06.「1000階層って馬鹿かよ」

目の前にあるのはダンジョンの入り口。


伝承によると、地下へと続くこのダンジョンを1000階層降りた先に、2000年前に魔王を倒した伝説の聖剣があるという。


「1000階層って馬鹿かよ、一日一階層攻略しても1000日かかるじゃねえか」


魔王討伐に必要なのに魔王討伐より難易度高いんじゃねえの?馬鹿なの?


と、心の中で愚痴っても仕方がないので歩を進める。


過去に探索したとされる人間の手記によると、下層へ進むほど段々と現れる魔物が強くなっていくらしい。


まあ定番だな。


とはいえ、その探索者も地下100階より進む前にギブアップして引き返したとされているので、全容は謎のままである。


そもそも一層にどれ程時間がかかるかもわからないのだが、少なくとも正気で成せる攻略じゃないのは間違いない。


まあ、だからといって、ここまで来てやめる理由にはならないけど。


「行くか」


入り口の脇の石柱に手を触れると、閉ざされていた扉がひとりでに開いていく。


中は暗く、取り出した魔石にマナを込めて光を灯す。


背後で扉が閉じると、じめっとしたカビの匂いが鼻をついた。


天井は自分の背丈の三倍ほど、横幅も広く剣を振るうには困らない広さがある。


今のところ一本道の通路の奥からは、魔物の気配と息遣いをいくつも感じる。


まあこの辺の階層にいるモンスターはいくらいても問題にはならないだろうけど、罠には気を付けないとな。


例えば生き埋めなんかは俺の<<絶対守護>>のスキルでもどうにもならないわけで。


師匠の拷問……、もとい臨死体験ツアーもそういった趣向のものが数多く含まれていた。


まあお陰で今の俺はそういう自分の命に危険を及ぼす要素を先に警戒して行動することができるわけだが。


そのまま魔物に遭遇することもなく先へ進んでいると、光が途切れる通路の曲がり角から、低い唸り声が響く。


やっとお出ましか。


魔物のランクは基本的にその種類で決まる。


稀に歴戦の個体でランクが種族の基本よりひとつ上がっていたりすることもあるが。


自分のスキルと命に直結することなので、俺は魔物への知識と見極めをみっちりと叩き込まれていた。


そのおかげで意図的に実力を偽装しているような魔物を除いて、ほぼひと目見ただけでランクを把握することができる。


ちなみに見極めの修行の過程は聞かないでくれ。


思い出したくない。


「デスナイトか」


今回の相手はデスナイト、Bランクのモンスターだ。


体格は俺の二倍近く。その巨体に見合った剣を右手に握っている。


俺が既に抜いていた剣を見ると、それに合わせるようにデスナイトが剣を振り下ろした。


圧倒的な速度で頭を真っ二つにしようとする剣を、しかし俺は片手で無造作に払う。


その瞬間、剣が不自然に軌道を歪ませて床に突き刺さった。


スキル<<絶対守護>>の応用だ。


Bランク以下のダメージを防ぐこのスキルは、その効果を使って相手の攻撃を受け流すことができる。


おそらく一撃で真っ二つにできると思っていたのだろう。


俺はその不自然な挙動に動きが止まったデスナイトの横を交差する瞬間に首を落とした。


そのまま倒れていくデスナイトを後ろに剣を振って血を落とす。


ずっとこれくらいの敵だけなら楽なんだけどなあ。


Bランクの魔物なら攻撃は受けないし、倒すのもさほど難しくはない。


ただしAランクになると油断できない相手になる。


もしSランクが現れたなら戦わずに逃げるのが正解だろう。


まあ1層目からBランクの魔物が出てきているなら、深層にはSランクがいないと考えるほうが不自然だけど。


とはいえ今から心配してもしかたないので、俺は肩の力を抜いて探索を再開した。






「っ!」


分かれ道を何度か進んだ先、唐突に足元の床が途切れて危うく落ちそうになる。


見ると床は崩れて無くなったわけでなく、元から穴として作られたようできっちりと線を引いたように境目が生まれていた。


おそらく侵入者を下層に落とすための人工的な罠だろう。


いや、ここが人の手で作られた物なのかはわからないんだけど。


そもそも1000層という広大なダンジョンは人間の手で作れる物なのかは非常に怪しい。


もしかしたら神か魔神がなにかの理由で建造したのかもしれない。


とはいえ太古の魔術師は、今の魔術師より強力な術を使えたとも言われているので、そっちの線もあるだろうか。


まあどちらにしろ、人の手で掘り返して作られたダンジョンではないのは間違いなかった。


作った者がわかれば、その目的から攻略の手がかりになるかもしれないが、ここに来る前に調べても結局わからなかったのでしょうがないか。


奥を覗き込むと下の階層まで抜けているようだが灯りをかざしても底は見えず、少なくとも一階層下の床が着地点になっている感じはしない。


さて、どうするか。


少なくとも、ここは戻るのが通常想定される攻略順なのは間違いない。


しかし、1000階層の踏破を目指すなら、複数の階層をスキップできるのは大きなメリットになる。


複数階層を自由落下しても着地の衝撃自体は問題ないだろうけど、これが意図して作られ罠ならその先にもなにか仕掛けがあるかもしれない。


浮遊魔法でも使えればよかったんだけどな。


もちろん、戦士の俺にそんなものを使えるわけもなく。


パーティーを組んでいた頃の俺なら引き返すことを提案していただろう。


だけれど今の俺は一人きりで、心の中で引き返すよりも前に進む方が正解だという気持ちが強い。


その気持ちに従って、俺は虚空へと一歩踏み出した。

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