第54話 休日②

 目の前には人型の魔獣であるゴブリンがいる。全部で5体だ。緑の体はとても筋肉が発達している。身長は150センチメートルとそこまで大きくないが短剣やこん棒を握りしめている。小さな少年を見て飯にありつけると考えているのか、ニヤニヤが止まらないようだ。


(おっと、遭遇してしまった)


 できれば、木陰から魔獣を発見して襲いたかったが、完全に目が合ってしまった。戦闘の基本は先制攻撃だ。


『グギャギャギャ!』


 1体が声を上げると、それぞれ反応し、皆思い思いの得物をもって襲いに来る。


(タマたちこい!)


『『『グルルルル!』』』


 アレンを囲むように5体のサーベルタイガーの形をした獣Eの召喚獣が一気に召喚される。当然全て強化済みだ。召喚獣の召喚は、意識すれば何体でも一気に召喚できる。魔力も消費しない。


『グギ?』


 いきなり現れた召喚獣に走って向かってきたゴブリンたちが一瞬怯む。


 その時だ。


『『『グルルルル!』』』


 ゴブリンの集団の後方にさらに5体の獣Eの召喚獣を召喚した。挟み込む形だ。召喚獣は見える範囲なら50メートル以内のどこにでも召喚できる。背後をつくのは戦いの定石である。アレンの指示により特技であるひっかくを駆使する。


 挟み込まれる形になったゴブリンたちが慌てる。そこまで知性はないようだ。後ろを向いたゴブリンを今度は、アレンとゴブリンの間に召喚した召喚獣が襲う。


(よし、この状態でアゲハの検証だな。アゲハ出てこい)


 2体ほどやられたゴブリンだ。倒し切る前に検証を進める。


 1メートルほどの蝶々の形をした虫Eの召喚獣が召喚される。すると生き残った2体に対して羽をばたつかせると黄色の鱗粉が舞う。2体のゴブリンが戦闘中にもかかわらず、気絶するように寝てしまう。


 収納から石ころを出す。立ったまま眠り、バランスを崩したゴブリンの顔面に渾身の力を込めて投げる。


(む、倒し切れなかったか?)


 魔導書にはまだ、倒したというログは表示されていない。顔面が陥没したゴブリンに獣Eの召喚獣たちが止めを刺す。


『ゴブリンを1体倒しました。経験値200を取得しました』 


(ふむ、1体経験値200で、5体で経験値1000か、うひょー)


 経験値を稼いで喜ぶ。アルバヘロンは経験値100だった。グレイトボアは経験値400だった。最後のほうでまとめて狩れるようになったグレイトボアで、経験値1200ほど貰っていた。


 しかし、ボア狩りよりお得だと考える。


(経験値を稼ぐときは常に効率を考えないとな。時給がゴブリンのほうがいいと見た)


 アレンが健一だったころ、ゲームでの経験値効率の指標を『時給』という言葉で表現していた。1時間あたりどの程度の経験値を稼げるのかということだ。往復6時間もかけて、経験値1200が最大のグレイトボア狩りだ。この戦いで、まだ2時間も経っていないのに経験値1000を稼いだ。


 ボア狩りの時給は経験値200、ゴブリンの場合は経験値500だ。明らかにゴブリンのほうが、経験値効率がいい。


 上空を舞う、鳥Eの召喚獣たちだ。次の獲物にありつけそうだ。


(よしよし、魔石を取って、次の狩りに行くか。それにしても鱗粉は眠りのデバフ効果か。それにしても1体で効果があったな。俺の予想通りか)


 虫系統の召喚獣が使うデバフ効果の特技には一定のルールがあるとみている。その検証も今回はっきりさせたいと思っている。


 短剣を握りしめ倒したゴブリンのもとに向かう。心臓の側に切り込みを入れ、魔石を取り出していく。正直気分がいいものではないが、魔石は貴重だ。特に召喚士にとって魔石の数は生命線になりそうだ。無駄にするわけにはいかない。全てのゴブリンから魔石を取り出す。


 その間も獣Eの召喚獣がアレンの周りにいる。まだゴブリンがいるかもしれないからだ。背後を襲われるわけにはいかない。


(うしうし、さくさく魔石を取ってと。ホークたち、次もゴブリンがいいぞ! 5体以上のゴブリンを見つけたホークは降りてこい。とりあえず3キロメートル以内だ。それ以外を発見したホークはもう一度鷹の目で探しに行って)


 すると4体の鳥Eの召喚獣がもう一度探しに行く。どうやらゴブリン以外か、少数のゴブリンを発見したようだ。2体の鳥Eの召喚獣が降りてくる。片方の鳥Eの召喚獣が見つけた魔獣のもとに走って向かう。



 そうこうしているうちに時間が過ぎていく。太陽がずいぶん沈んできた。


(うしうし、ゴブリン80体、角ウサギ5体倒したぞ! レベルが2も上がった!! 休日最高!!)


 ゴブリン1体の経験値200

 角ウサギ1体の経験値10


 全て合わせて経験値16050稼いだ。レベルが2つ上がり9になった。


 1日掛けて検証した結果、虫系統の召喚獣の特技のルールが分かった。


・1つ上のランクの魔獣を状態異常にするには1体の召喚獣の特技が必要

・2つ上のランクの魔獣を状態異常にするには2体の召喚獣が必要

・ランクが上がるごとに1体ずつ召喚獣を増やしていく必要がある

・状態異常の確率は100%ではない(増やしても100%にならない)

・1体の召喚獣で複数の魔獣にデバフ効果をかけることができる


 虫Gの召喚獣で、3ランク上のDランクの魔獣であるアルバヘロンを激怒させるのに3体の召喚獣が必要であった。虫Eの召喚獣なら1ランク上のDランクの魔獣ゴブリンの群れに複数体、デバフ効果をかけることができる。


 鱗粉の特技は、眠り効果だった。1体で複数のゴブリンが眠りにつく。大体8割ほどの確率でデバフ効果が発動するようだ。ゴブリンが効きすぎるのかもしれないが、半端ない確率だ。


 しかし、無事ではなかった。獣Eの召喚獣がたまにやられる。どうもムキムキのゴブリンの攻撃で結構簡単にやられてしまう。強化しているのは体力と攻撃力だ。素早さと耐久力が足りていない。召喚獣のほうが、ゴブリンよりランクが低いのも理由にあるだろう。


 戦闘の開始に鱗粉をかけているが、鱗粉の効かないゴブリンが多いと攻撃を受けてしまう。その結果、Eランクの魔石を探すために角ウサギを探したのである。


 なお、ゴブリンのDランクの魔石でEランクの召喚獣は生成できないことも分かった。生成や合成には同じランクの魔石が必要だ。


(よしよし、次行くぞ。ゴブリンはどこだ?)


 ゴブリンキラーになった。複数いて倒しやすいので格好の獲物と認識した。


 すると、鳥Eの召喚獣が空を回ってもう一度降りてくる。6体全てだ。


(お? どうした? 疲れたのか? 俺はまだいけるぞ?)


 オンラインゲームをしていたころ、8時間ほどぶっ通しで狩りをしていて、パーティを組んでいた仲間に疲れたわ! と怒られたことを思い出す。


 しかし、そんな感じではない。どうやら飛べないようだ。首を横に振る鳥Eの召喚獣たちだ。

 夕暮れになっていく。まもなく太陽が完全に沈んでしまう。


(もしかして、暗いから見えないってこと?)


 すると鳥Eの召喚獣たちが一様に頷く。


「鳥目かよ! いや鳥目か。まじか暗いと索敵できないのか。やばいな」


 思わず声を出してしまう。


 狩りに夢中になって、方向感覚を失った。1日中狩りをしていた。今どの辺にいるかも、グランヴェルの街からどの程度離れているかもわからない。


(ホークに街の場所を教えてもらおうと思っていたが、これは自力で帰るしかないぞ)


 太陽の位置で大体の方角を確認する。あっちの方かと闇夜が迫りくる中、走り出す。


 それから数時間経過する。


「おお! 坊ちゃん生きていたね」


「は、はい」


 朝見た門番だ。もう辺りは真っ暗である。1日中、門にいるのは大変だなと思いながら、収納から取り出しておいた紋章を見せる。


(あぶないな、これはもう少し前に狩りを切り上げないといけないか)


 狩りに夢中になったことを反省する。こうしてアレンの最初の1日休日が終わったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る