第204話 代価

 アレンが合流したラポルカ要塞の攻防戦は、一気に殲滅速度が上がった。

 そして、魔王軍の魔獣の犠牲になるエルフ兵の数は減った。


 アレンは、交代制で戦う魔王軍の魔獣達に対して、戦闘を交代後の疲弊した部隊を襲う作戦を続け、短期間に魔王軍を殲滅できるよう仲間達と共に戦い続けた。


 アレンが戻ってから8日後、500万体いたラポルカ要塞を囲む魔王軍はいなくなった。ラポルカ要塞に魔王軍が攻めてきてから13日後の出来事だ。


 前回の反省を生かし、アレンは北側の魔王軍本隊から攻めた。おかげで、敗戦の色が濃い状態になっても、魔王軍は撤退するという選択肢が否応無しに断たれてしまっていたのだ。


 撤退させれば、魔王軍の部隊が散り散りになり、倒すのに時間がかかる。貴重な時間を浪費するわけにはいかない。この戦場でほとんどの魔獣を狩り終えた。


 魔王軍を囲い込み殲滅したのは、虫Bの召喚獣と増え続けた子アリポンだ。指揮化のお陰でかなり活躍してもらった。


 エルフ達は大勝利に歓喜した。30万人かそこらの自分達が10倍以上の魔王軍に打ち勝ったのだ。

 街の中央で、布にくるまれてこれから埋葬される戦友たちに勝利を報告するエルフ達も多い。

 この勝利がどれだけ大きいか分かっているのだろう。

 魔王軍は、このラポルカ要塞の攻略に向け、ラポルカ要塞以北にいる部隊を招集し、ぶつけてきた。


 それを殲滅したということは、もうローゼンヘイムへの魔王軍の脅威はほとんどなくなったと言える。


 エルフ兵達にはまだやることが残されている。

 それはラポルカ要塞の周りの魔獣の屍骸処理だ。


 魔石や、素材の回収はもちろんのこと、腐敗する前に屍骸の処分をしなくてはいけない。


 仲間の死を悲しむことを堪えて、エルフ兵達は必死に作業に従事する。

 アレンは召喚獣を使い、手伝いをしている。

 虫Bの召喚獣と子アリポンに解体と搬送を、竜Bの召喚獣に焼却を行わせている。



 それから2日ほど過ぎたティアモの街。

 アレン達は、残務処理を粗方済ませ、女王や将軍達に現状を報告した。


「以上が、現状の対応です」


「そうですか、本当にありがとうございました。この御恩は必ずお返しします」


 アレンに対して、女王が格別の礼を言う。


 将軍達も礼を言うべきなのだが、あまりの戦果に言葉が出ないようだ。

 アレンがやってきて1ヵ月強の間に、魔王軍は予備部隊も含めてすべて姿を消した。

 年間に攻めてくる魔王軍は例年だと50万程度だ。その14倍の魔王軍を滅ぼしたことになる。


 精霊王の予言は真実であることを疑うものは誰もいない。

 自分達エルフの危機を悟った精霊王が、救いの英雄がいることを自分らに何度も訴えてくれたことに感謝の気持ちしかない。


「いえいえ、兵たちが自分らの国と女王陛下のために献身的に戦ってくれたおかげです。また、女王陛下、礼の言葉はまだ早いかと。まだ戦いは終わっていません」


 アレンは自分1人で行ったことだとは思っていない。

 エルフ兵達の戦いがあってこそ、これだけ短期間に戦果を上げることができた。


 仮令、アレンの作戦があったとしても。

 仮令、天の恵みによる回復や、魚系統の召喚獣によるバフや補助があったとしても。

 仮令、率先してエルフの兵の前に出て戦う召喚獣がいたとしても。


 それでも何十万、何百万の魔王軍の軍勢に怯むことなく戦ったのはエルフの兵達だ。


「「「……」」」


 その言葉に、兵達を統べる将軍達に衝撃が走る。そして、改めてアレン達に感謝の言葉を心の中で口にする。


(それにしても、まだ女王陛下の膝の上でキラキラしながらヘソ天だな。進化に時間がかかるんだな。もう半月以上経っているんじゃないか? ああ、精霊神になるんだから、神化か。ぷぷ)


 女王や将軍達の感謝の気持ちをよそにアレンは、精霊王の進化した状態を想像する。


「確かに、首都フォルテニアはまだ魔王軍に奪われたままです」


「はい。魔王軍からフォルテニアを奪還し、魔神レーゼルを倒してこそが今回の戦いの終結だと思います。引き続き女王陛下におかれましては、ご協力いただきましてありがとうございます」


 ローゼンヘイムの首都フォルテニアは魔王軍に奪われたままだ。


「いえ、まさかこのようなお話をすることになるとは……。ギアムート皇帝には悪いことをしてしまったのでしょうか?」


「何をおっしゃいます。女王陛下、5大陸同盟は持ちつ持たれつでございますよ。先行投資をしたお陰で話が早く進んで良かったです」


 そこまで言うと、セシルの顔に疑問の表情が浮かぶ。

 何を言っているのか分からないからだ。


「話? 先行投資? 何よそれ?」


(そっか、セシルというか仲間達がラポルカ要塞に出発した後の作戦だからな。その後どうなるか分からなかったから説明していなかったな)


「ああ、セシル。女王陛下にちょっと魔神レーゼルを倒すためにお願いしていたことがあったんだよ」


「え? 何よそれ? ローゼンヘイムの秘宝の話?」


 セシルは、アレンが昔『ローゼンヘイムに秘宝とかないかな?』と、言っていたことを思い出す。『すごい武器や道具が眠っていないかな?』なんて話を、アレンは仲間達とした。


「いや、そうじゃない。ちょっと魔神レーゼルを倒すのに助っ人が必要そうだから、女王陛下からギアムート皇帝陛下にお願いできないかって依頼したんだよ」


「「「お願い?」」」


 その言葉にアレンの仲間達の声が重なる。

 そして、女王陛下や将軍達の顔がひくついていることに気付く。

 アレンの仲間達は、アレンがまた悪巧みをしたことを悟る。


「それにしても、思ったより随分早かったですね。ていうか到着しているなら入ってくればいいのに?」


「「「え?」」」


(広間に入るの待っているんだが。シャイなのか? 入って会議に参加してくれ)


 すると、女王のいる広間の扉が開き、霊Bの召喚獣に連き添われて、水色の髪の青年が部屋に入ってくる。


「も~。相変わらず先輩使いが荒いよ~。アレン君は、少しは目上の者を敬った方がいいよ」


「何を仰います。いや~こんな遠路はるばるローゼンヘイムの窮地にやって来てくれるとは、先輩は器が大きいな~」


「ちょ! な、なんでヘルミオス……、ヘルミオス様がこんなところにいるのよ!」


 セシルにぐいぐい問われる。


「ああ、簡単に経緯を説明するけど」


 仲間達に事前の相談無しだったので、状況を説明する。


 アレンは中央大陸の要塞にいるヘルミオスに、魔神レーゼルを倒すためにどうすればよいか尋ねていた。


 この時、ヘルミオスから聞いた魔神の強さはアレンの想像を上回っていた。

 指揮化した召喚獣を駆使しても、戦いはかなり厳しいのではというのが話を聞いて一番思ったことだ。


 厳しいながらもなんとか倒せたとして、仲間達が何人も死んではたまらない。

 何とかできないかと考えた上で取った作戦が、ローゼンヘイムへの勇者召喚だ。


 ヘルミオスが2体も魔神を倒したことがあり、魔神に有効打を与えるエクストラスキルを持っているならなおのこと必要だと思う。


 持っていた天の恵み100個ほどを含め、その日のうちに1000個の天の恵みを予定通り届けた。

 しかし、追加の天の恵み1000個を渡すのに、女王経由でギアムート皇帝に条件を付けた。


「条件? 条件って何よ?」


「勇者貸し出し10日間だってよ。僕ってエルフの霊薬1000個分だったんだね……」


「「「……」」」


 偉大な英雄のはずなのに、アレンとギアムート皇帝との間の手駒並の扱いなのを、憐みの目で見てしまうのは何故だろうとアレンの仲間達は思ってしまう。


「ローゼンヘイムは厳しい戦いをしております。無償でこのような貴重な霊薬を渡すわけにはいきません。代価を頂かないと」


「代価って。ヘルミオス様をどうやって連れてきたの? もしかして……」


 ヘルミオスがどうやってやって来たか、セシルがアレンに尋ねる。何となく魔導船に乗ってやって来た感じではなさそうだ。


「この前、半透明な女性がまたやって来て、大きな鳥に乗せられて運ばれたんだけど。もう皇帝には既に話がつけてあるって」


 セシルの言葉にヘルミオスが要塞にいるときの状況を教えてくれる。

 霊Bの召喚獣には軽く説明をして、鳥Bの召喚獣に乗せて飛んできてもらった。


「いえいえ、迅速な対応ありがとうございます」


(さて、勝つためには手段を選んでられんよな。ボスを倒すには、倒すのに必要なパーティーを組まないと。野良勇者が中央大陸にいてよかったぜ)


 ボスを損害なしで倒すには、必要な人数、必要な構成があるのは当然だ。

 初見のボスであるなら尚更慎重の上に慎重を期さなくてはならない。


 今回、もしヘルミオスが来ない、ギアムート帝国が勇者を寄こさないと言う決断をしていたなら、魔神戦は行わない、何年か後に魔神と戦うという決断も必要になっていたと考えている。


 しかも貴重な天の恵みの実演提供も行っている。

 その効果は絶大だ。2つ返事でギアムート帝国の皇帝は了承してくれたと言う。


「でも、中央大陸の方は大丈夫なのよね?」


 ヘルミオスが抜けて、中央大陸の戦争は大丈夫なのかとセシルが心配する。


「ああ、あっちは問題ないよ。心配は不要だよ」


(まあ、戦いは勝てそうだから、ギアムートの皇帝としては、ローゼンヘイムとの関係を優先したと)


 最初の1000個の天の恵みで戦況は既に変わっていた。

 ヘルミオスは、既に魔王軍との戦いは粗方片付いたと言う。


「じゃあ、ここではあれですので、会議室で話をしましょうか」


「そ、そうだね」


 自分の頭越しに取引の材料にされ肩を落とすヘルミオスは、アレンに先導されるままに女王の広間から出ていくのであった。

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