第14話 魔王国と新しい家


 外国から魔王国に向かうにはいくつかの手段が用意されている。どの国から向かうか、という問題はあるものの、大体は陸路か海路だろう。


 限定的な手段として空路も用意されているが、それはまた別の機会に語るとしよう。今回語るのはアレクサント王国王都を出発したカイル達が使った海路についてだ。


 アレクサント王国から南に向かい、貿易港のあるマリンサント王国へ入国。通常であれば1日1本用意されている往復船で魔王国へ向かうのだが、今回は魔王国がヴァレンタイン家に用意した特別便に乗って海を行く。


 立地的には大陸西の端にある魔王国王都。マリンサント王国との距離は近く、海路であれば片道3時間程度の距離であった。

 

 本日は天気も良く、程よく風があるおかげで航海日和。穏やかな波に揺られ、魔王国の港が視認できる距離までやって来るとカイルと共に甲板にいたリーゼロッテが指差した。


「あれが魔王国王都よ」


 彼女が指差す先にはアレクサント王国よりも栄えた街があった。


 ――魔王国フィデルシア。それが目の前に見える大国の名だ。


 マリンサント王国よりも巨大な港――世界で一番大きい港とされている――にはいくつもの軍船と貿易船が停泊しており、貿易港の左側には船を造船する造船所が複数存在する。


 海から造船所の中にある新型船の頭が見えていて、魔王国が海をフル活用する様子が窺えた。


 そして、反対側である貿易港の右側には白い砂浜といくつかの漁船があった。


 貿易港として開放されている部分と街の漁師達が使う漁港が分けられていて、事故を防ぐような仕組みになっているという。


「王都の食糧自給は基本的に海産物ね。野菜や小麦は王都から東にある内陸の街で作られて王都に運び込まれているの」


 港の奥には綺麗に区画整理された街並みが。街に建ち並ぶ家屋や商店、宿などはコンクリートを使って建てられた頑丈な建物が多く存在する。


 これら建築の際、特に重視されているのは塩害対策だ。海の近くに作られた王都故に、近隣で作物を育てていない理由も塩害との付き合いがあるからだろう。


 家や商店は外壁をコンクリートで覆いつつ、内部の骨組みが腐食しないよう魔王国が独自開発した特別な液体でコーティングして防いでいて、建築技術一つとっても技術の高さが窺える。


 同じく海沿いに街を構えるマリンサント王国も魔王国の技術を買い取って適応しているそうだが、未だ木造家屋や塩害で被害を受けた家も多く見られた。やはり開発元である魔王国は徹底した対策が行われているようだ。   


「建物から煙が出ていない?」


「ええ。あれは温泉宿ね。あの山からパイプを使って引き込んでいるのよ」


 海の近くに王都を構える魔王国の特色は海や世界一巨大な貿易港だけじゃない。


 王都の北側、数十キロ先にある巨大な山だ。山の天辺は雲よりも高く、見上げても山頂が見えない事も多いとか。


「あの山はドラゴンが管理している山なのよ。火山が噴火しないように管理したり、土砂崩れが起きないようにしているの」


 高く聳える山はドラゴンが管理する火山であり、麓からは火山性温泉が湧き出ているという。パイプとポンプを利用しながら湧き出る温泉を街の中まで引き込み、王都観光名物の1つとして外国人向けに温泉街としての売り込みをしている。


 同時に街の各所に作られた温泉は潮風に晒される住人にとっても有難い施設だろう。リーゼロッテ曰く、住民の特典として魔王国民は街の温泉が無料で使えるそうだ。


「凄いな……」


 ありきたりな感想を呟くカイルだが、彼としては「凄い」以外の言葉が出ない。アレクサント王国サントス伯爵領から出た事がなかった彼が見る初めての外国は、未知の体験が詰まった宝石箱のように見えているのかもしれない。


「はは。街も凄いけどな、城はもっと凄いぜ」


 故郷を褒められたバーニとしては嬉しい限り。だが、彼は城も凄いと指差した。


 街の北側奥に建設された巨大な城は日光を反射して白く輝いていた。高さとしては300メートルを超えており、間違いなく魔王国王都のシンボルと呼べる建物だ。


 王都には他にも魔王国建国当時に建てられた歴史的な建物や娯楽に関する建物など見所はたくさんあるが、やはり一番は魔王城であると国民は口を揃えて言うだろう。


「城には政治関連の部署だけじゃなく、様々な物を開発・研究する研究所もあるんだ。騎士団の兵舎もあるし、訓練場もあるし、専用の温泉もあるな」


 研究所などの秘匿性が高い施設は城の奥側に配置されて一般人は立ち入り禁止。その手前に騎士団の兵舎と訓練場が用意され、侵入者を防ぐような配置になっている。


 しかし、魔王城の1階から3階までは一般にも開放されていて、観光ツアーも開催されているとか。特に1階と野外に作られた温泉はいくつもの湯が用意されており、湯舟毎に効能が違うという。


「何というか……。故郷と違いすぎるよ」


「ふふ。魔王城の建設に関わった人物が大の温泉好きでね。魔王様と結託して作ったそうよ」


 何でも魔王城建設に関して一番貢献した人物はヒューマンだという。このヒューマンは魔王国貴族が魔人だらけである中、唯一のヒューマン種で貴族爵位を得た人物だそうだ。


「昔に起きた人魔戦争で魔王様と共に戦った1人なのだけど、彼は異世界から来たヒューマンだそうよ」


 唯一貴族位を持つヒューマンの出身はこの世界ではないと言われており、それは魔王が認めているそうだ。


 名をタカシ・タナカという人物で、魔王が世界を旅している途中で出会ったのがきっかけだという。彼は魔王と共に世界を旅し、勃発した人魔戦争を終戦に導いた。


 魔王は彼を誘って魔王国を興した事もあって、彼が温泉を見つけた際に「温泉はイイゾ~」と魔王に温泉の良さを伝えたらしい。


 加えて、魔王城や魔王国で開発された技術の多くはタカシ・タナカの発想と設計が使われている。


「当時、タナカ様が残した技術と概念の多くは実現できなかった。でも、その後に続いた子孫と魔人が技術を進歩させた事で実現させた技術も多いのよ」


 魔王は時代が進み、国が発展していく過程を見て「タカシがいなければ100年は技術進歩が遅れていただろう」と言葉を残すほど、魔王国発展において彼の齎した功績は大きい。


「おっと、そろそろ下船の準備しなくちゃな」


 船が港に近付き、甲板に出て来た船員が港の作業員に向かって旗を振り始めた。港側にいた作業員は旗を振る船員にライトをチカチカと何度も点滅させ、点滅させた回数で停泊する場所を知らせているようだ。


「ちょっと緊張してきた」


「ふふ」


 もうすぐカイルは魔王国王都に降り立つ。ここが今日から彼の故郷となるのだ。


 初めての外国、初めての暮らしに慣れる事はできるのか。世話になるヴァレンタイン家に迷惑掛けぬよう生活できるだろうか。


 様々な不安を抱えながらも、カイルの顔には楽しみにしている兆しもあって。それを見たリーゼロッテは可愛らしく笑う。


 船が停泊して、タラップが設置されるとリーゼロッテは真っ先に港へ降り立った。彼女に手招きされ、カイルが魔王国に降り立つと……。


「ようこそ、魔王国へ」


 リーゼロッテはカイルの手を取って、輝くような笑顔で彼の入国を喜んだ。



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 通常、外国人が魔王国に入国する際は入国審査が行われる。


 これは海路だろうが、陸路だろうが、双方入り口に設置された入国審査所で行われ、所要時間は問題無ければ大体30分弱くらいだろうか。


 基本的に審査の内容は所属国で発行された身分証を元にした聞き取り調査である。入国者は嘘を見抜くとされる魔導具に手を置いて、審査官は入国の目的や犯罪の経歴などを問う。


 嘘をつけば魔導具が反応し、問題無ければ専用の入国書が渡されて……といった流れである。


 ただ、カイルの場合は特殊だ。本人は魔人であり、ヴァレンタイン家保護という身分。アレクサント王国の身分証を提示し、リーゼロッテが一言二言付け加えるだけで審査はクリアとなった。


「カイル様。アレクサント王国の身分証はお預かりしておきます。城で手続きする際に必要ですので」


「すいません、お願いします」


 クライスがそう言って、カイルから身分証を受け取った。クライス曰く、魔王国民になるための手続きで使用するようだ。


「お嬢様、本日は如何しますか?」


「屋敷に戻って、まずはカイルの礼服を作りましょう。じゃないと魔王様と謁見できないわ」


「かしこまりました。手配致します」


 入国審査所を越え、本格的に王都内へ進入したところでリーゼロッテとクライスが次の予定を話し合う。


 話を傍で聞いていたカイルは「礼服」と「謁見」という単語に首を傾げた。もちろん、単語の意味は理解しているが……。


「謁見? 魔王様と?」


「そうよ。カイルは魔人だし、他国で発見された人物だからね。魔王様と謁見して魔人であることを証明しなければならないの」


 ヴァレンタイン家当主であるリーゼロッテと従者であるクライス達がカイルの能力を目撃して証人となっているが、国のトップである魔王の前でしっかりと証明しなければならない。


 これは別にカイルだけに限った話ではなく、他国で魔人を見つけて保護した際に行われる正式なプロセスだ。


「安心して。別に見せたらどうこうなる話じゃなく、多くの魔人を見てきた魔王様に能力を見せてアドバイスをもらうって感じなのよ」


 決して個人の優劣を付けたりするわけではない。カイルのような出自不明の魔人や未だ能力を把握しきれていない魔人に対して、魔人に詳しい魔王が方向性や可能性を提示するといった具合だろうか。


「特にカイルは始祖の血だからね。ヴァレンタイン家にも始祖の情報は少ないのよ。魔王様は直接始祖吸血鬼を見た事があるはずだから、的確なアドバイスを貰えると思うわ」


 未だカイルの能力は全て把握できていないし、完全覚醒にも至っていない。そういった部分のアドバイスを魔王から直々にもらえるようだ。


「魔王様に謁見するには礼服を着ないといけないから、屋敷に戻ったらさっそく職人を呼んで採寸しましょう?」


 リーゼロッテ曰く、魔王は心が広いので礼服無しでも謁見は構わないと言っているそうだが、貴族家としては礼儀や礼節は大切にしなければならない。


「あ、う、うん……」


 ただ、元狩人で超絶庶民派のカイルからしてみれば職人を屋敷に呼ぶという貴族にとって当然な行為に戸惑いを見せた。慣れの問題だろうが、今は仕方がないか。


 打ち合わせも終わり、カイルとリーゼロッテはアレクサント王国で調達した馬車に乗り込む。御者はクライス、バーニは馬に乗って並走。ヒルデは荷台が空になった帆馬車に乗って屋敷を目指す。


 魔王国王都は道に至っても大変整備が行き届いた素晴らしい道だった。


 道は石畳で舗装され、馬車や馬が通る中央付近は広く十分にすれ違える幅となっていて、路肩に馬車が停まって後続が追い越しを図ってもすれ違う馬車と接触する事はない。


 人が歩く歩道も十分に確保され、馬車の窓から外を眺めるカイルが思わず感心してしまうほどだった。


 こうして見ると改めてアレクサント王国との違いが分かる。アレクサント王国に舗装された道など王都にしか無かったし、歩道という概念すら無かったのだ。


 大使館でバーニが言っていた「文化も技術も進んだ国」という感想を改めて思い出す。


 街行く人の中には様々な種族が入り混じり、その数はアレクサント王国王都と比べ物にならない。種族が区別される事もなく、道の途中にあった食堂の中からは種族問わず楽しそうに杯を掲げ、客同士の歌声すらも聞こえてきた。


 広場の近くにあった露店には子供達が殺到し、笑顔の店主と何やら話し合っていた。もちろん、子供達の種族は様々だ。しかし、どの種族とも分け隔てなく友達になっているのか楽しそうにはしゃぎ合う姿があった。


 大人から子供まで。別の種族だからと差別される事も、区別される事もない。誰もが手を取り合って、誰もが当たり前のように共に暮らしている。


「良い国だな……」


 窓から街の様子を見ていたカイルは思わずそう呟いた。


「でしょう?」


 彼の呟きを聞き、反応を返したリーゼロッテを見れば嬉しそうに笑っていて。


「暮らしていけそう?」


「うん、大丈夫そうだ」


 彼女の問いにカイルも笑顔で返す。


 やがて2人を乗せた馬車は大きな屋敷が建つ広い敷地の前に到着した。位置としては王都の西側、少し坂になっている道を登って庶民が暮らしている庶民街から少し離れた場所。貴族達の屋敷が集中する貴族街と呼ばれる場所だ。 


 柵に囲まれた敷地の中に広い庭と大きな2階建ての屋敷。赤い屋根と白い壁、陽の光を反射する窓ガラスは使用人達の手で毎日綺麗に清掃されているようだ。


 バーニが門を開け、馬車は敷地の中へと入って行く。馬車は玄関前に停まり、バーニが玄関のドアを開ける。その間にクライスが馬車のドアを開けると、リーゼロッテとカイルは玄関に揃うメイドと執事に出迎えられた。


「お嬢様。お帰りなさいませ」


 リーゼロッテに「メイド長のシオン」と紹介されたメガネを掛けるエルフ女性。彼女が先頭となって使用人達が頭を下げた。


「ただいま。準備は出来ているかしら?」


「はい。お部屋の準備も万端にございます」


 いつの間に連絡したのか、ヴァレンタイン家にはカイルの部屋が既に用意されているようだ。それどころか、紹介もしていないのに使用人達は当然のようにカイルの名を知っている。


 一流貴族に仕える使用人達は伊達じゃない、といったところだろうか。


「洋服店からの職人もすぐに到着致します。まずはリビングでごゆっくりとお過ごし下さい」


「ええ。そうしましょう」


 帆馬車から次々と荷物を下ろす使用人達。リーゼロッテとカイルが乗っていた馬車から、リーゼロッテの鞄を持ったメイド長のシオンが屋敷の中へと誘う。


「さぁ! 今日からここが貴方の家よ、カイル!」


 リーゼロッテはカイルの手を握りながら一緒に屋敷の玄関を潜る。花が咲くような笑顔を彼に向けて、今日からここが家であると宣言した。  

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