第20話 強制された後始末


「総員撤退ッ! 屋敷から出て隊と合流するッ!」


 廊下で大剣を抜いたガリオ。向かって来る2名の執事を迎撃するべく、大剣を上段に構えた。


 ガリオの身長と大剣の長さも相まって、大剣を振り上げると刃が天井にめり込んでしまうが、ガリオの持つ身体能力で不利な環境を無理矢理捻じ伏せる。


 振り上げた剣を縦に振り下ろし、天井をガリガリと引き裂きながら先頭にいた執事を一刀する。振り下ろされた大剣の刃は執事の肩口から真っ直ぐ床に落ち、相手の右手と右足を切り落とす。


 振り下ろした剣が床に到達した瞬間、床は爆発するように弾けて破片が飛び散った。


「ガリオ殿ッ!」


「魔族ゥ! 魔族めええええ!!」


「ぬあああああああッ!!」


 1人目の執事の背に隠れるようにやって来た執事がガリオに向かって飛び掛かろうとするが、ガリオは刃の向きが横になるよう持ち替えて。素早くコンパクトな振りを行い、そのまま真横に薙ぎ払う。


 刃に巻き込まれた執事は胴から真っ二つ。伯爵を殺害した時よりも力を込めたのか、壁に激突した大剣はそのまま壁をぶち破った。


 ガラガラと崩れた壁には大穴が開き、ガリオは迫って来ていたメイドの腹を蹴飛ばすと穴を潜って外へ出る。


「さぁ! 早く!」


 穴を潜って外に出よ、と仲間達へ指示を出す。顔を正面に向けると農具や包丁などの生活用品を武器にした住民達が、屋敷の前に待機していた軍人と騎士達へ向かって走り出していた。


「魔族めええええ!!」


「殺せ、殺せえええええ!!」


 ある者は肉屋を営んでいたのか、肉切包丁を持って。ある者は狩人だったのか、解体用のナタを持って。主婦らしき女性は包丁を。農夫らしき者はクワや鎌を持って。


 押し寄せる住民の数は1000を越えているだろう。この街に住む全員が感染しているようで、老若男女問わず狂気の声を上げながら突っ込んで来る。


 殺到する人々の様子は黒い津波のよう。あるいは、死など恐れぬ敵の軍勢のようだ。


 自分達目掛けて迫って来る狂気の集団は例え軍人であっても恐怖を覚えるだろう。なまじ戦争用の鎧を装着しておらず、日常生活で使う恰好をしているからこそ恐怖感が増す。


 しかも全員が狂気的な奇声を上げ、狂ったように笑いながら走って来るのだから。


「街の外に向かうぞッ!」


「しかし、この数ですよッ!?」


 何度も言うが、向かって来る人の数は凄まじい。例え訓練を積んだ軍人や騎士であっても突破するのは容易ではない。


「私が切り開くッ! 全員後に続けッ!」


 ガリオは大剣を両手で持ち、上段で構えた。


 持ち手を握る手に力と魔力を込める。すると、鋼色だった大剣の刃が赤熱するような色に変化して刀身全体が炎を纏う。


「せいやあああああッ!」


 大剣を力一杯、腕力と魔力の両方を全力で解放しながら振り下ろす。振り下ろされた大剣の刃が大地を粉砕。刀身に纏っていた炎が斬撃となって放たれた。


 大地の上を炎が走り、射線上にいた狂気感染者は一瞬で黒焦げになる。この一撃で100は越える住民が死んだだろう。


「走り抜けるぞおおおおおッ!!」


 大地にめり込んだ大剣を担ぎ直し、ガリオが先頭となって魔王軍とアレクサント騎士団は真っ直ぐ割れた住民の間を走り抜ける。


「例え一般人であろうとも容赦はするな! 情を見せればこちらがやられるぞッ!!」


 ガリオは自分達の道を塞ごうとする住民を大剣で薙ぎ払う。後に続く軍人と騎士達も剣を手にして、攻撃してこようとする住民を切り捨てながら全力疾走。


 軍人として、騎士として、守るべき民を斬るという行為は心が削れるような思いだろう。だが、やらねば自分達が殺される。


 だからガリオを筆頭に全員が罪もない住民を斬り捨てる。胴を斬り、包丁を持っていた腕を斬り、時には首を刎ねて。


 大剣を振るうガリオは毎回一気に10人は薙ぎ払っていた。彼が先頭に立ち、一番多くの住民を斬り捨てるのは隊の仲間やアレクサント王国騎士に自国民を斬るという行為を少しでも減らしてやりたいからに違いない。


 まさに人生最悪の状況というやつだ。二度と体験したくないような状況を全員が奥歯を噛み締めながら必死になって脱出しようと手足を動かす。


「ガリオ様ッ! 早くッ!」


 街の外には待機していた残りの軍人と騎士がいた。幸い、街の外にいた彼等に殺到する住民はいなかったようだ。


 情報部所属のエルフが腕を振り、早く街の外へ出ろと誘導する。無事に全員が街の敷地内から出ると、エルフは両手に魔法陣を浮かべた。


「燃やしますッ!」


「応ッ!」


 4種族の中でも魔法という神秘を行使できるエルフ族。ガリオと同行していた選抜隊、街の外に待機していた隊の中にいたエルフ全員が街の入り口に並び、情報部所属のエルフに続いて魔法陣を展開。


 先頭を走り抜けたガリオも足に急ブレーキをかけ、足で地面を抉るようにスピードを殺して転身。


 横並びになったエルフ達の中央に入り、炎を纏わせた大剣を振り上げる。


「一気に撃ち込めえええええッ!!」


 ガリオは咆哮と共に大剣を振り下ろし、屋敷の前で見せた一撃を見舞う。縦に伸びた炎の斬撃が街の入り口へ向かって来た住人を巻き込みながら炎の竜巻と化す。


 同時に総勢30名のエルフ達が両手に展開した魔法陣から炎の弾を連射。人の体に着弾した炎の弾は相手を焼き、建物に着弾すれば火災を発生させて。


 犯人から事件の後始末を強要させられたガリオとエルフ達は顔を強張らせて、悲痛な咆哮を上げながら狂気感染した住人を焼き払う。


「ヒヒヒ! ヒャヒャヒャヒャッ!!」


 狂気に感染した住民はそれでも笑っていた。最後の瞬間まで、狂気に満ちた声を上げて死んでいく。


 これが余計に彼等の心を抉るのだ。


「ああ、神よ……! なんてことだ……!」


 アレクサント王国騎士と副団長は嘆き苦しんだ。狂気感染という非道な犯罪行為。それに感染した無実の民が燃え死んでいく様を見せつけられる。


 だが、誰かがやらねばならない。狂気感染した者を救う手段は今はまだ確立されておらず、ここで殺さねば街を飛び出した感染者が他の街に住む魔族を殺害するかもしれないからだ。


 魔法を使えぬ副団長は膝から崩れ落ち、なんて地獄だと涙を流した。


 本来はアレクサント王国の騎士である彼等がやるべき事だろう。しかし、魔王国の軍人達がそれを肩代わりしてくれているのだ。


 自身への情けなさ、被害者達を救えぬ虚しさ、目の前に広がる地獄のような光景も相まって力無き自分達を呪うように泣き声を上げる。


 それに反して、次第に街から聞こえる狂気の声が減っていき、ガリオ達が攻撃を始めて30分を過ぎた頃には全ての声が鳴り止んだ。副団長は顔を上げ、街を見ると街の中は至るところが真っ黒になっていた。


 建物は焼け落ち、燃え残った基礎部分が辛うじて残っていて。地面すらも真っ黒に焦げており、黒い大地に散乱するのは黒く焼けた人の死体。


「終わりました」


 泣き崩れていた副団長の元にガリオが近寄った。彼は片膝を地面につけて、副団長の肩に手を置く。


「申し訳ない。こうするしかなかった」


 ガリオの判断は正しかっただろう。あのまま放置していては仲間が襲われる。例え振り切って逃げられたとしても、狂気化した住民が王国内に散開してしまっていた。


 そうなればアレクサント王国は多大な被害を生むだろう。他の街にいる魔族が狙われ、無断で越境した者が他国の魔族を殺害する事態すらも起こしていたかもしれない。


 最悪の事態になった時、問われるのはアレクサント王国だ。責任を追及され、現在差し迫っているアレクサント王国の状況はもっと酷くなってしまう。


「申し訳ない、私が、やるべき事を……!」


 住民を殺すという行為をガリオに背負わせてしまった事を口にする副団長。彼は奥歯を噛み締め、涙を流しながら首を振った。


 だが、ガリオは彼の肩を叩きながら「自国の者が殺す方が辛いだろう」と慰めるように気持ちを口にする。 


「ガリオ殿、どうかお願いです。魔王国にて事件解決の……。感染者を治す手段を得られたら、我が国にも教えて頂きたい。この事件に関してアレクサント王国も協力するよう陛下には私から説得致します!」


「ええ。勿論です。共に解決しましょう」


 こうして、サントス伯爵領の調査を終えた一行は死体を埋めた後に王都へ帰還した。ガリオはアレクサント王と副団長に別れを告げて帰国する。


 一方で、副団長は一連の出来事をアレクサント王国上層部に説明。事件の重大さと悲惨さを伝え、彼は王室への説得を成功させた。


 後に両国は事件解決へ向けての協定が結ばれる事となる。



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「しかし、あまり手掛かりは得られなかったな」


 ガリオがマリンサント王国の港から軍船に乗って魔王国へと帰還する途中、その船内で情報部の1人と共に今回の件で得られた手掛かりを整理し、魔王への報告書をまとめている最中であった。


「そうですね。ですが、犯人がカイル殿を狙っていたのは確実になりました」


 そう言って、情報部所属のドワーフがサントス伯爵の執務室で押収した紙をガリオに渡す。あの場では詳しく読めなかった内容に改めて目を通すと……。


「外見の情報と日々の行動範囲……。それに種族までもか」


 押収した紙にはカイルの名前と年齢、容姿と仕事内容や街で立ち寄る店の名と場所など。彼に関する事がびっしりと書かれている。


 それだけじゃなく、犯人はカイル自身すらも知らなかった「吸血鬼」という種族の情報まで把握していたようだ。


「何故彼を狙う……?」


 そこが一番の謎だ。これまでの事件は無作為な犯行から始まり、魔王国内で発生した際は国内に複数存在する魔人の配下を狙うものに変化した。だが、今度は特定の人物を狙っている。


 カイルという吸血鬼の青年に何かあるのだろうか。彼が犯人に対して影響を及ぼす人物なのだろうか。


「それと街の住民が狂気化する前に聞こえたヴァイオリンの音ですね」


「ああ。あれが聞こえた瞬間、住民が狂いだした。しかし、街に入る際は正常だったように見えたが」


 受け答えもしっかりしていたし、何より魔族であるガリオ達を見ても発狂する兆しは見せていない。暴れる者やおかしい雰囲気を持つ者もおらず、全員が領主の魔族差別に対して申し訳なさそうにしていたのだ。


「……狂気を人の潜在下に仕込ませている、とか?」


「どういう事だ?」


 ドワーフが口にした推測にガリオが問う。


「間違いなく狂気の発生源は領主の屋敷からでしょう。領主であるサントス伯爵が最初に狂気感染し、狂気に染まった思考は屋敷の使用人に伝播する」


 恐らく、屋敷の中では他の街で起きた時と同じような感染の仕方だったに違いない。伯爵が感染源で、彼の家族と世話する使用人に狂気が伝わる。次に、そこから屋敷へ出入りする者に伝わって街全体に広がっていったのだろう。


「カイル殿を襲った傭兵も感染していたようですが、彼等も領主から感染したのでしょう。ですが、犯人はそのまま狂気化する者と狂気を潜在的に潜ませたままの状態、この2パターンを作った」


「既に狂気感染しているが、症状が表に出ない状態か」


「ええ。あとは発狂に至るトリガーを仕込んで任意のタイミングで発動させる。時限式の狂気症状と言ったところですかね?」


 そのトリガーとなっているのが、あの時聞こえたヴァイオリンの音だったとしたら。自覚症状なし、目に見えぬ爆弾を脳に植え付けられているという状態にガリオの表情は険しくなった。


「そこで考えるに、犯人は狂気感染のを改良できるのではないでしょうか。トリガーを植え付けて時限式に出来るんです。例えば、領主が発狂していてもおかしいなと思う程度にしか感じない。そう改良されていたら?」


 領主が魔族へ差別的になった。カイル以外にも被害に遭った魔族がいるかもしれない。だが、既に狂気に侵されていた住民達は、それを目撃しても『おかしい』と思うだけ。


 主人が発狂していく様子を見ても使用人は『おかしい』と少しの疑問を抱くだけ。疑問に抱くだけで、行動は起こさない。街の治安を守る騎士も『その程度』としか認識せず、王都には報告しない。


 全ては犯人が仕組んだ通り、都合の良い状況を作り出すように狂気を改良していたら。


 副団長が語っていた通り、アレクサント王国の地方では領主が治安に関心を持たぬ者もいると言う。その状態を利用していたとしたら。


「故意にあの状態を作り出していたと? 何の為に?」


 あの街で起きていた差別と取り巻く異常性自体、犯人が演出していたものだとしたら。


「……実験、ですかね?」


「実験……」


「推測でしかありませんよ? あの街は時限式に関する実験や狂気感染に関する速度や状態をコントロールする実験場だったとか。住民が抱く異常性への感情や危機感をコントロールした結果、あの街の状態が生まれたとしたら?」


「…………」


 犯人は街を丸々実験場として、住んでいる住人を全員モルモットに変えた。なんとも酷い推測だ。しかし、ガリオが憤るには十分だった。


 彼は握っていた鉛筆を折るほど手に力を入れて、表情には正しくオーガの如く怒りを滲ませる。


 鉛筆を折った瞬間、ドワーフの肩がビクリと跳ねた。それを見てガリオは「すまん」と言いながら深呼吸を1つ。落ち着きを取り戻すと話を再開させた。


「しかし、街が実験場になっていたとしたらカイル殿の件はどうなる?」


「そこが分かりません。一体、彼にどんな価値を見出していたのか。ただ単に邪魔者だったとしたら殺せばいいだけですよね?」


 未覚醒状態だったカイルは傭兵達に襲われた。崖から落ちた事で命は助かったが、もっと確実な殺し方はあっただろう。


 そもそも、傭兵などには任せずに犯人自らが殺してしまう方が手っ取り早いのではないか。仮にカイルの死が『正常な者』に露見したとしても、差別を口にする領主を犯人に仕立て上げてしまえば良い。


 それに狂気をコントロールできているのなら、住民はカイルが死んだとしても「可哀想」程度にしか思わなかっただろう。


 つまり、カイルを殺してしまっても何も問題は起きなかったはず。リーゼロッテが彼を救う事すらなく、魔王国はサントス伯爵領の異常性にすら気付かなかった。


 犯人にとっては、こちらの状況の方が望ましいと思えるが。


「確かにそうだな……。敢えて魔王国へ向かわせたか?」


「ですが、魔族や魔人は狂気感染しません。これは陛下の能力で確認済みでしょう? 仮にカイル殿が感染していれば、今頃は王城から連絡が来ているはずですよ」


 ドワーフは手帳を開いてガリオに見せた。そこには『魔王様のヴァレンタイン家訪問』と魔王の行動予定が書かれている。


 彼の手帳に書いてある魔王の日程が予定通りに進んでいれば、先日の段階で魔王は既にカイルと会っているはず。魔王がカイルの深層を覗き、狂気感染していれば即時殺害。そういう予定であると情報部は知らされていたようだ。 


「殺害したと知らせが来ていないという事は、カイル殿は感染していません」


「なるほど。ひとまずは安心だが……。余計に分からなくなったな」


 ううむ、と唸るガリオ。2人は考えても結論は出ず、一旦休憩する事となった。


「しかし、陛下はこうなる事を見越してカイル殿と早急に会うと言い出したのか?」


「さぁ……。上司によると魔人であるかどうか確かめるついで、と申していたそうですが。魔族と魔人が感染しないという確信を持っていたとも取れますね」


 ガリオの問いにドワーフは顎を手で擦りながら言った。


「長く生きているせいか、あの方の持つ知識は凄まじいからな。たまに私のような凡人には理解できない事を仰る」


「それは私も同感ですが……」


 2人共、魔王様スゲーといった感想で終わったようだ。このような感想で終わってしまうのは、日頃から魔王が「正しい」と思わせる選択肢を選んでいるからだろう。


「ただ、勝手に一般街に出て行きつけの店を作るのは勘弁願いたいがな」


 ガリオは「やれやれ」と肩を竦めながら、すっかり冷めてしまった紅茶で喉を潤した。

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不死貴族 ~ お前はヒューマンじゃない!と襲われて死にかけた男、マジでヒューマンじゃなかった件…。 死にかけたけど美少女伯爵に助けられて人生大逆転!? ~ とうもろこし @morokosi07

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