第9話 襲撃 2


 夕食を終えた後、リーゼロッテはカイルを馬車の中に連れ込んで雑談をしていた。


 名目としては眠くなるまで話を聞かせてくれ、という事であったが……。彼女との会話を続けていると、吸血鬼としての身体能力が開花したカイルの耳に馬の駆ける音が聞こえた。


 その音は徐々にこちらへ近づいて来るようだ。こんな夜に馬を走らせるなんて緊急事態か何かか、と窓の外に顔を向けた瞬間――


「お嬢! 敵襲だ!」


 バーニの声が聞こえ、彼は馬に飛び乗った。彼が「出せ!」と叫ぶと御者に座ったクライスが馬車を走らせる。


「うわっ!? 一体何が!?」


 急に走り出した馬車の中で体のバランスを取りながらも、カイルは窓を開けて外の様子を見た。


 すると彼の目に映ったのは、前方から突っ込んで来る馬に乗った集団。それはカイルを襲った傭兵達であった。


「な、なんで!?」


「貴方が生きていると知って追いかけて来たようね」


「え!?」


 リーゼロッテの推測に顔を青くするカイル。自分のせいで巻き込んでしまったと思っているようだが、リーゼロッテはカイルに馬車の中へ顔を引っ込めるよう言いながらニコリと笑った。


「大丈夫よ。問題ないわ」


「で、ですが、俺のせいで巻き込んで……。うわっ!?」


 前方から突っ込んで来た傭兵達は馬車にクロスボウを撃ち込んだらしい。ダン、ダン、ダン、とボルトがカイルの乗る馬車に着弾し、馬に乗った傭兵達は一団を追い越して後方に着いたようだ。 


「助けたのは私の意思よ? それにサントス伯爵は魔族嫌いなんでしょう? 私達も見つかったら遅かれ早かれこうなっていたわ」


 攻撃されているにも拘らず、リーゼロッテは普段と変わらぬ余裕の態度を見せた。


 まぁ、彼女にとっては当然だろう。こうなる事は予想済みであったし、この事態を利用しているのだから。


「でも、安心してね。私が必ず貴方を守ってあげる」


 そう言って笑う彼女だったが、しばしの追いかけっこが発生した後に馬車が大きく揺れて停止する。


「お嬢様! 外に出て下さい!」


 クライスの叫びが聞こえ、2人は急いで馬車の外に。すると、空から炎の玉が降って来て馬車の屋根に直撃した。


 ほぼ木造だった馬車には火が点いて燃え始めた。クライスは急いで馬車と馬の連結を解き、馬に乗っていたバーニはカイルとリーゼロッテを『敵がよく見える位置』に声で誘導した。


「一体何が……」


 カイルが街道の先に目をやれば、道を塞ぐように横転した馬車が見えた。その両脇に陣取るのは、森の中で自分を襲った傭兵達とそのリーダーの姿が。


「よう、カイル。まさか死んでなかったとはな」


 森で襲って来た時と同じようにニタニタと笑う傭兵のリーダー。彼を見て、カイルは奥歯を噛み締める。


「まさか他の魔族まで連れて来てくれるとはなぁ。助かるぜ、本当によォ」


 何とも悪党らしいセリフだ。だが、卑しい笑みを向けられたカイルの顔に余裕はない。


 前には10人以上の傭兵が。後ろをチラリと見ると自分達をここまで追い込んだ傭兵が馬上でクロスボウを構えながら退路を塞ぐ。


 ニタニタと笑う傭兵のリーダーに視線を戻すと、彼はリーゼロッテの体を眺めて口笛を鳴らす。


「魔族にしちゃイイ女だ。お前の目の前で可愛がってから殺してやるよ!」


 そのセリフを聞いた瞬間、カイルの脳裏には傭兵達に汚されるリーゼロッテの姿が浮かんだ。浮かんだ瞬間、カイルの中には怒りの炎が燃え上がる。


 吸血鬼としての本能が彼女を奪われたくないとカイルの中で叫びを上げる。彼女は自分のモノだと絶叫を上げた。


 必死に抑えていた血への渇望。リーゼロッテ・ヴァレンタインという女性の持つ血を独占したいという渇望が抑えきれなくなってしまう。


「くっ……」


 だが、状況を変える力はカイルには無い。どうにか彼女達だけでも逃がしたいと焦りながらも思案しているようであった。


 全員がカイルに向かって剣を振り下ろしてくれたらマシだったろう。だが、傭兵達はリーゼロッテ達も逃がさぬよう、徹底的に遠距離攻撃の構え。


 前方の道を塞ぐ傭兵達はクロスボウを構えてカイル達の挙動に目を光らせ、後方を塞ぐ傭兵達もカイル達が動けば即座に攻撃してくるだろう。


 どうすれば窮地を脱出できるか。周囲に目を向けながら逃げ道を探すカイルとは裏腹に、リーゼロッテは一歩前に歩み出ると堂々とした態度で傭兵のリーダーへ問う。


「お待ちなさい。私は魔王国の貴族です。このような事をすれば国際問題になりますよ?」


「へえ。そりゃすげえな。だが、殺した証拠が無けりゃいいんじゃねえか?」


 リーダーが手を挙げて「見せつけてやれ」と一言仲間に告げる。すると、彼の左右にいた2人の傭兵は手に持っていた銅色の金属で作られた杖を掲げる。


 金属製の杖の頂点に備わっていた緑色の宝石が光り出し、空気中の魔素を吸収し始める。結果、誕生したのは炎の玉だった。


「魔導具!?」


 掲げられた杖を見た瞬間、カイルから驚きの声が上がる。


 魔導具。それは魔法が使えないヒューマンでも限定的に魔法を使えるようにする道具であった。この魔導具は世界にありふれた物であるが、仕組みや製造面での難しさもあって大変お高い。


 小国の田舎にある街を拠点にするような傭兵が簡単に買えるような物ではなく、どちらかと言えば国の軍に配備されるような貴重品である。


 2人の傭兵が杖を振り下ろすと生成された炎の玉が猛スピードでカイルとリーゼロッテへ飛来して2人の前方に落ちようとしていた。


「リーゼロッテ様!」


 カイルはリーゼロッテを庇うように抱きしめ、着弾地点に背中を向ける。着弾時の余波と熱波が彼の背中に直撃し、カイルの背中がジュワッと燃えた。


 着ていた服は焼けてしまい、服の下にあった肌も焼け爛れて。


「ぐっ!?」


 背中に大火傷を負ったカイルは顔を顰め、痛みに耐える。


「カイル!」


 リーゼロッテの悲痛な叫び、背中の火傷はゆっくりと治癒が始まるが彼女ほどのスピードは無い。


「ははっ! お姫様を守ろうってか! こりゃ傑作だ!」


 カイルの反応を見て楽しそうに笑う傭兵のリーダー。彼はどこまで耐えられるかな? と呟くと仲間に命令を下す。


 傭兵達は一斉にカイルを攻撃した。リーゼロッテを庇う彼の背中を目掛けて、クロスボウや魔導具で魔法を撃つ。


「ぐ、ガッ!?」


 放たれたボルトは背中にザクザクと何本も刺さり、魔法を放つ傭兵は威力を加減した風の刃を放って背中を切り裂く。


 リーダーが呟いたように、カイルの体がどこまで耐えられるのか試しているのだろう。傷を負って苦悶の声を漏らすカイルを笑いながら攻撃を続けた。


「カイル! 放して! このままじゃ貴方が死んじゃう! 私は不死なのよ!? 魔法を受けても死なないわ!」


 こんなつもりじゃなかった、とリーゼロッテは思っているだろう。自分を庇うように抱きしめるカイルに向かって「放して」と何度も叫ぶ。


 これは彼女が想定していた状況じゃない。故に彼女の言葉には焦りが滲み出る。


「確かに、貴女は不死かもしれないけど、痛いでしょう?」


 しかし、リーゼロッテを庇うカイルは痛みを堪えながら笑いかけた。


 不死であっても怪我をすれば痛い。痛覚が無くなるわけじゃない。だから、痛いだろう? と。


「貴方が傷付くより、ずっとマシだ」


「カイル……」


 彼の言葉を聞き、リーゼロッテの胸がドキリと高鳴った。


 カイルがリーゼロッテを守った理由は身分が高いからじゃない。恩を感じていたからでもない。


「貴女をあんな奴等に傷付けられたくない。触れさせたりしたくない。奪われたくない! 貴女のは俺のモノだッ!」


 カイルは遂に理性で抑えていた感情と本能が爆発する。想いをぶつける相手は出会ってから数日も経っていない、他国の貴族家当主である女性。身分違いの相手に対して考えられないほど身勝手な宣誓である。


 だが、吸血鬼としては至極当然で正しい物言いであった。


 ――吸血鬼は血を見て恋をする。


 ヒルデの言った言葉は正しい。カイルは既にリーゼロッテに対して本能的に恋に落ちている。彼女が手にナイフを突き刺して、血を溢れさせた瞬間から。


「ねえ、カイル。吸血鬼として覚醒してくれる? 覚醒して、私を守ってくれる? 私を奪おうとする輩から守ってくれる?」


 それは彼女も同じだった。彼女もまた、カイルの血を舐めた瞬間から本能的に恋に落ちているのだ。 

    

 問いかけるリーゼロッテの声は震えていた。今にも胸が張り裂けそうなくらい、胸が高鳴って。心臓の鼓動が体の外まで聞こえそうなほど大きく鳴って。


 どうか拒否しないでくれと心から願うように、彼女はカイルの両頬に手を添えて問う。


「貴女を守ります。絶対に」


 カイルの言葉を聞いた瞬間、リーゼロッテは愛おしいモノを見るかのように目尻に涙を溜めながら笑みを浮かべて「ああ……」と歓喜の声を漏らした。


「なら、私の血を


 飲んで、ではなく喰らえと。血を喰らい、番として受け入れ、貴方のモノにしてくれと願いを込めて。


 唇を噛み切ったリーゼロッテは流れ出た血を舌で掬い、カイルへと口づけした。


「ん……」


 彼女の血がカイルの口の中に入り込み、それを飲んだカイルは本能的に「美味しい」と感じただろう。


 今まで飲んだものよりも、今まで口にした何より、彼女の血はたまらなく美味かったに違いない。


「あ、ぐ……!」


 だが、味覚を感じた瞬間にカイルの全身が熱くなる。火傷と切り傷、ボルトの刺さった背中からは白煙が上がり、突き刺さっていたボルトが抜けて地面に落ちた。


 じくじくとした痛みが消えると傷ついた背中は急速に傷が癒えていく。同時にカイルの体内にある血管が暴れ回るような、血管を流れる血が活性化して体を作り替えていくような感覚に陥った。


「ぐ、ガッ、ぐ……!」


 体内が変化していく過程で強烈な耳鳴りと頭痛が彼を襲う。耐えるように目を閉じ、奥歯を噛み締める。


「カ、カイル……?」


 苦しむような声を上げたカイルにリーゼロッテは不安を覚えた。吸血鬼の覚醒には確かに若干の痛みが伴う。それは彼女も幼少期に経験済みだ。


 しかし、ここまで酷く苦しむ事はなかった。一言で言えば「想定外」だろう。


 覚醒させるまでの計画も、覚醒する様子も、リーゼロッテにとっては想定外としか言えなかった。


「カイル!? カイルッ! しっかりして!」


 リーゼロッテは何度もカイルの名を呼びながら、彼の肩を揺さぶる。


 しかし、覚醒に伴う想定外はまだまだ終わらない。


「ああああッ!!」


 カイルが閉じていた瞼を開くと、右目の血管が浮き出て真っ赤に充血していく。終いには血管が破裂して右目からは涙を流すように血が溢れ出した。


 彼が苦痛に耐えるように目を瞑り、再び瞼を開くと黒かった瞳が真っ赤になって、瞳の瞳孔が縦に割れた。


「あああああッ!!」


 絶叫を上げるカイル。背中から白煙が上がったまま、赤になった右目からは血の涙が止まらない。


「何が起きてやがる?」


 その様子を見ていた傭兵のリーダーは戦場で感じるような身の危険を感じ取ったのだろう。舌打ちを鳴らし、腰にあった剣を抜いた。


「さっさと殺しちまえば――」


 そう、さっさと殺せばいい。


 剣を抜いたリーダーは絶叫するカイルに向かって駆け出し、一気に剣を振り下ろす。


 これで終わり。意味不明な絶叫を上げるカイルを殺し、残りの魔族もゆっくり殺せばいい。そう思ったに違いない。


 だが、想定外だ。


 カイルを覚醒させたかったリーゼロッテにとっても、カイルを殺したかった傭兵のリーダーにとっても。両者にとって想定外。


 その理由は、カイルの体内に流れる血が特別だったから。


 古の吸血鬼。最古の吸血鬼。始祖の血が今、覚醒する。

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