04.「これを渡した相手と夫婦になれるってまじないだ」

ギルドを出て、そのままの足で今度は道具屋に向かう。


まだ日は高いのに、その店の中に客は誰もいなかった。


薄暗い店内は採取したままの素材から精製済みのアイテムまでが雑多に並んでいて、奥で椅子に腰かけた店主が黒眼鏡越しにこちらを見上げる。


その厳つい顔の前に荷物を差し出す。


「鑑定を頼む」


「あいよォ」


いつも通り面倒なやり取りは省き、渡したのは拾ってきた髪飾り。


装飾だけでも見事なそれだが、本質は別のところにある。


宝石は見た目のきらびやかさだけでなく、魔法の触媒としで有用であり、装飾品としてもそこに魔法が込められていることが多い。


「これには、魔法が込められてるな。効果は、これを渡した相手と夫婦になれるってまじないだ」


「嘘つけよ」


そんな加護は聞いたことがない。


つーか、ありえんだろ。


「冗談だよ、そんなに怒るな」


別に怒ってはいないが。


「それで、本当の効果は?」


「魔物避けだな。これを持っていればCランク以下のモンスターは近寄ってこなくなる」


Cランクといえば俺にしてみれば雑魚のようなものだが、市民にしたら単体でも命を落とすレベルの驚異。


なにしろ冒険者でない一般人は、そのほとんどがレベル一桁のFランク相当だからだ。


ちなみに冒険者がCランクに認定されるのはレベル25から。


必然的にこの髪飾りも結構な値打ちものになる。


「買い取るなら金貨300枚だな」


売れば一年くらいは遊んで暮らせる金額だ。


粘れば350枚くらいはいけるかな?


「持ち帰るわ」


「ちょちょっちょ、待った!」


俺が髪飾りを手に取ると、店主が慌てて制止する。


「金貨320枚出す、これでどうだ?」


この慌てようを見るに、粘ったら400枚くらいはいけたかもしれない。


店主は普段はもっと冷静に交渉してくるんだけど、いつもの俺は金額にさほど頓着しないので不意をうたれたんだろう。


まあ別に駆け引きがしたかった訳じゃないんだけど。


「どっちにしろ売る気はないから安心しろ」


金貨にするよりもこのまま持ってた方がかさばらないなら好都合だ。


金貨の預け払いはギルドでもやってはいるんだが、ある程度の資産を手元に残しておけるなら役に立つこともある。


唯一の問題点といえば、俺みたいなのがわざわざ髪飾りなんて持っていたらびっくりするほど不似合いだってことくらいか。


それも荷物の袋に突っ込んでおいて誰にも見られないようにすれば実害はない。


というわけでこれは保存確定。


元からパッと見た感じでも魔法が込められてるとは思っていたから持ち帰る予定だったけど。


「じゃあ最初から持ってくんなよ!」


だって俺は魔法の込められた品の鑑定なんてできないし。


それに流石に只働きさせる気はない。


世の中持ちつ持たれつだから、バランスは大事だ。


「そんなに怒るなよ。素材はちゃんと別に持ってきたから」


と言って髪飾りのかわりにテーブルに置いた袋からオーガの牙がこぼれる。


他にもBランクを主に討伐したモンスターの素材が入っていて、これだけでも結構な金額になるはずだ。


「こりゃ大量だな」


怒りを引っ込めて店主が黒眼鏡の縁を輝かせる。


現金だなあ、実際現金になるんだけどさ。


「ずっと山に引きこもってたからな、小まめに換金しに降りてくるのも手間だろ」


これでも持ち帰るものは換金効率がいいものだけを選んで持ってきた結果だ。


値段がつくものを全部集めてきたら何往復しても運びきれないくらいの素材がまだ山には残っている。


特別金に困っているわけでもないのでわざわざそれを取りに戻ったりはしないけど。


「それじゃあ全部で金貨80枚だな」


「あいよ」


素材を吟味して提示された金額に俺が頷く。


商談成立。


店主から金貨を詰めた袋を受け取り、ちょうど今思い出したように付け加えた。


「ああそうだ。西の山のいくつかで魔物を枯らしてきたから、素材が欲しいなら冒険者にでも依頼するといいぞ」


「そういうことは先に言えよ!」


俺の情報に儲け話を見いだして、はしゃぐ店主は放っておいてそのまま店を出る。


本当は、ちゃんと袋の中の金貨の枚数を数えた方がいいんだけれど、そこは信用するということで。


まあ枚数を誤魔化されないと信じている訳じゃなく、俺との取引関係を天秤にかけてもしいくらかの金貨をとるならそれまでかなと考える程度の信用関係だけれど。


誰かとの関係も、これくらい簡単に割りきれたらな。


心の中で自虐をしてなんとなく髪飾りに触れると、タイミング悪く今一番会いたくない人物に会ってしまった。


その人物と目が合って、相手が驚いた顔をする。


俺は多分、嫌そうな顔をしていただろう。




「ビダン……?」

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