第2話 血の匂い


 アレクサント王国の北側、他国との境にある森を切り開いて作られた街道を走るのは2台の馬車と馬に乗って並走する1人の男性だった。


 先頭を走る馬車は貴族用らしく、キャビンの各所に装飾のされた見た目が豪華な馬車だ。


 御者をしている者の服装は白いシャツの上にグレーのベスト。上下黒のズボンとジャケットを着て黒いネクタイを着用する。所謂、執事服というヤツである。


 オールバックにした灰色の髪とダンディな髭、元々目が細いせいか「怒ってる?」と誤解されそうな鋭い目つきをした老執事。


 しかし、何より特徴的なのは尖った長い耳である。老執事はエルフという種族であった。


 豪華な貴族用馬車と並走する、馬に乗った男性は赤い髪の獣人。獣耳と尻尾を見るに彼は狼族の獣人のようだ。頭から生えた獣耳と尻尾の毛並みは髪と同じく赤だった。


 身に着けている服装は上から白いシャツに茶色のズボンと革のロングブーツ。腰にはロングソードを差していて、シャツの上には銀色のブレストガード。


 シンプルな装いをする彼の役割は護衛なのだろう。


 最後尾に位置する帆馬車の御者をする者は女性の獣人。こちらの女性は馬に乗る男性と共通点が多い。


 男性と同じく赤い髪であるが、長い髪をポニーテールにしている。頭にある獣耳と尻尾の形、毛並みは男性と同じく赤色。装いも同じ格好をしていて、胸のブレストガードと腰に差しているロングソードまで同じ。


 ただ、この獣人男性と女性は種族と髪色が同じだけじゃなく、顔の造りまで瓜二つだった。双方中性的な顔をしており、彼等をよく知る者は『双子』であると言うだろう。


 今は帆馬車の御者をしているが、いざとなれば彼女も剣を抜いて戦うに違いない。


「お嬢! そろそろ馬を休ませたい! 休憩しよう!」


 並走する獣人の男性が貴族用馬車の中にいる者に向かって叫ぶ。彼が「お嬢」と言ったように、中にいるのは女性なのだろう。


「どこで休みますかな?」


 中にいた女性は御者と話す為の小窓越しに了承を伝えたのか、エルフの老執事は休憩の許可を獣人男性に伝えると同時に場所を問う。


「この先から川の匂いがする! 川で休もう!」


 獣人男性の意見は採用され、一行は街道から森の中へ少し入った場所にあった川の近くで休憩を取ることに。


 獣人の男性と女性が水の入った桶と餌箱を用意すると馬達に労いの言葉を掛ける。老執事は川の傍に折り畳み式のテーブルと椅子を用意して、茶器のセッティングを行った。


「ん~! 陸路は疲れる!」


 護衛と執事が仕事をしている中、貴族用の馬車から降りて来たのは1人の女性。名をリーゼロッテ・ヴァレンタインという。


 森の中に差し込む陽の光を反射させてキラキラ光る綺麗な長い金髪。その金髪を黒と白が混じったリボンでツーサイドアップに飾り付けて。


 瞳の色はルビーのような赤で、ぷっくり柔らかそうな唇には薄くピンク色の口紅が引かれていた。


 服装は白いジャケットの下に黒いシャツと赤いネクタイ、ネクタイには黒いコウモリを模したタイピンを付けている。下は赤いミニスカートを履いて、足には黒のニーソックスと革のロングブーツといった装い。


 まるでどこぞの学園物語に出てきそうな制服感溢れる服装であるが、彼女の属している国ではこれが最近のトレンドなのだから仕方がない。


 しかし、流行に敏感な年頃――10代後半に見える彼女には大変似合いの服装だった。美少女と呼ぶに相応しい容姿も相まって、彼女が人通りの多い街を歩けば何人もの男が振り向くだろう。


「お嬢様。お茶が入りました」


「ありがとう、クライス」


 老執事――クライス・アイゲンの淹れてくれたお茶を楽しもうと席に座る。


「リーゼ様。お菓子も用意しました」


 遅れてテーブルの上にそっと焼き菓子入りのバスケットを置いたのは、帆馬車の御者をしていた女性獣人。名はヒルデ・バルツァー。


 彼女は表情豊かな兄と違って眉一つ動かさない。実にクールな妹であった。


「どれも美味しそうね。ヒルデとバーニも休みなさい?」


 ヒルデはリーゼロッテの言葉に甘えて、彼女の隣に用意された席へと静かに座る。主と同じようにバスケットの中からクッキーを取り出して、クライスが淹れてくれたお茶を楽しむようだ。


「俺は干し肉をもらうぜ~」


 先に語った通り、コロコロと表情を変える獣人男性はバーニ・バルツァー。彼は待ちきれないとばかりに、地面にドカリと座り込みながら干し肉へ齧り付く。


 兄の野蛮な姿にため息を漏らすヒルデだったが、主であるリーゼロッテはクスクスと笑うだけで注意はしない。


 老執事であるクライスもリーゼロッテの後ろに控えてじっと指示を待つ。彼女達にとってはこれがいつもの光景、というヤツなのだろう。


 しかし、今日は少し違った。


 その証拠に、お茶を飲んでいたリーゼロッテの肩がビクリと大きく跳ねる。何かに驚くように目を見開いた彼女は、手に持っていたティーカップをソーサーに音を立てて置くと川の上流方向へ顔を向けた。


 カップをぶつけるようにソーサーへ置くのは彼女らしからぬ動作だ。


 普段は優雅で洗練された所作をする人物であると知る3人は揃って驚きの表情を浮かべる。だが、それも一瞬だけだった。


「どうした!?」


「何かありましたか!?」


 老執事は黙ってリーゼロッテが顔を向けた方向に立って盾となり、獣人兄妹2人も剣に手を添えながら前と後ろを守るように位置取った。


 護衛兼使用人として当然の動きであるが、位置につくまでの動きは一瞬で彼等の優秀さが垣間見える。


「なに、この匂い……」


 しかし、リーゼロッテは3人の包囲網を抜け出して川の傍へと走る。3人の制止する声などまるで聞こえていないようであった。


「何だ!? どうしたんだよ、お嬢!?」


 慌てて後を追って来たバーニが問うと、リーゼロッテは川の上流を指差した。


「人が流れて来るわッ! 助けなさいッ!」


 指差しながら、そう叫ぶリーゼロッテ。この叫ぶ行為も彼女にしては珍しい。しかも、彼女の叫びには焦りの感情が含まれていた。


「あれか!」


 彼女の指示通り、流れて来る者の姿を見つけたバーニは川の中に飛び込んだ。バシャバシャと水しぶきを上げながら泳ぎ、川に流れる者の服を掴む。やや水深が深く、流れの早い川であったがバーニは難なく救助に成功した。


 バーニによって川から引き上げられたのは黒い髪の青年であった。


 背中にはクロスボウのボルトが刺さっており、致命傷は避けられているものの、流血と冷たい川を流れていたせいか顔は青白い。


 外見からしてヒューマンだろう、と種族を推測する。リーゼロッテ以外の3人は、であるが。


「まだ脈があるわ!」


 リーゼロッテは青年の首に手を当てて脈を確認すると叫ぶ。やはり彼女の叫びには焦りの感情が含まれていた。


「では、ポーションを――」 


「待って!」


 帆馬車の中に積まれるポーションを取りに行こうとするクライスを制止するリーゼロッテ。


「お嬢、どうしたんだ?」 


 バーニが彼女に問うと、彼女は眉間に皺を寄せながら違和感を口にする。


「なんだかおかしいのよ! 彼の全身から吸血鬼の匂いがするの。でも、何か違うような……!」


 リーゼロッテも自分自身が意味不明な事を口走っていると理解しているのだろう。だが、彼女の中に流れる血がそう判断を下すのだ。


 ――彼は自分と同じ吸血鬼だ、と。


「おいおい、ちょっと待ってくれ! 吸血鬼って……!」


「お待ち下さい、お嬢様と同じであると?」


「リ、リーゼ様?」


 3人共、彼女の発言に驚きを隠せない。彼女の言った『吸血鬼』という種族。これがリーゼロッテにとって、どれだけ重要な事か理解しているからだ。


 驚く3人を余所に、リーゼロッテは青年の背中に刺さったボルトを1本だけ抜く。


 プシュッと溢れ出る血を指で掬い取ると、彼女は指に付着した血をジッと見つめた。


「はっ、はっ、はっ……」


 その血を見ているだけで心臓の鼓動が激しくなっていき、指に付着した血から目が離せない。


 どこかまだ葛藤を残しているような表情を浮かべていたリーゼロッテだったが、遂に自制が効かなくなって血が付着した指を口に咥えた。


「んひっ!?」


 血が舌に触れた瞬間、彼女の体が大きく跳ねて背中を仰け反らせた。それどころか目の奥がチカチカして、目から光魔法でも飛び出すかのような熱を感じる。


「お嬢様!?」


 背後に倒れ込みそうになるリーゼロッテの背中をクライスが慌てて支えた。


「はぁ、はぁ! ん、はぁ、ひぃ! なに、これえ! なにこれえええ!?」


 血を摂取した瞬間から彼女の頬は真っ赤に染まって、興奮するように何度も荒い吐息を漏らし続ける。


 彼女が味わった血はまさしく同族の物だった。しかも、その血は自分よりも強いモノであると本能的に理解してしまう。


 血が体内に入っただけで自分の中身を蹂躙されてしまうような、力強くて逞しいモノであると理解してしまった。


「た、助けなきゃ! 絶対助けなきゃ!!」


 本能で相手を認めた瞬間、リーゼロッテの全身が茹で上がったタコの如く赤みを帯びる。高揚感と興奮を抑えられないような声音で彼女は「吸血鬼! 助けなきゃ!」と何度も叫び続けた。


「吸血鬼だとポーションは効きませんな」


「まずはボルトを抜こう。お嬢と同じ吸血鬼なら放っておけばすぐ完治するはずだ」


「タオルと消毒液を持って来ます!」


 青年の傍で悶えるリーゼロッテ以外、3人はテキパキと準備を始めて青年に処置を施した。


 応急処置が終わった青年を地面に敷いた毛布の上に寝かせて、少なくとも青年が目覚めるまではこの場で待つとリーゼロッテが決定を下す。


 ヒルデとバーニは焚火用の枝を探しに行き、落ち着きを取り戻したリーゼロッテはクライスと共にその場に残って青年を見守る。


「……本当に彼は吸血鬼なのですね?」


「ええ。間違いないわ」


 眠る青年の横顔を見守りながら、クライスの問いに答えるリーゼロッテ。だが、彼女は眉間に皺を寄せて言葉を続ける。


「でも、何かおかしい。……ほら、見て?」


 リーゼロッテは処置した傷――ガーゼを当てて包帯を巻いた箇所を捲って傷を見せた。


「治りが遅い?」


「ええ。吸血鬼は不老不死よ? 処置済みだったらこんな傷はすぐに治る。私だったら1分も掛からない。気絶していたとしても、もう目覚めてもおかしくないのに……」


 吸血鬼とは魔族の中でも特別な存在である。吸血鬼は魔人と呼ばれる種――吸血鬼以外にも魔人と呼ばれる種は他にもいるが――であり、基本的な4種族には無い特別な能力を有していた。 


 それが『不死』である。吸血鬼であるリーゼロッテは心臓を槍で突かれようが首を刎ねられようが死にはしない。彼女を殺害するには特別な方法が必要だ。


 ――厳密には不死ではないが、不老である事と基本的な外傷では死なない事から不老不死とカテゴライズされている――


 故に青年が受けた傷程度であればあっという間に治癒してしまう。むしろ、今回のような消毒等の処置は治りを早くする手段に過ぎず、極論言えば治療行為などは全く必要としない。


 青年が早く意識を取り戻すように処置を施して治癒速度を早めたのだが……。リーゼロッテと同じ吸血鬼とされる青年の傷は発見から20分経った今でも完治していなかった。


「どういう事でしょう?」


「恐らく、彼はまだ吸血鬼として完全に覚醒していないのかも」


 吸血鬼の子供は一定の年齢を越えたら同種の血を飲む事で能力を覚醒させる。彼の傷が未だ完治しない事からリーゼロッテは『未覚醒』状態であると予想したようだ。


 彼女が感じ取った匂いの違和感は未覚醒だったが故じゃないか、とも。


「つまり、血を飲ませる親や同族がいなかったと?」


「ええ。彼がどういう経緯で生まれたのかは不明だけど……。というか、吸血鬼なのにヴァレンタイン家の情報網に引っ掛からないのがそもそもおかしいのよ」


「確かにそうでございますね」


 魔人である吸血鬼は特別な存在だ。4種族の中に紛れて暮らすなど相当難しい。素性を隠して暮らしていても何かしらボロが出る。


 特に治癒力の辺りで他と違う存在であるとバレそうなものだ。未覚醒である青年が吸血鬼であるとバレなかったとしても、青年を生んだ親は吸血鬼として覚醒しているはずだ。


 じゃなければ、そもそものだから。


 職業柄、彼女は世界にある国々を訪れている。その際に独自の情報網として、様々な情報屋と取引を行っていた。特に彼女が力を入れていた情報は同族である吸血鬼に関して。


 だが、これまで吸血鬼の情報は手に入っていなかった。しかも、この吸血鬼に関する情報収集はヴァレンタイン家だけじゃなく、彼女の属する魔王国ですらも協力してくれている。


 国すらも情報収集していたにも拘らず、この青年は今までどう生きてきたのか。彼を生んだ親はどうしたのか。一切不明である。


「理由は彼が起きてから聞くしかありませんな」


「ええ。でも、これはチャンスだわ」


 リーゼロッテは頬を赤らめながら青年の横顔を見つめる。それを聞いたクライスも「確かにそうですな」と頷いた。


 そう、彼女が彼に望むのは――


「ヴァレンタイン家の存続……。彼となら子を成せる」

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