第18話 竜殺し

 周囲の木々をなぎ倒し、大剣のような鈎爪が付いた、太く大きな腕が振るわれる。

 背後からその一撃を、まともに背中に受けたゴリラ(大)が、血と悲鳴を撒き散らして大地に倒れ伏した。


 って、おい!

そこそこ引っ張っておいて、何もしない内にポッと出にやられるってどういう事か!

 噛ませにも噛ませの意地があるだろうにっ!

 不甲斐ない大ゴリラを嘲笑うように、薙ぎ倒した木々の奥から巨大な影がゆっくり姿を見せる。

 大ゴリラの倍、十メートルは有るであろう体躯に、爬虫類を連想させる鱗に覆われた体表。

 鈎爪が大剣ならば、口の中にはナイフのような牙がずらりと並ぶ。

 間違いない、こいつは竜の眷族!


 ……いや、確かに竜でも連れてこんかと思いはしたがな、こんな律儀に出てくることはないではないか。

 そんな妾の内心などお構いなしに、竜はぐるりと眼下の小さき者達を見回す。

 そうして軽く息を吸うと、叩きつけるような咆哮を放ってきた!


 いかん! 竜の咆哮は、魂にダメージを与える!

 周囲を確認すると、妾達に敗北した挙げ句、守護神たる大ゴリラを倒されたアマゾネス・エルフ達は、恐怖のため完全に心を折られていた。

 殆どがうずくまって嗚咽を漏らし、中には失禁している者もいる。

 指導者である女王ゴリラはひっくり返り、秘書エルフも膝を折ってボロボロと泣いていた。

 ええい、仕方のない奴等め!

 こうなっては竜の咆哮に屈しなかった妾達でやるしかあるまい。


「ふえぇ……エルぅ……」

 幼児退行するレベルで心にダメージを負ったカートが、泣きべそをかきながらエルにすがる。

 そんな彼女を捕まえて、妾はあの竜について問い質した。

「ぐすっ……あれは、『森林竜』ブラネード。ひぐっ……『緑の帯で見たら逃げろランキング』のトップ10に入るくらい……危険な竜ですぅ……」

 ぐずりながらも、なんとか説明をするカート。

 個人的にそのランキングが気になるが、とりあえず後回しにしよう。

 しかし、森林竜とはなんだ?


「樹木や風を操るといった、エルフに近い魔法を使う、この森で独自の進化を遂げた竜です……弱点らしい弱点も無いので、すごく危険な存在なんですぅ……」

 よしよし、さすがは解説役のエルフだ。


 ふむう、しかし魔界にはいないタイプの竜ではあるな……問題は、その強さの程度か。

「私は解説じゃなくて、戦士隊の隊長なんですけどぉ……」

 解説役と言われた事にカートは泣きながら小さく反論してくるが、その姿は地位に見合った力強さなど感じられない。

ああ、もう泣くな。ほらほら、危ないから下がっておれ。


「よし、ではやってみるか」

「はっ!」

「竜か……亜竜以外と戦うのは初めてですよ……」

 怯える様子もなく前に歩み出てきた妾達を、森林竜ブラネードは暇潰しのおもちゃでも見つけたように口元を緩めた。

 ふん、多少の知性はあるようだが、相手の力量も見抜けんようでは、警戒するまでもないな。

 そうやって、笑ってられるのも今の内だ。


「まずは、挨拶代わりと行くかな!」

 魔力を集中させた、妾の右手に雷が宿る!

 それは輝く槍となってブラネードへと飛んで行き、奴に着弾すると同時に大きくぜた!

 魔界に住む上位の竜には、かすり傷をつけるのがやっと……その程度の魔法。

 さて、奴にはどれくらいのダメージを与えられたかな?


 爆発で生じた煙が晴れると、鱗が弾け飛び、その部分が焼け爛れた竜の肉体が視界に入ってきた。

 苦痛と屈辱に歪むブラネードが、憎々しげに妾を睨み付ける。

 ふむ、あの程度のダメージか……竜のランクとしては中の下といった所だろうな。

 魔法に込めた魔力の量、そして奴が受けたダメージからそう推測する。

 油断は出来んが、ほぼ勝てる相手といっていいだろう。


「ヘイヘイ! ドラゴン、ビビってるぅ!」

 ここぞとばかりに、骨夫がブラネードを煽る。

 ビキビキと竜の目が血走り、頭の横に"!?"という記号が浮いたように見えた。

 うーん、本当に骨夫はこういうのがうまいな。


 骨夫に注意が向いてる間に次弾を放つべく、再び魔力を練り始める。

 と、不意にブラネードの周囲で風が渦巻き始めた。

 次いで不可視の刃となった風が、一斉に妾達へと襲いかかってくる!

 咄嗟に魔力障壁で防いだものの、わずかに障壁から逃れた風の刃が妾のドレスにいくつかの切れ目を入れた。

 おのれ! 暫くすれば再生するとはいえ、やってくれるではないかっ!


 即座に反撃しようとしたその時、ピリリッと音を立てて妾の胸元が大きく裂ける。

 ……って、しまった! 妾はまだノーブラだった!

 このままでは、ポロリと胸がはだけてしまうではないかっ!

 女ばかりのアマゾネス・エルフや、物の価値が解らぬ中位竜(※骨夫は眼中になし)の前で、胸がまろび出ようが気にする事も無いのだが……一瞬、頭を過るのはエルの顔。

 あやつの前ではしたない格好を晒すのかと考えた途端、羞恥心が沸き上がり、妾は思わず胸元を押さえてしまった。


 だが、そこに生まれた一瞬の隙!

 それを見逃さず、ブラネードは魔法ではなく鈎爪の付いた前足を振るってきた!

 ぐっ、物理防御の障壁を……いかん、間に合わない!

 身を固くして衝撃に備える!……が、激しい金属音が響き渡り、竜の攻撃は弾かれた!

 咄嗟に妾とブラネードの間に飛び込んだエルが、その一撃を叩き弾き返したのだ!

 奴の爪よりも頼りなく見える剣でそれを砕かれ、自身に痛みを与えた少年に、ブラネードが怒りに燃えた視線を向ける。


「アルトさんは……僕が護る!」

 少女の姿で魔剣を振るう少年が、凛々しい顔付きで宣言した!

 くうぅっはあぁぁぁっ!

 胸の奥まで、キュンキュンとする衝動が駆け抜ける!

 ああ、もうたまらん! すぐにでも、エルを抱き締めてあげたい!

 しかし、今は戦闘中。ありったけの理性を総動員して、なんとかその欲求に耐えて見せた。


 そして、妾を萌えさせた少年は、己が手の内の魔剣に語りかける。

「行くよ、ハミィ」

『はぁい、主様ぁ!』

 主従が会話を交わすのと、エルの体から炎のような闘気が噴き出すのは、ほぼ同時だった。

 実際に熱量すら感じさせる……そんな高密度な闘気が魔剣に流れ込み、刀身を赤熱化させていく。

 ブラネードも、エルの異様な状況に身の危険を感じたのか、大きく息を吸い込み始めた!

 まずい、恐らく広範囲のブレスが来る!

 決してエルが範囲外に逃げられぬよう、アマゾネス・エルフ達も巻き込むくらいの規模のブレスを吐くために、ブラネードはさらに息を吸い込む!


 それを見たエルは……ブラネードに向かって、駆け出していった!

 さらに、まだ剣の間合いではないだろうに、大きく上空へと跳び上がる!

 その目的は……恐らく自分を囮にする為!

 妾やエルフ達を巻き込まぬよう、広範囲ではなく集中したブレスで自分を狙わせようと、彼は空中に移動したのだ。

 だが、馬鹿者っ! そんな圧力を高めた竜のブレスに、人間が耐えられると思っているのかっ!


 少しでも防御力を高める為の魔法を発動させようとした!

 だが、それよりも速くブラネードのブレスは吐き出され、エルの体を飲み込ん……。


「うおぉぉぉぉぉっっ!」


 一瞬、ブレスの音を掻き消す程のエルの雄叫びが響く!

 刀身に流れた闘気は炎の刃となり、大上段の構えから振り下ろさせる一撃はブラネードのブレスを切り裂いて二つに割っていった!

 すげぇ!


 驚愕する妾達の目の前で、さらに炎の刃が延びていき、ブラネードの右の肩口から胸まで深々と切断していく!

「ゴアァァァァッ!」

「はあっ!」

 ブラネードの悲鳴が響き、エルが放つ気合いの声と共に刃は軌道を変え、竜の胸を切り裂きながらVの字を描くようにして左の肩口へと抜けていった!

 大量に噴き出す自身の出血に押され、ブラネードの上体が大地に落下する。

 何が起こったのか理解出来ないまま、斬り落とされた頭部に追従するように竜の肉体は地に沈み、その鼓動をゆっくりと停止させていった……。


「ふぅぅ……」

 着地したエルが、深呼吸するように長く息を吐く。

 残り火みたいな闘気が、彼の回りを陽炎の如く揺らしてした。

 その姿を見ていたエルフ達の間から、彼を称える声が少しずつ沸き上がり始める。

 ……いつしか、自分達を救ってくれたエルへのコールは合唱のように重なりあい、大きなうねりとなって響き渡っていった。

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