男子校に入学したはずなのに、異世界の魔物と戦う件:朱雀組(カオリ)

 もう夕暮れなのにあちい……。しかもあたり一面砂だし……。


 朱雀は南の方に住んでいるという話は聞いていたが、それにしても熱くなりすぎではないだろうか。


 いや、セレスの国がかなり南の方にあるのかもしれない。事実、北へ行くアオイとレイナは寒さへの対策についてそれほど話されていなかった。こっちには暑さへの結構な警告がなされたのは、そういうことかもしれない。にしても、砂漠はないだろ。


「で、ヒカル先輩、どこに座ってるんですか。」


 ペアのヒカル先輩は重い……というと怒られてしまうかもしれないが、空気が重くなる。幼馴染を放置してカヅキに告るとかどんな神経してるんだこの人。最近は家のアパートの周りでドスンドスンとうるさくて近所迷惑だし。踊るなら公園にしてください。


 一瞬ボコボコにしてやろうかとも思ったが、最近はカヅキにウチが、誰彼構わず暴力をふるう人間だと勘違いされているらしい。よって処刑は今じゃない。


「だって、前だと座れるところないじゃーん!」


 悪気なくウチが気にしていることを言ってくる。本当にぶっ○してやろうか。


「せめてバックじゃなくてほかのところに座ってください。」


「はーい!」


 返事だけは元気よく、首に体全体の重心が移動する。


 肩車……ではなく、頭の上にあぐらをかかれた。女の子としてのプライドとか、そういうのはいいのだろうか。最近ウチも人のこと言えないけど。


「それで、朱雀ってのは、どんなおばけなの?」


「おばけじゃなくて怪物らしいですよ。火を操る鳥なんだとか。」


 この人、作戦会議中何を聞いていたんだろう……と思ったが、冷静に思い出してみたら「柔軟体操をやる時間だから」とか言って参加していなかった気がする。


「それじゃ水かければいいんじゃないかな?」


「砂漠のど真ん中でどうやって水を見つけるんですか。」


「踊って汗をかく!」


 だめだこの人、カヅキ並みに頭が悪い。場合によってはカヅキ以上……。この人、なんで高三やれてるんだ?


「そんなことしても文字通り焼け石に水ですし、こんな暑さの中では10分も踊れば干からびますよ。」


「そうかなぁ。」


 でも、おかげで焼き鳥が食べられそうだ。じゃんけんで一番になった時、ここを志願したのは焼き鳥が食べたいから。それ以外の理由はない。ヒカル先輩が(物理的に)お荷物としてついてくるとは欠片も考えていなかった。


「あの、ここから先は一人で行って戦ってくるんで、ここで待っててもらえませんか?」


 正直、初見の怪物相手に他人を守りながら戦える自信はない。セレスのペットのグリフォンを相手にしたときは、カヅキの前でついかっこつけたが、本来はそんなに余裕すらなかった。向こうが殺しに来ていたら死んでいたかも……。


 恋は盲目というが、戦闘面まで盲目にされてるなぁこりゃ。


「私だって、シュガーが危ない目に遭ったときに守れるようになりたいんだよ!」


 この人も大概だな……。


「それと……。たぶん、私たちの中で一番シュガーに近くて、一番はやくシュガーを好きになった人への宣戦布告!」


 この人も本当に大概だ……。


 カヅキの魅力はうちだけが知っていればいいのに、と叫びたいけどそうもいかない。


 うだうだ騒いでいるうちに、あるものを発見してしまった。ゆえに、代わりの言葉を叫ぶ。


「伏せて!」


 先輩の頭を砂の地面にたたきつける。それと同時に自分はヒカル先輩に覆いかぶさった。最近の出番の割り振りから、カヅキの中でこの人が一番リードしているのかもしれない。カヅキの好きな人なら、傷つけるわけにはいかない。


 すぐそばに、巨大な炎の塊が落ちてきた。着弾と同時にそのさらに数倍の爆発が起こる。


「いや……。これはないっしょ……。」


 顔を上げたヒカル先輩の言葉にも同意したくなる。


 それもそのはず。夕暮れだと思っていたのは、実は朱雀が空を覆いつくしているからだった。しかも、それに気が付かなかったのは飛行機みたいな高度で富士山以上の巨体が飛んでいるからであって……。


「焼き鳥にするには大きすぎますね。」


 とりあえず逃げたいが、どこに逃げよう。ウチ一人なら、脚力で逃げ切れるかもしれない。でも、さすがに人を一人抱えて逃げられるほどではない。


 さっき落ちてきたのは、朱雀の羽……の、さらに毛の一本のようだ。超巨大爆撃機といったところか。


「これ、逃げるのも倒すのも無理じゃないですかね。倒したとしてもウチら死にません?」


 こんなのが落ちてきたらただじゃすまないどころじゃすまない。


「スメル、すぐに諦めちゃだめだよ!」


 そう言われましても……。


「そうですね、じゃあとりあえず、あいつと同じ高度……とまでは言いませんから、その半分の高度まで行かないと攻撃すらできませんよ。」


 飛行機の高度はたしか約一万メートル。人が登頂できるエベレストが8800メートルちょい。できれば9000かそれ以上まで上がりたいが、贅沢は言えない。


「つまり、なるだけ高くまで放り上げればいいんだね?」


「まあ、そういうことです。」


 チアでも人を放り上げているのは、おとといの公演含め何回か見たが、せいぜい数メートルだ。


「ちなみに、着地はできるの?」


「頑張ります。」


 数メートルの着地なら、割と楽勝だ。


「実は、これは最初にシュガーに体験してもらいたかった技なんだけど、仕方がないからスメルに最初に使わせてあげる。」


 そういうと、今までウチが見たことない体制をとる。ひっくり返ったテントウムシのようなポーズだ。


「私が片手でシュガーを上げられるのが約3メートル。どんなに筋トレをしてもそれが限界だった。でも、大好きでかわいい後輩だもん。もっと高く上げてあげたい!」


 普通の人なら、片手で3メートルも上げられれば十分だと思いますけどね。


「足の力は腕の約三倍。だから、両手両足を使って合計の力を8倍にする!」


 それでも24メートル。全く足りないだろうに。


「もっと飛ばしてあげたい!だから、声を出して力を30%上乗せする!」


 31メートル。この人は何を言ってるんだ。


「さらに、体を駆け巡る反作用を追加して2倍!」


 62メートル。一般人でここまでできれば十分以上だ。たぶん、ウチかカヅキ以外が受けたら死ぬだろう。


「それでも足りないと思ってね、私は考えたんだ!後輩が飛ぶためなら、何度でも後押ししようって!」


 まさか……。


「そう、体を高速で振動させて、手が届く範囲にいるうちに、それを200回繰り返す!」


 受けた力の合計は……約12400メートル飛べる計算に……。この人はうちより人間をやめているかもしれない。シオリさんでもびっくりするんじゃないかな。


「そんなの上手くいきませんよ!」


「でも、やるしかないでしょ!」


 何この脳筋人間射出機。


「さあ、乗って!」


 本当に大丈夫かな。


「準備はいいね!?」


 ヒカル先輩の体が微細に振動を始める。この振動で200回打ち込むのか。最初はブルブルしているだけだったのが、ブーンと低い音を発し始める。


「3……2……1……発射!」


 ウチですら視界がゆがむほどの衝撃とともに、バツンッ!と上に向かって吹き飛ばされる。打ち出される瞬間、空気抵抗を減らすために体制を縦にされ、上を向くと、どんどん朱雀が近づいてくる。


 熱い。もはや暑いではなく熱い。そして、近づくにつれ、気が付いた。


「こいつ、もしかして風船か!?」


 ガスを蓄えて風船のようにして浮いているのか。それに、羽の一枚一枚にも含ませているのだろう。それなら、さっきの爆発も納得だ。


「どりゃあああ!」


 水泳のクロールのように手の先で朱雀に穴をあけ、さらに内側へと突き進む。その時、両腕両足を大きく広げて少しでも穴を広げてやる。


 すると、そこからすごい勢いでガスが流れ出した。体内に突入後すぐに外に吹き飛ばされ、そのまま着陸態勢になる。


 ドオッ!


 隕石のように着陸すると、横には両手両足が折れたのだろうヒカル先輩が。そりゃそうだ、あれだけすれば普通はそうなる。


 上空では、朱雀がガスの噴出でしばらく上昇した後、大爆発をしていた。


「ねえスメル……。」


 うちの方も動く気がしない中、ヒカル先輩が声をかけてきた。


「なんですか……?」


「おぶって。」


 諦めてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る