第171話 精霊王①

 夜襲明けの夕方、アレン達はティアモの街中央にある一番大きな建物の廊下を歩いている。王国の王城と違い、簡素ではあるが木目の美しさを活かした内装の木造建築物は、昨晩女王や将軍達と会った建物だ。


「アレン様、夕方には戻れましたわね」


 どこか明るい声でソフィーが声を掛けてくる。


「そうだな。今日はゆっくり寝たい」


(すぐ寝たい。食事も後でいいよ)


 届けこの思いと言わんばかりに、ソフィーに今の思いの全てをぶつけてみる。夜襲明けから未だアレン達は一睡もしていないので、アレンを含めて、いくら若いとは言え皆どこか眠そうだ。


「ですが、素晴らしい戦果です。ぜひ女王陛下と将軍たちにも聞かせてあげましょう」


「そうだね」


(ソフィーは寝ないで大丈夫な子なのか。って顔パスか? いや待たなくてよくて助かるけど)


 アレン達が女王の間の前までやって来ると、待つこともなく大きな扉が開かれる。


 なんか昔やったRPG(アールピージー)でも、国王のいる玉座の間に入るのはアポなしだったなと寝ぼけ眼で思い出す。


 なお、アレンが将軍と思っていたエルフ達は、実際に皆将軍かそれ以上の階級だった。

 ネストの街にいたルキドラールは大将軍だという事も分かった。

 皆30代、40代に見えるが、結構な年なのかもしれない。


 ソフィーと共に女王のいる間を進んで行く。

 今日はどうやら円状に立っての議論はせずに、女王は女王らしく一番奥の玉座に座っている。


 女王の肩には昨晩も見たモモンガがおり、今もまた目が合う。


(また俺を見ているな。ん? お前も眠いのか)


 女王の肩にいるモモンガは大きな欠伸をして、女王の膝の上に移動して丸くなる。どうやらおねむのようだ。目をつぶり、すやすやと眠りに着く。


「それで、他の3箇所の街はどうでしたか?」


 アレンが何も言わず、モモンガを凝視するので、女王の方から声が掛かる。


「え? はい、まだ落ちずに堪えていましたので、無事にエルフの霊薬を500個ずつ配って来ました。現状としては、戦況は持ち直したと言えるかと思います」


(お陰で天の恵みのストック全部使って、それでも足りなくてBランクの魔石2500個を天の恵みに変えたけども。天の恵みのストック増やしておかないとな。天の恵み作成用に植木鉢借りるか)


「「「おおお!! 素晴らしい!!!」」」


 天の恵みの作成について考えていると、エルフの将軍達から喜びの声が上がる。


 アレン達の昨夜からの動きだが、まず明け方まで夜襲を行い、ティアモの街の北側と南側で合計4万体強の魔王軍を倒すことができた。北門側の状況は南側に殆ど伝わっていなかったようで、南側でも結構やりたい放題だった。


 明け方までの夜襲によって、今日はどうやらティアモの街を魔王軍が攻めることはなかったようだ。


 それから、霊Bがティアモとネストの街の将軍達の会話を聞いたところ、戦場になっている街はティアモだけではないということが分かった。


 ローゼンヘイムの北側から侵攻した魔王軍は、街や要塞を攻め滅ぼしながら南下している。ローゼンヘイムの中央にある首都も陥落させた後、さらに南下を続けた。


 魔王軍の本隊はローゼンヘイムの首都にいるという。そこから部隊を分けて、北から順に南進している。さすがに300万体の魔王軍を一挙に動かすのは兵站上効率が悪い。


 ティアモの街と同じくらいの緯度に他の街が3つほどあり、現在も侵攻を受けているという。


(このティアモを含めた4つの街が戦っている理由が、女王の存命と所在を不明にするためだからな)


 女王は首都陥落後、ティアモの街に移動した。魔王軍は女王を殺すべく南に進軍して来た。

 一度に大軍で攻められたら4つのどの街でも耐えられない。


 そこで、女王がどの街に逃げたのか、それとも逃げている途中で死んでしまったのかも不明にすることにした。将軍達がそのようにして女王の身を守った。


 お陰で4つの街に均等に魔王軍は攻めてきた。その結果、アレンが駆け付けるまでの時間を稼ぐことができた。


 ティアモの街の兵達は、ここに女王がいることを知らない。自分らの戦いが女王を守ることに繋がるとだけ聞かされている。


 そして、今朝からのアレン達の動きであるが、ここにいた将軍3名を鳥Bの召喚獣に乗せて、他の街の応援に駆け付けた。

 将軍を3名連れて行ったのは、他の3つの街の将軍達に戦況の説明をしてもらうためだ。なので、将軍はそれぞれの街に1人ずつ降り立って、そのまま魔王軍の迎撃に参戦している。


 3つの街にもティアモの街にも、負傷兵だけではなく避難民も大勢いる。ティアモだけでも難民が70万人近くいる。ティアモが陥落すれば、敗れた兵達と共に難民は全て魔王軍の食料にされてしまう。


 回復薬を配りがてら、魚系統のバフを掛けたりして応援もしてきた。明日以降も続くであろう攻防戦に備え、バフをするための魚系統はそれぞれの街に置いてきた。


 負傷兵も復帰してくれたおかげで、ティアモも含めて何れの街も戦える兵は10万人を超えた。少なくとも数日で落ちたりはしないだろう。


 これは、魔王軍が今の作戦を変えなければという話だ。ただ、1日2日で作戦を変えるようなことは考えにくいと思う。この1ヵ月、快進撃を進めてきた自らの作戦に自信があるだろうからだ。


「という状況でございます」


 眠そうにしているアレンに代わり、ソフィーが3つの街の状況について説明をする。


「それでは、30万以上の兵達が前線に復帰したということか!」


 将軍の1人が、まだ戦えると喜ぶ。


「しかし、魔王軍は現在怪鳥などを揃え始めているぞ。昨日のような夜襲は厳しいかもしれぬ」


 ティアモの街の状況についても教えてくれる。

 何でも、航空部隊をかなり厚くしているようだ。


(ふむふむ、なるほど早速対応してきたか。今日は俺が直接夜襲するつもりはないがな。いや、これはちょうどいい、ドラドラ辺りを出して、空の部隊を焼き払っておくか。敵の対応の出鼻を挫いておくことも大事だな)


 今晩の作戦を考える。


「それにしてもアレン様、本当にありがとうございました」


「いえいえ」


 女王陛下が座ったまま軽く頭を下げる。

 王太子には跪いたアレンだが、仲間とともに女王の前で棒立ちだ。誰も跪けと言わないので、跪くタイミングを失ったとも言える。跪くこともやぶさかではないとアレンは思っている。


「お陰で、力なき多くのエルフの命が救われました。アレン様、ぜひお礼をさせてください」


(まだ4万くらいしか倒していないからな。残り296万だろ。ああ、エルフ達も倒したから270から280万くらいか)


 将軍達の話では、守りで手一杯で魔王軍の数をほとんど減らせていないらしい。

 それでも20~30万は倒したらしいが、まだまだ軍の数は魔王軍の方が圧倒している。

 エルフの兵はティアモ、ネスト、そして今日助けに行った3つの街を合わせて60万くらいだと聞いている。


「いえ、まだ戦いは終わっていませんので、ってあ~」


(お礼してくれるっていうなら、言うことあったぞ。)


「え? 何かお礼してほしいことがあるのですか? 我が娘を寄こせと?」


「まあ、女王陛下……」


 ソフィーの白い頬が真っ赤になる。


「いえ、違います」


「「……」」


(ん? なんかイベントが発生したような気がするが気のせいか)


 眠たすぎて、女王の話があまり頭に入って来ない。


「実は2点ほどお願いがありまして」


「は、はい。何でしょう?」


 アレンの仲間達は、何かお願いがあったのかと思い、アレンの後ろで聞き耳を立てる。

 将軍達もアレンの横に並び立つソフィーも、何だろうと思う。


「まず魔石が欲しいです。今回の戦争で手に入った魔石について、回収できるものは回収させてください」


 アレン達は昨晩4万体の魔王軍の魔獣を倒している。しかし、倒した後霊Bの召喚獣を魔石回収に向かわせたのだが、腹を減らした魔王軍の魔獣達が食い荒らしており、とても回収できる状況ではなかった。


 しかし、今後の戦いを考えるなら魔石の回収は必須だ。自由に回収をさせてほしいと言う。


「もちろんです。シグール、この街には魔石はあるのですか?」


 シグールは元帥でありエルフ軍の最高指揮官だ。


 シグール元帥に女王がこの街の魔石の状況について確認する。


「いえ、殆どないかと。そのほとんどは魔導船の稼働に使ってしまいましたので……」


「ああ、自分らで魔獣を倒した分だけでいいですよ。魔石は街の活動にも戦争にも必要だと思いますので」


 籠城をすれば魔石の供給が止まり、魔石の在庫はどんどん減っていく。戦争でどれだけ魔石が貴重か知っている。魔石が無ければ魔導船も動かせない。

 こちらで勝手に回収するが許してほしいという確認だ。


「それは、もちろん好きに回収してください。もう1つは何でしょうか?」


「精霊王様に会わせてください」


「「「え?」」」


 アレンが精霊王に会いたいと言うので、大きな疑問の声が上がる。


「駄目でしょうか?」


「そ、そうですね。問題はないかと思いますが、確認させてもらってもよろしいですか?」


「もちろんです」


 すると、今まで眠っていたモモンガが目を覚ましアレンを見る。

 そして、


『確認は不要だよ。僕がローゼンだけど? 始まりの召喚士君、僕に何か用かい?』


「モ、モモンガ!」


(モモンガだ。こ、これは目が覚めるぜ!)


 女王陛下の膝の上のモモンガが言葉を発した。そして、アレンの驚きの声が広間に響くのであった。

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