第184話 潜入活動②
ラポルカ要塞は死霊系統や鎧系統の魔獣に支配されていた。
魔王軍の情報を収集すべく、霊Bの召喚獣をラポルカ要塞に潜入させた。
そのラポルカ要塞でもひときわ大きい建物がある。魔王軍の有益な情報を手に入れるため、警備の魔獣まで立てているその建物に向かわせる。
堂々と入る霊Bの召喚獣を、警備の魔獣は咎めない。
建物の中では、剣を持った死霊系の骸骨があちこちで闊歩している。
(敵城に入ったような感じだな。さて、エリー、厨房を探して。たぶん1階か2階にあるだろうから)
『承りましたデスわ』
アレンの指示により、霊Bの召喚獣はウロウロしながら厨房を探す。
2階の端にある厨房を発見して中に入って行く。
『おう、どうした! 食事はまだだブ!』
入るなり豚の顔をして頭にコック帽、エプロンをした2足歩行の豚が奥からまくし立ててくる。
(主にお茶を持ってくるように頼まれまして……と言って。おどおどした感じがいいぞ)
アレンが指示を出す。
『主にお茶を……』
アレンに言われた通り霊Bの召喚獣が豚顔のコックに伝える。
アレンは共有した霊Bの召喚獣に指示をしながら、ティアモの街から逃げた魔獣を掃討しつつ、天の恵みを生成中だ。
『あん? さっき、食事を出したばかりだろうがブ!! まあ、グラスター様は御怒りだからなブ。誰が気を回したか知らねえが、そう思うなら自分が持って行けってんだブ』
(ブーブー言っていて話が入ってこないな。グラスター様っつうのがこの要塞のボスか? ローゼンヘイムのボスか?)
『も、申し訳ありません』
『ああ、準備するからよ、ちょっと待っていろブ。見ねえ顔だが、お前も貧乏くじ引いたなブ』
豚顔のコックは霊Bの召喚獣に憐れみの目を向けながら、さっさと3つのカップ、お茶ポット、菓子の準備をする。
(ふむふむ、やはりエリーに違和感を感じないか。まあ、召喚獣のいなかった世界で、魔獣と召喚獣の違いを魔獣達は認識できないと。エルメアも鑑定の儀で召喚士についてバグ出してたしな)
アレンはこの異世界で魔獣がどのような形で敵を認定しているか考えてきた。
この異世界の魔獣は、相手が魔獣であっても襲う。グレイトボアを狩るオークの集団もグランヴェル領で見たことがある。
魔王軍を夜襲したら、やられて死にかけている他の魔獣に止めを刺して食らう魔獣も多く見てきた。
この異世界はそもそも、魔獣は魔獣以外のみを襲うように設定されているわけではない。
魔王軍がBランク以上で構成されている理由は、Cランク以下は人類の脅威足り得ないからとの意見があるが、アレンは違うと考えている。Cランクの魔獣であっても、才能のない者にとっては十分な脅威だ。実際のところ、Cランクを魔王軍に組入れないのは、指揮に従う最低限の知力を有する魔獣がBランクなのではないかと思っている。
敵認定も味方認定もずいぶんあいまいな世界だという認識だ。
ならば、魔王軍の侵攻作戦を指揮し、知力が高い者が多いと思われる敵陣営であれば、召喚獣を入れてもいきなり襲ってはこないだろうと予想していた。
(まあ、情報収集できないといけないってわけじゃないけどな)
『ほら、これを持って行け』
当たり前のように豚顔の魔獣は霊Bの召喚獣にお茶セットを乗せたトレーを渡そうとする。
『あ、あの、これをどちらに……?』
『あん? しゃあねえな。4階入って真っ直ぐのところだブ。あんまりぐずぐずしているとぶっ殺されるからさっさと行けブ』
渡されたトレーを持って4階正面の扉を開ける。
言われた部屋は会議室か何かのようで、そこには3人の何かがいた。
(お! こいつらが魔族か? 魔神なのか?)
学園での授業で、魔王は自らの配下として魔神や魔族を従えていると教えられた。
しかし、魔族や魔神の情報はあまりないらしい。
魔王軍は基本的にBランクの魔獣で構成されており、これを率いているのはAランクの魔獣が多い。
魔族や魔神が、侵攻してきた魔獣の中に混じっていたことはないので、魔族や魔神の情報はとても少ないと言われている。
勇者ヘルミオスが敵陣営深くまで入り込み魔獣を殲滅できるようになって、初めて魔族の存在が明らかになった。魔族や魔神は、ヘルミオスが敵陣を殲滅する過程で、ここ8年、9年の間にようやく明るみに出始めた存在だという。
一番奥には、山羊のような角が生え、浅黒い肌に銀髪の男が座っている。見た目も50過ぎのおっさんが、明らかに不機嫌にしている。
その隣には、同じく角が生え、同じ肌色髪色で長髪のお兄さんが座っている。こっちは横でブチ切れているおっさんに困ったなと言う表情をしている。
またお兄さんの隣には、ハイエナ顔で、立ち上がれば身の丈3メートルに達しそうな大男が座っている。見た目はかなり獣よりの獣人だ。表情は顔つきが人間から離れすぎて分からないが、きっと平静なのだろうと思う。
(ふむふむ、魔族は銀髪浅黒系と獣系に分けられるのか? じゃあ、さっきの料理人も魔族だったのか?)
アレンは適当に魔族の分類を始める。同じテーブルに座っているので、ハイエナ顔も同じ立場だから席に座っていると考える。であるなら、ハイエナ顔も魔族なのだろうと考える。
『む、誰だお前は?』
正面に座る浅黒おっさんに霊Bの召喚獣が気付かれ、睨みながら問われる。
(堂々とした感じでいいぞ)
おどおどキャラにする理由はなくなったので堂々としろと言う。
『申し訳ございません。グラスター様にお茶をと言われまして』
ニコッと笑いながら霊Bの召喚獣は睨みつける浅黒おっさんに答える。そもそも召喚獣に死の恐怖などない。体力が尽きれば、手にした経験は魔導書に循環する、死を超越した存在だ。
『それはいいですね。グラスター様も一息つきましょう。お願いしますね』
(ふむふむ、浅黒おっさんがグラスターか。その隣の浅黒お兄さんにも名前があるんだろうな)
浅黒お兄さんが、気を利かせてくれてありがとうと言う。
ハイエナ顔は何も言ってこないようだ。
皆に背を向けて、ポットをカップに傾けると、注ぎ口から真紫でドロドロとした何かが出てくる。
(なんだ? スムージーか? 健康にいいのか?)
決して美味しそうに見えないお茶を見ていると、背後から大きな音が鳴る。
ドン!
グラスターが、木製のテーブルを拳がめり込むほどに殴った音だった。
『それで、ネフティラ! 遅いぞ! 魔神レーゼル様に敗戦の理由を説明しないといけないのに、なぜ情報が遅い。魔神レーゼル様は、既に総軍司令様に増援をお求めになったと言われておるぞ!』
『申し訳ございません。ほぼすべてのAランクの魔獣は敗れ、Bランクのみが敗走しているのが現状です』
(浅黒お兄さんはネフティラ。つうかもう増援決定か。まあ魔王軍も残り150万体強の半分になってしまったからな。っていうか魔王軍もAランク、Bランクっていうんだな)
魔王軍の予備部隊は400万ほどと言われている。どのタイミングで、どの程度の増援が来るのか、召喚獣に共有した状態で聞き耳を立てる。
なお、2回目のティアモ攻防戦ではAランクの魔獣は最後まで戦い、Bランクの魔獣のみが敗走したことがこの話で分かった。そういえば、現在掃討している魔獣にAランクはいないことに気が付く。
『先ほども言ったとおり、精霊王が精霊神に昇格したことが理由ゴフ。だからエルフは強くなって負けてしまったゴフ』
ハイエナ顔がグラスターとネフティラの会話に参加する。
『ヤゴフ、それは早計ではありませんか? 精霊王はまだ信仰値が足りないから、亜神のままのはずですよ。それに、精霊神になったからといって極端にエルフが強くなるとは思えないです』
『じゃあ、精霊使いが実は大精霊使いだったゴフ。もしくは上位魔獣使いがエルフの中に現れたゴフ。大きな蟻やドラゴンが敵に回ったと聞いているゴフ』
(何か、初めて耳にする話にワクワクしてきたな。これで3体の魔族の名前が分かったな。あとローゼンヘイムのボスは魔神レーゼルってやつか?)
ここにいる3人の魔族
・グラスター おっさん浅黒男、3人のボス的存在
・ネフティラ お兄さん浅黒男
・ヤゴフ ゴフゴフ言っているハイエナ男
精霊神や信仰値、上位魔獣使いなど、初めて聞く言葉がどんどん飛び込んで来る。
何となく意味が分かるが、完全には理解できない。
『それは確かにそうですが、有り得ないですよね。魔王様の魔獣隷属を跳ね返すほどの上位魔獣使いなど、現れるはずありませんよ。それに大精霊使いがいたのなら、ここまで我々が押せた説明もつかないし』
ドラゴンや巨大な蟻の報告は既に受けているようだが、理由は分からず困ったねと言う。グラスターが眉間にしわを寄せ、ネフティラとヤゴフの話を聞いている。
竜Bや蟻Bの召喚獣の情報は掴んでいるが、それが何なのか確認するまでには至っていないようだ。召喚獣の概念のない世界で、召喚獣が何なのか理解することは難しい。
『どうぞ』
霊Bの召喚獣には情報を収集するためにゆっくりお茶を注げと言っているが、あまり遅いと不審がられるため、カップを3体の魔族の前に置いていく。
(思ったより俺のことを掴めていないな。まあ、基本的に戦闘開始したら、速攻で情報収集系の目玉蝙蝠を倒しているけど、それにしても少ない感じだ)
アレンは鳥Eや鳥Dの覚醒スキルを使い、戦いが始まったらまず優先して、情報収集をしていると思われる目玉の大きい蝙蝠を叩いている。
蝙蝠を射落とすのは、射程距離が1キロメートルに達したフォルマールの仕事だ。
下降して戦うこともあるので、それなりに情報が漏れているかと思ったが、魔石回収のため殲滅作戦が多かったこともあってか、予想以上に魔王軍側には漏れていなかったようだ。
『それでは何も情報を掴めていないのと同じではないか!!』
どうやら、この会話が堂々巡りになっているらしい。今回100万体の軍勢で負けた理由は、今まで完全に押せていただけに掴めない。
(あと分かったことは、エルフの中にスパイはいなかったな)
アレンはエルフの中にスパイがいないか心配をしていた。
今回の魔王軍の動きはかなり早かった。一度の攻城戦における敗戦からの100万体の戦力動員は、判断を誤れば負けるところだった。
これは、エルフの将軍や長老たちの中にスパイとなる人物がいて、情報を抜いているのではないか。
だから、エルフ側の急速な回復を恐れて攻めに転じてきたと思った。
今回の潜入活動は、そんな裏切り者がいないか確認する意味も込められている。
当然バレて霊Bの召喚獣がやられてしまうが、裏切り者が自分らの中にいることを知れるのはとても大きいことだ。
しかし、全ての街の将軍や長老や幹部のいる会議室に待機させた霊Bの召喚獣の情報が、この3人に伝わっていないように感じる。霊Bの召喚獣に対する接し方にも違和感が無い。
(まあ、ブラフでエリーのことを気づいていて嘘の情報を俺らエルフ側に伝えようとしているかもしれないからな。こいつら知力は数千あるらしいからな)
魔族は少なくともAランクの魔獣相当が多いらしい。相当なのでSランクに近い魔族もいるのだとか。
Aランクの魔獣のステータスは3000から6000ほどだ。
馬鹿だと思っていたら馬鹿を見るのはこっちだ。
そんなことを考えていると、ネフティラと呼ばれていた魔族が霊Bの召喚獣をじっと見つめる。
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