥Bの召喚獣の天駆によってかなりの勢いがあったようだ。
気持ち悪い鳴き声をあげ、そして武器を打ち付けたところから甲高い金属音が鳴る。
赤いカブトムシのような魔獣は地面を1回、2回とバウンドしながら後退する。
しかし、バウンドしたかと思ったら空中でホバリングしながら体勢を立て直した。
「アレン、とっても硬いよ!」
「ああ、全然効いていないぞ。何だこいつは!!」
(ダメージが通ったようには見えないな。無傷で全く効いていないと)
隙をついての完璧な攻撃を加え、吹き飛ばしたもののダメージを与えられなかったようだ。
「な、なんだお前らは!」
「えっと、襲われているので助けに来ました。ここは私たちが対応しますので、お逃げください」
(嘘です。階層ボスを倒したくて立ち寄りました。一緒に戦うと分け前が発生してしまうのでお逃げください)
「お、お前分かっているのか? あいつはビービーだぞ」
「ビービー?」
(有名な魔獣か?)
「ブラッド=ブラスト=ビートルだ。Sランクの魔獣なんだが、そんなことも知らずに戦うのか?」
アレンが『ビービー』とは何か尋ねるので教えてくれる。
どうやら、Sランクの階層ボスのようだ。
(やはり、Sランクの魔獣か。って、ビービーとかいう魔獣、浮いたまま攻めてこないな。変なのがやって来たから様子を見ているということか?)
この2階層にもSランクの魔獣が出る。
このS級ダンジョンの階層ボスは複数いるが、各階層に必ず1体のSランクの魔獣がいると聞いている。
この階層のSランクの魔獣が通称ビービーなのだろうとアレンは理解した。
そのビービーは獣人を追い回していたが、アレンたちがやって来たので何者なのか見定めているのか、複眼の見つめる先をアレンたちに変える。
「すみませんが、戦いに集中したいです。できれば、撤退して頂けると助かります」
これ以上の押し問答をしていられない敵と判断する。
「わ、分かった。お互い生きて帰ったら礼をする」
「助かります。必ず請求しますので」
無償で助ける関係より、この方が逃げやすいだろうと思いアレンは後で礼をしろと口にする。
「必ず礼はする。おい、お前ら撤退するぞ」
まだ残っている獣人と、回復役であったようで怪我をした自らの足の傷を癒したサラと呼ばれていた猫の獣人が撤退を開始する。
「ウルも行こう」
「ああ。お前、名前は?」
サラに催促されながらもウルが名前を尋ねてくる。
「アレンです」
「じゃあな。アレン。俺はウルだ。ビービーは魔法が効かないからな」
それだけ言うと獣人達は全力で逃げ始める。
(うは、聞いておいてよかった。あんなに硬いのに魔法効かないのか。えっと、武器はあの長い角と大顎かな。毒針のようなものはなさそうだな。魔法は使ってくるかな?)
「ドゴラ、クレナ。あの大顎に掴まると危ない。距離を取りつつ攻撃をしてくれ」
「「分かった」」
敵の体から、どうやって攻めてくるか予想し、倒すための算段を立てる。
クレナとドゴラが距離を保ちながら向かっていくと、ビービーも近接戦を仕掛けてくる2人に合わせて攻めてくる。
クレナもドゴラも武器はかなり大きいため、敵との距離を保ちながら戦うことができる。
クレナもドゴラもビービーの大顎と長い角を警戒しながら戦っている。
「セシル。火魔法を打ってくれ」
「え? 魔法効かないって言っていたわよ!」
アレンの指示に、セシルは意味が無いと言う。
「それはあの獣人達が言っていただけだ。まずは試さないとだ」
アレンは獣人のアドバイスの全てが正しいか分からないため、検証すると言う。
「分かったわ!」
そういうと、セシルが火魔法を発動し大きな火球がビービーを襲う。
(ふむ、メルル以外はスキルレベル6を取れていないんだが、それでも魔神レーゼルと戦ったときより強いからな)
白竜と戦ったお陰でアレンとメルルを除く仲間たちはかなりレベルが上がっている。
ノーマルモードのステータス増加はスキルレベル3と6で得られるが、まだスキルレベル3の分しか得ていない。
しかしそれでも、魔神レーゼルと戦ったときよりわずかだが皆強くなっている。
このビービーというSランクの魔獣は鳥Bと同じくらいの大きさで、そこまで巨大な魔獣ではない。
クレナとドゴラが戦っているところをお構いなしに火球が襲う。
しかし、寸前のところでクレナとドゴラが火球から逃れるため横に移動する。
直前まで戦っていたビービーは絶妙なタイミングで火球に完全に飲まれてしまう。
今出ている鳥Bの召喚獣は全てアレンが共有している状態にある。
移動も視野も完全に掌握しているので、クレナやドゴラに指示をすることなくこういうこともできる。
『カシュー カシュー』
しかし、炎の中から一切焼けただれていないビービーが、炎を羽で振り払うように出てくる。全くダメージを受けていないようだ。
(ふむ、虫系は炎に弱いはずなんだが。魔法耐性が高すぎだな。では、魔法でないならいけるかな)
ウルと呼ばれていた狼の獣人の話は本当だとアレンは理解し、次の作戦を考える。
「クレナとドゴラはエクストラスキルを使うタイミングを見つけてくれ」
「うん!」
「おう!」
火魔法が通用しなかったので次の手を打つ。
「ソフィーは精霊王の祝福を使ってくれ。フォルマールは隙を見て複眼を1つでもいいからエクストラスキルで潰してくれ」
「はい、アレン様」
「わかった」
「セシルは、魔法の弾幕を使ってビービーの動きを封じるんだ。俺に合わせてくれ」
「ええ、分かったわ」
学園にいる頃からずっとしてきた作戦だ。
それは、ローゼンヘイムの戦争を経て、随分うまくなっていった気がする。
ソフィーは全魔力を使い、肩に乗っている精霊神に『精霊王の祝福』を使うようにお願いをする。精霊神が腰振りダンスを行い、光る泡のような雨が降り注ぐ。
全員のステータスが3割アップになった。
ビービーが一瞬後退するタイミングを見計らって、アレンは石Eの召喚獣を複数体召喚し、覚醒スキル「自爆」を使用させる。
ビービーは爆発音とともに、炎と煙に包まれる。
(このタイミングならどうだ。出てこいドラドラ!)
爆発音とともに石Eの召喚獣の自爆で後退したビービーの目の前に指揮化した竜Bの召喚獣が現れる。
そして、召喚と同時に覚醒スキル「怒りの業火」を食らわせる。
ビービーが完全に炎に包まれる。
『ガフッ』
しかし、すごい勢いで炎の中から出てきたビービーの額の角で一突きされ、竜Bの召喚獣が光る泡に変えられる。
「これならどうかしら!」
竜Bの召喚獣が消えたタイミングで、セシルが今度は氷魔法で、巨大な氷塊をぶつける。
セシルの氷魔法で吹き飛ばされるが、ビービーは相変わらずダメージを受けていない。
何度かバウンドしたのに、空中でバランスを取りホバリングをする。
「むん!」
フォルマールがビービーの複眼の1つを潰すため、エクストラスキル「光の矢」を使うが、弾き返されてしまう。ダメージは通らないようだ。
『ギシャー! ギシャー!』
ビービーは大顎の中に見える口から牙と舌を見せながら、不気味な鳴き声を発し続ける。
そして、吹き飛ばされた先から、一気に距離を詰める。
(これならどうよ?)
その時、アレンは高速召喚でビービーの行く手に石Bの召喚獣を召喚し、丸く大きな盾を目の前に突き出させる。
ビービーはいきなり目の前に現れた石Bの召喚獣に激突し、そのタイミングで石Bの召喚獣に覚醒スキル「全反射」を使わせ3倍のダメージをカウンターで食らわせる。
「お! ダメージをようやく受けたぞ」
ビービーの真っ赤な外骨格にいくつものヒビができ、紫色の体液が漏れる。
そのタイミングでクレナの体が陽炎のように揺らぎだす。
クレナはエクストラスキル「限界突破」を使い、ヒビができ、耐久力の落ちたビービーをこの機会に全力で攻撃し倒してしまおうとする。
クレナの攻撃でさらに外骨格が割れる。
「おっし、クレナ。いけそうだ。叩きこむんだ!」
「うん!」
そう思った時だった。
ビービーは攻撃の対象をクレナからドゴラに変更した。そして、大顎を使いドゴラを挟み込んだ。
「ぐあ!?」
「やばい、クレナ。ドゴラを挟んでいる大顎を砕くんだ!」
「分かった!」
驚いて振り払おうとするドゴラの動きなど意に介さず、ビービーはドゴラのもつ大盾と鎧ごとメキメキと音をたて挟み込み、真っ二つにしようとする。
クレナは慌てて、エクストラスキル「限界突破」と剣王のスキルを合わせた攻撃を、ビービーの大顎の片方に叩きこむ。
変貌した魔神にも通用した攻撃は、ビービーにも通じたようだ。
片方の大顎が拉げ、ドゴラが解放される。
「ドゴラ、無事か!?」
「ああ、大丈夫だ」
大きな顎で挟まれたため、両腕から出血をしているが、ドゴラは問題ないと言う。
そのタイミングでキールからドゴラに回復魔法が降り注ぐ。
(ドゴラが大盾を持っていなかったらやばかったかもな。だが、お陰で随分ダメージが通っているぞ)
この激戦の中で、皆が協力しながら攻撃を加えたので、ビービーの体力はかなり削られたようだ。
体の至る所にヒビが入り、紫色の体液が漏れている。
そして、大顎の片方にクレナの渾身の一撃を受けたため、大きく拉げている。
「もう少しだから、皆で倒すぞ!!」
「「「おう!!」」」
その時だった。
ビービーが石Bの召喚獣に迫ったのだ。
(へ?)
そして、片方が拉げたことなど意に介さず大顎で挟み込んだ。
すると、ビービーの体が点滅を始める。
「な!? エナジードレイン?」
アレンはビービーが何をしているのかすぐに分かった。
そして、すぐに石Bの召喚獣をカードに仕舞ったが遅かった。
壊れたはずの大顎も、そして全身に広がっていたヒビもほとんど直ってしまった。
(ああ、せっかく体力を削ったのに回復されてしまったか。回復魔法は使えないが、回復手段のある魔獣なのね)
「ちょ、ちょっとどうするのよ」
「よし、仕方ない。皆!!」
「「「……」」」
ビービーの回復という最悪の状況でアレンの次の作戦に皆意識を集中させる。
「逃げるぞ!!」
(今無理やり粘っても犠牲者を出すな。こいつは敵わん)
「え? わ、分かったわ」
アレンは今のままでは勝てないと判断をした。
セシルを含めて誰も反対する者はいない。
作戦は逃げの一手に変更された。
(よしよし、獣人たちは影も形もないな)
既に割って入ったときの獣人たちのパーティーはどこかに行ってしまっている。
鳥Bの召喚獣を使い、逃げに転じたアレンたちであった。
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