第19話 狂気の屋敷


 サントス伯爵邸に進入したガリオ達。だが、屋敷の中は不自然なほど静まり返っていた。


 オーガには小さい玄関ドアを潜ったガリオは屋敷の中を見渡した。傍にあった小さなテーブルの上には花瓶に入った花の束が。しかし、花はとうの昔に枯れており、萎びて花びらを散らしている。


 使用人が屋敷で働いているならば、枯れた花を飾ったままというのも不自然な話だ。


「妙だな……」


 この屋敷はどう考えてもおかしい。ただならぬ雰囲気に副団長も察したようだ。


「ゆっくり進もう。人がいても信用しないように」


 ガリオの言葉に頷く一同。全員縦一列になって屋敷の中を進み始めた。


 屋敷の構造は長方形と言うべきか。アレクサント王国独特の建築様式となっていて、まず最初に左右どちらに進むかの選択を迫られる。


「領主の部屋は左側でしょう。建物右側の外には厩舎がありました」


 副団長曰く、当主が厩舎の傍に部屋を作るはずがない。馬の鳴き声や動く音で眠りを妨げられてしまうからだ、と。


 彼の助言に従って、ガリオは左側へと続くドアをゆっくりと開ける。


 キィィィ、と甲高い音を立てて開いたドアの先。長い廊下には誰もいない。廊下には等間隔に個室のドアがあって、見える限りでは全部で3部屋あるようだ。


 現在は昼という事もあって、廊下にある複数の窓から日差しが差し込んでいた。日差しに照らされるのは廊下を舞う埃の粒。やはり、この屋敷は長い間掃除がなされていないようだ。


「一部屋ずつ見ていこう」


 廊下をゆっくり進み始めた一行は手前の部屋から覗いて行く事に。一番手前のドアを開けると、中は客室であった。


 大きなベッドとソファーやテーブル。内装としては特別目立った物は無い。


「あ……」


 だが、ベッドの傍に人が倒れていた。服装からしてメイドだろうか。副団長が歩み寄ろうと一歩踏み出すが、ガリオが手を伸ばして制止する。


 彼は黙ったまま首を振って、背後から伸ばされた部下の手から小石程度の丸いボールを受け取った。


 受け取ったのは特別な物ではなく、丸く磨かれた石のボール。ガリオはそれをうつ伏せになって倒れるメイドの体に弧を描かせながら投げた。


 トン、と石のボールがメイドの体に当たるも彼女は動かない。


「グールではないか……?」


 狂気感染した末にグールと化して死体に擬態していないかどうか。それを確かめる為の行為だったようだ。


 だが、メイドの体は動かないと分かると部屋を後にした。


「死体に化けている可能性が?」


「ええ。一度、魔王国内の事件でありました」


 つい半年ほど前の事だ。魔王国の辺境にある街で狂気感染事件が起きた。


 街の警察官が事件現場に到着すると魔族を惨殺した犯人は地面に倒れており、相打ちになったと思いきや近寄った警察官に襲い掛かったのだ。


 それからというもの、同事件が起きた際は例え死体であっても、離れた場所から確認する事を徹底されている。


「そんな……。犯人はなんて事を……。こんなこと、冒涜じゃないか……ッ」


 副団長もガリオが「グール」と言った意味が分かったのだろう。事件を引き起こした犯人に対して憤りを見せた。


「その気持ちは忘れてはいけません。必ず事件を止めなければならない」


「ええ……!」


 事件の惨たらしさを見た一行は次の部屋へ向かう。


 次の部屋はもっとひどかった。内装は同じ部屋であったが、ソファーには2人の執事が折り重なるように倒れていた。こちらもボールで反応を見るが、やはり動かない。


 倒れていた2名の服から露出している顔や腕などの部分を見るに腐ってはいない。死亡しているとしたら、ごく最近――数日以内の出来事のようだ。


 しかし、一番の問題は最奥に配置された部屋だった。副団長曰く、最奥にある部屋こそが領主の執務室であるそうで。


 ドアに近づくと中からはガリガリと何かを削っているような音がした。先ほどまでの部屋と違い、明らかに人の気配がある。


 ガリオと副団長は頷き合うと、ガリオが扉を開けた。


「なんだこれは……!?」


 部屋の中を見た副団長が驚愕するのも無理はない。白かったであろう壁一面に黒い文字がびっしりと描かれていた。


 よく見れば壁だけではなく、床にすら描かれている。書かれた文字を見ても読めず、どう考えても現代で使われている文字ではなかった。


 他にも引き裂かれたソファーや床に倒れた家具類、床の一画に散らばる紙など。一見すれば部屋の中で人が狂乱したような現場であった。


「伯爵!」


 そして、部屋の奥。奥の壁に文字を書き続けている人物こそ、サントス伯爵本人であった。彼の背中に向けて副団長が叫ぶと、サントス伯爵は文字を書く手を止めてゆっくりと振り返る。


「…………」


 振り返った伯爵の姿を見て言葉を失くす副団長。以前、城で見かけた姿はなく、彼の姿は痩せ細って骨と皮だけのような状態に。


 骸骨にぎょろりとした目玉が飛び出しているような、人とは思えぬ不気味な容姿をしていた。


「ヒヒ……」


 骸骨のような姿をした伯爵が振り返ると、着ていた白いシャツに赤黒く乾いた血の跡があるのが見えた。


 使用人達を殺したのは彼なのかのだろうか。しかし、当人は一切口にしない。微かに聞こえる笑い声が部屋の中に響く。


「伯爵! これは一体どういう事か!? 説明して頂きたい!」


 副団長が腰の剣に手を掛けながら問う。だが、伯爵は剥き出た目をぎょろぎょろと動かすだけ。


 ぎょろぎょろと動いた目が副団長の瞳とばっちり合った。すると、ようやく彼の姿を認めたのか……。


「魔族……。魔族かああああ!! きさまあああああ!!」


 手に握っていた黒い木炭のような細い塊を振りかぶって副団長へと走り出す。伯爵はどう見ても普通じゃない。一瞬の戸惑いを見せたものの、意を決した副団長は剣を抜いて向かってくる伯爵の胴を斜めに切り裂いた。


 ザシュッと鋭く一刀される伯爵の胴。骨と皮だけになった体からは血が噴き出た。


 斬られた伯爵はたたらを踏んで後方へと仰け反る。だが、倒れはしない。


「ア、ヒ……! ヒヒ……! ヒヒヒヒ!! ヒャヒャヒャヒャッ!!」 


 狂ったような声を出し、目と口からは黒いモヤが溢れ出た。ガクガクと体を痙攣させ、まるで糸で繋がれた操り人形の如く手足が歪に動く。


 捻じれるような動作をした手と足からゴキゴキと骨が折れるような音が鳴る。鳴った瞬間、伯爵は四つん這いになると獣のように手足を動かして飛び掛かって来た。


「チッ! ぬあああああッ!!」


 驚愕で固まっていた副団長を突き飛ばし、片手で背中の大剣を抜くガリオ。片手で大剣を横に振り、飛び掛かって来た伯爵を薙ぎ払う。大剣の刃が伯爵の胸にめり込んで、そのまま右側の壁へ吹き飛ばす。 


 魔人であるガリオの一撃は片手であっても凄まじく、吹き飛ばされた伯爵は壁に激突すると体を壁にめり込ませた。


 しかし、ガリオは手を休めない。そのまま追撃をするべく駆け出し、壁にめり込んだ伯爵の首目掛けて突きを見舞う。大剣の刃は壁を貫通しながら伯爵の首を切断した。


 切断された首が宙を舞い、執務室の床に転がる。首が無くなった体も床に崩れ落ちて今度こそ伯爵は動かなくなった。


 ガリオは壁に突き刺さった大剣を抜くと、付着した血を払うように大剣を軽く振ってから再び背中の鞘へと戻す。


「怪我はございませんか」


 ガリオは振り返り、突き飛ばしてしまった副団長に謝りながら手を伸ばした。


「え、ええ……。申し訳ない、助かりました」


「無理もない。私も最初に見た時はかなり動揺しました」


 手を掴んだ副団長を気遣うように言いつつ、彼の体を引っ張った。


「しかし……。本当に……」


 異常だ。首から上を両断された伯爵の死体を見て、副団長はそう言いたいのだろう。


「あの目と口から黒いモヤを出した状態。あれがグール化と呼んでいる状態です。ああなると見境なく人を襲います」


「ヒューマンもですか?」


「ええ。本当に名の如く、アンデットのような状態です。人の肉を喰らう姿も確認しています」


「その……。そうなった者を治す手段は?」


「今のところ発見できていません。唯一救う手段は……首を刎ねる事だけです」


 感染すれば最後。殺す以外に救う道はない。それを聞いた副団長は「なんてことだ」と呟きながら自身の口を手で覆った。


「とにかく、まずは部屋の捜査を行います。よろしいですかな?」


「ええ、どうぞ……」


 ガリオの言葉に力無く頷く副団長。先ほどの伯爵が見せた行動、そしてグール化した際の行動を見聞きしてショックなのだろう。事の成り行きを見ていた他のアレクサント王国騎士達も同様に言葉を失くしている。 


 それも当然だ。この事件の加害者――伯爵のような感染者を加害者と呼ぶにも些か疑問を孕むが、何にせよ特殊である。


 暴れる殺人犯をその場で殺害したり、戦争で人を殺す行為とも違う。人が狂い、人ではなくなった『ナニカ』を殺す行為と言える。


 世の中に正常な殺人などありはしないが、感染事件は『異常』とカテゴライズされる現象の中でも特別酷い異常性を孕む。慣れる事すらも忌避したくなるような感情を抱くだろう。


「ガリオ様」


 一方、伯爵の執務室を調べるガリオに情報部に属するドワーフが一枚の紙を持って近寄ると小声で名を呼んだ。


 差し出された紙を見ると中には「カイル」という名が読み取れる。ガリオはアレクサント王国の騎士に見えないようハンドサインをして、ドワーフに押収するよう命じる。


 他にも散らばった紙の内容を調べるが、それらは領地運営に関する内容ばかり。ただ、一部の紙には「魔族が憎い」「魔族を殺せ」「魔族は違う」などと恨み言のような文字がびっしりと書かれていた。


「ガリオ様」


 もう一度、情報部のドワーフが声を掛けた。しかし、今度は首を振るだけ。先ほど見つけた紙以外には有力な情報は得れなかったのだろう。


 ガリオは頷くと立ち上がって副団長の元へと歩み寄る。


「どうでしたか?」


「今のところ、手掛かりは出なさそうです」


 副団長の問いにガリオは首を振った。その後、部下に散らばる紙類を纏めさせて回収した後に撤収しましょうと提案する。


 待つ間、副団長と話しをする事になったのだが……。ガリオは顎に手を当てながら問う。


「しかし、屋敷がこれだけ異常な状態なのに何故騎士達が気付かなかったのでしょう?」


 そもそも不思議な話だ。領主が異常な状態であり、屋敷の中にいた使用人すらも姿を見せず。そんな状態だったら街の騎士達は屋敷の中へと踏み込むだろう。


 異常事態に気付いた彼等は王都に連絡をしても良いはずだ。


「伯爵が人払いをしていたとか? 地方領主の中には街の警備や事件に関する事を街の騎士達に一任している者もいますが……」


 あまり他国の方に話すような事ではありませんが、と前置きをしながら副団長はそう語った。


 これはアレクサント王国にとっては悪しき風習と言うべきか。地方領主の中には王から任された鉱山採掘業などに集中するあまり、街の住民に対する事柄を蔑ろにする者もいるようだ。


 街の騎士に権利を委任してしまい、治安や犯罪者に対する罰なども放置してしまう。その結果、アレクサント王国の地方では地方騎士が悪党と手を組んでしまうような事態も度々発生してしまっているという。


 そうならないよう年に何度かは王都の騎士や文官が地方へ視察へ向かうようだが、やはり完全撲滅は難しい様子。サントス伯爵もその類なのでは、と副団長は告げる。


「なるほど、そのような……」


 正直、話を聞いたガリオとしてはこれ以上突っ込みたくないといったところか。魔王国の軍人が他国の事情を深く問うのはあまりよろしくない。


 そのようなアレクサント王国貴族独自の考えがあるなら仕方がないのか、と半ば無理矢理納得したかのようにぎこちなく頷くが……。


 不意に外から弦楽器の音色が聞こえてきた。


「ヴァイオリン……?」


 音に気付いたガリオが小さく呟く。さすがは貴族家の一員と言うべきか、音楽に関しても知識があるようで楽器の種類を口にする。


 聞こえる音色は最初穏やかなものだった。だが、開始から1分を超えると激しい音色に急転換。音色の調子が変わったな、と思った頃にはもう遅かった。


「ガ、ガリオ様ッ!!」


 外に待機していた軍人の慌てるような大きな叫び声が屋敷の中にまで聞こえて来た。ガリオは駆け足で廊下に出て、窓の外を覗き見ると――


「な、なに!?」


 そこには手に農具や包丁など、家庭で使う道具を持ってフラフラと歩く街の住民達の姿が。中には剣を抜いた騎士もいて、全員揃って領主邸へと向かって来るではないか。


「一体何が起きた!?」


 ガリオが驚愕の表情を外に向けていると、キィとドアが開く音が横から聞こえる。嫌な予感がして顔を向けると、廊下にあった別の部屋からメイドと2名の執事が体を揺らしながら現れる。


 出て来た部屋、服装からして伯爵の執務室に突入する前に見た者達だろう。


「アァ――」


 唸り声を上げた執事2名の顔がガリオへと向く。彼等はガリオを視認すると、ケタケタと笑いだした。


「ヒヒヒ」


「ケケケ」


 カタカタと奥歯を打ち鳴らし、口から泡を噴き出した彼等は伯爵と同じようにガリオへ向かって走り出す。


「クッ! 総員撤退ッ! この屋敷から脱出するぞッ!」


 全員に聞こえるよう叫んだガリオは、広いとは言い難い廊下で背中の大剣を抜いた。

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