第174話 ティアモ攻防戦①
今は朝食も証人喚問も無事に終えた昼前だ。仲間達はアレンの話をそれぞれの形で受け止めたようだ。
アレンは最後に、この話をしたのは仲間だからだと付け加えた。自分のことが世間に広く伝わっても何もいいことはないからなと。仲間達全員、その言葉にアレンらしさを感じて納得した。
ソフィーが一番話を聞いてキラキラとしていたので、ソフィーを見て話をした。アレンが仲間だからと念押ししたことと、ソフィーも人々がアレンの出自を知らない方が良いと考えたようだ。「分かりましたわ」と返事をしてくれた。
魔王軍は隊列を整えながら、ゆっくりとティアモに接近しつつあった。
そして現在は、ティアモの外壁から1キロメートルほど離れた位置にいる。
魔王軍は昨日の明け方まで続いたアレン達の襲撃で被害を受けたものの、ティアモの街の東西南北に待機する軍勢は3万のまま変わらない。
加えて北部には10万ほどの本陣があり、南部にも4万ほどの後詰がいる。
魔王軍が行軍を始めたからか、魔獣達が大きな雄叫びを上げ始めた。
10万体を超えるBランク以上の魔獣の雄叫びは、ティアモの街の中にも響いていく。
ローゼンヘイム南端の街ネストに逃げられなかった多くの力なきエルフ達は、その雄叫びに世界の終わりを思う。
最後に家族と共に居られた者。家族とはぐれてしまった者。街の中にいくつも設けられた避難所はエルフでごった返している。
ローゼンヘイム最北の砦が陥落してから、ずっと南へ南へ逃げてきた者、首都から必死に逃げてきた者などが大勢このティアモの街にいる。
そして、魔王軍にこの街も囲まれた。いつ街壁を抜かれて街を魔獣達に蹂躙されるのか分からない状況だ。ただただ精霊王と女王に祈るばかりだ。
そんな中、10メートル近い高さの外壁に上がったエルフ達は強い視線で向かってくる魔獣達を睨んでいる。恐怖が一切ないと言えば嘘になるかもしれない。10メートルという高さは魔王軍の魔獣達にとってそこまで高くはない。
しかし兵達は恐怖に屈しない。つい先日、奇跡を目の当たりにしたからだ。もう助からないと思っていた瀕死の仲間が、奇跡の力で回復をしている。奇跡は起こることを街壁の上に並ぶエルフ達は知ってしまった。
10万人以上いた負傷兵が今は一人もいない。外壁に上がりきらなかった兵達は地上で弓を握りしめている。全快した20万の兵がこれから始まる戦いに身を奮い立たせる。
鍛え抜かれたエルフの弓兵の射程距離は1キロメートルに達する。今は外壁に上がっている上官の合図を待っている。精霊魔法使いも隊列を組んで、仲間達の回復と補助をすべく待機している。
兵達を直接束ねる指揮官からの指示が、今日はこれまでとは違う。
精霊魔法使いに対して、今日は何故か魔力の温存は必要ないという、過去になかった指示が出されている。理由は分からないが、昨日の奇跡の続きなのだろうと思う。
魔獣達がゆっくりと近づいていく中、1体のトロルが腹を空かせて我慢できず、一気に外壁へと走り始めた。すると先を越されたと思った他の魔獣達も我先にと走り始める。後れを取れば今日の食事にありつけないかもしれない。
1辺5キロメートルの正方形の街の4辺それぞれに各3万の魔獣が突っ込んでいく。
前回までの攻防戦と同じ状況に、エルフ達は何故か安堵する。
「良いか!! 我らには精霊王様がついている!!!」
外壁に上がった将軍の1人が大きな声で兵達を鼓舞する。
「「「おおおおおぉおおおぉぉ!!!!」」」
「女王陛下を必ずお守りするのだ!!!」
「「「おおおおおぉおおおぉぉ!!!!」」」
兵達はこの街に女王がいることは聞かされていない。どこに女王がいるのか分からないことが、女王を守ることに繋がることは聞かされている。それだけ聞けたら兵達にとって戦う理由は十分であった。
その言葉が合図だったのか、ノーマルモードでレベルもスキルもカンストした弓兵たちの力強い弓が一気にしなり、無数の矢が魔王軍の群れの中に飛んでいく。
本日の攻防戦が始まった。
矢が何本刺さっても構うことなく、魔獣達が外壁に向かって突っ込んでいく。厚い外壁に魔獣がぶちあたった衝撃が街に響く。
必死に弓を引き、魔獣達の目を、そして頭をハチの巣にしていく。
外壁の下から街の外の魔獣に山なりに射かける弓兵も大勢いる。
弓兵に対しても精霊魔法使いと同様に、魔力を温存したりせずに全てのスキルを使い、全力で最前列の魔獣を倒せという指示が降りている。
こんなことをしたら1時間もしないうちに魔力が尽きてしまう。
しかし、指揮官級の兵の号令は変わらない。
「魔力を温存せず全力を尽くして魔獣を倒せ! 我々には精霊王様がついておいでだ!!!」
違和感に気付く。何故だろうと弓を引きながら思う。
なぜか、躱せないと思われた魔獣の一撃を躱せた。
なぜか、これまで以上の当たりがたまに発生する。
なぜか、死ぬほどの一撃を耐えられた。
それが違和感から確信に変わるのに、それほどの時間は要しなかった。
今日の我々は奇跡の中にいる。これが加護というものかと思うほど、順調に戦いが推移していく。
エルフ達の違和感も確信も当然だ。開戦前にアレンが外壁を守る20万のエルフ達全員に魚D、魚C、魚Bの召喚獣の特技を使用したからだ。
魚Dの特技「飛び散る」は物理、魔法回避率を1割程度上昇させてくれる。
魚Cの特技「サメ油」はクリティカル率、魔法暴走率1割程度上昇させてくれる。
魚Bの特技「タートルシールド」は受けるダメージを物理、魔法、ブレスに関わらず2割減少させる。
特技の持続時間は全て24時間だ。
1割や2割など1人の攻撃や1度の攻撃では誤差になるかもしれない。しかし今は戦争中、長期戦になればなるほど、多くのエルフが戦えば戦うほど、1割や2割の特技の効果による差が生じ始める。
1体また1体と街壁までたどり着いた魔獣を倒していける。
すると、その様子に業を煮やしたのか10メートルを超える大きさのドラゴンが、魔獣達を蹴散らし最前線に躍り出て来る。
街壁の天辺を優に超えるその頭を天に掲げ、口内を光らせる。
「ブレスが来るぞおおおおおお!!!」
指揮官級の兵が叫ぶ。皆防御の姿勢を取るが、そんな中、ドラゴンは全てを焼き尽くすような炎を口から吐き出す。
炎は外壁にいる多くのエルフ達を一気に焦がし、瀕死の重傷を与える。
すると、その様子を見ていた将軍が素早く反応する。
奇跡の存在を証明するかのように天に赤い桃を掲げた。
「奇跡は我らにあるのだ!!」
すると、赤い桃は光る泡になって消え、エルフ達の体力が全快し始める。
皮膚が焼けただれ死にかけたエルフ達が、全員無傷の状態に戻っていく。
そして、戦闘が始まって減り続けていた魔力が戻っていくことにエルフ達が驚愕する。
これは開戦前の状態に完全回復したのかと、辺りを見ると皆同じ驚きの表情だ。どれだけの人数を完全回復させたのか火傷から回復したエルフ達から判断しようとするが、ブレスを受けた範囲だけでは狭すぎて本当の効果範囲が分からないほどだ。
今回アレンは将軍1人1人に10個の天の恵みを渡している。
だいたい将軍は5千から1万の兵を束ねている。この街には50人ほどの将軍がいるので、将軍各自が自らの判断で、ピンチや魔力の消耗度合に応じて使用するように伝えてある。
「何をしている、ドラゴンを倒すのだ!!」
将軍や指揮官級の兵の号令で、一気に弓矢がドラゴンに襲い掛かる。
本来であればレア度星2つの職業「弓豪」の才能をもってしても、弓矢でのドラゴン討伐はかなり苦戦する。
しかし魚Cの特技「サメ油」のお陰でクリティカルの当たりが出る。レア度星1つの「弓使い」であっても数と確率の暴力でドラゴンの体力を一気に削り切れる。
全身から矢を生やしたドラゴンが魔獣達を潰しながら仰向けに倒れる。
その後も攻防を続け、それぞれ3万もいた東西南北の魔獣は半分近くまで減っていく。
このまま数時間もかければとエルフ達が思う中、南の方から土煙が上がる。
思いのほか苦戦をしているという認識が魔王軍内に生じたようだ。
ティアモの街の南に予備として、そして南側にエルフを逃がさないように広がっていた4万ほどの魔獣は、既に密集し隊列を整理し終わっていた。
そして、援軍としてティアモの街南側を攻略すべく行動を開始する。
東西南北どの方向であっても、壁を破壊して街に魔獣がなだれ込めば魔王軍の勝利だ。
一陣を上回る数の二陣の魔獣達が、一点突破するかのように一塊になって南側を襲う。
せっかく減らし続けた、壁の外に張り付く魔獣の厚さが3倍以上になる。
「数は増えただけだ! 勝利は我らにある!!」
魔獣の数にたじろぐエルフ達を、将軍達が必死に鼓舞する。
「やっと南の予備隊を動かしたな。ていうか間に合ってよかった」
(3つの街に天の恵みを配りに行くのに時間食ったな)
「そうね。予備隊も動いたことだし、これから攻めるの?」
「もちろんだ」
セシルの声に、アレンは当然だと言わんばかりに答える。
予備隊がいたあたりの、踏み荒らされた地面の少し上空にアレン達はいる。
ティアモ攻防戦の後半戦が始まろうとしていた。
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